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作者: konoyo
R-15
あたしは間もなく…死なないよ
 果歩ちゃんとの約束の時間のずっと前から鏡を覗いておめかしをする。特別なときだけ付けることにしていた赤のヘアピンで髪をとめて、冷たい水で何度も顔を洗った。大丈夫。鏡に映っているのは幻影を見るようになる前の自分とたいして変わりない。頬がこけているくらいだ。人を驚かせたり、引かせたりする程ではないはず。早めに外に出て待っていることにした。外の空気というものになれなければいけない。
 
 思っていた以上に怖気づくことはない。外に出ることもそうだが、普段より死の呪縛にとらわれていない。これなら一日くらい笑って過ごすことが出来るのではないだろうか。
 
 果歩ちゃんはあたしのことを見つけると大分遠くから駆け寄ってきてくれた。

あたしも走った。久し振りに顔を合わせると果歩ちゃんはまるで昨日の岳人のようにあたしの胸に顔を埋めてくれる。岳人と同じ振る舞いはそれだけではなかったわ。
 
 目を赤くした果歩ちゃんの顔をまともに見ることがかなわない。それは駄目だよね。あたしのせいで瞳は真っ赤になってしまったのだから。
 
 会話に詰まってしまうことを恐れていたが杞憂だった。果歩ちゃんはとても明るかったから。無理に振る舞っている様ではない。いつも通りの彼女の笑顔だ。 

 一日中お喋りをしてくれた。きっと彼女も沈黙を嫌ったのではないだろうか。お蔭で遊ぶこと、お喋りすることに夢中でいられた。いつもの様に心が襲われる暇もなかった。きっとこうあるべきなのだろう。いつかは確実に訪れる死に怯えている暇もないくらい一日を楽しまなくてはいけないのだろう。必然から目を逸らすことも大事なことなのだろう。もしかしたら明日にでも果歩ちゃんに不幸が訪れないとも限らない。そんな僅かな可能性に心奪われていてはいけないのだ。

 笑顔で一日を過ごすことが肝要なのだ。僅かな恐怖の可能性に怖気ついている自分が馬鹿馬鹿しいいと思えたわ。そうだよ。あの幻影が残りの寿命なのだと先入観をもっているのはあたしだけではないか。

 常識的に考えてみようよ。そんなものが見えるわけがないじゃない。しばらくすれば、あんな夢を見ることもなくなるのではないか。

今はきっと精神が痛んでいるだけなのだ。果歩ちゃんと笑いながら向き合っていると、実に久し振りに前向きになる。人は幸せだから笑うのだと思われるかもしれないが、笑っているから幸せになれるというのもまた事実である。

「あたしは死なないよ。」

 いつもとは異なる声色のあたしの中のあたしが何度も語りかけてくれる。勇気が溢れて、気が付けばあたしが果歩ちゃんを引きずり回していた。文房具やアクセサリーを買ったりプリクラを撮ったり。立ち止ってしまうのが怖かったからかもしれないね。
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