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作者: konoyo
R-15
あなたのことは忘れるはずもない
 そんなことを考えているといよいよ卒業式が始まるということで、みんなで体育館へ移動を始めた。あたしの両脇にはやっぱり果歩ちゃんと美羽ちゃんが付き添ってくれた。幸い今日のあたしの体調は悪くはなかった。みんなの列のペースを乱すことなく体育館まで辿り着き、ふたりと離れて男子と女子とで別れて50音順で一列に整列した。

みんなが立っている中、あたしは座って式に参加するように大葉先生に言われた。そして彼はあたしの横に立っていざというときの為に待機していてくれた。ああ。本当にこの人とは色々あったけれど、きっと根っからの悪い人ではなかったのだろう。ただ人より少しおせっかいな世話焼きさんだったのだと今は思う。だからこそ、他人のこと、他人の将来のことにまで首を突っ込まないではいられなかったのだろう。あたしにはそれが邪魔くさかったけど、人によってはそれが頼もしい先生だと映る人もいたに違いがない。それを考えるとあたしは彼にひどい扱いをしてきたと少し反省した。少しだけね。 

卒業証書の授与、来賓と校長先生の挨拶、下級生からの卒業生を送る言葉と、順調に次第は進み、最後に卒業生の歌で締めくくる段取りとなっていた。歌う曲はいかにも旅立ちの曲って感じの日本のポップスの曲を合唱用にしたものだったけど、あたしにはその曲は聞いたことがあるなあ程度しか知らなかったので、口をパクパクさせて歌っているフリだけをした。

式が終わって各教室へもう一度戻る。うちの学校では卒業証書はクラスの代表がクラスの全員分のそれを校長先生から受け取ってあとでクラスに戻ってから各自が担任の先生から渡される慣わしになっていた。早速クラスに戻って大葉先生から順番に卒業証書を拝受する。そのとき一言ずつなにかを言われるのだが、やっぱりあたしはそれが嫌でたまらなかった。卒業式に参加させてくれる協力をしてくれたこの人は良い人ないのかもしれないと思ったけど、苦手なものは苦手で変わりはないのだ。先生に対するある種の恐怖感も消え去った訳ではないのだ。いよいよあたしの順番がきて教壇の前まで行って卒業証書を頂戴する。

「大変なことも多かったが、よく頑張ったな。俺は一生お前のことを忘れられそうにないぞ。」

証書を渡しながら言われた一言はそれだった。大変なことの半分くらいをあなたが占めていたよ。と思いながら、

「ありがとうございます。あたしも先生のことは死ぬまで忘れないと思います。」

と言いながら証書を受け取った。果歩ちゃんはあたしが証書を取りに行くときは気付かなくてごめんねと言いながら、教壇からあたしの席までの帰り道には付き添ってくれた。あたしと大葉先生。本当に色々面倒くさいことが多かったけど、卒業式になって形勢大逆転でお互いが分かりあうなんてことは、ドラマの中だけの出来事なのだ。あの人はどう思っているか分からないけどあたしの中では結局最後まで彼の人間性には疑問符が付いたまま、その関係性に幕を下ろした。これだけ静かに終焉を迎えられたのはむしろ奇跡だったのかもしれない。彼から放たれる最後の一言がもう少し立ち入ったものだったらあたしはときと場所を構わず、またキレていたのかもしれなかったのだから。もちろんあたしの妊娠を喜んでくれたり、あたしが夢を持てたことを祝ってくれたり、卒業式に出席することを応援してくれたことは感謝しているよ。だけど、これまでにふたりの間に出来た溝は簡単には埋まるものではないの。

あたしが素直じゃなく捻くれている?そうかもしれない。でも、人と人との間の縺れた糸はそう簡単には解けはしないものだとあたしは思っていた。

先生はあたしに憎しみという感情を与えてくれた。もしかしたらそれはとてもありがたいことなのかもしれない。憎いと思う人なんてあなたしかいなかったのだから。人間には色んな人がいる、ということを気付かせてくれたある意味貴重な存在だったのかもしれないね。あたしはやっぱり先生が憎い。最後に優しいあなたを見せてくれたのは嬉しいことだけど、あなたを憎んだ時間はとてつもなく長かったの。でも本当にあなたのことは忘れないよ。忘れられもしないよ。不思議なものね。
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