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作者: 山のタル
残酷な描写あり
157.王都奪還、次なる作戦へ
 援軍浮遊島が王都奪還に合流してから事態は一気に急転した。
 
 セリオがアインによって遠くに飛ばされ、浮遊島からの三度の魔術砲撃でセリオの副官だったダンが戦死したことにより、サピエル法国軍の指揮系統は完全に崩壊、軍としての形態を保つのは不可能となった。
 そこに追い打ちの如くパイクスとピークが指揮するプアボム公国連合軍が雪崩のような勢いで突撃し、更に浮遊島の守護騎士達がそこに加わって空からも攻撃を開始したのである。
 ……戦闘は短時間であっけなく終了した。結果は火を見るより明らかだった。
 更に王都に残ってその惨状を見ていた“王権派”の兵士達が抵抗することなく降伏した為、王都の奪還もあっさりと完了してしまい、戦闘はプアボム公国軍連合軍の圧勝で幕を閉じた。
 
 
 
 王都奪還に成功した翌日――。
 様々な混乱も一通り落ち着きを取り戻した頃、王城の中にある王国軍の作戦会議室に人が次々と集まってきた。
 
 戴冠式たいかんしき前だが王位を引き継ぐ宣言をした『ルーカス・ムーア45世』。
 その親友であり前宰相カンディの息子の『シェーン・ホーク』。
 王権派からルーカスの下にくだった『ケリー・クランツ公爵』と『ルイ・ウルマン伯爵』。
 今回の戦争でプアボム公国軍の最高司令官を任された『ヴァンザルデン』。
 そのヴァンザルデンの右腕で参謀長の『カールステン』。
 王都奪還の指揮をった『パイクス』と『ピーク』。
 援軍として絶大な功労をした浮遊島の島長しまおさの『エールフィング』。
 そしてセレスティアの使用人の『アイン』の10名である。
 
 彼らが集まったのは、王都奪還戦の事後処理と今後の侵攻に対する会議をする為である。
 ……だけど会議の内容的に、アインがこの場にいる意味が全く無い。
 しかしそれでもアインがこうしてこの場にいるのは、セレスティアからの命令が関係している。
 
 アインがセレスティアから受けた命令は、『プアボム公国軍に最後まで同行する事』、『なるべく目立たずに援軍の到着をサポートする事』、『状況によってはプアボム公国軍に加勢する事』の三つであった。そしてアインはしっかりとセレスティアの命令を守り、その役目を果たしている。
 ……だが、戦争はまだ終わったわけではない。プアボム公国軍はサピエル法国打倒の為に、この後も進軍しなくてはならない。
 つまり三つの命令の内、『プアボム公国軍に最後まで同行する事』がまだ有効なのである。だからプアボム公国軍最高司令官のヴァンザルデンに同行する形で、この会議の場に残っているのだ。
 そんなアインは会議に参加する気が無く手持ち無沙汰だったのか、食堂から拝借したティーセットで会議を続けている9人に静かにお茶を出していた。
 
 そうこうしている内に会議の話題は、次の侵攻の話へと移っていた。
 会議の進行をしているのはヴァンザルデンとカールステンの二人だ。二人は最高司令官とその参謀長と言う立場なので、軍事行動に対する話で主導権を握るのは当然だ。
 お茶も入れ終わり本格的にすることのなくなったアインは、置物の様に壁際に立って気配を消す。そして静かに会議の会話に聞き耳を立てていた。
 
 会話の内容を要約すると、貿易都市に向かったサピエル法国軍の背後を強襲し、貿易都市側のブロキュオン帝国軍と協力してサピエル法国軍を挟撃する。そして同時に手薄なサピエル法国の神都を別部隊で攻撃して制圧する。この二つの同時侵攻作戦を実行しようとしていた。
 ムーア王国も翼人族側もこの同時侵攻作戦自体に反対の様子はなく、今はそれぞれの兵力をどのように運用するか等の複雑な話に発展している。
 
(……王都奪還が予想以上の損害の少なさで成功して兵力と物資が温存出来たことで、兵力や物資の補給に必要な時間が大幅に短縮された。尚且つエールフィング様達が援軍として加わったことで戦力の大幅な強化に繋がり、戦略に大きな幅を待たせることが出来たという訳ですね)
 
 聞こえてくる話を総合的に判断し、アインはそんな分析をする。
 アインの分析通りプアボム公国連合軍は先の戦闘で兵力も物資も最小限の損害で済んでおり、その補給も既に終わっていて明日にでも出撃することが可能だ。そしてそこに上空からの圧倒的な砲撃が可能な浮遊島と、空を自由に飛んで最高の機動力を誇る翼人族の兵力も加わったのだ。
 これほど強力な戦力が今までこの大陸に存在したことが有るだろうか、と言うレベルの過剰戦力ぶりである。
 
(……しかし一つ疑問なのは、何故その戦力をわざわざ分散させようとしているのでしょうか? 普通に考えたらその戦力全てで、貿易都市に進軍したサピエル法国軍を叩く方が確実だと思うのですが……?)
 
 アインの考えは正しい。
 戦争において数と言うのは勝敗を左右する大きな指標の一つだ。ヴァンザルデンやセリオやアインの様に絶対的な力を持った個という存在を排除して考えた場合、数の有利を覆すことは不可能に近い。
 その圧倒的な優位性をわざわざ捨てるなど、愚の骨頂と言っても過言ではない決断だろう。
 ……しかしヴァンザルデン達がそんな愚行を犯してまでも、同時侵攻にこだわろうとしているのには理由がある。
 それは、サピエル法国軍の戦力が未だに未知数であるのが原因だった。
 
(サピエル法国が王都を攻めた時、一人の魔術師がたった一発の魔術で王都の城壁を破壊したと言っていましたね。私もその現場を実際に見たけど、確かにあの力はセリオ以上の脅威なのは間違いない……。
 ――そうか、ヴァンザルデン様達はその強力すぎる“個”を恐れているんだわ。そして最悪なのが、そのような“個”、もしくは残存兵力がまだサピエル法国内に残っていた場合だわ! 自分達が貿易都市に向けて出撃した後にそれらが動き出したら、逆に自分達が挟撃される事態に陥ってしまう。だからその不安を絶つために、兵力を分散してでも後方の安全を確保しようという事ね!)
 
 アインはここでようやく、ヴァンザルデン達の考えていることを正確に理解した。
 サピエル法国は事前に戦争の準備を秘密裏に進めていて、その戦力、構成、作戦に関してあまりにも情報が少なすぎる。
 その事を理解しているヴァンザルデン達は、今確認されている情報だけを信じて行動することを避け、あらゆる可能性を考慮して行動しようとしているのだ。
 
「……あっ」
 
 ……しかしその考えに気付いたアインは、あるをヴァンザルデン達に伝えていなかった事を思い出した。
 
「ん? どうしたんだアインさん?」
 
 気配を消していたアインが突然間抜けな声を出したものだから、ヴァンザルデンが気になって声を掛けて来た。
 
「あ、いえ、何でもありません。気になさらないでください。水を差して申し訳ありませんでした……」
 
 アインは咄嗟に謝罪して誤魔化す。
 そんなアインの行動を不思議に思いながらもヴァンザルデンはそれ以上深く追求することなく、またすぐに会議に意識を戻した。
 
(……まあ、どちらにしろすぐに分かることでしょうから、わざわざ言わなくてもいいか……。今言ってしまうと確実に目立ってしまうでしょうし……)
 
 そう心の中で自分の失敗を納得させたアインは、その時が来るまで再び置物に徹するのであった。
 
 
 
 それからしばらくして、会議の方は順調に進んで終わりに近づいてた。
 そんな時、作戦会議室の扉を勢いよく開けて、一人の人物が慌てた様子で飛び込んできた。
 
「会議中に失礼します!」
 
 その人物は、王国軍第二騎士団・団長のマリエルだった。
 普段の強気な彼女とは違う慌てた様子から、何か大変なことが起きたのだと察した一同は無言で頷いて会議を中断し、マリエルの話を聞くことにした。
 
「マリエル、何があった?」
「はい! 先程城壁で見張りをしていた兵士からの報告で、サピエル法国側からこちらに向かって進軍してくる軍勢の姿を確認したとのことです!」
「なんだと!?」
 
 マリエルの報告に一同は驚愕する。恐れていた事態の一つが起きたのだから無理もない。
 
「それで、敵の規模はどれくらいだ!? それと位置だ! あとどれくらいでここに辿り着く!?」
「規模に関しては距離が遠く詳しいことは分かりません。ですがサピエル法国側の地平線からこちらに向かって来る集団が見えた事から、おそらく軍勢だろうとの事です。位置に関しては先程言ったように地平線上なので、あと数時間で王都に到着するものと思われます」
「それ以上の情報は無いのか?」
「残念ながら、今分かっている情報はこれくらいしかありません……」
「うむむ……」
 
 マリエルが持って来た情報はまだ距離が遠いこともあり未確定な部分が多かった。だからヴァンザルデン達も瞬時の判断を下せずに悩む。
 
「どうしますか?」
「どうするも何も、対処するしかねぇだろう!」
「それは分かっているが、どう対処するのかが大事だパイクス」
「こちらから先に仕掛けるか?」
「いや、今出ても戦闘場所が王都に近くなりすぎる。いっそのこと王都を防衛する形で迎え撃つ方がいいかもしれない」
「しかしそれでは崩壊した城壁を背にして戦う事になります。それはあまりもリスクが高くないですか?」
「確かにシェーンの言う通りだな……。ヴァンザルデン殿はどう思う?」
「何をするにしても敵の規模が不明な段階で慌てて動いても仕方ない。まずは先の会議の通りに、サピエル法国へ向かう予定だった部隊を緊急編成して王都城壁前に展開させた方がいいだろう。その間にカールステンが敵の情報を集め、それ次第で次の行動に移した方が確実だ」
「分かりました。すぐにでも情報を集めて来ます!」
「でしたら儂等も浮遊島も動かして敵を牽制しましょう。多少の時間稼ぎは出来るでしょう」
「頼むエールフィングさん」
 
 緊急性が高いこともあって話が足早に進み、ある程度の方針が決まったことで、それぞれが急いで持ち場に向かおうと席を立った。
 
「皆様、お待ちください」
 
 その時、それまで置物に徹していたアインが声をあげて全員を呼び止めた。
 アインがあまりに完璧に気配を消していたのと、会議に集中し過ぎてその存在を完全に忘れていた面々は、虚を突かれた様に驚いてアインの方を見た。
 
「ど、どうしたんだアインさん?」
 
 全員の視線がアインに集中する中、アインはそこで更に全員が驚愕する発言を投下する。
 
「その軍勢に関して私から報告があるのですが、今こちらに向かっている軍勢の正体はブロキュオン帝国軍です。つまりこちらの味方なので対処する必要はありません」
「「「「「な、なんだと!?!?」」」」」
「な、なぜそんなことが分かるんですか!? 相手はまだ地平線の上で、それも先程確認されたばかりだというのに!? それにブロキュオン帝国の軍がなぜそこにいるのですか!?」
 
 このアインに発言に、情報を持って来たマリエルが流石に納得できない様子で、アインに食い掛かるように質問を飛ばした。
 マリエルは見張りをしていた兵士から直接報告を聞き、そのままの足で最速でここに情報を持って来たのだ。その間誰かにこの情報を流したりしていないので、マリエルの情報が現状の最新情報なのは間違いない。
 一方でアインは会議が始まってから、ティーセットを拝借する以外でこの会議室の外に出ていない。それなのに未確認の軍勢の正体を断言できる情報を得ているのが、普通に考えておかしいのだ。
 
 この場にいる全員がアインを見つめ、その答えを待っていた。
 アインはここにきて、早めにこの情報を伝えなかったのがやっぱり失敗だったと後悔したが、最早時既に遅し。
 ある程度の事情と情報公開を覚悟しなければ、全員を納得させることは不可能だった。
 
「……私は、私の主人に仕える使用人達と自由に連絡できる能力を持っています。そしてその使用人が二人、今こちらに向かっているブロキュオン帝国軍に同行しています。……先程、その内の一人から、もうすぐこちらに到着するとの連絡を受けました。
 ……詳しい事情は私の方から説明はできないので、ブロキュオン帝国軍の方々が到着してから直接お聞きになって下さい」
 
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