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作者: 矢賀地 進
 家からそう遠くないチェーンの居酒屋で、桃山は一人晩酌をしながらスマホゲームをプレイしていた。次に面接が入っている大手ゲーム会社の製品を研究という名目だ。

(なるほど、『リングオブカオス』ねえ)

 これがなかなか本格的で良くできていたため、思った以上にハマってしまっていたというわけだ。

(しかし、これなら普通の携帯ゲーム機で出せばいいんじゃねえのかなあ。まあ、そんだけ良く出来てるってことだが、儲かってんのかな)

 いわゆる流行りの基本プレイ無料でアイテム課金するタイプのゲームとは違い、これはアプリ自体を数千円で売り切るタイプのものだ。とはいえ懐事情を想像したところでどうにもならず、何なら面接で質問してアピールするのもありかと頭を切り替える。

 一旦アプリを終了し、他のゲームを始めようとしたところで、桃山を飲みに誘った人物が姿を表した。

「待たせたな」

「よう、久しぶりだな、伊賀。なんだ、少し老けたか」

 年相応になった懐かしい顔を見ると、その眼の奥には変わらない信念を湛えているように思えた。

「お前も少し太ったか?少し飲み過ぎじゃないのか」

「なんだよ、自分から飲みに誘っておいて」

 既に2杯ほど空け、饒舌になり始めた桃山は軽くやり返す。

 桃山がハローワークに行った帰り道、見慣れない番号からの着信に出てみると、伊賀からの連絡だった。「話がある、飲み行くぞ、そっち行くから適当に店入っててくれ」と一方的に言うと、そそくさと通話を終了されてしまった。突然の誘いと場所の指定に戸惑いながらも、お相手の到着を待つ間に先に始めていたというわけだ。

「生でいいか?しかし常務様がご足労ありがとうございますってな。一体どういう風の吹き回しだ?ここまで結構かかるだろ」

 ドラグーンゲームズを挟んでほぼ桃山と反対方向に住んでいる伊賀にとっては、ここに来るだけで二人の通勤時間を合計した1時間半以上かかるはずだった。

「わざわざ辞めた会社に来さすのもなんだからな。それに、会社近くじゃ誰が聞いてるかわからない」

「ずいぶんと慎重なんだな。あの時もずいぶん塩対応だったじゃないか」

「悪い。だがあれはキャリア強化ルームから内線だろ?沼田には筒抜けだと思っておいた方がいい。俺だってお前をそのまま辞めさせるのは不本意だったんだ。うちの部も人は足りてない。だが、沼田が追い出したお前や野間を2部で引き取ったらどうなる。そういうメッセージを全社に発することになる」

「そういうことか。色々と大変なんだな」

 現場レベルでは想像のつかない苦労もあるのだろうと、記憶の中より白髪の増えた伊賀を見やる。伊賀の分の酒が到着し、乾杯をするとしばし昔話に花を咲かせる二人だった。

 ◆◆◆

「で、なにか話があったんじゃないのか?」

「そうだな。話ってのは、どうだ、新しい仕事は見つかったか」

「それが、なかなかうまくいかなくてな。なんせ就職活動なんて20年ぶりよ、しかも当時は応募すれば通ってたしなあ」

「そりゃ丁度いい。南のやつ、覚えてるか。ずいぶん目をかけてやってたろ」

「ああ、南か!結構前に辞めて京都のほう行ってたんだっけか。今はどうしてる?」

「あいつがスマホゲームの会社を立ち上げてな。まだリリース前なんで詳しいことは聞けてないが、まあ人が足りてないらしい。特に経験積んでるシニアの開発者が欲しいという話だ」

 話というのはつまり、退職した桃山に仕事を紹介、というわけだ。なんだかんだで心配してくれていたようだ。

「それ、話通しておいて面接は顔パス……ってわけにはいかないか、ははっ」

「馬鹿野郎、甘えるな。そこまで面倒は見ないぞ、自分でなんとかしろ。まだまだ小さい若い会社だ、売れなきゃどうしようもないし、役に立たないやつを置いとく余裕は無いんだよ」

 言いながらもどこか口調は優しく、口元には笑みが見える。釘を刺しつつも、南と桃山の関係を考えれば、実質的にそうなってしまうだろうことは伊賀もわかっているらしかった。

「でもなあ、実際できんのかな俺にさ。いまいちどのスマホゲームやってもどれも似たようなシステムで、あんまり自分が楽しんで開発してるとこが想像つかねえんだよな」

 どこか乗り気でない様子を察したのか、伊賀が次に聞いてきた内容は予想外のものだった。

「そうか。桃山。夢はあるか」

「なんだよ急に」

 夢。人生も折り返しを意識する歳の男が言うには青臭い響きに、照れ隠しに頭をかきながら答える。

「昔はそういうのもあったけどよ。ま、100万本売れてもこんなものかって感じでな。今はとにかく、次見つけないと」

「俺にはあるぞ」

 既に5杯ほど空けているはずなのに、酔いを感じさせない真剣な表情ではっきりと言い切る。

「今のドラグーンゲームズはどうだ。冒険しないで安定な続編ばかりで、評価制度までそれを後押しだ。その続編すら飽きられて最近はクオリティも怪しいし、大切なものを見失ってる。社員も目が死んでるやつが増えた。上にビビって下からアイデアも上がってこなけりゃ、役員の側も腰巾着を昇進させるのが日常茶飯事だ。そうやって失敗を恐れて小さくまとまって、眼の前の小銭稼いで、世界一になぞなれるものか」

 経営の側にまで上り詰めながら、それでも未だ理想を失わない男を前に、背筋が伸びる気持ちになる。

 話に熱が入りすぎて恥ずかしくなったのか、伊賀は軽く咳払いをして続けた。

「まあ、そういうことだから、なにかお前も腰据えてやってみろ。南に連絡はしておく。なに、合わなきゃまた考えりゃいいさ、しばらくはスマホゲームも景気良いだろ……そろそろお開きにするか」 

 ちょうど頃合いかと思っていたタイミングで伊賀が切り出し、桃山も席を立つ。

「わざわざこっちまで来てもらって、色々ありがとうな」

「気にするな、陽子ちゃんによろしくな。それと春子ちゃんだったか、そろそろ高校生か。元気にしてるか」

「おう、お陰様でな」

 娘の名前と、更には歳までほぼ正確に覚えていてくれたことに驚き、そして一抹の後悔と罪悪感がよぎる。もし、あの時沼田の誘いに乗らず、こいつと一緒にやれてたら、あるいは――。それが頭によぎった瞬間、桃山はこの数年、言えずにいたつかえを吐き出していた。

「なあ伊賀、お前は正しかったよ。済まない。言う事聞いてれば」

「なんだ、そんな事か、今更。……俺も悪かった。政治だなんだは俺に任せて、お前には現場で力を発揮してほしかったんだ。黒柳さんのことを引き合いに出すべきではなかった。謝罪する」

 そう言って深く頭を下げる伊賀に「よせよ」と返す。功を焦った自分にも、立場が変われど対等に思ってくれていた同期に、思わず目頭が熱くなる。

「湿っぽいのはやめやめ!今日は奢ってくれるんだろ?伊賀さん、ご馳走様です!」

「フン、当たり前だ、無職から金取る趣味はない」

「なんだとこの野郎」

 笑いながら軽く肘打ちする。

「じゃ、陽子ちゃんによろしくな」

「ああ、さっき聞いたぞ、酔ってんだろ」

 夢。そんなものはとうに忘れ、流されるように日々を過ごすようになって久しい。

(100万、いや。スマホなら1000万ダウンロードってとこか)

 それでも、新天地でもう一度賭けてみてもいいのかもしれない。そう思える程度には、まだ桃山の中に情熱は残っていた。
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