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作者: 矢賀地 進
夏だ!海だ!
 翌週、ジュエルソフトウェアの面々は貸切のマイクロバスでアクアラインを経由し、千葉は房総半島、九十九里の海水浴場まで来ていた。

 夏真っ盛りの8月、まさに海水浴シーズンとはいえ、意外と穴場なのか人はそこまで多くない。

 月本と直島は一足先に飲み物の買い出しを終え、サマーベッドに二人並んで休憩していた。

「直島さん、今日は雲ひとつない晴天で、アニメだったら最高の水着回ですね!」

「そっすね。なんだかスイカ割りやるみたいな話だったけど」

 直島も気のない返事をしているようでいながら、どこか声がはずんでいる。なんだかんだで期待しているらしい。

「文江先生がその辺は色々準備するみたいに言ってましたね、土屋さんも一緒かな?」

 元々予定があったという水木と桃山、夜から参加予定の冴川を除いて勢ぞろいした「イセワン」チームは、一応建前としては出張ではあるが、つかの間の休息を楽しんでいた。

「お、噂をすれば」

 そう言って月本が視線を向けた先に、こちらに向かって走ってくる人影が見える。

「遅くなっちゃったぁ~」

 そう言いながらスイカを抱えて走ってくる土屋を見て、月本は驚愕した。

「あ、あれは……!直島さん、マズいですよ!」

 横を見ると、今までに見たことのない顔の直島が言葉を失っている。まるでなにか見てはいけないものを見てしまったかのようだ。

 見てはいけない、しかし見ずにはいられない。彼の横顔は雄弁に語っていた。

 胸のあたりに抱えたスイカと、その上に乗っかるように二つの何かがスイカに負けず劣らず確かに存在感を示し、走るたびに大きく揺れるそれに二人の視線は釘付けになった。

「ふーっ、重かった」

 土屋が二人の近くまで揺れながらもなんとかたどり着き、足元の砂浜にスイカを置く。大げさに肩で息をしている。

「つ、土屋さん、一人で大変だったんじゃないですか!呼んでくれれば手伝いに行ったのに」

 なんとか動揺を悟られぬよう、そう言って立ち上がる月本だったが、次の瞬間、さらなる衝撃が彼を襲った。

 なんと、スイカで隠れていた部分には、「6-2 土屋」と書かれた白い布が貼られていたのだった。思わず数秒固まってしまう。

「いやあ月本さん、いくらなんでもさすがにそれは見すぎっすよ、ねぇ……って、えっ?!」

 月本の異変に気づいた直島がからかい気味に注意するも、すぐに同じものを認識したのか、呆気にとられて固まっている。

 二人のただならぬ様子に、土屋がもじもじと照れながらも説明を始めた。

「えっと、この水着はね、探してみたらこれしか家になくって。昔のだからちょっときついかなあ。どう?」

(直島さん、この人、どこまで本気なのかわかりませんよ!)

(全部素の可能性もありそうっすね。アラサーが6年生のスクール水着、文学少女にスイカ並みとは、どれだけ属性てんこ盛りなんすか……)

「こらー、紗和子ちゃんに何いやらしい視線を向けてるんだ、この男どもは」

 コソコソと男同士で盛り上がる二人に、遅れてやってきた福田が近づいて顔を覗き込む。彼女が着ていたのはビキニではあるものの、以前SNSに投稿していた画像とは違い、どちらかといえばスポーツ向きのピッタリとした水着だった。

「私の水着はビーチバレー用のやつね。原さんがネットとかボールをレンタルしてるから、直島君行って手伝ってあげて」

「おいっす、任せてください、あっちですね!」

 福田の指さした方向に張り切って向かおうと、直島が立ち上がった。

 月本の方は汗だくでだいぶ疲れた様子の土屋に、飲み物を勧める。
 
「重いの運んだら疲れたんじゃないですか?あっちのクーラーボックスに飲み物がありますよ」

「確かに、喉乾いちゃった。ありがとね」

 そう言って月本に礼を言い飲み物を取りに向かう彼女の行く方向と、直島の走り出した方向がちょうど直角に交わり、次の瞬間には二人は衝突してしまっていた。

「きゃっ!」

「うおっ、危ねっ」

 気づいたときには、二人は絡み合って砂浜に倒れ込んでいた。

 仰向けに倒れた直島に、覆いかぶさる土屋。

「いてて……って、うおっ?!」

「いたたっ……きゃっ!」

 直島が本能的に受け止めようとしたのか顔のあたりに上げた両手には、確かに二つの膨らみがしっかりと握られ、その谷間に顔が埋まり「6-2 土屋」を正面から受け止める形になっていた。 

「あ、いや、これは違うんすよ、不可抗力というか」

「やだ、だめだよちょっと……みんな見てるよ……」

 あまりにもお約束な展開にも関わらず、土屋の反応は意外にもそれほど嫌がっていなさそうなのが気にかかる。

「こらー直島、バスケがしたそうな髪型しやがって、紗和子ちゃんに何しとんじゃ!」

 福田が二人を引き離し、軽く直島の脇腹に軽く数発蹴りを入れている。

「髪は今関係ないっしょ、いてっ!」

「これはお仕置きが必要ね、悪い子には砂にしばらく砂に埋まっていてもらおうかな」

「月本さん、笑ってないで助けてくださいよ!さっきめっちゃ見てたでしょ!」

「い、いやあ、さすがに今のは僕も擁護できませんね」

 月本はそう言って手のひらを返すと、砂をすくって直島にかけ始めた福田に続いた。

「寄ってたかって正社員が契約社員を生き埋めにして、恥ずかしくないんすか!」

 若干反応しづらい悲痛な叫びが虚しくこだまする。

「雇用形態は関係なく直島さんは立派なチームメンバーですよ。万が一のときは労災が降りますので安心してください」

 いつの間にか合流して砂をかけていた野間は、温かいのか突き放しているのかわからない。

 直島が首から上を残して砂に埋まるのに、そう長く時間はかからなかった。

 ◆◆◆

 その後、福田が危うく直島の頭部を破壊しかけるアクシデントはあったものの、無事にスイカ割を終えた一行はビーチバレーに興じていた。

 月本、野間、土屋とチームと、福田、新谷、原のチームに分かれての試合も終盤だ。
 
 福田の強烈なサーブとスパイク、普段の言動からは想像出来ない堅実なプレイをする新谷に翻弄され、月本チームはマッチポイントを握られてしまっていた。

 勝つことが目的であれば、明らかに初心者の原を狙うべきではあったのだが、それで得点を取ったときの彼女の申し訳なさそうな顔と、相手チームの作りだした「それは卑怯だ」という空気に、月本の良心は負けてしまっていた。

 哀れ、直島は相変わらずコートの横で埋まっている。先程のお仕置きとして、既に味わい尽くしたという理由でのスイカのお預けを喰らい、埋められた上に審判を務めさせられているのだ。

「よーし、行くよ、そーれ!」

 水着までビーチバレー仕様にした福田の本気サーブが月本チームのコートめがけ放たれる。

 ここを落とすと勝敗が決し、罰ゲームの買い出しだ。

 なんとか死守しなければと身構えていたものの、意外と速度が遅くふわっと山なりの拍子抜けなボールが、ちょうど3人の中間地点に落ちようとしていた。

(上手い、誰も動けない……!)

 一瞬お見合い状態になり初動が遅れたが、意を決して飛び込みながら月本は手を伸ばした。

「せいっ!」

「あんっ♥」

「きゃっ」

 なんとかボールに触ろうとする努力も虚しく、一度月本の手に当たったそれはネットにかかり自コートに落ちた。そのまま倒れ込み、砂浜に顔から突っ込む。

 ほぼ同時に飛びかかった野間と、土屋も倒れ込む。

「いてて……って、あれっ」

 勢いよく伸ばした手が、誰かの水着の隙間に入り込み、なにか柔らかいものを掴んだ感触があった。

(これは、まさか……!)

 まさかのラッキースケベか。いや、これは事故だ。不可抗力だと、先程の直島と同じ言い訳を思い浮かべる。仕方あるまい。勝負に本気で向き合い、全力を尽くしたまでのこと。

「あぁん、そこはだめっ♥」

 だが、何かがおかしい気がする。

 わざとらしすぎる。

 そう、いま聞こえたのは、野太い中年男性の喘ぎ声ではなかったか。

(違う、そうじゃない。ということは、これは、まさか……!)

 なにか勘違いをしていたのかもしれない。いかに物語の主人公だろうと、そんな美味しい話があるはずがないのだ。この世にフリーランチは存在しない。

 そして、少しの沈黙の後。野間は月本が認めたくない辛い現実を口にした。

「月本さん。残念ですが、それは私のおいなりさんです」

 見上げると、何故か既に立ち上がり少し離れた位置で腹を抱えて笑っている土屋と、反対側のコートで指差して爆笑している福田が見える。

 新谷と原も、職場では見たことのない大笑いだ。直島も砂から出た顔を「ざまぁ」の形に歪ませているように見える。皆の心からの笑顔が溢れていた。

「うわああああああああああああ!」

 そして、砂浜に月本の絶叫が響き渡ったのだった。
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