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作者: konoyo
R-15
あたしは蝶になりたい
 オレが優江に呼ばれもしないのに、ここにいるということは、優江は間もなく死ぬということだ。時間にしたら十分程度しかもたないだろう。オレはこの行為を「立ち会い」と呼んでいたが、オレは「立ち合い」が大嫌いだった。なぜって悲しいからに決まっている。オレはデモンの中でも張り付いた人間とは結構仲良くやっている方だと自負している。張り付いた人間の寿命は様々だが、優江はオレの知っている限りでは寿命の短い方だった。オレと出会ってから三年くらいか。仲良くやっているとはいっても人間同士のようにお友達になる訳ではないのだが、人間の方から一方的に嫌われることもない。まあ、基本的には人間の好きなときに呼び出され愚痴を聞かされたり、悩みを聞かされることが多い役なので、滅多なことがない限り主に嫌われる要素もないのだが。
 
優江が気が付いたようだ。とは言っても人間の世界ではいうところの五感と脳は閉じてしまっているので、オレと話をするのは優江の潜在意識というやつなのだが。

「ここはどこ?あたしはどうしてこんなところにいるの?」

「ここはまだどこでもないさ。優江はまだ人間として生きているよ。ただ、もうすぐ死ぬんだ。その前に我々デモンと話をする機会をそらが与えてくれているだけなんだ。ここは優江の意識の中。もし知りたいことがあったらなんでも聞いてくれ。」

「ふうわはどうしている?ちゃんと元気にしているのかしら。」

「彼女は元気だよ。今は眠っている。人間の赤ん坊は眠るのが仕事だからな。」

「あたしはこれからどうなるの?」

「聞こえるだろう。あの場所が呼んでいるぜ。そらのところに会いに行くのさ。そして次の生命体になる為の洗礼を受ける。」

「あなたの言うそらってあたし達の言う神様のことなの?」

「そうであるとも言えるし、そうでないとも言える。そらはお前の次の生命をどんなものにするか決めるんだ。そういう意味ではお前達のいう神様と一緒だろう。」

「天国と地獄に分別されるのではないの?」

「この世の中に人間のいう天国も地獄もないさ。死んだ人間はすべてそらのもとへ連れて行かれる。そこで、今の生命をどう過ごしてきたかを見定められる。お前らのいうところの閻魔大王みたいな役目か。そして今の生命をどんなふうに生きてきたかによって次はどんな生命になるのかを審判されるんだ。人間としてやり直す者もいるし、ありんこや害虫、バクテリアになるやつだっている。」

「いいことをしてきたものがまた人間としてこの世に産まれてくるの?」

「そんなに単純なものじゃない。そらの審判のやり方まではオレ達には分からない。ただ、全員が一度釜で茹でられるんだ。人間達のいうところの地獄で行われる行為に当てはまるだろう。実際は全員がそうなる。そしてドロドロになって次の生命体への形状を整えるんだ。そしたら今度はそらではなくほしの出番になるんだ。」

「ほしってなあに?」

「お前らのいう地球と思って間違いはあまりないだろうな。ほしはでっかい生命体なんだ。そのほしのうえで生物はみんな生活している。虫から動物、人間まで。次の生命体の形が決まったら再びほしに送られる。万物はほしの上で意思を持ちながら生きて行く。人間になりたいものもいれば、犬っころになりたいもの、植物になりたいものもいる。そうやっていのちは繋がれているんだ。優江は今度生まれ変われるとしたらなにになりたい。」

「あたしは蝶になりたい。綺麗な羽をパタパタさせて美味しい花の蜜を吸う為に飛んで行くの。綺麗な花には毎日会いに行きたいし、綺麗に飛ぶ姿を人間にみせて魅了させたいな。」

「いいことだ。叶うといいな。残念だけどお前に残された時間はもうないらしい。そらからオレに連絡が今あったよ。」

あたしは慌ても焦りもしなった。待ち続けたこの時間をようやく迎えることが出来るのだ。

「優江。人間、的間優江は幸せだったかい?」

「もちろん幸せよ。大好きな人にたくさん会えたし、さらに大好きな子供を最後に出産出来た。これからはあたしの経験出来なかったことをふうわが代わりにやってくれるわ。あたしは愛する人に出会って、その人との間に出来た子を産むことが出来た。そしてそのことを家族に祝福してもらえた。こんなに嬉しいことはないわ。岳人のことはとても残念だったけど、最後にあなたの話を聞いて安心したわ。あの子もきっと新しい命を精いっぱい生きているのでしょう。

もう、後悔や未練なんてないわ。さあ、そらのところに連れて行って頂戴。ああ。あたしの生きてきた、この世よ、さようなら。お父さん、お母さん、亮君、果歩ちゃん、美羽ちゃん、そしてふうわよ。あたしはこの世界から旅立ちます。だけど心はいつでもあなた達と一緒のつもりです。みんな幸せで過ごして下さい。そしてときどきでいいので的間優江のことを思い出してくれたら嬉しいです。それではありがとう、さようなら。的間優江の世界を華やかに彩ってくれた人々よ。」

やはりオレは「立ち会い」が好きではない。だってそれは付き添った人間が今まで生きた世界と決別する瞬間、そしてオレ自身が付きそって来た人間とさようならする寂しい瞬間なのだから

Fin
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