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作者: 山のタル
残酷な描写あり
164.次の出撃に向けて
「――その後、動けるようになった僕達は気絶したマターとヘルムクートを拘束して帝国の首都へ送還し、トンネルを抜けてサピエル法国の神都を強襲しました」
「だけど連中は文字通りに全軍を出撃させたみたいで神都はもぬけの殻。おかげで制圧にそれほど時間は掛からなかったぜ」
「そこから先は、先ほど話した通りです」
「「「「…………」」」」
 
 二人の経緯を聞き終わり、作戦会議室は静寂に包まれた。
 全員が神妙な面持ちをして、何も言葉を発そうとしない。いや、発せない。
 それもそうだ。話の内容があまりにも自分達の常識を逸脱していて、脳の理解が追い付いていないのだ。
 そして長い沈黙の後、ようやく処理を終えたルーカスが最初に沈黙を破った。
 
「……そちらの経緯は分かった。神都を制圧していると言うなら、僕達は背後を気にする必要が無くなったという事だ。となれば、僕達がこれから取るべき行動もおのずと決まって来る」
「……話しておいてこう言うのも失礼ですが、今の話を信じるのですか?」
 
 カルナは自分の話す内容が簡単に受け入れられるとはとても思っていなかった。
 その目で直接見た真実だけを話しているというのに、カルナ自身も未だに自分の見た光景が夢だったのではないかと疑っていたからだ。
 それほどまでにティンクがしたことは常識外れだった。
 
「確かに、数日前の僕だったら、こんな話をした君達の頭の方を疑っただろう。……だけど、昨日の戦いを目撃した僕……いや、少なくともこの場にいる者はその話を信じる。いや、信じざるを得ないだろう。どんなに受け入れることが難しい事でもね」
 
 ルーカスはそう言って、会議室の隅で静かに佇むアイン達に視線を向けた。
 その視線を追ったカルナは、すぐにルーカスの言いたいことを理解した。
 
「なるほど……、というわけですね」
「そういうことだ」
「では既に心得ていると思いますが、念のためにもう一度言います。……くれぐれもこの話は口外せず、自分の心の中にだけ留めて下さい。……墓の中まで、必ずです」
 
 カルナの強く念を押す言葉は、真剣そのものだった。
 そしてカルナの言葉に誰もが無言で頷く。
 もしうっかりでも口を軽くしてしまえば、その先に何が待っているのか……それだけは誰もがしっかりと理解していた。
 
「ありがとうございます。これからも皆さんが愚かな行動に走らないことを祈っています」
 
 カルナは追記するようにそう言葉を付け足したが、同時に愚かな行動に走る者が現れないという事も確信した。
 何故ならカルナは見たのだ。頷く全員の瞳が、を想像して恐怖に揺れているのを。そして同時に、自分とオイフェもその一人なのだと自覚した。
 この世には絶対に敵対してはいけない者が存在して、サピエル法国はその者の逆鱗に触れてしまったのだと。
 まるで世界の真理に辿り着いたけど、知らない方がよかったと後悔する気持ちになった。
 しかし今回はその逆鱗が自分達に向けられていない幸運に、彼等は心の中でそっと喜ぶのだった。
 
 
 
 それからの作戦会議はとてもスムーズに進んだ。何せ頭を悩ませていた障害の殆どを考慮する必要が無くなったのだから当然だ。
 サピエル法国方面に軍を割く必要が無くなったことで、貿易都市に向かったサピエル法国軍を全軍をもって追撃することで全会一致した。
 そして先程合流したブロキュオン帝国軍別動隊も戦力に加えて軍の再編成を話し合い、各指揮系統の構築もスムーズに決定する。
 全員が一つの目標に向かって議論を進めたことで、彼らの心に仲間意識が芽生えるのにそう時間はかからなかった。
 秘密を抱えた者同士ということもあり、それは『仲間』や『戦友』と言うよりは、『運命共同体』というものに近かった。
 ともかくそうして芽生えた不思議な仲間意識により、作戦会議は日が沈む前には終了した。
 
「――では、改めて確認だ。出撃は明日の明朝みょうちょう、日の出と共に全軍で出撃する。最高司令官はこの俺“ヴァンザルデン”。副司令官に“カールステン”。航空戦力及び偵察部隊の総指揮は“エールフィング”。前衛指揮官は“オイフェ”、副官に“パイクス”と“ピーク”。後衛指揮官を“カルナ”、副官に“クランツ公爵”と“ウルマン伯爵”、そして“ルーカス様”と“シェーン”は中央の指揮を頼む。……何か問題はあるか?」
 
 陣形の再確認を行ったヴァンザルデンに、全員が無言で頷いて肯定の意思を示す。
 
「よし、では各自明日の出撃までに準備を整えるように! 解散ッ!!」
 
 ヴァンザルデンの解散の号令で、全員が一斉に会議室を後にする。
 完全に日が沈むまであと僅か。急がなければ明日の出撃までに再編が間に合わないかもしれないからだ。
 そして怒涛の勢いで人が捌けた会議室には、ヴァンザルデンとカールステンの二人と、アインとクワトルとティンクの三人が残された。
 
「……では、私たちもこれで」
 
 先に出て行った人達に続くように、アイン達も会議室を後にしようとする。
 
「待ってくれ」
 
 だが、そんなアイン達をヴァンザルデンが声をかけて呼び止めた。
 
「……如何いたしましたか、ヴァンザルデン様?」
 
 作戦会議も終わったので、もうアイン達がここに留まる意味はない。
 いや、細かく言ってしまうなら、アイン達がこの会議室にいる意味は最初からなかった。
 いくら戦場で功績を挙げようともアイン達はどこの勢力にも属していない部外者。本来なら今回のような国家間の戦争とか作戦会議に参戦することなどあり得ない『イレギュラー』だ。
 それでもアイン達が会議室にいたのは、セレスティアの「手を貸すように」という命令の範囲内だったからに過ぎない。
 アインはヴァンザルデンとカールステンには、事前にそのむねを伝えていた。
 なので、ヴァンザルデンがこれ以上自分達をわざわざ呼び止める理由がアインにはわからなかった。
 
「少し話があるんだ。……だが、その前に――」
 
 ヴァンザルデンはそう前置きをして立ち上がると、アイン達の目の前に移動して立ち止まる。
 そして……アイン達に向かって深々と頭を下げた。
 
「すまなかった」
「えっ?」
 
 ヴァンザルデンの突然の行為に、アインはつい間抜けな声を出してしまう。だが、アインがそんな声を出すのも無理はない。
 アイン達はセレスティアに仕える従者、つまりは地位の無い主人に仕える使用人。一方でヴァンザルデンは、プアボム公国を治める四大公の一人であるマイン公爵の所有するマイン公爵軍の全権を任されている元帥だ。
 権力を持たない主人の従者達と、一国の最高権力者である貴族に仕える軍人。誰がどう見ても、立場的にはヴァンザルデンの方がアイン達よりも遥かに上で、普通なら頭を下げる立場にいるのはアイン達の方である。
 にも拘らず頭を下げて謝罪するヴァンザルデンの意図が読めずに困惑するアイン達。
 一方のヴァンザルデンはそんなアイン達を他所よそにして言葉を続けた。
 
「今回の戦争は国と国、それも複雑な事情が絡み合って起きているものだ。本来ならアインさん……いや、セレスティア様達には被害が及ばないはずの無関係な戦争だった。にも拘らず結果的に巻き込んでしまい、あまつさえアインさん達の力を借りる羽目になった……。セレスティア様達の事情を知りながら最も目立つ行動を取らせてしまったのは、俺達の力不足が招いた落ち度だ……」
 
 深々と頭を下げたまま、ヴァンザルデンは悔しさに声を滲ませながら謝罪した。
 ヴァンザルデンは今回の戦争で、自分の力の弱さを思い知らされたのだ。
 ヴァンザルデンはマイン公爵軍で元帥の地位にあり、今回の戦争ではその実力からプアボム公国軍の最高司令官に任命された。
 それは、自分には周りから信頼される程の確固たる実力があったからだと、ヴァンザルデンは信じていた。
 しかし実際は、わざわざ一騎討ちを挑んだセリオを倒しきることが出来ず、結果的にアインの手を借りることになってしまった。
 その事がヴァンザルデンは悔しくて悔しくて、自分のおごりを恥じているのである。
 
「……だが、いくら自分達の力不足を悔いたところで、今回の戦争には何としても勝たなくてはならない! その為にはどうしても、この戦争が完全に終わるまではアインさん達の力が必要なのも事実だ。……恥を承知で改めてお願いする。この戦争を終わらせるために、どうか俺達に力を貸してくれ!」
 
 ヴァンザルデンはそう言って、再び深々と頭を下げた。
 マイン公爵に近い立場にあるので、ヴァンザルデンはマイン公爵からセレスティア達の「表舞台に立ちたくない」という事情をある程度聞かされていた。
 しかしそれを知っていても、サピエル法国という予想以上の強敵を打ち破るにはアイン達の力を借りるしかない。
 ヴァンザルデンはそんな現状と、こんなお願いをしなければならない自分に恥じつつも、最高司令官として戦いに勝利する責務を果たすために真摯に頭を下げることを決断したのである。
 
 アインは真摯な態度で頭を下げるヴァンザルデンを、しばしの間無言で見つめていた。
 そしてヴァンザルデンの心境を察したのか、アインはゆっくりと口を開いた。
 
「……セレスティア様は、今回の騒動の元凶であるサピエル法国を強く警戒していました。だからこそセレスティア様は、もしもの事を考えて私達をヴァンザルデン様達に同行させたのでしょう。必要があれば全力で手を貸すように、そして最後まで見守るようにとご命令されて……」
 
 アインはすっとヴァンザルデンの肩を掴んで顔を上げさせる。
 そしてヴァンザルデンの目を、まっすぐ正面から見据えて言葉を続けた。
 
「ご心配なさらなくても、私達は最後までヴァンザルデン様達にお力添えをさせていただきます。だから私達の力を使うことに、ご遠慮なさる必要はございません。セレスティア様のご友人であるマイン公爵様を助けること、それが私達の今の役目です。だからヴァンザルデン様はご自身の役目をまっとうなさいませ」
「役目、か……ふっ、そう言ってくれるとありがたい」
「……それに本音を言ってしまうなら、セレスティア様からの命令を抜きにしても、私達自身がサピエル法国に腹を立てているのです。セレスティア様に危害を加えようとした罪、それはそれ相応以上の報いで償わせなければ気が済みません。ですからむしろ、存分に私達の力に頼ってください」
「……敵ながら同情しそうになるぜ。下手にやぶを突けばどうなるか、サピエル法国の連中はこれから身をもって体験することになるんだろうからな」
「あら、それでしたらしっかりと体験させないといけませんね。なにせ、人生で最後の体験になるでしょうから」
「違いねぇ!」
 
 意気投合したように、アインとヴァンザルデンはクスクスと笑いを零す。
 それは何も知らない人が見れば誤解すること確実な、まるで地獄の底で悪魔がする様な微笑だった。
 
「……明日の事だか、アインさん達には隊列の後方に待機してもらいたい。そして前線の状況を確認しながら、自分の判断で自由に動いてくれ。きっとその方がアインさん達は一番動きやすいだろうからな」
「ご配慮感謝いたします」
「では、明日からもよろしくお願いする!」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
 
 そうしてヴァンザルデンと握手を交わして会議室を出たアイン達は、明日の出撃に備えて早めの休息を取るのだった。
 
 
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