遺作
次の日曜日、月本は約束通り長井家の人達と即売会、コミックティアに来ていた。新作『Dear Loneliness』と一部旧作を置き、4人には若干狭めの『サークルRK』のスペースに並ぶ。
出展側での参加となると、早めに入場し設営をすることになる。一通りの準備を済ませ、椅子に腰掛けSNSをチェックしていると、宏樹が話しかけてきた。
「仕事はどうだ、うまく行ってるか?」
「えっと、今はちょうどプロジェクトの間で……」
宏樹の問いかけにはっきり答えられず、口ごもるのは単に内部情報を漏らすまいとの慎重さからだけではなかった。企画の実現が遠のき、未だ心の整理がついていない様子が顔に出ていたかもしれない。
「まあ、そりゃ会社勤めも色々あるよな。まだまだ社会人生活は長いし、辛抱してたらツキも回ってくるさ」
空気を変えようとしてか、加奈が明るい声で話しかける。
「ねえ亮ちゃん、今作ってる新作ってどんな感じなの?」
「こら、社内のことはペラペラ他所の人に話しちゃだめなんだから、そんなこと聞かないのよ。そうでしょ?」
「そうなんです、色々情報漏洩とかうるさいんですよ」
「じゃあやっぱり『レジェンズ』の新作?誰にも言わないからさ、ね?」
「ノーコメント」
言いふらす人間の常套句だなと心中につぶやき、スマホを取り出すと、そろそろ一般入場の時間が近づいてきたようだ。何度経験しても、この高揚感は何事にも代えがたい。月本は一つ大きく息をして、迫り来るであろう人波に備えた。
◆◆◆
SNS・スイッター上のアカウントでは、代表・けんいちろーの逝去と、今作が遺作になることを既に告知していた。その甲斐もあってか、投稿を事前に見てから来た人も多く、中には丁寧にお悔やみの言葉をくれる人もおり、それなりに順調な売上を見せていた。
「利用しているみたいで気が引けるけど、むしろ健なら『そんなおいしい状況、利用しない手があるか!』くらい言いそうだよね」
「確かに!めっちゃ言いそう」
客足が落ち着いてきたのもあり、加奈と話をしながら暇を潰していると、誰かがブースに近寄ってくるのが見えた。眼鏡をかけた知的そうな長身の男性、歳は月本と同じくらいだろうか。
「よかったら見ていってください、新作のノベルゲームです」
「……これ、ください」
「ありがとうございます!」
4人揃って頭を下げる。身だしなみの整った中年の男女、ギャル風の若い女性に、新社会人風の青年。即売会にしては珍しい組み合わせに興味を引かれたのか、眼鏡の彼は「ゲーム、作るの大変でしたか」と話しかけてきた。
「はい、確かに大変でやること多いですよ。でも、作りたいものを作るのは楽しいですから」
「私も昔、少し試しに作ってみたことがありまして。RPGツクレールでしたか」
「ああ、ありましたね!今は作ってないんですか?」
「……はい、仕事が忙しくて。でも、即売会にはたまに来るんです。手作り感がとても好きで。趣味に全力な人たちを見てると、元気がもらえるんです」
「わかります!荒削りで、気持ちが伝わってくるというか」
見ず知らずの人と突然始まる会話。それもまたネット上にとどまらない、リアルでのイベントの醍醐味だろう。年齢の割に丁寧で落ち着いた言葉遣いで、どこかしら一歩引いた印象を感じさせる彼と、少しの間会話を交わした。
後ろに人が並んで待っているのに気づいた月本は、『サークルRK』のアカウントを教え会話を切り上げると、その男性は軽く会釈をして去っていった。
一度会話しただけなのに、妙に波長が合う人だなというのが月本の感想だった。なぜか、もう一度会えるような予感もする。そして、その奥に秘めているであろう想いをもっと知りたいと、そう素直に思ったのだった。
◆◆◆
新作、旧作ともに無事に完売し、終了の時間が近づいてきた。片付けを進める中、加奈が切り出した話題は月本があえて触れないようにしていた内容だった。
「亮ちゃん、このサークルは辞めちゃうの?」
「どうしようか。続けても、僕一人じゃなあ」
実際、一人でかつ働きながらとなれば、現実的ではなかったし、一人で何かを完成させるスキルがあると言い切れる自信はなかった。
「亮太くん、ゲーム作りは好きか?」
「はい、それはもちろん」
「だったら、続けたらいいんじゃないかな。忙しいだろうけど、辞めちゃう理由もないだろう」
宏樹が少し言いづらそうにしながら続ける。
「……ただ、健一郎のためとか、俺らのためとか、そういうのはいいんだ。誰か手伝ってくれそうな人を見つけて一緒にやったっていい。君の人生だからな」
「今日は楽しかったですよ。喜んで買ってくれる人がこんなにいると分かっただけで、私は充分ですから」
智美も続く。言葉とは裏腹に、寂しそうな顔を隠しきれていなかった。
理屈ではわかっている。いつまでも亡くなった人間に囚われる必要は無いし、自分が彼らのために何かしないといけない義理もない。
ただなんとなく今の仕事を続けて、それなりには好きなゲームに関わって生きていく。長く勤めていれば異動もあるだろうし、違うプロジェクトに関わることもあるだろう。そんな人生もけして悪くない、そう思う。
それでも、託されたからには責任があると思った。今何かを始めなければ、この気持ちが薄れていってしまう気がして怖かった。
またも何かを察したのか、加奈が唐突に話題を切り替える。
「ああ!そういやお父さん、ほら、さっきの眼鏡の人、めっちゃカッコよかったね!」
「お、おう、なんだ、加奈はああいうのがタイプか?その前は背高くてモデルみたいな美人が来てたな」
「ちょっと、二人共、なにを見にきたんですか」
どこかぎこちない彼らを見ながら、口元が緩み気が軽くなるのを感じたが、うまく笑顔を作れたかはわからなかった。
その優しさが痛いほどに伝わってくるからこそ、何か自分にできることをしたいというのも偽らざる本心だった。
何はともあれ、即売会は終わった。
(大仕事だったけど、なんとかやりきったぞ)
月本は無理やり頭を切り替え、スマホを取り出し『完売しました、お疲れ様でした!』とSNSに投稿した。
◆◆◆
数日後。月本が帰宅してPCを起動し、サークルRKのアカウントをチェックすると、今までに見たことのない数のリプライがついていた。フォロワーが100人にも満たないアカウントだったが、告知の内容はそれなりの衝撃をもって受け止められたのかもしれない。フォロワー数の多いアカウントに拡散されたようだ。全く予想外の反応に驚きながらも、一つ一つのリプライに目を通す。
『新作買いました!今からプレイします!』
『ムービー見てめっちゃテンション上がってる(^o^)』
『ブースの女の子可愛かったわ』
『どっちの子?』
『コンプしました、マジで泣きました』
『絵が素人並み、俺ならもっと上手く描けるね』
『人生、山あり、谷あり!!私も、早くに友人を亡くしました、働きすぎは、よくないね、日本も、衰退するわけだ』
『新作は難しいですかね(´;ω;`)』
『これ誤字多すぎ。デバッグしてないだろ』
『これはヤバい。クリアしたけどもう1週間くらい放心状態』
『売り切れてて買えませんでした。再販ありますか?』
多くは好意的なものだったが、中には意味不明なものやふざけたコメントも見られる。思いがけない反応の大きさに、月本の中で閃くものがあった。
自分一人では不可能なら、どうすればいい。
(そうか、人を集めるんだ)
広大なインターネットのどこかに、新作に込めた想いを受け取って、協力してくれる人が、その心を広めたい人が現れるかもしれない。返しきれないリプライを後回しに、月本は思いついたままにキーボードを打ち込み、末尾に自身のハンドルネームを付け足した。
『拡散希望です!皆さんにお知らせがあります。サークルRKでは、新作の開発を一緒にしてくれる人を募集します(スマイル)』
送信ボタンをクリックする直前、ゲーム制作において、一度たりとも月本と家族以外に頼らなかった長井のことを思い出す。
(あいつだったら、なんて言うかな)
どこの誰ともわからないSNSのアカウントから、そう簡単に協力できる人が見つかるのかという疑問を消し去ることはできなかった。
それでも、まずはダメ元で試してみるのも悪くない。そう自身に言い聞かせ、マウスを動かしクリックしたが、右手近くに置いていた大学ノートに触れ、机から落としてしまった。
たまたま開かれたページの『お前ならできる!』の字に、なぜだか責められているような錯覚を覚えた。
出展側での参加となると、早めに入場し設営をすることになる。一通りの準備を済ませ、椅子に腰掛けSNSをチェックしていると、宏樹が話しかけてきた。
「仕事はどうだ、うまく行ってるか?」
「えっと、今はちょうどプロジェクトの間で……」
宏樹の問いかけにはっきり答えられず、口ごもるのは単に内部情報を漏らすまいとの慎重さからだけではなかった。企画の実現が遠のき、未だ心の整理がついていない様子が顔に出ていたかもしれない。
「まあ、そりゃ会社勤めも色々あるよな。まだまだ社会人生活は長いし、辛抱してたらツキも回ってくるさ」
空気を変えようとしてか、加奈が明るい声で話しかける。
「ねえ亮ちゃん、今作ってる新作ってどんな感じなの?」
「こら、社内のことはペラペラ他所の人に話しちゃだめなんだから、そんなこと聞かないのよ。そうでしょ?」
「そうなんです、色々情報漏洩とかうるさいんですよ」
「じゃあやっぱり『レジェンズ』の新作?誰にも言わないからさ、ね?」
「ノーコメント」
言いふらす人間の常套句だなと心中につぶやき、スマホを取り出すと、そろそろ一般入場の時間が近づいてきたようだ。何度経験しても、この高揚感は何事にも代えがたい。月本は一つ大きく息をして、迫り来るであろう人波に備えた。
◆◆◆
SNS・スイッター上のアカウントでは、代表・けんいちろーの逝去と、今作が遺作になることを既に告知していた。その甲斐もあってか、投稿を事前に見てから来た人も多く、中には丁寧にお悔やみの言葉をくれる人もおり、それなりに順調な売上を見せていた。
「利用しているみたいで気が引けるけど、むしろ健なら『そんなおいしい状況、利用しない手があるか!』くらい言いそうだよね」
「確かに!めっちゃ言いそう」
客足が落ち着いてきたのもあり、加奈と話をしながら暇を潰していると、誰かがブースに近寄ってくるのが見えた。眼鏡をかけた知的そうな長身の男性、歳は月本と同じくらいだろうか。
「よかったら見ていってください、新作のノベルゲームです」
「……これ、ください」
「ありがとうございます!」
4人揃って頭を下げる。身だしなみの整った中年の男女、ギャル風の若い女性に、新社会人風の青年。即売会にしては珍しい組み合わせに興味を引かれたのか、眼鏡の彼は「ゲーム、作るの大変でしたか」と話しかけてきた。
「はい、確かに大変でやること多いですよ。でも、作りたいものを作るのは楽しいですから」
「私も昔、少し試しに作ってみたことがありまして。RPGツクレールでしたか」
「ああ、ありましたね!今は作ってないんですか?」
「……はい、仕事が忙しくて。でも、即売会にはたまに来るんです。手作り感がとても好きで。趣味に全力な人たちを見てると、元気がもらえるんです」
「わかります!荒削りで、気持ちが伝わってくるというか」
見ず知らずの人と突然始まる会話。それもまたネット上にとどまらない、リアルでのイベントの醍醐味だろう。年齢の割に丁寧で落ち着いた言葉遣いで、どこかしら一歩引いた印象を感じさせる彼と、少しの間会話を交わした。
後ろに人が並んで待っているのに気づいた月本は、『サークルRK』のアカウントを教え会話を切り上げると、その男性は軽く会釈をして去っていった。
一度会話しただけなのに、妙に波長が合う人だなというのが月本の感想だった。なぜか、もう一度会えるような予感もする。そして、その奥に秘めているであろう想いをもっと知りたいと、そう素直に思ったのだった。
◆◆◆
新作、旧作ともに無事に完売し、終了の時間が近づいてきた。片付けを進める中、加奈が切り出した話題は月本があえて触れないようにしていた内容だった。
「亮ちゃん、このサークルは辞めちゃうの?」
「どうしようか。続けても、僕一人じゃなあ」
実際、一人でかつ働きながらとなれば、現実的ではなかったし、一人で何かを完成させるスキルがあると言い切れる自信はなかった。
「亮太くん、ゲーム作りは好きか?」
「はい、それはもちろん」
「だったら、続けたらいいんじゃないかな。忙しいだろうけど、辞めちゃう理由もないだろう」
宏樹が少し言いづらそうにしながら続ける。
「……ただ、健一郎のためとか、俺らのためとか、そういうのはいいんだ。誰か手伝ってくれそうな人を見つけて一緒にやったっていい。君の人生だからな」
「今日は楽しかったですよ。喜んで買ってくれる人がこんなにいると分かっただけで、私は充分ですから」
智美も続く。言葉とは裏腹に、寂しそうな顔を隠しきれていなかった。
理屈ではわかっている。いつまでも亡くなった人間に囚われる必要は無いし、自分が彼らのために何かしないといけない義理もない。
ただなんとなく今の仕事を続けて、それなりには好きなゲームに関わって生きていく。長く勤めていれば異動もあるだろうし、違うプロジェクトに関わることもあるだろう。そんな人生もけして悪くない、そう思う。
それでも、託されたからには責任があると思った。今何かを始めなければ、この気持ちが薄れていってしまう気がして怖かった。
またも何かを察したのか、加奈が唐突に話題を切り替える。
「ああ!そういやお父さん、ほら、さっきの眼鏡の人、めっちゃカッコよかったね!」
「お、おう、なんだ、加奈はああいうのがタイプか?その前は背高くてモデルみたいな美人が来てたな」
「ちょっと、二人共、なにを見にきたんですか」
どこかぎこちない彼らを見ながら、口元が緩み気が軽くなるのを感じたが、うまく笑顔を作れたかはわからなかった。
その優しさが痛いほどに伝わってくるからこそ、何か自分にできることをしたいというのも偽らざる本心だった。
何はともあれ、即売会は終わった。
(大仕事だったけど、なんとかやりきったぞ)
月本は無理やり頭を切り替え、スマホを取り出し『完売しました、お疲れ様でした!』とSNSに投稿した。
◆◆◆
数日後。月本が帰宅してPCを起動し、サークルRKのアカウントをチェックすると、今までに見たことのない数のリプライがついていた。フォロワーが100人にも満たないアカウントだったが、告知の内容はそれなりの衝撃をもって受け止められたのかもしれない。フォロワー数の多いアカウントに拡散されたようだ。全く予想外の反応に驚きながらも、一つ一つのリプライに目を通す。
『新作買いました!今からプレイします!』
『ムービー見てめっちゃテンション上がってる(^o^)』
『ブースの女の子可愛かったわ』
『どっちの子?』
『コンプしました、マジで泣きました』
『絵が素人並み、俺ならもっと上手く描けるね』
『人生、山あり、谷あり!!私も、早くに友人を亡くしました、働きすぎは、よくないね、日本も、衰退するわけだ』
『新作は難しいですかね(´;ω;`)』
『これ誤字多すぎ。デバッグしてないだろ』
『これはヤバい。クリアしたけどもう1週間くらい放心状態』
『売り切れてて買えませんでした。再販ありますか?』
多くは好意的なものだったが、中には意味不明なものやふざけたコメントも見られる。思いがけない反応の大きさに、月本の中で閃くものがあった。
自分一人では不可能なら、どうすればいい。
(そうか、人を集めるんだ)
広大なインターネットのどこかに、新作に込めた想いを受け取って、協力してくれる人が、その心を広めたい人が現れるかもしれない。返しきれないリプライを後回しに、月本は思いついたままにキーボードを打ち込み、末尾に自身のハンドルネームを付け足した。
『拡散希望です!皆さんにお知らせがあります。サークルRKでは、新作の開発を一緒にしてくれる人を募集します(スマイル)』
送信ボタンをクリックする直前、ゲーム制作において、一度たりとも月本と家族以外に頼らなかった長井のことを思い出す。
(あいつだったら、なんて言うかな)
どこの誰ともわからないSNSのアカウントから、そう簡単に協力できる人が見つかるのかという疑問を消し去ることはできなかった。
それでも、まずはダメ元で試してみるのも悪くない。そう自身に言い聞かせ、マウスを動かしクリックしたが、右手近くに置いていた大学ノートに触れ、机から落としてしまった。
たまたま開かれたページの『お前ならできる!』の字に、なぜだか責められているような錯覚を覚えた。