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作者: 矢賀地 進
会社員
 部署全体を巻き込み、新規プロジェクトを決める一大イベントである、企画プレゼン会の日がやってきた。

 先に発表している社員の企画を見ると、パズルゲームなどのカジュアルなものが目立つ。やはりスマートフォン向けということで、大規模ではなく手軽なものをという考えだろう。せっかくの機会だから好きなジャンルの企画をと考えるのは、入社して日が浅い社員の特権だろうか。ジャンルをRPGにしたことに今更ながら不安を覚えた月本だったが、そもそもが長井との企画を実現させなければ意味がない。あとはなるようになれだと気持ちを切り替え、順番が来るのを待った。

「どうだ、やれそうか?いくつか見て雰囲気つかめたから行けるだろ」

「簡単に言いますけど、やっぱり少しは緊張しますよ。何か上がらないコツとかないんですか?」

「こういうのはとにかく数こなすしかないな。あとはまあ、年取ったら周りがどうとかそんなに気にならなくなるぞ、ははっ」

「無責任な、桃山さんの歳になるまで30年も待てませんよ」

「待て待て、そこまで老けちゃいねえよ!と、そろそろか。頑張ってこいよ」

 桃山と会話を交わしていると気持ちがほぐれ、冗談で返せる余裕を取り戻していた。背中を軽く叩かれて送り出された月本は、ノートPCを持ち前方に向かい、一つ大きな深呼吸をした。

 資料を大画面に写しながら話す。

「こんにちは。月本です。よろしくお願いします。えっと、早速企画なんですが……こちらを御覧ください。異世界大戦、これは仮のタイトルですが、スマホ向けの本格ストーリーRPGになります、ゲームシステムは……」

「肝心のストーリーについて説明します、まず序章ですね。アドベンチャーパートですが、主人公は突如ファンタジーの異世界に飛ばされ、戦う羽目になります……」

 練習通り話せている。順調だ。心なしか、集中して聞いてくれている人も多いようだ。

 ゲームの仕様部分を説明し終えると、次に運用や課金方法についての解説に移った。ゲーム自体の面白さも大事だが、やはりビジネスモデルの話も入れたほうが受けは良いとの桃山のアドバイスだった。

 基本プレイ無料、アイテム課金。ダウンロード自体は無料で、課金せずともプレイできるコンテンツに制限はない。だが、購入した消費アイテムを使うと、一定の確率でレアリティの高い良い装備やキャラクターが手に入る仕組みだ。

 ガチャと呼ばれ、他のゲームでもよく見られるオーソドックスなシステムであり、無課金でも消費アイテムは手に入るが数が限られるというからくりだ。

「基本的な部分は、よくあるガチャなんですが。このタイトルでは、異世界という設定を利用して、『レジェンズ』シリーズや他作品とのコラボも実施したいと考えています」

 所々でうなずく者、なるほどという小さいつぶやきが聞こえる。社の看板RPGシリーズで、収益の柱と言っても過言ではない『レジェンズ』。中には100万本を売り上げたタイトルもある。

 新規タイトルとなれば、ヒットするかどうかは蓋を開けるまでわからず、ある程度ギャンブルになってしまうのは否めない。そこで既存タイトルの虎の威を借りるというわけだ。長井からもらったノートのアイデアに感謝し、明らかに聴衆の反応が変わった手応えを感じながら、月本は話し続けた。

 ◆◆◆

 無事に発表を終え、質疑応答に移ると、沼田が真っ先に手を上げた。

「質問がいくつかあります。良いでしょうか」

 月本は先程の発表までとは違う沼田の雰囲気を感じながらも、マイクを司会の社員に手渡した。

(大丈夫。面白くなりそうな企画じゃないか)

 自身に言い聞かせるが、何か大事なことを見落としているのではという不安を抑えきることはできない。

「まずは発表お疲れ様でした。ですが、月本君……貴方は何か勘違いをしているのではありませんか」

「え、いや、と言いますと……」

「貴方は一体ゲーム会社が何のためにゲームを作るのだと思いますか」

 丁寧な言葉遣いとは裏腹に攻撃的な詰問に、月本は一瞬頭が真っ白になった。

「それは、えっと、しっかり良いものを作って、あの、たくさんプレイして貰えれば」

「お金のためでしょう。たまたま商品がゲームというだけで、我々は上場企業で働いているのです。良いものさえ作ればいいなどと、甘えた考えは捨てたほうがよろしい。売上が何より優先します。結果が全てです」

 少し一方的な見方に思えたが、部の社員が多く集まる場となれば、聞く姿勢を見せてやり過ごすのが無難だという理性は働いていた。

「それから新規タイトルとなれば、コスト面も問題ですね。ただでさえ工数のかさむRPGを選ぶとは一体どういう了見でしょうか。限られた予算で誰がキャラクターをデザインしますか?『レジェンズ』のように有名な先生方にはお願いできませんよ。画像も一から作るわけです」

「そうしてサービス開始したところで、異世界だか何だかわかりませんが、数あるゲームの中からどうしてユーザー様に課金して頂けると思いますか?本格ストーリーRPGと銘打つからには、よほど良いシナリオを書ける自信があると見えますが、月本君にどれだけの実績があるのでしょうか?」

 沼田の独演会は続いていたが、見かねた桃山が割り込んだ。

「沼田部長、ちょっと酷すぎやしねえか、そんな正論で責め立てて若い芽を潰すような真似を」

「桃山君、少し黙っていてくれませんか。貴方の指導が甘いからこのような愚にもつかぬ企画が出てくるのです。私が耳の痛いことをあえて言って、貴方の不始末の尻拭いをしているのですから、感謝して頂きたいくらいです」

「少しは良い所を認めてやってもいいだろう、そうやって何人も有望なやつらを潰してきて、まだ分かんねえのか」

「おやおや、口の利き方がなっていないようですね。この上司にしてこの部下ありといったところでしょうか」

「てめえ、言わせておけば――」

「あ、あの!も、桃山さん、すいません」

 自分のせいでこの状況を招いた罪悪感と、予期せぬ企画へのダメ出しで動揺する中、なんとか絞り出した蚊の鳴くような声を桃山にかける。

 さすがに本筋と関係ない議論になりそうなのを自覚したのか、一旦桃山が「悪い、続けてくれ」と引いた。

「やれやれ。私が気に入らないのは勝手ですが、ご存知のように人事評価の大きな部分は売上によって決まります。下手にこのような新規プロジェクトに関われば、その後の昇進や昇給額は推して知るべしでしょうね。私は部の皆さんのためを思って売上第一と申し上げています。桃山君、いい加減大人になりなさい。貴方にも家族がいるでしょう」

「そして月本君、熱意は立派ですが、我々はゲームをビジネスでやっています。どうしても作りたいゲームが有るなら、趣味でお友達とやればいいでしょう」

 お友達。その単語のバカにした響きに一気に頭に血が上り、思わず反論しそうになったが、必死でこらえて下を向いた。

 唇を噛みながら、以前に同人ゲームのことを沼田に話したことを、今更ながら後悔した。

 その後も重箱の隅をつつくような指摘が続いたが、内容は右から左に抜けていった。ただ耐えるだけの時間を終えると、ノートPCを抱え、放心状態で桃山の横の席に戻る。パラパラと空虚な拍手が大会議室に響いていた。

 ◆◆◆

 月本が席に戻ると、開始前より優しく背中を叩く手を感じた。

「俺は一番良い発表だったと思う。……色々すまんな」

「いえ、ありがとうございます」

 これほどに露骨なやり方とは言えないまでも、ある程度こうなることを桃山は予期していたのかもしれない。それでも、桃山が自分のために怒ってくれたこと、今は一人でも良かったと言ってくれる人がいることが救いだった。

 そして最後の発表者である原島史隆の番になった。入社10年目の中堅で、別タイトルでリードプランナーを務める原島だが、沼田の鞄持ちと言って差し支えない人物だ。

「ではでは、私の発表に移らせていただきましょうかね、タイトルは『レジェンズオールスターカードバトル』です」

 原島の企画は、『レジェンズ』の歴代キャラクターが勢ぞろいのカードゲームだった。システムとしては、以前に『レジェンズ』シリーズでミニゲームとして採用されたものの使い回し。

 更に既存のキャラクター画像を利用し、極限まで開発費を節約する内容であり、数字上での利益は一番手堅いと思われた。

「更には、ガチャにも少し仕掛けをしようと思いますよ。レアカードを数種類ピックアップ。全部揃うと超激レアカードが手に入るという『コンプリートガチャ』です。1個ならすぐ手に入りそうな気がしても、コンプリートとなると話は別。全部引くまでの期待値は、この例だとなんと10万円を下らない額になります」

 もはや臆面もなく、資料の数式を指さしながら、笑顔で金額を強調する。沼田が満足そうな顔で何度もうなずくのを見て、もはやこの後は聞く意味もないだろうと月本は結論付けた。

(どうして自分の企画が通るかもなんて、勘違いしてたんだろうな)

 会社でのゲーム開発は、同人とは違う理屈で動く。組織の力学、算盤勘定。頭では分かっていたはずだったが、あまりにも認識が甘かった。

 面白くなりそうな企画なら、一緒に夢を追いかけてくれる人もいると思っていた。出来レースのような質疑応答を聞き流し天井を見つめながら、月本は所詮一社員でしかない自身の無力さを噛み締めた。

 ◆◆◆

 全ての発表が終わり、投票に移ることとなった。原島の『レジェンズオールスターカードバトル』が過半数の40票を獲得し1位。月本の『異世界大戦』は最下位の3票だった。
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