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作者: 葛城 隼
残酷な描写あり
第18話 『誰かの為の理想』、『ユートピアユー』!
 僕は病室で月夜を背にし、目の前で対峙するブロンドヘアーの女性、ルビィさんに指先を向けていた。相棒であるリンカー、ヒカリと共に。

 ルビィさんは自身のリンカー能力『アイアンメイデン』でソーコムピストルを生成したが、一手遅れたが為に銃口の牙を向けられず、動けぬ状態。観念して下ろし、せめてとばかりに会話を始める。
「意味が分からない……。疑問は幾つかあるが、一番は何故闘いを選んだのか? 君はただの一般人だろう。こんな所に身を投じ、命を投げ捨ててまで闘う理由がどこにある」
「ここですよ。天道 ぷらなさんは僕の友達……候補ですから」
 ちょっとの遠慮はあった。それでも僕は、出来る限り毅然と答えた。

「そうか、うん。なんというか君は巻き込まれ体質だな。何故こうも私の目的にちょうど君が重なるのだろうか? 私はただ、君とは料理人と客という関係でいたいのに」
「アナタがタマキの平穏を乱してるんでしょうが」
「本体と違ってハッキリ言ってくれるね、君のリンカーは。強気には違いない」
「あっ、ども……」

 瞬間であった。微動だにしなかったルビィさんが即座に銃口を向け直そうとしたのだ。呼吸も許されぬ刹那。それを見逃さず、僕はポツリと呟いた。「ニンヒト」と!
 走る3本の光。ルビィさんの手が弾かれ、しかし眼前と胴体に迫った2本は少しの横移動で無駄なく避ける。
「ヒカリ!」
 それだけで充分であった。僕はシーツを掴み、開け放たれていた窓をくぐって外へ飛び出す。そこへヒカリが襟首に飛びついて脱出だ。

「きぃぇあああぁぁぁぁぁぁぁっ!!! ニィンヒトェ!!」
 怖すぎるっ! 奇声を挙げながらも、シーツを広げてそびえる樹の枝に引っ掛け『ニンヒト』を唱えた!
 飛び出したのは中庭であった。ニンヒトの光線は下方に向けて放たれ、落下の勢いは都度抑えられる。それからふわりとした後、シーツがすっぽ抜けて地面に墜落する。

「痛い……。けど反動が効いた!」
「いい着地ね。急ぎましょ」
 真上に向けて『ニンヒト』を放ち、素早く移動を始めた。

 *

 ルビィは逃げるタマキを吟味するようにじっくり見下ろし、その行き先を伺う。
「さぁて、うんうん。ティナ、2つ困った事がある。降りながら説明するよ」
「うん」

 ティナはぴょんと飛んでルビィの体に組み付き、ルビィはそれを片手で支える。残る腕を思いっきり振るい、銃を鈍器代わりに三角の進入口マークが付いた窓ガラスを割る。飛び散る破片、それらと共に黒い球体のリンカー『アイアンメイデン』が飛んで行った。

「さて、1つはこのまま再寧を呼ばれては、不必要に騒ぎになる。我妻さんは光の能力で目立つし、すっごく強い再寧に加え正体不明のバディもいる。駐車場からここまで10分とかからないだろう。何が何でも止めなくては」
「ティナががんばって見てみる」

 話してる最中にもガラス片は地面をパラパラと落ち、それらの上を『アイアンメイデン』達が転がる。ガラス片は形を変え、周辺の石ころも巻き込み、あっという間に高さのあるクッションへと再形成された。それを確認し、ルビィ達はひょいと4階の高さから飛ぶ。

「偉いね。2つに、ターゲットの場所が不明になってしまった事。部屋は確認したね?」
「トイレの中も見た」
 舌を噛まないように喋らず着地。
「うん、偉い。しかし同時に良いことも2つある。1つは今のこの様子だと、我妻さんは再寧にはこの事を内緒にしていたらしい。さっき天に向けて撃ったビームは狼煙だろう。それに生真面目なあの警官なら、こんな作戦を少女に委ねない」
「もうひとつは?」
「我妻さんを捕まえれば全部解決」

 クッションはガラス片に戻ってバラバラと散る。ルビィはそれに手を触れ、今度は2本のナイフと、サプレッサーを生成しソーコムに装着した。足元にはおびただしい数のリンカー『アイアンメイデン』。それらが転がり、院内へと向かっていく。

 *

 院内に逃げ込んだ僕は息を切らせながらスマホを取り出し、急いで電話を掛ける。その相手は当然──

『もしもし、再寧だ!』
「すぁ……さいねいさぁん……。タァマキでぇすぅぁ……」
『ルビィにやられたのか!? 今どこに!?』
「いぇぁ……あのぅ……」
「タマキは走って息切れ中よ、私ヒカリ。いま1階、B通路の14番、受付の反対側ね」
「私メリーさん……?」
『分かった。いま紫陽花さんと向かう、どこか隠れ──』
 ブツン。ツー、ツー。
 そんな鋭い音と共に再寧さんの言葉が遮られた。

 切れた、何故?
 そう思い画面を見ると、圏外になっていた。辺りには銀紙が舞い散り、廊下を黒い球体が転がっているのが確認できた。心臓が跳ねる。

 ルビィさんのリンカー! 『生成能力』でチャフを作って電波妨害したのか!
「連絡は済んだようで」
 もう追いついたのか!? 僕とてバカ正直に真っ直ぐ向かった訳じゃない筈なのに!

 今度はルビィさんはハンドガンとナイフを構え、ティナは腰を落として臨戦態勢だ。
『Found!』
『Foundoo!』

 いや、すぐに追いつけたのは、あのちっちゃいリンカーで辺りを捜索してたからか! だとしたら天道さんが見つかるのも時間の問題だ、早く再寧さんと合流を……!
「君らメル友か? 私の情報をすぐに共有して」
「あっ……不審者を目撃したらすぐに通報するように、小学生の頃から言われてるので……」
「そうか。いい心がけだ」

 ルビィさんは銃口を向けながら、ワザとキョロキョロ周りを見回す。ヒカリも既に指先を向けて構えている。こんなのは隙とは捉えられない。ルビィさんの後ろでティナが左眼を輝かせ、リンカー能力を発動しているからだ。何もしない、敢えてそうするのが時間稼ぎに都合がいいと、そういう判断になる!
 油断も隙もないな、この義姉妹は!

「天道 聖夢ぷらなの居場所は何処だろうか? 再寧のパトカーの中? いや、彼女は体が弱い。そう移動させたくは無い筈。君自身がミスディレクションで、元いた407号室か」
「正解ですよ」
「ウソつき。ま、いいや。例えば腕を切り落とされたとして、すぐにくっつければ元通り動かせるそうだ。幸いここは病院だからね。天才ドクターに施術してもらう事を祈るよ」

 グリップを握り、放たれようとしたその時、ルビィさんのソーコムが光に弾かれ床を滑る。正面に構えたヒカリではなく真横、あらぬ方向からの攻撃。ルビィさんは感心の声を漏らす。
「赤外線か?」

 光線に触れれば『ニンヒト』を自動で放つ赤外線! 既に罠は張らせてもらった。来るまでも、喋ってる間にも! まあこんな精密なの、そう維持できないんですけど……。
「ホント悠長! 言った筈ですよね、貴女の欠点はお喋りだぁっ!!」

 口では威勢よく圧し、『ニンヒト』を放つ──!

 ──パンッ

 その時だった。胸元で、火薬の弾ける音が響いた。肺にまでダメージを受け、口から血を吐く。宙を舞うボタンの破片、そして『アイアンメイデン』達。

「うぐぐぅぅぅ……!」
「タマキ!」
 悠長にお喋りしていたのは、考えなしじゃなかった……! ルビィさんはその間に、とっくに攻撃の種を仕込んでいた!
「欠点というのは克服する為にあるものだろう? 君に教えてもらったのだから、活かさなくてはね」

 ルビィさんは難なく『ニンヒト』を避けていた。心臓近くの痛み、胸から溢れ出す血を抑える。身体が震える……!

 その僕を見下ろし、ルビィさんはふと思いついたように踵を返す……?
「なに、ちょっと思っただけさ。分かったのだから戦闘の必要は無くなった。天道 聖夢の居場所がさ」
 足早に駆け出すルビィさん。ティナも何とも思わずそれに付いていく。

「アイツら……?」
「いや! ……まだ、焦る段階じゃない。ただのブラフ、見せかけの可能性がある」

 そう言いながら気にしてヒカリを抱え、後を追う。万が一って事もある。
 ニンフェア義姉妹はあっという間に階段を駆け上がっていて、3階に着く頃には足音だけが響いていた。
 4階へ飛び出す。足音はとっくに無く、息を切らして辺りを見回す。案内板、通路。左矢印に『410〜420』と案内が出ているその道に変化が無いのを認めると、安心して息を深く吐き出した。
「道案内ご苦労さま」
 後頭部への強い打撃。傾く世界。ヒカリが呼びかける声もボヤける中で、闇の中──より正確に述べるなら、影が落ちる壁の中・・・──から、ニンフェア義姉妹が出現したのを確認していた。

 カモフラージュの壁を生成して隠れていた……!? 僕の行動から居場所を特定する為に! ……やはりブラフだった!
「度胸勝負に負けてしまったね。リンカーによる攻撃に動揺してしまったかな?」
 この人、そこまで考えて僕にダメージを!?
「407号室までは合っていた。けどまさか、道のりそのものが変えられていたとはね」

 ルビィさんは適当な差し棒を精製し、非常灯から影を差して案内板を遮る。すると案内板が不自然に歪むのだ。影を動かせばその影に沿って、まぁるく。まるで魚眼レンズのように。

「屈折だ。光の屈折。それで表示を歪ませ騙していたというのがトリックの仕掛け。まるで手品だ。シンプルだが、ここまで光を自在に操るとはね。君が待ち構えていたのは417号室、反対の通路だ。案内板まで徹底するとは恐れ入った」
「ニンヒトォ……!」
 光線を放ち抵抗を試みた。しかし、狙いは全て読まれ簡単に避けられる。

「ああそうだ。もう1個私の欠点、というか『アイアンメイデン』の欠点といえば、近距離戦を得意とする武闘派リンカーに直接戦闘を挑まれたら、厄介という点だろうか。厄介というだけ。遠距離で確実に仕留められる私の『アイアンメイデン』を扱うにおいて、最適で危険な距離感を把握するのは当然で、遠距離スタイルで決定打に欠ける君のようなリンカー能力者は元より、勝ち目は無かったという事だ。そして──」
 ルビィさんは詰め寄る。イタズラをした子供に言いつけする先生のような、圧のかかった調子で、倒れる僕を見下ろして。

「君の敗因はシンプル。たった1人でどうにか出来ると自惚れた事だ。自慢したくはないが、戦場帰りの傭兵を相手に一般人が勝てる筈が無い。自分の力を、特別な力と驕らない事だね。次があれば」
「は……はぐぅぅぅぁぁぁぁ……!」

 ──戦うべきじゃなかった。戦場帰りの傭兵だって? 戦闘のエキスパートじゃないか。そんな事知ってたら最初っからこんな所に来なかった。僕は本当に、最悪の選択ばかりを──。

「タマキっ!!」

 意識が、ハッキリ、してきた。ヒカリがルビィさんに飛びかかってる。あんなに、小さい体で──。

「アナタの願いはそんなものだったの!? アナタの望みはなに、何がしたくて立つのっ!?」
「あまり……騒がないでもらえるかなっ」
 腕に組み付き殴りつけてきた人形を、腕ごとコンクリートの壁へ叩きつけ怯ませる。それと同タイミングで生成したハンドガンを放ち、容赦なく頬を掠めて抉るのだ。
「がっ……!」
「ヒカリっ!!」
 ヒカリのヘアゴムが落ち、髪が散開する。
「眉間を射抜かれなかっただけ感謝するんだね。ま、君のリンカーを攻撃したとて、本体にダメージは行かないみたいだけど」

 ルビィさんはすっかり関心を無くし、歩を進めてさっさと行こうとする。
「ねえさん」
「うん?」
「足に組み付かれる」
 ルビィさんから溜め息が出ていた。敢えて立ち止まり、結果を待つ。
「揃いも揃って」
 足首の重み。啜り泣く声。それを感じ取ったのだろう。僕はルビィさんに組み付いた。
「僕はっ……僕はっ!!」
「残念だ。もう君の料理を頂けないのは」

 僕の願いは──!

 ルビィさんの呻き声が聞こえた。

「アナタの願い、その強さが伝わるわ」

 ヒカリが毅然とした声で話しかけている。

「タマキ──」
「──うん」

 顔を見上げ、立ち上がると、目の前にいたのは──。

「唱えなさい、呪文を」

 僕と同じ等身となっていた、ヒカリの姿だった。

 混乱がない訳じゃない。けれど僕のやるべき事はハッキリとしていた。
「──ニンヒト!」
 伸ばしたヒカリの指先に光が収束する。光は鈍い音を伴い光線として放たれ、それは目で追えない速さでルビィさんの胸部を殴りつけた。

「うぐっ……! これはっ……!」
 空を割く『ニンヒト』。人形だった頃とは比べものにならない威力だ。ヒカリのゴシック調の服が発生した風を受け、ふわりと落ち着きを得る。凛としたその顔つきと相まって、まるで精霊のようだった。

 ヒカリが一つ結びに髪を結び直す。成長して伸びた触角ヘアが垂らされ、相手を指差し覗き込むその姿。人形と称した存在と異なる、完全な一人の少女がそこには立っていた。

「例えばもし。『アイアンメイデン』とか言ったかしら? アナタのリンカー。百体いたとしたら、十体潰せばアナタに十分の一ダメージ。そーゆー計算式になるのかしら」
「……お手本のようなパワー系計算式だ。我妻さん、君自身は一見臆病でパニックに陥りやすいかと思えば、戦闘ではクールな分析タイプ。一方で君のリンカーであるヒカリは、落ち着いてるように見えてスーパーゴリ押しのパワーバトルタイプ。精神を反映する筈のリンカーが、真反対の性質を持っていようとはね」
「さらっとディスらないでくれませんか……」
「褒めてるのさ、君たち二人・・のポテンシャルを」
 ヒカリが虚空に向けて右腕を振るう。他人目からすると一見理解できない行動に思えるかもしれないけど、僕には繋がり・・・でその理由が分かっていた。その手にはルビィさんのリンカー『アイアンメイデン』が三体握られていた。
『Mi……mi……』
 バキッ、と音を立て握りつぶされる『アイアンメイデン』。

「ニンヒト!」
 僕は息を吸い、揺るがぬ意志で呪文を唱えた。音を弾かせ、再び放たれた『ニンヒト』。今度は周囲を狙うように、しかし不規則に拡散し、床や壁にとあちこちを打つ。そこには闇に溶け込む『アイアンメイデン』が、しかし光の前に曝され撃たれるのだ!
『Gyaaaaa!』
「──ムっ」
「ねえさん!?」
 ルビィさんの頬から切られたような傷を刻み、鮮血が垂れる。ついにリンカーへの攻撃によるダメージを確認できたのだ。
「13体。いい数字ね」
「……最悪だな。君のリンカー」

 ルビィさんはティナを抱えて壁へ突っ込む。壁は義姉妹を避けるように裂けて、飲み込むように閉じる。逃げたのだ、中庭の方へ。
「立場逆転ね。追うわよ、タマキ」
「……ヒカリ。その、今の君の状態は……」
「私にも分からないわ。アナタとの繋がりをより強く感じる以外は」
「……けど3つ。ハッキリしてる事がある」
 ヒカリの緑の瞳を覗き込む。目線は同じ、対等だ。

「1つは、ヒカリ。君はいい子だ。優しいとか、厳しいとか。アドバイスをくれるだとか。そういう事じゃない。僕の心に光を灯してくれる! これだけは決して変わらない事がハッキリしてる!」
「どうも。2つ目は?」
「2つ。天道 ぷらなさんもいい人だ。彼女の明るさの裏に隠してきた仄暗さは、こんな僕でさえ守りたいって思えた。どんな人に言ってたって構わない。僕の底抜けの暗さに、薄く朧気な陽の光を差してくれたから!」
「ステキね。ぷらなに嫉妬しちゃうかも」
「そして3つ目は! 僕の世界を壊すヤツこそが、僕の敵だ! 僕の世界ってのは、生活を脅かすとか、命を狙うとか、そういう事だけじゃない。輪ちゃんも、ぷらなも! 僕の大切な人達を壊す事を許さない! 僕は守りたいんだ! 僕の大切な人たちを!」
「──私も同感よ」
「うん。誰でも良かったと言えば聞こえは悪い。けど──」

 覚悟を改め、真っ直ぐに視線を向ける。この胸に、恐怖の色は一切なかった。

「それでも僕は誰かを守りたかった! こんな取るに足らない僕が手に入れた力で、誰かを守れるのならっ!」

 頭に過ぎるのは、真秀呂場のドヤ顔であった。『フラッシュマン』としての勇姿であった。そして散り際の笑みと、光を失った瞳。それは、僕の後悔の一つ。

「みんなが希望の光なんだ! 暗闇で震えるしかなかった僕に光を与えてくれた! 『僕らの力で、僕らの世界を切り開く』! これが僕の願いだ!」
「ん〜、最っ高ね。掛け値ナシの、パッションで出た最高の願いだわ。──私に光の向こう側を見せてちょうだい、タマキ」
「モチロンさ! 一緒に行こう、ヒカリ!」
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