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作者: 山のタル
残酷な描写あり
172.淵緑の魔女VS教皇2
 サピエル7世の心臓の位置に埋め込まれている透明な球体は微かに点滅して光っている。まるで、心臓の鼓動に合わせて光っているみたいだ。
 そしてその透明な球体の正体は――。
 
「――魔鉱石、まさか肉体と一体化しているの!? ありえない……」
「ほう、これの正体も一目で見抜くか。そうだ、お前の言う通りこれは魔鉱石じゃ。だが、これは普通の魔鉱石ではないぞ。これはサピエル法国の教皇に代々受け継がれてきた国宝、その名を『神の涙』! 魔力を吸収する特性を持った、神が創り出したこの世に二つと存在しない特別な魔鉱石じゃ。これを持つ者は神に認められた証、つまり神に最も近い者ということを意味する。そしてワシは、ついにその神の涙と一つになった。これがどういうことか分かるか? ……つまり、ワシ自身が神に最も近い存在となったのじゃ!」
 
 長々と何を語るのかと思ったら、自分が神に最も近くなったときたか……。
 ここまで大言壮語な妄言を本気で吐けるなんて、どれだけ妄想力が豊かなのかとツッコミを入れたくなる。
 
「随分と大げさなことを言うのね。それよりも、そんな大事な秘密を私にペラペラとしゃべっていいのかしら?」
「すでにお前は神の涙の特性を見破っておる。ならば隠すよりも堂々と種を明かして、覆しようのない現実を突きつけてやった方が効果的じゃろう? このワシにはどうやっても勝てないという現実をな」
 
 サピエル7世はすでに勝った気でいるようだ。非常にムカつくけど、実際その見立てはあながち間違っていない。
 神の涙とか大層な名前を付けられているあの魔鉱石はこれまでの戦闘を見ても、サピエル7世の言う通り魔力を吸収する特異な性質を持っているのは明らかだ。それも、触れた魔力を瞬間的に吸収できるほどに強力な性能だ。
 つまりサピエル7世には魔術攻撃は一切通用せず、魔術師にとって相性が最悪の相手と言える。
 
 じゃあ接近戦ならどうかと言えば、それも難しいと思う。
 確かに物理的攻撃ならダメージは与えられるだろうけど、それはサピエル7世に攻撃できる場合の話だ。
 サピエル7世は人間という種族の最終到達点である『神人』に進化した。その影響で魔力量の増大と同時に、身体能力も大幅に強化されている。今のサピエル7世なら、魔術師でありながら手練れの戦士相手に互角以上の戦いが出来るだろう。
 そしてサピエル7世に触れられたら最期、その瞬間に一瞬で体内の魔力を奪われて行動不能に陥る事は確実だ。
 
 ……果たしてこの戦場に、これらの条件をクリアしてサピエル7世と戦える者が居るだろうか?
 魔術師は勿論のこと論外。戦士として一番優秀だったヒルデブランドでも手も足も出ず、唯一対抗できそうだったエヴァイアも今は魔力切れで行動不能。
 ……つまり、ブロキュオン帝国軍にサピエル7世と戦える者はいない。
 
(――だからこそ、私しかいない!)
 
 そう、私がここに残ったもう一つの理由がこれだ。
 魔術攻撃はダメ、接近戦も危険を伴う。だけど私には『錬金術』がある。
 魔術と違って錬金術の攻撃には魔力が宿ってない。つまり、サピエル7世に無力化される心配がないということだ。
 錬金術を使えるが、この状況で唯一サピエル7世とまともに戦えるのだ。
 
「どうやっても勝てないかどうかは、試してみないと分からないわよ?」
 
 ……まあ実際は、錬金術しか攻撃手段がない私の方が不利だ。もし錬金術の攻撃を見切られでもしたら、それこそ本当に勝ち目がなくなってしまう。
 私が勝つには、錬金術の攻撃を見切られる前にサピエル7世を倒すしかない!
 
「いくわよ!」
 
 魔力を瞬時に練り上げて複数の魔法陣を同時に展開する。
 そして魔法陣から超高温のファイアボールが次々飛び出し、サピエル7世目掛けて飛んでいく。
 
「ふん、愚か者めが! ワシに魔術は効かんと言っただろう!」
 
 襲い掛かってくるファイアボールを前に、サピエル7世は先程と同じくその身で受け取る構えを見せる。
 だけどそれは想定内の行動だ。
 私はすぐに魔力を集中してファイアボールの軌道を修正する。
 ファイアボールがサピエル7世に直撃する直前、軌道を変えたファイアーボールがサピエル7世を避ける様に動いて、サピエル7世の横を通り過ぎて行く。
 
「な、なに!?」
 
 直撃するものだと思っていたサピエル7世は予想外の出来事に驚き動揺した。それが致命的で大きな隙になる。そしてそれこそ私の狙いだ。
 サピエル7世の注意が軌道を変えたファイアボールに逸れた瞬間、私はサピエル7世に向かう一部のファイアボールの軌道を再び変更する。
 
(最初に軌道を変更したファイアボールは魔術で作り出したものだ。当然サピエル7世に効くわけがない。これは只のフェイント用だ。……本命は、今軌道を変更した、ファイアボールよ!)
 
 普通に錬金術で攻撃しても、サピエル7世なら攻撃に魔力が宿っていないことを簡単に見破ってしまうだろう。そうなったら攻撃が警戒される事は目に見えている。
 だったら、簡単に見破られないようにするしかない。……つまり、だ。
 大量の魔術の中に錬金術を忍ばせることで、本命の攻撃を見破られにくくしたのだ。
 
 軌道を変更した錬金術のファイアボールは、サピエル7世に向かって飛んで行く。
 そして狙い通り、隙だらけのサピエル7世に直撃した。
 
「なんじゃと!?」
 
 錬金術のファイアボールが直撃した衝撃にサピエル7世は驚きの声を上げる。
 だけど本当に驚くのはこれからだ。
 直撃した錬金術のファイアボールは当たると同時に破裂して爆発的な勢いで燃え上がる。そして一瞬の内にサピエル7世を業火で包み込んだ。
 
「ぐおおお!? も、燃えるッ! 何じゃこの炎は!?」
 
 業火に包まれたサピエル7世は訳も分からず混乱している。
 慌てたサピエル7世は反射的に魔術を発動する。頭上に魔法陣が出現して、そこから大量の水が溢れ出す。
 どうやら水の魔術で消火しようとしているみたいだ。
 
「させない!」
 
 サピエル7世にダメージを与えられるこのチャンスを簡単に手放すつもりはない!
 私は錬金術で地面から岩石の塊を作り上げると、サピエル7世に向かって勢いよく撃ち出した。
 消火することに気を取られてサピエル7世は、完全に無防備になっていた。回避は不可能だ。
 私の攻撃が直撃したサピエル7世は「ぐぇ!」っと短い悲鳴を上げ、勢いよく吹っ飛んで地面を激しく転がった。
 
 サピエル7世を包み込んでいた炎の勢いは、水の魔術浴びた上に地面を転がったせいでかなり衰えてしまった。
 だけど、まだ完全に消えたわけじゃない。
 私はすぐに錬金術でサピエル7世の周りの空気に干渉して、サピエル7世の周囲の酸素濃度を上昇させる。
 父の遺した『自然科学』の本には、酸素濃度が上昇すると火が着きやすくなり、更に燃え広がりやすくなると書かれていた。
 酸素濃度が上昇したところに、錬金術のファイアボールをすかさずぶつける。
 ファイアボールが直撃すると消えかけていた炎が勢いを取り戻し、瞬く間にサピエル7世を再び火だるまにした。
 
「ぐおおおおおおおお!?」
 
 全身を焼かれて、サピエル7世は野太い悲鳴を上げる。
 火だるまにされ、岩石の塊の直撃を受けて地面を派手に転がったサピエル7世は、見るからにボロボロだ。
 
(ここが好機! このまま火力を上げて焼き尽くしてあげる!)
 
 サピエル7世は強敵だ。長期戦になってしまったら私が不利になる。
 こちらが戦いの主導権を握れてる今、更に畳みかけてとどめを刺さないといけない。
 私は再び錬金術を発動させ、サピエル7世周辺の酸素濃度を更に上昇させる。
 ついでに周囲の風の流れにも干渉し、酸素を含んだ空気が効率的にサピエル7世を包む炎に当たるように操作する。
 すると狙い通りに炎は火力を更に増し、サピエル7世の体は灼熱の業火で焼き尽くしていく。
 
「そのまま燃え尽きてしまいなさい!」
「――――」
 
 私がサピエル7世を追い詰めていると確信した時、業火の轟音に紛れて小さな声が聞こえた気がした。
 一瞬気のせいかと思ったが、すぐに気のせいじゃなかったと思い知らされることになる。
 
「――調子に乗るでないわアアアア!!」
 
 それはまるで地獄の底から込み上げてくる様な、おぞましい怒りに満ちた叫び声だった。
 空気が振動し背筋を寒気が襲う。あまりの衝撃に、思わず耳を塞ぎそうになってしまう。
 
 ……とても嫌な予感がする。
 そして嫌なことに、大抵のこういう予感は的中するのが世の常だ。
 
 怒声を吐き出したサピエル7世は、頭上に大きな魔法陣を作り出した。魔法陣からは先程と同じように大量の水が溢れ出す。
 しかし今度の水はただ溢れ出すだけじゃなく、まるで水が意思を持っている生き物の様にグネグネと動き、サピエル7世に覆い被さる様に集まっていく。
 その瞬間、私はサピエル7世が何をしようとしているのかを察した。だけどそれに気付いた時にはもう手遅れだった。
 
 集まった水は火だるまのサピエル7世を飲み込んで、ドーム状の形に形成して固まる。
 そしてサピエル7世を火だるまにしていた業火が一瞬で消火されてしまった。
 錬金術で作り出した炎は自然科学の法則でその勢いを保っていた。つまり、燃焼に必要な「可燃性の物質」と「酸素」が存在している必要があったのだ。
 最初にサピエル7世が消火をしようとした時、水を浴びた時間はごく僅かで炎は完全に消えていなかった。だから酸素濃度を上昇させて可燃物である衣装の着火温度を下げ、再びファイアボールをぶつけることで何とか炎の勢いを回復させることに成功できた。
 だけど水の中に飲み込まれてしまったら、燃焼を維持する条件だった酸素が無くなてしまい、炎はあっという間に消えてしまう。こうなってしまったら炎を再点火することは不可能だ。
 
 私はすぐに別の攻撃手段に切り替えた。
 まず先程と同じ様に錬金術で岩石を作り、サピエル7世に向かって勢いよく撃ち出す。……だけどこれは失敗に終わった。
 岩石が直撃する直前、サピエル7世を覆っている水の表面が鞭のように動き、飛んできた岩石を迎撃して粉々に粉砕したのだ。
 
「チッ、厄介ね……」
 
 私はあまりにも不自然な動きをする水の厄介さに思わず舌打ちを打つ。
 サピエル7世を覆っているあの水は普通の水じゃなくて魔術で作った水だ。
 どんなに不自然な形や動きでも術者の思い通りに動かすことが出来る。
 サピエル7世も馬鹿じゃない。消火する以外にも、また攻撃が来ることを想定して防御もできるように水をドーム状にしたのだろう。
 あの防御を突破するのは容易じゃない。とにかくあの厄介な水の防御を突破する攻撃を考えないといけない。
 
「何かいい手段は……」
 
 私は次に取るべき手段を思考し始める。
 しかしその時、さらに厄介なことが起こった。
 サピエル7世が回復魔術で、傷を癒し始めたのだ。
 
 
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