信じると決めたから
一、ニ、三⋯⋯
十、二十、三十⋯⋯
百、二百、三百⋯⋯
私は一つ一つ丁寧に魔力を込める。
千、二千、三千⋯⋯
込めても込めても私の魔力は尽きない。無限に湧き出る泉のように魔力が湧いてくるの。
「アメディア様、そろそろお疲れではありませんか?」
「まだ大丈夫よ。正直言うと⋯⋯何かしていないと、落ち着かないのよ」
とは言っても息抜きは必要よね。キリの良いところで私が手を止めるとリエル様がお茶の用意をしてくれた。
柔らかい湯気と甘い香りを吸い込んで私はそっと一息吐いた。
・
・
・
ルセウスがディーテ様に黒水晶を届けたあの日。
アイオリア様から伝えられた話ではルセウスはディーテ様にお茶に誘われ、王族相手に断る事もできず受けたのだそう。
ルセウスはお茶に口を付けたフリをしていたのだけれど、部屋に焚かれていたお香に睡眠作用があったらしく意識を朦朧とさせられ、アレクシオ殿下から渡されていた黒水晶のブレスレットをディーテ様の信者に奪われてしまったらしい。
ただ、ルセウスはディーテ様が何か企んでいるかもと万が一に備え、アイオリア様に部屋の外に待機させていた事が幸いして眠ってしまい、ベッドへ連れてゆかれるような事態は避けられた。
もし、ルセウスが眠ってしまっていたらディーテ様にどんな既成事実を作り上げられていたかも知れないとアイオリア様は苦い顔をしていた。
ディーテ様の部屋から逃げ出て来たふらふらのルセウスを支えたアイオリア様は何があったのかディーテ様に問うたけれど突然現れたアイオリア様に驚いたディーテ様は慌てて逃げてしまったという。
すぐにアレクシオ殿下の元へルセウスを連れて行き新しい黒水晶のブレスレットを身に付けさせたのだとか。
⋯⋯それ以来ルセウスの様子どこかおかしいの。
王宮から帰って来たルセウスはいつものルセウスなのにその日から私を何となく避けていると感じるようになったのよ。
・
・
・
でも、おかしいのはルセウスだけじゃないの。
ラガダン王国王太子のイドラン殿下は、もうリシア子爵家の執事のフリをする必要がなくなったのにセオス様を近くで愛でたいとまた執事の真似事を始めたのに「しばらく王宮に世話になる事にした」とあっさり所在をアレクシオ殿下の元へ変えてしまったし、セオス様も私が黒水晶へ魔力を込める間は退屈だと言ってフラフラと好きに遊んでいたのにここのところ私に付きっきり。
「アメディアほら、これを食べろ。人間は食べて飲んで寝なければならないのだろう」
そう言って押し付けて来たのはセオス様の食べかけのフルーツタルト。
「セオス様、人に勧める時は食べかけを渡してはいけませんよ」
「むぅ、そうか! そ、それから、えーと、うむ、そのだな⋯⋯り、リエル! ボク様はどうすれば良いのだ」
毛玉から人の姿になっているセオス様の神様なのにその見た目の通り子供らしい慌てっぷりに思わず私は笑ってしまう。
様子がおかしく見えるルセウスもイドラン殿下も、セオス様も。多分リエル様もアイオリア様も。
そしてアレクシオ殿下も。
ディーテ様の魔力をどうにかしたい。
その為に行動しているのだと理解している。もちろん私の為だけではなく国の為に。
彼らは私と関わることを避けているわけでも事情を隠しているつもりもないのだ。隠しているように振る舞い、私達の間に不自然な空気が流れるように、お互いがぎこちなくなるように言葉を少なくしているのだ。
ルセウスは多少ディーテ様の魅了に影響されていると見せる為。
アレクシオ殿下とイドラン殿下、アイオリア様は様子がおかしいルセウスを不審に思っているように見せる為。
私だけではなくお互いを守る為に。
「アメディア様⋯⋯ルセウス様を信じていてくださいね⋯⋯私にはそれくらいしか言えないのです。今のルセウス様に不審を感じ悲しまれていると思いますが、ルセウス様は何よりも誰よりもアメディア様を大切に思われています」
「⋯⋯リエル様、ご心配ありがとうございます。大丈夫、私はルースを信じています」
私より苦しそうなリエル様の手を取って微笑んでみせる。
「前回」の私だったら真っ先に裏切られた、捨てられたと嘆いていた。だけど今は違う。私はルセウスと共に生きていくと決めた。ルセウスは絶対に私を見捨てたりしない。
だから私は何があってもルセウスを信じる。そう決めたのだから。
「でもまあ⋯⋯ルースも初めは驚いたと思うわ。まさか自分が襲われるなんて思ってもいなかっただろうし」
そうなのよ。ディーテ様に恨まれているのは私だから嫌がらせは全部私に向かって来るものだとばかり思っていた、そう思い込んでいたのだから。
恐らく世間に黒水晶が広まり、自分の周りが変化したディーテ様は原因が黒水晶だと勘付いたはず。
そして兄王子であるアレクシオ殿下、アイオリア様、ルセウスも黒水晶を身に着けていたと気付たのだろう。
ディーテ様の本来の目的はルセウスを手に入れる事。
思い通りになっていない苛立ちを募らせたディーテ様は直接ルセウスから黒水晶を奪い、魅了をかけようとしたのだと思う。
だけどその目論見は外れてしまった。
──怖いのは⋯⋯思い通りにさせようとディーテ様がなりふり構わず権力を使って来るかも知れないのよね。
「それは心配ないぞ。アレクシオとイドランが阻止すると言っていた。言うなと言われているからボク様は言わないぞ」
セオス様が私の頭の中の考えに答えて来て驚くと同時にそれでは殿下達が何かをしようとしていると言ってしまっているではないかと素直なセオス様に吹き出してしまった。
「ボク様もすることがあるのだ」
「危ない事はしてはダメですよ」
「ボク様は国神だぞ」
「私にとっては大切な家族です」
「アメディアとルセウスは似ているな。あいつもボク様を家族だと言っていたぞ」
「ルースとセオス様は親子みたいです」
「ええ、ルセウス様はアメディア様とセオス様を強く想われていると私も思います」
セオス様を通じて伝わるルセウスの気持ち。ルセウスも私と同じ気持ちなのだとそれを感じるだけでルセウスを信じる事ができる。
笑い合う私とリエル様に満足したセオス様はニンマリとしながらフルーツタルトを頬張った。
そして⋯⋯。
──王宮の夜会にエスコート出来ない──
ルセウスからそう告げられた夜会。
ディーテ様と決着を付ける日がやって来た。
十、二十、三十⋯⋯
百、二百、三百⋯⋯
私は一つ一つ丁寧に魔力を込める。
千、二千、三千⋯⋯
込めても込めても私の魔力は尽きない。無限に湧き出る泉のように魔力が湧いてくるの。
「アメディア様、そろそろお疲れではありませんか?」
「まだ大丈夫よ。正直言うと⋯⋯何かしていないと、落ち着かないのよ」
とは言っても息抜きは必要よね。キリの良いところで私が手を止めるとリエル様がお茶の用意をしてくれた。
柔らかい湯気と甘い香りを吸い込んで私はそっと一息吐いた。
・
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ルセウスがディーテ様に黒水晶を届けたあの日。
アイオリア様から伝えられた話ではルセウスはディーテ様にお茶に誘われ、王族相手に断る事もできず受けたのだそう。
ルセウスはお茶に口を付けたフリをしていたのだけれど、部屋に焚かれていたお香に睡眠作用があったらしく意識を朦朧とさせられ、アレクシオ殿下から渡されていた黒水晶のブレスレットをディーテ様の信者に奪われてしまったらしい。
ただ、ルセウスはディーテ様が何か企んでいるかもと万が一に備え、アイオリア様に部屋の外に待機させていた事が幸いして眠ってしまい、ベッドへ連れてゆかれるような事態は避けられた。
もし、ルセウスが眠ってしまっていたらディーテ様にどんな既成事実を作り上げられていたかも知れないとアイオリア様は苦い顔をしていた。
ディーテ様の部屋から逃げ出て来たふらふらのルセウスを支えたアイオリア様は何があったのかディーテ様に問うたけれど突然現れたアイオリア様に驚いたディーテ様は慌てて逃げてしまったという。
すぐにアレクシオ殿下の元へルセウスを連れて行き新しい黒水晶のブレスレットを身に付けさせたのだとか。
⋯⋯それ以来ルセウスの様子どこかおかしいの。
王宮から帰って来たルセウスはいつものルセウスなのにその日から私を何となく避けていると感じるようになったのよ。
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でも、おかしいのはルセウスだけじゃないの。
ラガダン王国王太子のイドラン殿下は、もうリシア子爵家の執事のフリをする必要がなくなったのにセオス様を近くで愛でたいとまた執事の真似事を始めたのに「しばらく王宮に世話になる事にした」とあっさり所在をアレクシオ殿下の元へ変えてしまったし、セオス様も私が黒水晶へ魔力を込める間は退屈だと言ってフラフラと好きに遊んでいたのにここのところ私に付きっきり。
「アメディアほら、これを食べろ。人間は食べて飲んで寝なければならないのだろう」
そう言って押し付けて来たのはセオス様の食べかけのフルーツタルト。
「セオス様、人に勧める時は食べかけを渡してはいけませんよ」
「むぅ、そうか! そ、それから、えーと、うむ、そのだな⋯⋯り、リエル! ボク様はどうすれば良いのだ」
毛玉から人の姿になっているセオス様の神様なのにその見た目の通り子供らしい慌てっぷりに思わず私は笑ってしまう。
様子がおかしく見えるルセウスもイドラン殿下も、セオス様も。多分リエル様もアイオリア様も。
そしてアレクシオ殿下も。
ディーテ様の魔力をどうにかしたい。
その為に行動しているのだと理解している。もちろん私の為だけではなく国の為に。
彼らは私と関わることを避けているわけでも事情を隠しているつもりもないのだ。隠しているように振る舞い、私達の間に不自然な空気が流れるように、お互いがぎこちなくなるように言葉を少なくしているのだ。
ルセウスは多少ディーテ様の魅了に影響されていると見せる為。
アレクシオ殿下とイドラン殿下、アイオリア様は様子がおかしいルセウスを不審に思っているように見せる為。
私だけではなくお互いを守る為に。
「アメディア様⋯⋯ルセウス様を信じていてくださいね⋯⋯私にはそれくらいしか言えないのです。今のルセウス様に不審を感じ悲しまれていると思いますが、ルセウス様は何よりも誰よりもアメディア様を大切に思われています」
「⋯⋯リエル様、ご心配ありがとうございます。大丈夫、私はルースを信じています」
私より苦しそうなリエル様の手を取って微笑んでみせる。
「前回」の私だったら真っ先に裏切られた、捨てられたと嘆いていた。だけど今は違う。私はルセウスと共に生きていくと決めた。ルセウスは絶対に私を見捨てたりしない。
だから私は何があってもルセウスを信じる。そう決めたのだから。
「でもまあ⋯⋯ルースも初めは驚いたと思うわ。まさか自分が襲われるなんて思ってもいなかっただろうし」
そうなのよ。ディーテ様に恨まれているのは私だから嫌がらせは全部私に向かって来るものだとばかり思っていた、そう思い込んでいたのだから。
恐らく世間に黒水晶が広まり、自分の周りが変化したディーテ様は原因が黒水晶だと勘付いたはず。
そして兄王子であるアレクシオ殿下、アイオリア様、ルセウスも黒水晶を身に着けていたと気付たのだろう。
ディーテ様の本来の目的はルセウスを手に入れる事。
思い通りになっていない苛立ちを募らせたディーテ様は直接ルセウスから黒水晶を奪い、魅了をかけようとしたのだと思う。
だけどその目論見は外れてしまった。
──怖いのは⋯⋯思い通りにさせようとディーテ様がなりふり構わず権力を使って来るかも知れないのよね。
「それは心配ないぞ。アレクシオとイドランが阻止すると言っていた。言うなと言われているからボク様は言わないぞ」
セオス様が私の頭の中の考えに答えて来て驚くと同時にそれでは殿下達が何かをしようとしていると言ってしまっているではないかと素直なセオス様に吹き出してしまった。
「ボク様もすることがあるのだ」
「危ない事はしてはダメですよ」
「ボク様は国神だぞ」
「私にとっては大切な家族です」
「アメディアとルセウスは似ているな。あいつもボク様を家族だと言っていたぞ」
「ルースとセオス様は親子みたいです」
「ええ、ルセウス様はアメディア様とセオス様を強く想われていると私も思います」
セオス様を通じて伝わるルセウスの気持ち。ルセウスも私と同じ気持ちなのだとそれを感じるだけでルセウスを信じる事ができる。
笑い合う私とリエル様に満足したセオス様はニンマリとしながらフルーツタルトを頬張った。
そして⋯⋯。
──王宮の夜会にエスコート出来ない──
ルセウスからそう告げられた夜会。
ディーテ様と決着を付ける日がやって来た。