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作者: 山のタル
残酷な描写あり
169.竜の末裔と神を目指す者5
「セレスティア、早速だが君に頼みたいことがある」
 
 戻ってくるなりそんなことを言ってくるエヴァイアに、セレスティアはあからさまに嫌そうな顔をする。
 だけどそんなことはお構いなしといったエヴァイアは、セレスティアの嫌そうな顔を無視して話を進める。
 
「さっきの会話は聞こえていただろう? 僕はこれから連合軍を指揮してサピエル法国を征服しに行く。君にはそれまでの間、あそこのサピエル7世を監視していてほしい」
「監視ですって? どうして監視なんかする必要があるの?」
 
 監視という言葉に、セレスティアが怪訝そうな顔をして疑問を抱くのは当然だ。
 何故ならセレスティアは先程の戦闘を観察していて、『竜の盾』を破壊するのは、物理的にも魔術的にも不可能だという結論を導き出していたからだ。
 つまり『竜の盾』に閉じ込められた時点で、サピエル7世に最早打つ手など無く、エヴァイアが解除しない限り出て来ることはないだろうと確信していた。
 だが当のエヴァイアは、それにどこか納得していない顔をしている。
 
「君の言いたいことは分かる。『竜の盾』は絶対に壊す事が出来ない最強の防御魔術だ。僕が解除しない限り、サピエル7世があの中から出てくることはないだろう」
「だったら尚更監視なんていらないじゃない。それに、仮に監視するにしても、それが私である必要はないはずよ。それこそエヴァイアの部下の誰かに任せれば済む話じゃない」
「確かに、それは尤もな意見だ。……だけど僕の直感が、サピエル7世を監視することも含めて、君が適任者だと言っているんだ」
「はぁ? どういうことよそれ!?」
 
 納得いかない様子で言寄るセレスティアに、エヴァイアは言葉を探る様に選びながら答える。
 
「多分、いやおそらく、サピエル7世はまだ何か、秘密を隠している……と思う。ただ今のところ、それが何かまでは分からないんだ……」
 
 今まで常に自信の塊みたいにものを言っていたエヴァイアからは想像もできない、自信無さげな発言にセレスティアは驚いた。
 それと同時に、エヴァイアの言うことが決して冗談などではないと確信した。
 
「……じゃあつまり、そのでサピエル7世はあの中から出てくる可能性があるってこと?」
「今のところその確証はない……。だが事実として、サピエル7世が『竜の盾』を破壊することは不可能だ。それはさっきの戦いで証明されている。でも、僕の直感がそれに素直に納得していない……」
 
 破壊されることはないと言うのに、直感がそれを納得していないと言うエヴァイア。
 この明らかに矛盾する二つの主張を聞かされて、セレスティアはまるで決して解けない難問に向かって必死に頭脳を回転させているかのような頭痛を感じた。
 
「事実と直感が矛盾しているのはおそらく、サピエル7世に関する正確な情報が不足しているのが原因だ。セレスティア、貿易都市の会議室で僕が言ったことを覚えているかい?」
 
 そう言われてセレスティアは会議室での出来事を思い出す。
 サピエル法国がムーア王国の王都を強襲した知らせを受けて緊急会議を開いた時、会議が終わった後にセレスティアはエヴァイアに呼び止められ、会議の内容に対して意見を求められた。
 
「確かあの時は、情報が不足していて会議で決定した内容に納得していないと言っていたけど……まさか!?」
「そう、あの時と同じ感覚を今、僕は感じている」
 
 セレスティアはようやく、エヴァイアの言いたいことを正確に理解した。
 エヴァイアの脳は『超感覚』で集められた膨大な情報を正確に処理できるよう進化し、その処理速度は常人の何百倍以上だ。
 そのおかげでエヴァイアは、自身の行動が引き起こす結果の良し悪しを、収集したあらゆる情報から計算して導き出し、それを直感として感じ取ることができるようになった。
 その精度と正確さは、もはや簡易的な未来予知と言ってもいいほどの的中率を誇る。
 
 一見すれば反則ともいえる程の能力だが、これには大きな弱点があった。
 それは、集めた情報がということだ。
 
 自身の行動を決定する判断材料である情報が全て揃っていて、尚且つそれが全て正確である時、エヴァイアの直感は正確無比の精度を誇る事が出来る。
 それはつまり言い換えると、一つでも正確な情報が欠けていれば、自身の決定と直感が矛盾することになる。……そう、まさに今の現状のように。
 
「まあ、あくまでも可能性の話だ……。だけど前にも言った通り、僕の直感は外れたためしがないのさ。良い意味でも、悪い意味でもね……」
 
 信じたくはないけどと、小さな声で付け加えるエヴァイアの表情を見て、セレスティアの顔に汗が流れる。
 
(……エヴァイアがここで私に噓をつく理由はない。そして実際、嘘をついているようには見えない。……じゃあ、サピエル7世は、一体何を隠しているというの!?)
 
 セレスティアはサピエル7世が隠している可能性があるについて考察してみる。しかし、これと言って思い浮かぶ物はなかった。
 そうしてしばらく考えた末、結局セレスティアはエヴァイアの頼みを受けることにした。
 
「……分かった。監視役をやってあげるわ」
「感謝するよ」
「もしもの事があったら困るからね。ただし、この分の報酬は弾んでもらうわよ」
「ああ、君が満足する物を必ず用意することを、僕の名を掛けて約束しよう!」
 
 名を掛けての約束、それも一国の王がその名を掛ける約束。それは言い換えれば、最上級の契約性を持つ約束であることを意味している。
 つまりエヴァイアは、セレスティアのどんな要求でも断る事が出来ないということを約束したのだ。
 その言質が取れただけでも、セレスティアには大きな価値があった。
 
「それと、優秀な兵を何人か君の護衛につけよう。頼んだとはいえ、流石に君一人だけに監視を押し付けるわけにはいかないからね。……そうだな、モージィを護衛につけよう。モージィなら君と面識はあるし、実力も信頼も申し分ない」
「それは助かるわ」
 
 モージィはエヴァイアが最も信頼する人物の一人だ。
 近衛兵長の一人で、皇室直属の護衛部隊の副隊長も務めている。
 ブロキュオン帝国内でも上位の実力者で、尚且つ女性ということもあり、エヴァイアはセレスティア同行時の世話をモージィに任せていた。
 セレスティアからしても面識のある人物が付いていてくれる事は、有難い限りであった。
 
「護衛兵の選定はモージィに任せよう。もし気に入らないことがあれば、遠慮なくモージィに言うといい」
「そうさせてもらうわ」
「よし、じゃあ早速行動に移すとしよう。敵が動く前にね」
 
 サピエル法国軍はどういう訳か、未だに動く気配すら見せていない。
 その様はとても不気味であったが、同時にエヴァイア達にとってのチャンスでもあった。
 今のサピエル法国軍は、言ってしまえば指揮官を失った流浪の兵士と同じだ。
 連合軍が一気に押し寄せれば、簡単に蹴散らされる運命にある。
 サピエル法国軍が動かない理由は分からないが、エヴァイアはその理由を探るよりも戦況を決めてしまう方が先だと判断した。
 そして、後方に控えている連合軍に向かって合図を送るために手を上げた。
 
「――ふ……ざけ……な……」
 
 その時、エヴァイアの背後から声が聞こえた。
 咄嗟にエヴァイアが振り返ると、そこには怒りに顔を歪ませたサピエル7世の姿があった。
 
「ふざけるでないわああああああああああ!!!!」
 
 それは、地の底から響き渡る地鳴りのような咆哮だった。
 その声を耳にした者は、ゴゴゴゴと地面が揺れて空気がビリビリと振動しているような錯覚を感じてしまうほどであった。
 
「こ、これは……!?」
 
 その異様な咆哮を聞いたエヴァイアの直感が、大音量の警鐘を鳴らす。
 咄嗟にエヴァイアは剣を抜いて、セレスティアに向かって叫んだ。
 
「セレスティア計画変更だ! 今すぐここでサピエル7世を処刑する!」
「ええっ!?」
 
 突然の計画変更にセレスティアは驚く。
 
「今は説明している暇がない! とにかく嫌な予感がするんだ。あいつが何をするか分からないけど、今すぐ何とかしないと不味い!!」
 
 まくしたてる様に早口で危機感を必死に叫ぶエヴァイアの姿を見て、セレスティアも何か良くないことが起こったのだと理解した。
 
「処刑は僕がする。だけどその為には、サピエル7世の近くに寄らなければならない。『竜の盾』があるから大丈夫だと思うけど、もしも万が一、何か予想外の事が起きたら全力で助力してくれ!」
「分かったわ!」
 
 簡潔に段取りの打ち合わせを済ませ、二人は警戒しながら慎重に、しかし素早くサピエル7世との距離を詰めて行く。
 そしてサピエル7世まで、あと十数メートルの距離までまで近付いた時――。
 
「――ッ!?」
 
 突然エヴァイアが足を止めたかと思うと、次の瞬間には地面に膝を付いて倒れていた。
 
「エヴァイア!?」
 
 何の前触れも無く倒れたエヴァイアに、セレスティアは訳も分からず驚く。
 しかしそれ以上に驚き混乱していたのは、倒れたエヴァイア本人だった。
 
(な、なんだ、力が入らない!? 一体何が……!? まるで、全身から何かが抜け落ちたような――)
 
 訳も分からず答えを探るように、エヴァイアはサピエル7世の方に顔を向ける。
 そしてエヴァイアは、自身に何が起こったのかを瞬時に理解した。
 
 エヴァイアが目にしたのは、『竜の盾』に閉じ込められているサピエル7世の魔力が異常な早さでみるみる回復していく姿だった。
 自然回復ではありえない速度でサピエル7世の魔力は回復しており、エヴァイアが魔力の流れを調べるように目を凝らすと、『竜の盾』を形成している魔力が『竜の盾』に触れているサピエル7世の両手からサピエル7世の中へと流れ込んでいた。
 それが示しているのは、一つの恐ろしい事実だった。
 
「あ、あいつ、僕の魔力を、吸い取っているのか……!?」
「エヴァイア今すぐ『竜の盾』を解いて!」
 
 エヴァイアと同じ結論に辿り着いたセレスティアが叫ぶ。
 
「くっ!?」
 
 エヴァイアはセレスティアの言う通りすぐに『竜の盾』を解除した。
 すると同時に全身から何かが抜け落ちていく感覚もピタリと止まった。
 だが殆どの魔力を奪われた所為で、エヴァイアはまともに身体を動かせなくなってしまった。
 立ち上がれないエヴァイアを心配して、セレスティアが慌てて駆け寄るとエヴァイアの身体を支える。
 
「大丈夫エヴァイア!?」
 
 心配するセレスティアの言葉に、エヴァイアは虚勢を張ること無く素直に首を振って答える。
 
「まさか、あんな奥の手を隠し持っていたとは……!?」
「どうするの?」
「撤退だ。奴に魔力をほとんど持っていかれて立ち歩くことすら難しい。それに今の僕には、『竜の盾』を発動する魔力すら残っていない……。陣地に戻れば魔力回復薬がある。それを飲めば全快とはいかなくても多少は回復できるはずだ!」
「分かったわ!」
 
 セレスティアは動けないエヴァイアの肩を担ぎ、一目散に陣地へ向かって走った。
 
「させんぞ!」
「――ッ!?」
 
 しかしそれを見たサピエル7世がすぐに反応する。
 魔術を瞬時に発動して、セレスティア達の目の前に巨大な炎の壁を出現させて退路を塞いだ。
 
「簡単に逃げられると思うな。このワシを虚仮こけにしたことを、たっぷりと後悔させてやるわ!」
 
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