俺が社長になるんだよ
199X年、4月。桃山は新人研修を終え、3人の同期と共に開発部に配属となった。
(おい、伊賀。自己紹介で何言うか決めたか?)
(ああ。夢はでっかく、だろ)
フロアの中ほど、全員からよく見える場所に4人で並んで立ちながら、小声で横の伊賀に話しかける。
皆が自分たちに注目している。今日からゲーム開発の現場で働くことに感慨を覚え、どこか誇らしい気持ちで部屋を見回していると、朝会が始まる時間となった。黒柳部長が音頭を取る。
「今日から、見ての通り新人が配属になる。世の中はバブル崩壊だなんだと言われてるけどな。銀行にメーカー、まだまだ安定な就職先はあるってのに、わざわざゲーム会社を選んでやってきた大馬鹿者たちだ!」
黒柳の冗談に、そこかしこから笑い声が聞こえる。
「じゃあ早速だが一人ずつ自己紹介と、抱負を語ってもらおうか。左から順番に、最初は沼田から行こうか」
どこか緊張しておどおどした様子の沼田が、周りの様子を伺いながら一歩前に出る。
「はい。沼田重徳です。……えっと、なかなか就職も決まらず苦労していたのですが、こんな私をひ、拾って頂き感謝しています。えー、ゲームも実はあまり得意ではないですが、なんとか戦力になれるよう、精進していきますので、よろしくお願いします」
ゆっくりだがなんとか言い終えた沼田が丁寧に頭を下げると、ちらほらと拍手が聞こえる。
「内定がいくつあったところで会社は一つしか選べないんだ、入ったからには同じ仲間だぞ。最初はできなくて当たり前。皆、優しく教えてあげるように!」
フォローが入り、ほっとした表情を見せる沼田だった。
「次いってみようか」
(おらっ、野間ちゃんの番だぞ)
左にいた野間の大きめな尻を強めに叩き、パァンと小気味よい音が響く。
(ちょっ、桃さんやめて!痛い!)
一つ咳払いをすると、野間は巨体を揺らして前に出た。
「野間吉宏と申します。プログラミングは学生時代からやっていましたので、一日でも早く貢献できるよう頑張ります!」
「即戦力とは頼もしい!これからわからないことは”野間先輩”に聞けば大丈夫だな」
新人とは思えない貫禄に、早速あだ名がつけられてしまったが、当の本人は満更でもなさそうだ。
「それじゃ次は、と」
部長の視線、そして先輩社員たちの視線が桃山に集まっている。こういうときは難しく考えなくていいし、内容もそこまで重要ではない。何より第一印象が大事だと、姿勢を正し一歩前に出る。
「桃山広太朗です!100万本売れるゲームを作ります、よろしくお願いします!」
ハキハキと言い切り、深く頭を下げる。おー、という歓声と、大きな拍手が少しずつ聞こえ始めた。新人らしいフレッシュさをアピールできたのは間違いない、と自画自賛する。
「なるほど、そのためにまずはしっかり仕事を覚えてもらわないとな!よし、最後は、締めくくりに相応しいでっかい抱負を聞きたいもんだ」
右隣の伊賀の手が挙がる。静かだが確かに一歩前に進み出ると、
「伊賀基嗣です」
まずは名前を告げ、少しの間黙り込む。そして、大きく息を吸い込むと、
「将来は社長になって、ドラグーンゲームズを世界一のゲーム会社にします」
どこか控え目で落ち着いているがよく通る声で、スケールの大きい抱負をぶちまけた。ここまでとは誰も予想していなかったのか、どよめきが巻き起こる。
「最後にすごいのが来たなこりゃ。ま、俺の目が黒いうちは副社長で我慢してもらうけどな!」
部屋中が笑いに包まれる。隣をちらりと見やると、揺るがずに堂々と前を見据える伊賀がいた。
(ああ、確かにでっかいな。……こいつなら本当にやるかも)
どこか負けたような感覚を覚えながらも、そう思った桃山だった。
◆◆◆
朝会を終え、社員たちがそれぞれの席に着き仕事に戻る中、新人たちに黒柳が指示を出す。
「ちょっと聞いてくれ。早速配属チームについて説明だが、伊賀と桃山は俺のところに。沼田と野間はあそこの村松のところに」
指さした先を見ると、立ってこちらに向かって手を振る男が見える、彼が村松だろう。
野間と沼田の背中を叩き、「頑張れよ!」と送り出す桃山だったが、突如背筋に悪寒が走った。
(え、どういうことだ?)
村松という男が一瞬だけ見せた値踏みするようなねっとりとした視線と、その先の沼田。それは、上司が配属になった新入社員に向けるであろうものとは何か本質的に違っており、本能からの嫌悪感を起こさせるものだったが、それが何故なのかは桃山にはわからないままだった。
例えるなら、蛇が獲物に狙いを定めているような――。
「おい桃山、もう話始まってるぞ、何をぼーっとしてるんだ?」
伊賀の声で我に返って振り向くと、少し呆れた黒柳の顔がある。
「どうした、初日からそんなんで大丈夫か?」
「あ、いや、あいつらもうまくやれるかな、なんてちょっと心配になっちまいまして」
なんとかそう答えつつ笑ってごまかし、不安を打ち消すように「失礼しました、改めて、よろしくお願いします!」と声を張り上げ頭を下げた。
「心配ないだろ、ほら見てみな」
伊賀の視線の先を見ると、先程の感覚とは似ても似つかぬ笑顔で野間と談笑する村松と、こちらに背中を向け聞いている沼田も見えたが、その表情はわからなかった。
その日中、違和感は消えることなく桃山の中に燻り続けた。
(おい、伊賀。自己紹介で何言うか決めたか?)
(ああ。夢はでっかく、だろ)
フロアの中ほど、全員からよく見える場所に4人で並んで立ちながら、小声で横の伊賀に話しかける。
皆が自分たちに注目している。今日からゲーム開発の現場で働くことに感慨を覚え、どこか誇らしい気持ちで部屋を見回していると、朝会が始まる時間となった。黒柳部長が音頭を取る。
「今日から、見ての通り新人が配属になる。世の中はバブル崩壊だなんだと言われてるけどな。銀行にメーカー、まだまだ安定な就職先はあるってのに、わざわざゲーム会社を選んでやってきた大馬鹿者たちだ!」
黒柳の冗談に、そこかしこから笑い声が聞こえる。
「じゃあ早速だが一人ずつ自己紹介と、抱負を語ってもらおうか。左から順番に、最初は沼田から行こうか」
どこか緊張しておどおどした様子の沼田が、周りの様子を伺いながら一歩前に出る。
「はい。沼田重徳です。……えっと、なかなか就職も決まらず苦労していたのですが、こんな私をひ、拾って頂き感謝しています。えー、ゲームも実はあまり得意ではないですが、なんとか戦力になれるよう、精進していきますので、よろしくお願いします」
ゆっくりだがなんとか言い終えた沼田が丁寧に頭を下げると、ちらほらと拍手が聞こえる。
「内定がいくつあったところで会社は一つしか選べないんだ、入ったからには同じ仲間だぞ。最初はできなくて当たり前。皆、優しく教えてあげるように!」
フォローが入り、ほっとした表情を見せる沼田だった。
「次いってみようか」
(おらっ、野間ちゃんの番だぞ)
左にいた野間の大きめな尻を強めに叩き、パァンと小気味よい音が響く。
(ちょっ、桃さんやめて!痛い!)
一つ咳払いをすると、野間は巨体を揺らして前に出た。
「野間吉宏と申します。プログラミングは学生時代からやっていましたので、一日でも早く貢献できるよう頑張ります!」
「即戦力とは頼もしい!これからわからないことは”野間先輩”に聞けば大丈夫だな」
新人とは思えない貫禄に、早速あだ名がつけられてしまったが、当の本人は満更でもなさそうだ。
「それじゃ次は、と」
部長の視線、そして先輩社員たちの視線が桃山に集まっている。こういうときは難しく考えなくていいし、内容もそこまで重要ではない。何より第一印象が大事だと、姿勢を正し一歩前に出る。
「桃山広太朗です!100万本売れるゲームを作ります、よろしくお願いします!」
ハキハキと言い切り、深く頭を下げる。おー、という歓声と、大きな拍手が少しずつ聞こえ始めた。新人らしいフレッシュさをアピールできたのは間違いない、と自画自賛する。
「なるほど、そのためにまずはしっかり仕事を覚えてもらわないとな!よし、最後は、締めくくりに相応しいでっかい抱負を聞きたいもんだ」
右隣の伊賀の手が挙がる。静かだが確かに一歩前に進み出ると、
「伊賀基嗣です」
まずは名前を告げ、少しの間黙り込む。そして、大きく息を吸い込むと、
「将来は社長になって、ドラグーンゲームズを世界一のゲーム会社にします」
どこか控え目で落ち着いているがよく通る声で、スケールの大きい抱負をぶちまけた。ここまでとは誰も予想していなかったのか、どよめきが巻き起こる。
「最後にすごいのが来たなこりゃ。ま、俺の目が黒いうちは副社長で我慢してもらうけどな!」
部屋中が笑いに包まれる。隣をちらりと見やると、揺るがずに堂々と前を見据える伊賀がいた。
(ああ、確かにでっかいな。……こいつなら本当にやるかも)
どこか負けたような感覚を覚えながらも、そう思った桃山だった。
◆◆◆
朝会を終え、社員たちがそれぞれの席に着き仕事に戻る中、新人たちに黒柳が指示を出す。
「ちょっと聞いてくれ。早速配属チームについて説明だが、伊賀と桃山は俺のところに。沼田と野間はあそこの村松のところに」
指さした先を見ると、立ってこちらに向かって手を振る男が見える、彼が村松だろう。
野間と沼田の背中を叩き、「頑張れよ!」と送り出す桃山だったが、突如背筋に悪寒が走った。
(え、どういうことだ?)
村松という男が一瞬だけ見せた値踏みするようなねっとりとした視線と、その先の沼田。それは、上司が配属になった新入社員に向けるであろうものとは何か本質的に違っており、本能からの嫌悪感を起こさせるものだったが、それが何故なのかは桃山にはわからないままだった。
例えるなら、蛇が獲物に狙いを定めているような――。
「おい桃山、もう話始まってるぞ、何をぼーっとしてるんだ?」
伊賀の声で我に返って振り向くと、少し呆れた黒柳の顔がある。
「どうした、初日からそんなんで大丈夫か?」
「あ、いや、あいつらもうまくやれるかな、なんてちょっと心配になっちまいまして」
なんとかそう答えつつ笑ってごまかし、不安を打ち消すように「失礼しました、改めて、よろしくお願いします!」と声を張り上げ頭を下げた。
「心配ないだろ、ほら見てみな」
伊賀の視線の先を見ると、先程の感覚とは似ても似つかぬ笑顔で野間と談笑する村松と、こちらに背中を向け聞いている沼田も見えたが、その表情はわからなかった。
その日中、違和感は消えることなく桃山の中に燻り続けた。