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作者: konoyo
R-15
紙袋の中に誠意が入るものか
父と一緒に亮君の家を夜遅くに訪ねた日から1週間以上がたったある日。夕方に亮君の父親が我が家を訪ねてきた。もちろん訪れてきた用件など分かっている。彼はいつもと同じように申し訳なさそうな顔をして現れたが、身に纏う雰囲気が若干これまでといくらか違っている気がしたわ。なにか力強いものを感じさせる目をしていた。

気になったことはもうひとつ、亮君を連れて来ずにひとりでやってきたこと。あたしは、きっと息子の前では話しづらい話をするためにやって来たのだとぴんときた。これまで彼と話をしてきたことは、もういくら時間をさいても平行線をたどるだけで無駄なことだと思っていた。彼は子供をおろせという。あたしは嫌だという。あたしの父は娘に対して責任を取ってくれという。子供を産んでそして育てることを金銭的に援助すること以外に彼が責任をとるという行為とはなんなのかあたしには分からなかった。

あたしが望んでいる限り、おなかの子を元気に産むことに協力することが最初に果たさなければならない責任なんじゃないの。決して歓迎されてはいない来訪者は父によりリビングに通されたが、差し出された座布団には座らずにその脇に正座をしていつものように頭を下げた。

今回の件はすべてうちの息子の過ちであり、あたしには心と体に傷を負わせたことを申し訳なく思い、当然あたしにはなんの非も無く、お詫びの言葉もないと頭を下げ続けた。あたしにはその謝罪の言葉が気に入らなかった。今回の行為はあたしと亮君ふたりの責任であり、決して行為自体は悪ではないし、それによって出来た結果も決して忌み嫌われるものではないと思っていたからね。

この男だって心の奥底では、責任はお互い様だと思っているに違いない。そう思うことは構わない。事実なのだから。それをうちの父の許しを得たいがために空々しい台詞を並べることが気に入らないの。

「これはあくまでお詫びの気持ちであり、これで話をおさめて頂きたいというわけでは決してありませんが。」

と言い、デパートの紙袋を父に向かって差し出した。それの中身がなんなのか容易に想像がついた。父もそうだったからだろう。決してそれには触れようとしなかった。

本音を言うと父にそれを受け取って欲しいと思っていた。それによりうちの父と相手の父親とのわだかまりがなくなると言うか、和解してほしかった。父がそれを受け取って相手の父親と結託したところであたしが子供を産むということを諦めることもあり得ないわけだし。ただ父と相手の父親が別々にあたしに対抗することが面倒くさかったのだ。紙袋を受け取って敵はひとつにまとまって一本化してくれればあたしも対応が楽になる。

ただ、父はテーブルの上に置かれた紙袋をじっと見つめたまま動かなかった。視線はそれに集中しながら。まさか中身がなんだか分からないはずもなかろう。彼がどういう意図でそれを父に渡したのかも分からぬはずもない。なぜそれを受け取らないのかがあたしには謎だった。中身の分量を推し量っているのか、はたまたその分量が気に入らないのか。

そして父はふとあたしの顔を見つめてきた。真剣なまなざしでじっと見つめてきた。今までにあまり見たことのない表情をしていたわ。あたしは気まずくて目を合わせることが出来なかった。その視線は決して問題を起こした不良少女を見る目ではなく、温かみのある我が子を見つめる父親の眼差し。父とじっくりと目を合わせなくてもそんなことはすぐに分かるの。だけど、あたしにはその視線は鬱陶しいものに感じられて仕方がなかった。あなたの相手はあっちでしょう。あたしなんか見つめていないで早くあっちと話を進めて頂戴。

父は視線を相手の父親の方に移し、左手のこぶしを顎にあてながらポツリポツリと語り始めた。今度の表情はあたしを見つめていたときとは全く異なり、視線をどこかに絞る様子はなく、まるで自分の心の奥底のなにかを強く引きずり出そうとしているかのようにゆっくりゆっくり喋りはじめた。

「私もね。この子には普通の女の子として高校生、大学生そして社会人と育って欲しいと思っていました。これから先のこの子の人生はきっと今より楽しい時間が待っていると信じています。学生を終えて独り立ちして就職をしたら経済的にも今より豊かな時間がやってくることでしょう。自立した立派な女性に成長していくことを願っていました。その中で男性とも出会い、恋をして、別れを経験して男と言うものを知ればいい。真の愛情とはなにかを知ればいい。そう思っていました。それがこの子にとって幸せで有意義な人生であると考えていました。

しかし、私の理想とは違うところで娘は一生懸命に恋をして愛を育むということを覚えようとしていたのでしょう。我が娘のことながら一時の感情だけに流されて男性と今回のような行為に及ぶような愚かな子だと思っておりません。本気であなたの息子さんを愛していたのだと確信しております。もちろんまだまだ世間のことはおろか、家庭とはなにかということでさえ理解していない幼い子供です。

ただね、まっすぐ前を向いてこれからの未来を見つめている。自分の未来に誇りを持っている、そんな気がするのです。」
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