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作者: konoyo
R-15
父の力強い言の葉
父は今度は両手を組んで、相手の顔をしっかり見つめて続けた。

「はっきり言います。私はこの子に子供を産ませてやりたいと思っているんです。」

はっきりと。間違いなく父はそう言った。

「もちろん私はそのことについては大反対でした。最初は産ませる気なんて微塵も無かったですよ。でもね。娘と何度も話し続けて分かったことは、娘は本気であなたの息子さんとの将来、子供を含めた新しい家族の幸せを考えているのだということでした。これまで相当辛い戦いをしてきたことでしょう。大人の私たちから頭ごなしに反対され、自らの育んできた愛と言うもの、自らのからだの中に存在する新しい命のこと全てを否定されるかのような毎日を送って来たのですから。本当に辛い思いをさせてきたと思っています。だけどふたりのしてきたことは恥ずかしいことでもなんでもない。ただちょっとタイミングが早すぎただけだ。

私は、若すぎるそんなふたりを応援したいと今では思うようになりました。私はふたりのことを真剣に考えていなかったのかもしれない。娘はこんなにも真剣だというのに。私は自分の理想を娘に押し付けることしかしていなかったのかもしれない。いつまでも娘を子供扱いしかしていなかったのかもしれない。

弱弱しい父はまだ続ける。

「私達家族は最近大切な家族のひとりを亡くしました。それから私は命の重さと言うものを痛感してきました。命とは輝かしい一面を持つと同時に、もしもそれを失ったときには大きな悲しさや怖ろしさを与えるものだと感じておりました。命と言うものに私は怯えていたのです。ですが娘は私よりもずっと素直に、前向きに命と言うものに向き合っていたのでしょう。そして私よりずっと身籠った命と言うものを大切に想っていたのでしょう。そんな娘と向き合う程に私も娘の授かった命の大きさ、尊さを受け入れなければいけないと考えるようになりました。娘の出産を素直に喜ぶべきだと思うようになりました。全ての事情を抱え込んで娘と亮さんの手助けしてやることが親をしての宿命だと今は思っていますから。」

うちの父は信じられないほどに優しく慈しみに満ちた言葉を発してくれた。これには相手の父親もなんの反論も出来ないようだった。
これまで彼は自分とその息子が加害者で、あたし達家族が被害者ではあるが、彼自身とうちの父の望む結論は同じところにあると思っていたことだろう。彼にとって今日の話し合いは生まれてくるはずの子供をおろすということを、いかにあたしとうちの両親の心につける傷を最小限におさえつつ、彼の望む結論に落とし込むことが目的であったのであろう。しかし思惑は外れうちの父に子供を産むことを完全に肯定されてしまったのだ。彼にとっては想定外の出来事だったのであろう。
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