R-15
死ぬときに一番悲しいのは本人だとは限らない
ふと、視線の届く限りで周りを見渡すとお母さん、果歩ちゃんは涙を流して泣いている。お父さんと亮君、美羽ちゃんも目を真っ赤にしてお互いを励まし合っていた。大丈夫、優江はきっと元気になると。
それを見ていると非常に申し訳ない気持ちになった。あたしのせいでみんなが泣いている。ごめんね、心配かけて。だけどあたしはもう二度と元気を取り戻すことはないの。人間が死ぬときというのはこんなに複雑なものなのか。死ぬのはあたしで周りのみんなはこれからも生きていくというのに何故かあたしの胸から湧き出る言葉は、
「ごめんなさい。」
だった。あたしも過去にこの言葉を残してこの世を去って行った最愛の子を看取ったことがあるが、彼がそのときどんな気持ちでこの言葉を選んだのかがやっと理解した。あたしが死ぬときに一番辛いのは決してあたしであるとは限らない。
ところであたしはなにがどうなってこんな状況になったのか。口も聞けないあたしだが、あたしだけに与えられた口が聞けなくても意思の疎通がとれる特殊な存在がいることを思い出した。
「デッド。ねえデッド。聞こえる?聞こえたら返事して。」
あたしはいつものように心の中でヤツの名前を呼んだ。いつもヤツは憎たらしかったはずだ。今でも決して好きなわけがない。ただ、今はどことなく親近感を感じていた。あたしが過去に亮君に対して感じたそれと同じ感覚だった。あたしは死を目前にしてさらに頭がおかしくなってしまったのだろうか。
「なんだい優江。」
この状況を知らぬ訳でもないだろうはずなのになんだい、は無いだろう。
「あたしはどうしてこんな状況になったの?なにかが頭に当たって痛かったこと以外何にも覚えていないのだけど。」
ヤツはいつも通りに小さな羽をパタパタと小うるさく鳴らしながら答えた。
「優江が庭を散歩しているときに、人間が優江の頭の上に落ちてきたんだよ。8階建ての建物の屋上からかな。小太りの中年のおっさん。そいつはどうやら末期の胃がんだったらしくて、病気で死ぬのが怖くなって屋上から飛び降りたんだってよ。そいつが優江の頭の上にドスンと落ちた訳だ。」
「なにそれ。あたしは自殺志願者の下敷きなって、こんなみじめなことになっているの?その男は今どこにいてなにをしているの?全く関係ない第三者のあたしをこんな目に合わせておいて謝罪にも来ないの?」
「謝罪には来たぜ。本人じゃなく家族の奴らだったけど。」
「そうなの?なんで本人は来ないの?」
ヤツの丸く大きな瞳は一瞬間をおいたが、その瞳はヤツには全く似合わない真剣な眼差しだった。
「死んだからだよ。」
あたしは背筋が凍る思いをした。その男の顔など見たこともないし、どんな奴だか想像もつかないけど、何故こんなにも嫌な気分になるのだろう。相手は真っ赤な他人であるのは間違いないのだけれど。
そいつが死のうが生き延びようがあたしには関係ないはずなのに。死という言葉にあたしは過敏だった。ちょっと、いやかなり動揺した。何故か死んだ原因があたしにあるような気さえした。
「死因は?」
「頸椎骨折だってよ。即死だったらしいぜ。」
そうなんだ。あたしをこんな目に合わせた人間を可哀想と思うのもバカバカしいが、あたしには若干そんな情けが湧いてきた。その感情は一瞬で消え去るのだけれど。
「ちなみにお前も頸椎骨折なんだぜ。」
なによそれ。首の骨が折れるなんて本当に即死の原因じゃない。だけど、あたしは体に不具合が多いがこうして生きている。
「優江はその事故が起こってから20時間は眠っていたんだ。当然手術もした。意識があることはさっきドクターがみんなに告げているけど、身体の不自由は生涯かけても元に戻るとは約束は出来ないってよ。」
デッドはちょっと躊躇いがちに続けた。
「そしてお前の命も保障は持てないらしい。」
分かっていたことだけど、他人から言われるとその言葉は非常に重みを帯びて感じた。やはり間違いないのだ。あたしはこれで死ぬ。デッドがあたしは死ぬってはっきり言わないのはあたしが夢で寿命が見えなくなったことを知っているからだろう。あたしが死ぬのかそうでないのかいまいち確信が持てないのだろう
それを見ていると非常に申し訳ない気持ちになった。あたしのせいでみんなが泣いている。ごめんね、心配かけて。だけどあたしはもう二度と元気を取り戻すことはないの。人間が死ぬときというのはこんなに複雑なものなのか。死ぬのはあたしで周りのみんなはこれからも生きていくというのに何故かあたしの胸から湧き出る言葉は、
「ごめんなさい。」
だった。あたしも過去にこの言葉を残してこの世を去って行った最愛の子を看取ったことがあるが、彼がそのときどんな気持ちでこの言葉を選んだのかがやっと理解した。あたしが死ぬときに一番辛いのは決してあたしであるとは限らない。
ところであたしはなにがどうなってこんな状況になったのか。口も聞けないあたしだが、あたしだけに与えられた口が聞けなくても意思の疎通がとれる特殊な存在がいることを思い出した。
「デッド。ねえデッド。聞こえる?聞こえたら返事して。」
あたしはいつものように心の中でヤツの名前を呼んだ。いつもヤツは憎たらしかったはずだ。今でも決して好きなわけがない。ただ、今はどことなく親近感を感じていた。あたしが過去に亮君に対して感じたそれと同じ感覚だった。あたしは死を目前にしてさらに頭がおかしくなってしまったのだろうか。
「なんだい優江。」
この状況を知らぬ訳でもないだろうはずなのになんだい、は無いだろう。
「あたしはどうしてこんな状況になったの?なにかが頭に当たって痛かったこと以外何にも覚えていないのだけど。」
ヤツはいつも通りに小さな羽をパタパタと小うるさく鳴らしながら答えた。
「優江が庭を散歩しているときに、人間が優江の頭の上に落ちてきたんだよ。8階建ての建物の屋上からかな。小太りの中年のおっさん。そいつはどうやら末期の胃がんだったらしくて、病気で死ぬのが怖くなって屋上から飛び降りたんだってよ。そいつが優江の頭の上にドスンと落ちた訳だ。」
「なにそれ。あたしは自殺志願者の下敷きなって、こんなみじめなことになっているの?その男は今どこにいてなにをしているの?全く関係ない第三者のあたしをこんな目に合わせておいて謝罪にも来ないの?」
「謝罪には来たぜ。本人じゃなく家族の奴らだったけど。」
「そうなの?なんで本人は来ないの?」
ヤツの丸く大きな瞳は一瞬間をおいたが、その瞳はヤツには全く似合わない真剣な眼差しだった。
「死んだからだよ。」
あたしは背筋が凍る思いをした。その男の顔など見たこともないし、どんな奴だか想像もつかないけど、何故こんなにも嫌な気分になるのだろう。相手は真っ赤な他人であるのは間違いないのだけれど。
そいつが死のうが生き延びようがあたしには関係ないはずなのに。死という言葉にあたしは過敏だった。ちょっと、いやかなり動揺した。何故か死んだ原因があたしにあるような気さえした。
「死因は?」
「頸椎骨折だってよ。即死だったらしいぜ。」
そうなんだ。あたしをこんな目に合わせた人間を可哀想と思うのもバカバカしいが、あたしには若干そんな情けが湧いてきた。その感情は一瞬で消え去るのだけれど。
「ちなみにお前も頸椎骨折なんだぜ。」
なによそれ。首の骨が折れるなんて本当に即死の原因じゃない。だけど、あたしは体に不具合が多いがこうして生きている。
「優江はその事故が起こってから20時間は眠っていたんだ。当然手術もした。意識があることはさっきドクターがみんなに告げているけど、身体の不自由は生涯かけても元に戻るとは約束は出来ないってよ。」
デッドはちょっと躊躇いがちに続けた。
「そしてお前の命も保障は持てないらしい。」
分かっていたことだけど、他人から言われるとその言葉は非常に重みを帯びて感じた。やはり間違いないのだ。あたしはこれで死ぬ。デッドがあたしは死ぬってはっきり言わないのはあたしが夢で寿命が見えなくなったことを知っているからだろう。あたしが死ぬのかそうでないのかいまいち確信が持てないのだろう