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作者: 矢賀地 進
男同士、密室、何も起きないはずがなく……
 サービス開始後、無事に最初の期間限定イベントをリリースし終え、リラックスした雰囲気が漂う金曜日の夕方のこと。新しく中途入社したプランナー・水木雅人が、小柄な体に見合わぬキビキビとした動きで、いくつもの段ボールを抱えながらフロアに入ってくる。

「ほら、頼んでたTシャツとグッズ、届いたみたいだよ」

 そう言って重なっていた段ボールを器用に棚に並べ、次々に開封している。席が近い月本が協力して中を見てみると、言った通りにロゴが印刷されたTシャツや様々なグッズが入っていた。

 わらわらとチームメンバーが我先にと集まってくる。

 冴川がその中の一つを覗き込み、「これが主人公ベルトですね、良く出来ています」と興味津々に言いながらビニール袋に包まれたそれを取り出し、手に取ってまじまじと見る。

「見て見て、このカードをここにセットしたらモードが変わるんでしょ」

 福田も続き、紋章のあしらわれたカードを手にとって眺めている。自分のデザインしたものだからか思い入れがあるのかもしれない。

 スマホゲームとしてサービスを運営する以上、必然とキャラクターを多数出す必要が出てくる。とはいえ、ただ量産すればいいというわけではない。『イセワン』ではストーリー重視ということで、ある程度プレイヤーの思い入れがあるメインキャラクターの別スタイル、衣装や性能を変更したものを用意するというわけだ。

 そして、主人公の別スタイルをカードの付替えで実現するという、なんとも裏の意図が透けて見えるゲーム内の設定だ。

「金を産む魔法のカードですから、大事に扱ってくださいね」

 野間が冗談を言い、辺りが笑いに包まれる。

「いやあ、ゲーム自体も今のところ順調だし、これはなかなかテンション上がるね。でも、こんなの依頼してたんだ、月本君が?」

「はい、水木さんはまだ居ない時なんですが。あと、あれはあるかな……」

 元々前職で月本とも仲良くしていた関係か、もしくは彼の気さくな性格のおかげか、まだ入社2週目の水木だったが自然とチームに溶け込んでいた。

 話しながらも、月本はダンボールの奥からリングとチェーンが一体になったアクセサリを取り出す。

「お、ちゃんと入ってました」

「それは例の」

 横の冴川が尋ねてくる。メインキャラクターの一人が身につけているもので、他のほとんどのデザイン作業を福田が驚異的なスピードでこなす中、珍しく長井のノートにあったものがそのまま使われていた。

「なんでだろうな、これだけ何故かちゃんと描き込まれてたんで、形にしてみたかったんです」

 今となってはわからない、長井のこだわりがあったのかもしれない。そこには、細かく紋様が書き込まれたリングがノートのイラストそのまま再現されていた。

「ストーリー上では大事な役割があるとかじゃないんですけど、無理言って依頼しちゃいました」
 
「なるほど、なかなか味のあるデザインですね」

 そうして月本が冴川と盛り上がっていると、帰る準備万端の桃山がカバンを肩から下げて現れた。この頃は長時間働いていたのか、少し疲れも見て取れる。

「もうこんな時間だぞ。ちょっと早いがぼちぼち切り上げて、近くにできたサウナでもこの後どうだ?」

「行きます!」

「いいですね桃さん。裸の付き合いというやつですな」

 桃山の誘いを快諾する水木と野間だったが、冴川はあまり乗り気ではなさそうだ。

「申し訳ないですが今日のうちにやっておきたいことがあって……今回は遠慮させて頂きます」

 冴川はそう言って断る。

「そうか、まあ、無理強いするもんでもないしな。今は忙しくないから、帰れるときに早く帰っとくと良いぞ」

「ええ、お気遣いありがとうございます」

 本能的に男同士の強いつながりを嗅ぎとったのか、横で聞いていた福田の顔が完全に緩んで自分の世界に入っている。また始まったと月本はため息をついた。

「もしかして、裸のお突き合いが始まっちゃう感じ……?」

「文江先生、また字が違ってます」

「俺はそういうのはわからないんだが、女性も歓迎ってあったから、気が向いたらどうだ。じゃ、そろそろ行くか」

 そういって桃山は彼女の妄想に相手をせず軽く流すと、乗り気な二人を引き連れてフロアを出ていった。

 ◆◆◆

 というわけでサウナにやってきた『イセワン』チームの漢達。裸のお突き合いを通して親睦を深めていたのだった。

「いやぁ、生き返るな。普段スマホばっかり見てると、何もしない時間がないからなんだか新鮮だ」

 男3人が黙って座っているのに耐えかねたのか桃山が切り出した。40代とは思えない引き締まった肉体だ。

「ああ、桃さんはそこでしたか。私は眼鏡がないとほとんど見えないんですよ」

 下を向いて目を閉じていた野間は、声の方に反応した。日々の不摂生か、年相応に出ている腹肉が揺れており、汗の吹き出し方が尋常ではない。

「……ふーっ」

 冴川は一つ大きな息を吐く。先程から随分と大人しいが、細身の割にはけして少なくない筋肉を持て余し、不敵な笑みをうかべていた。

「どれ、せっかくだ、ここらで一つ我慢比べといくか」

 そういって桃山が砂時計をひっくり返し、狭い個室に男3人の熱い吐息がよく響く。

「まだまだ……」

「はぁっ、はぁっ……」

 冴川の息遣いは荒い。

 しばしの後、最初に音を上げたのは野間だった。

「いやあ、そろそろ厳しい。桃さんには叶いませんよ、先に失礼します」

 そう言って立ち上がった野間がバランスを崩し、手を床につく。

「おい、野間ちゃん、大丈夫か!」

「はい、なんとか。少し無理してしまいましたね。何か掴まる場所はありませんか」

 そういって彼が手を伸ばした先には冴川の若い肉体が――。

「ああっ、いけません野間さん。そこは――」

※危険なので絶対に真似しないでね!サウナは無理ない範囲で楽しもう!

 ◆◆◆

「っていう話を次の同人誌のネタにしようと思ったんだけど、亮太君はどう思う?」

「いや、コメントしづらいっていうか……」

 福田が次回作の構想を早口で話し終えたところで、なにか今までに感じたことのないものすごい殺気に、それが自分に向けられたものではなくても月本は震え上がった。

「『どう思う?』ではありません、ナマモノは遠慮してくれと以前お願いしたはずですが、もう忘れましたか。それと、ハラスメントは女性から男性であっても成立すると思いますが、その点どうお考えですか?」

 目が全く笑っていない冴川が、理屈で容赦なくまくしたてていた。

「うっ、ごめん」

「申し訳程度に健康に気を遣っていますみたいな注釈を付け足せば、職場の同僚を汚した罪が赦されるとでも?」

「冴川君どこから聞いてたの」

「全部です。月本さんに相談があって来てみれば、貴女という人は。そういえば次のイベントで悪役モブの名前、まだ決まっていなかったので、『フミエ』にするよう土屋さんにお願いしましょうか」

「まあまあ、この手合いは真面目に相手したら疲れるだけですから。それより、来週の社員旅行楽しみですね」

「だから、ごめんって」

 月本は随分と手厳しい物言いで福田をあしらうと、意識して他の楽しい話題に切り替えた。

 社員の親睦を深めてアイデアを交換するのも仕事のうちという建前と、サービス開始までのハードワークを労う意味で、会社負担で休日に出張という名目の、実質的な社員旅行が企画されていたのだった。

「そうそう、やっぱ夏といえば海よね!冴川君が来られないの残念だなあ。やっぱり水着の上からでもわかっちゃうくらい立派だから恥ずかしいとか……それでサウナも遠慮してるとか」
 
「はぁ~、聞こえていますよ。もう注意する気も失せます。それに、その日は遅れますが夜から参加しますよ」
 
 最後の方は早口で、相変わらず妄想を開陳している福田に、やれやれとわざとらしく大きなため息をつく冴川だった。
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