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作者: konoyo
R-15
男子の部屋はくさい
 それを聞いてあたしは正直びっくり。驚きすぎて恥ずかしさも照れ臭さも吹き飛んでしまうほどに。

「うん。」

あたしは落ち着いて答えた。
 
 彼の家に向かう路ではお互い殆ど口をきかなくなっている。なんとなくだけど彼の身に纏う空気がこれまで見たこともないくらいに張りつめているのを感じたわ。あたしと謂えば、意外とそうでもなかったけど。怖いとも思わないし、恥ずかしいとも照れくさいとも思わなくなっていた。家でふたりきりになればなにかが起こるだろう。そんな気はしていたが、別になにも気にすることも身構えることもない。ドキドキくらいは多少していたかな。あまりにも亮君が話をしてくれないので退屈だったわ。何をそんなに硬くなっているのだろう。余程、いやらしいことでも考えているのだろうか(笑)。

 あまりにも彼が硬いので、あたしは安心させるつもりで彼の手をそっと握ってみた。その手はたくさんの汗で溢れていた。強く握り返してくれるわけでもなかったけど、そのまましばらく手を繋いだまま歩いたわ。

 彼が家のドアを開けて、愛想なく「どうぞ。」とあたしを案内してくれる。彼の家に入った第一印象はあたしの苦手な匂いがするなって思った。他人の家ってなにか特有な匂いがするよね。友達の家であっても親戚の家であっても。慣れてしまえばなんてことはないのだけれど、最初は結構強烈に鼻を刺激する。あたしはどんな家でも最初はその匂いは嫌いなことが多かった。なんなのだろうね。あの匂いって。家族の体臭?それとも建物の匂いなの?家それぞれの匂いに個性があることが不思議だったわ。亮君の家はなんか青臭かった。夏場の林の中にいるみたいな匂いだった。

 玄関を通ってそのまま2階にある彼の部屋に通された。その部屋は思っていたとおりだったけど、やはり整然としていた。でも、整頓はされているのだけれど纏まりのない部屋だとは思ったわ。壁にはサッカー選手のポスターが貼ってある。その隣にはあたしのよく知らないミュージシャンのポスターが貼っていてさらに隣にはカレンダーが続いていた。本棚には昔使った教科書とか参考書が並んでいる棚があり、また漫画の並んでいる棚もあった。あとは雑誌とか。雑誌は音楽系のものが多い気がしたね。最近流行りのバンドとかミュージシャンを取り扱ったものもあるけど、クラシック系であろうと思われる雑誌が多いのかなという印象だった。
「ちょっとだけ座って待っていて。今、なにか飲み物を用意するから。」

 そう言いながら部屋を出て行くときの顔は少しだけいつもの亮君に戻ってきていた。座って待っていろと言われてもこの部屋はフローリングでカーペット1枚敷いていない。枕よりはふたまわり位大きい程度の小ぶりなクッションがポツンと床の上に置いてあるだけだ。きっと今日の為に緊急でどこかからか引っ張り出してきたのだろう。彼の雰囲気とも部屋のそれとも似合わない真夏の空の青のような色のクッションは明からに浮いていた。あたしが座るにしてもいくらなんでも小さいだろう。あたしは仕方なしにベッドの上に腰掛けて待っていることにした。

 無意識のうちにため息をつきながら部屋の天井を眺めていた。あたしの部屋の天井とは全然違うなと思ったわ。あたしは自分の部屋の天井を眺めることが多い。夜になって床についても中々眠りにつけないのでそれを眺めている時間が長いのだ。だからなのだろうか。うちの部屋の天井は薄暗い。見つめていると気分まで暗くなる。違うか。見つめているときの気分がいつも暗いのか。亮君の部屋の天井は白くてほぼ無地だった。うちの天井は天然のものではないのだろうが木目のようなものがある。細かい木目じゃなくてとても大雑把な感じ。あたしの手の親指の大きさくらいの中々の大きさの黒い染みまである。なんであんなものがあるのだろうと思っていた。普段はそんなことは日中に思い出すことなんてないのに、他人の部屋の天井と見比べてみて改めてそのことを思い出した。あたしの部屋の天井の木目はじっと見つめていると、うねるようにゆっくり形を変えていくことがある。割と早く1、2分くらい眺めているとそんなことになることが多い。変化の仕方も何通りかあるみたい。平行移動するときもあれば小さく角度を変えていくこともある。

 さっき言った親指大の染みもわずかだけれどその位置をゆっくり変えていくことがある。いつからだろうか忘れてしまったが、最近ではある程度あたしが右に動けって思ったら右に、左に動けって思ったら左に少しずつ移動することも少なくない。だけど、よっぽど夢中になって天井を凝視していないと思う通りにはならないらしくて、気を抜くと染みはすごい速さで元の位置に戻ってしまう。亮君の部屋の天井だったらそんな不思議な体験もしないのだろうか。いや、亮君があたしの部屋の天井を眺めてもあたしと同じような体験はしないのだろうか。
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