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作者: konoyo
R-15
母の覚悟
 亮君の家までの道をナビゲートしながらもあたしの胸は張り裂けそうになっていた。これから亮君とあたしはなにを問い詰められるのか、その問いに対してなんて答えたらいいのか、どんな結論が出るのか…。ただひとつだけあたしの中で強く決めていることがあった。このおなかの子はあたしがしっかり産み落とすのだと。ただその結論を父や亮君の親に認めさせることがどんなに困難なことなのかをあたしはやっぱりまだ甘く見ていたらしい。

亮君の家の玄関の前に父親とふたりで立ち、インターフォンを鳴らす。奇妙なことにあたし達ふたりは仲間ではない。志の違う敵同士なのだけど。家の玄関は亮君の父親が開けてくれた。そこに顔を出した人の表情と振舞いをみていると一体なにが起きているのかまだ理解していないようだったわ。亮君はまだ事実を伝えきっていないのだろう。その人は訝しげに、

「こんな時間にお越し頂いたのはなにか大事なお話があるのでしょう。中へどうぞ。」

「いや、ここで結構。」

ふたりの父親の間には、ただただ不穏な空気だけが流れていた。

「お宅のご子息がうちの娘に対してしたことはご存知かな?」

「さあ…」

「そうか、なにもご存じではないのか。お宅の息子はわたしの娘に対していかがわしい行為をして、娘のおなかの中に子供を産みつけたのだ!」

亮君の父親は顔が真っ青になり改めて我々を家の中へと案内した。

今度はあたしの父も拒みはしなかった。これからどんな修羅場が待っているのか想像するのは容易だったし、誰が一番傷つけられるのかも明確に想像はついていたわ。

話し合いはリビングで行われ、うちの父とあたし、亮君と父親、母親でそれは始まった。いかがわしい行為はいつどこで行われたのか、お互いに合意のうえだったのか、こういう結果を呼び起こすことを予測できなかったのか、などなどうちの父からの質疑応答形式で話は進められた。しかし、これらの問い掛けは愛し合ったふたりに投げかけられるものではなく、明らかに亮君だけを追い詰める口調で進められた。亮君はろくになにも答えられずに沈黙するばかり。下手な答えは大人達も刺激するし、あたしをも刺激すると分かっていたのね。

大人達は結論を急いでいるように感じた。彼らの向かう先には当然のごとく子供をおろすという結論に運ぶように話をしているように聞こえて堪らない。時計の針はもう深夜11時を回っていた。この家に押しかけてきてから大分時間も経つ。うちの父は吐き出したいだけの毒を解放したせいか、少しだけ落ち着きを取り戻していたよう。相手の両親は全ての非は我が息子にあると頭を床に擦り付けるようにして詫びていた。なにも答えられない亮君と時計の針を見渡して、大人達は続きはまた明日に持ち越しというかたちで矛をおさめようとしたが、あたしはその空気を切り裂いた。

「あたしはこのおなかの子を産もうと真剣に思っています。」

全員が驚いた。おそらく亮君でさえも。

「なにを馬鹿なことを言っている。」

沈下しかけた父の怒りが再び燃え上がる。

「あなた方は子供をおろすことに結論を持っていきたいように聞こえますがそうなのでしょうか。それにしてはあまりに簡単なことのようにお話ししているようですが、それがあたしにとってどんなに辛いことかわかりますか。無理やり健康な体にメスを入れられて我が子供を無理やり引きずり出すことがどんなにあたしにとって苦痛になるか分かっていますか。そのせいで今後子供を産めなくなるリスクがあることを承知でお話されていますか。」

父も含め全員が黙りこくった。あたしは捲し立てる様に相手の両親に向かって続けた。

「ご両親は分かっていらっしゃいますか。あなたの息子の安易な行動のおかげであたしがどれだけ大切なものを自分の体に授かることになったという事実を。」

あたしは卑怯だった。亮君をも敵に回すような発言をしたから。自分だって同意のうえでのセックスだったことを棚に上げて。しかし、そうしてでもあたしはおなかの中の子を守りたかったのだ。このときはまだおなかの中の子に大きな愛情があったわけではないかもしれない。ただの母として小さな責任感だったのかもしれない。だけど、もしかしたらこの子はあたしの短い命を輝かせてくれる最後の存在かもしれないという期待は間違いなく持っていた。

「優江。分かった。一度家に帰って我々でよく話そう。」

父親はそう言って立ち上げり、あたしの手を掴みその場を離れようとしたがあたしはこのタイミングを逃さなかった。

「この人殺し!」

お腹を抑えながら目を大きく見開いて父と相手の両親を交互に睨みつけた。

「あなた達は全員人殺しよ!あたしの、生きているあたしのおなかを切り裂いてあたしの大切な命を奪うことしか考えていないのよ。あたしが血を流すことも涙を流すこともなにも考えていないのでしょう。これからよく考えるといいわ。もしもあたしに手を下すようなことがあれば、あたしだって黙ってはいないから。代わりにあなた達の守るべきものを奪ってやる。あなた達の息子のおなかにも大きな傷をつけて殺してあげる。そして、その場であたしも死ぬわ。」

あたしがいくら吠えても大人達が譲ることはないことを覚悟していた。頭を抑えつけられて縛り付けられるものだと思っていた。だけど、そんな覚悟とは裏腹に大人達は黙り込んだまま、皆下を向いていた。

拍子抜けと言えばそうだった。特にあたしの父。とても思いつめたような顔をして、歯を食いしばっていた。あたしにはすぐに分かった。父は岳人のことを思い出しているのだと。

結局この日は、予想外の幕切れで亮君の家を後にすることになった。とにかくあたしにとっての収穫は、関係者にあたしが妊娠していることを周知することが出来たことだ。あたしは自分が妊娠していることを亮君も含めた関係者に告白することを大変恐れていたが、賽が投げられてしまえばあたしはこの子を産むことに全力を注ぐしかない。先程のように誰に噛みつこうと、例え味方がひとりもいなくなったとしても。

今日のところは大人達はあたしの子を産ませるのか産ませないかの結論は出さなかったが、これから大きく揉めることは間違いない。帰路においてあたしは改めて気を引き締めた。車中父と会話を交わすことはなかった。
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