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作者: konoyo
R-15
あなただって同じでしょう?
 人間とは行く末が幸せだと信じているから生きていけるのではないのか。明日も、来年もきっと喜ばしいから今日を一日頑張ろうとするのではないの。人間だけではないよ。どんな生きものだって明日死ぬと知っていては今日を生きる活力がなくなっちゃうよ。
 
 どんな生きものだって、とは言ったけど六百年で死ぬと言っているソイツのことは敢えて無視だ。悪魔とその他の生きものを一緒にされては困る。

「オレは優江の言うことは間違っていると思うな。誰だっていつかはみんな死ぬものだと認識しているだろう。明日はいい日かもしれないし、来年も楽しいことがあるかもしれない。だけど、その先には死があると分かった上で生きているじゃないか。明日が晴れ晴れしいから生きていこうという気持ちを持つことと、死を受け容れることは別の問題なんじゃないのか。」

 悔しい。ソイツの述べることが正論だと感じてしまった。だけど、ソイツの口述は絶対にナニカがおかしい。受け容れたくない。それに納得してしまえばどこか人間らしくない気がする。嫌だ。あたしは幸せになりたい。

「またそんな分からないことを言う。オレは優江が幸せになれないなんて言っていないじゃないか。そうなれるかどうかは優江次第だろう。それこそ優江が頑張って生きていけばときめくことが出来るだろう。」

 また正論だ。あたしだって馬鹿じゃないのだからもう分かっている。生きているうちに幸福になることと、いつかは死ぬことは別問題なんでしょう。なんでも知ったように言うけど、あんたは人間の気持ちというものをまるで汲み取れていない。

「その顔は納得していない様子だな。他の人間もそうだったよ。ただ、これまで付き合ってきた人間と優江には大きな違いがある。優江はこれまで幸せになる努力をしていないじゃないか。なんでもかんでも冷めた気持ちで扱って、懸命になることなどなかったじゃないか。別にそのことを非難するわけではないけど言うことと矛盾はしているだろう。」

 そう見えるかもしれない。だけど、自分なりに努力はしているつもりだ。だって幸福に生きたいから。

「そもそも幸せってなんだ。努力して手に入れられるものなのか。金をたくさん持つことか。有名になることか。それとも長生きすることを言っているのか。」
 
 だめだ。もう堪えられない。これ以上あたしを責めないでくれ。

「死ぬのなんて怖いよう。」
 
 本音が出た。あたしはソイツの話を論破したかったわけじゃない。現実から目を逸らしたかっただけなのだ。目頭と鼻の先が熱くて痛い。死ぬのは真に怖い。だけど、死ぬという言葉が飛び交うこんな会話も怖いのだ。

「悪かったな。嫌な思いをさせるつもりじゃなかったのに。」

 悪魔も少し喋り過ぎたと感じたようだ。

「これからは優江が望めばいつでもどこにでも現れるから。機嫌を直してくれたら呼んでくれ。」
 
 ソイツはばつが悪そうな顔をして、窓の外の闇の中に溶け込んだ。生まれて初めて出逢った非現実的な存在と、これまでで一番現実的な会話をしてしまった。嗚咽が止まらない。枕に顔を埋めて震えるしかない。

 きっとあなただって同じでしょう。

 その日は岳人の部屋に戸締りに行くことが出来なかった。
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