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作者: 山のタル
残酷な描写あり
155.サピエル法国VSプアボム公国連合軍5
 一流の戦士の戦いとは、単純な“力”だけで決まるものではない。
 相手の力を流し受け止める“防御”、鍛え磨き抜かれた達人級の“技”、相手の意表を突く細かな“フェイント”、戦いを常に優位に持ち込む為の“心理戦”。
 それら様々な高等テクニックの応酬が繰り広げられる。それが一流同士の戦いというものだ。
 
 ……だが今の二人には、そんなもの関係なかった。
 
 ぶつけ合うのはお互いの全力の力。自分の力が相手より上であることを証明しようとしている。
 防御? 技? フェイント? 心理戦? そんなもの彼らは必要としていない。
 純粋な力をぶつけ合い、ただ相手を自分の前に屈服させる。それだけが、この戦いの唯一の決着方法だからだ。
 
 更なる力を解放し、純粋な力をぶつけ合う二人の戦いは、もはや誰の手にも付けられない域にまで到達していた。
 純粋な力のぶつけ合いによる余波はこれまでと比べ物にならないほど破壊的になり、周囲の環境が一秒ごとに様変わりし、跡形もなく破壊し尽くされていく。
 
 そしてその破壊的な余波は、当事者である二人にも容赦なく襲い掛かっていた。
 全力で剣をぶつけ合う度に発生する真空波は、鎧を削り、剝き出しの皮膚に斬り傷を次々と増やしていく。
 ……だが二人は、そんなことを気にも留めない。
 極限までに集中し、この戦いを愉しんでいる二人にとってその程度の傷の痛みなど、強烈なアドレナリンによってかき消されて感じてさえいない。
 
「オラオラオラオラァァァァーー!!」
「てやぁぁアアアアーーーーッ!!」
 
 全力で振るわれた剣がぶつかり、行き場の失ったエネルギーが反発して二人の体を大きく後ろへと吹き飛ばした。
 
「「はぁ……はぁ……」」
 
 ここまで攻撃の手を止めることなく動かし続けた二人は、偶然にも出来上がったこの間合いと時間を使って息を整える。
 
 ヴァンザルデンの鎧は衝撃で至る所が凹み、欠け、傷だらけになっている。
 鎧から露出している部分や顔も同様にいくつもの生傷が出来ており、そこから血がポタポタと滴り、地面へと流れ落ちている。
 
 一方でセリオの『聖域サンクチュアリ』を纏った鎧は、変わらず奇麗なままだ。……しかしそれは表面的なものでしかない。
 実際はヴァンザルデンの強烈なパワーにより、『聖域サンクチュアリ』は戦闘中に何度も破壊されていた。セリオはその度に『聖域サンクチュアリ』纏い直していたのである。
 隠れて見えないだけで、セリオもかなりの怪我と生傷を負っているのだ。その証拠に、鎧の隙間からは血が滲み出していた。
 
 ――これは、もはや消耗戦だ。
 二匹の獣が己が死力を尽くして、力で相手をねじ伏せようとしている。
 どちらが先に限界を迎えるか、それこそがこの勝負の決め手になるだろう。
 先に膝を付いた方が負ける。……つまり、先に相手を限界まで追い込んだ方が勝つのだ!
 
 二人の一騎打ちを黙って見守る各陣営も、息を整えている二人の姿を見てその事実を察し始めていた。
 しかし、見守るだけの外野にはこの戦いの行方を左右したり、ましてや決着の手助けをする余地など存在しない。
 彼らに出来る事があるとすれば、自分達の大将が最後まで立っている事を祈る。ただそれだけなのだ。
 
(ちくしょうッ……! 砕いても砕いても、すぐに再生されちまう。一応ダメージは入ってるようだが……奴を倒すにはまだまだ足りない! このままだと、先にこっちがくたばっちまうぜッ!!)
(……なんて馬鹿力なんだ!? 私の『聖域サンクチュアリ』がこんなにもあっさり破壊されるとは……。しかも『聖域サンクチュアリ』で防御しても、その衝撃を完全に殺すことができない……! 少しでも油断したら、あっさりと持っていかれる……!!)
 
 激しい戦いを続けたことで、二人の肉体は既に限界近くに達していた。
 しかしその悲痛さや疲労を、微塵も表情に滲ませる事はしない。それは一流の戦士としての矜持なのだろうか。
 むしろ逆にニヤリと笑みを見せ、自分の誤魔化しの余裕を相手に全力でアピールしていた。
 
(へっ、いけすかねぇ顔だぜ……)
(ちっ、気味の悪い顔だ……)
 
 お互いが強がっていることもあり、表情から相手の状態を正確に読み取ることは出来なかった。……だが自分の状態なら正確に理解できている。
 ヴァンザルデンもセリオも、あと数度打ち合えるかどうかという状態だった。
 ……だからこそ、息を整えた二人は力一杯に剣を握りしめて構える。
 
((次で……決めるッ!!))
 
 呼吸を整え、集中力を高める二人の間に静寂が訪れた。
 風の吹く音さえも邪魔できない様な、張り詰めた緊張感が戦場を支配する。
 息を吞む事さえ躊躇われる極限空間。
 常人ならこの極限空間の圧だけで、簡単に失神してしまうであろう。
 
 そして――
 
「「――はぁぁああああああ!!!!」」
 
 二人が同時に動き出す。
 どちらも一撃で相手を沈めるつもりの“渾身の一撃”だ。
 踏み込んだ速度と剣を振るう腕力を掛け合わせたその一撃の威力は、これまでの戦いの中での最大威力を軽く上回る一撃だった。
 そして次の瞬間、暴力的な力同士が衝突した――
 
「――そこまでです」
 
 突然、場違いなほど落ち着いた奇麗な声が響いた。
 
「――えっ?」
「――は?」
 
 ヴァンザルデンもセリオも何が起きたのか咄嗟に理解できなかった。
 二人の放った暴力的な一撃は確かに衝突した。……しかし不思議なことに、先程までと同じ破壊的な衝撃が発生しなかったのだ。
 その原因は簡単だ。二人の一撃で発生するはずだった衝撃は、その全てが抑え込まれたのである。
 ――二人の間に割り込んだ、一人の人物によって。
 
 誰もがその光景に我が目を疑った。当事者のヴァンザルデンもセリオも、あまりの非現実的な光景に口を開けたまま硬直しているほどだ。
 二人の攻撃が衝突するまさにそのポイントに、いつの間に割り込んだのか……そこには一人のメイドが立っていた。
 奇麗な赤い髪、その髪と同じ色をしたメイド服を着用している美しい女性だった。
 その赤いメイドは驚くことに、ヴァンザルデンとセリオが振り下ろした剣を片手で、しかも素手で完全に受けて止めていたのだ。
 
 誰も言葉を発しない……いや、発せられない。この光景を受け入れることが出来ないからだ。
 先程とは違う静寂が、戦場を支配した……。
 そしてその静寂を破ったのは他でもない、この静寂の中心にいる赤いメイドの『アイン』だった。
 
「ヴァンザルデン様、援軍が到着しました。これ以上の一騎打ちは無意味です」
「え、援軍……?」
 
 ヴァンザルデンがアインの言葉を反復した瞬間、今度はセリオの背後で静寂を切り裂く爆音が鳴り響いた。
 
 ドゴォォーーーーン!!
 
 あまりにも突然の事態にセリオは咄嗟に爆音の方へ振り返った。ヴァンザルデンもその動きに同調するようにセリオの背後をのぞき込む。
 そこで目にしたのは、さらに二人を驚愕させる光景だった。
 
 先程までそこに存在したはずのサピエル法国の陣地が……木っ端微塵に爆散していたのだ。
 突然の爆発に訳も分からず混乱した兵士達が、叫び、泣き、恐怖し、蜘蛛の子を散らす勢いで逃げまどっていた。
 まさに地獄絵図のような光景だ。
 
「な、何がどうなって――」
 
 あまりにも急速な状況の変化に、セリオの思考が全く追い付いつかない。
 そんな状況の中、サピエル法国の陣地が轟音と共に再び爆発した。
 
 ドゴォォーーーーン!!
 
 爆発に巻き込まれ陣地と共に吹き飛ぶ兵士達を見て、セリオの混乱は更に加速した。
 
(何が……何が起こっているのだ!? なぜ陣地が突然爆発した!? それに、このメイドはなんだ!? 援軍とは……一体何の事だ!?!?)
 
 答えを求めるように、セリオはこの混乱を引き起こした元凶であるアインの方に視線を戻す。
 すると、アインとヴァンザルデンが上空に視線を向けている事に気が付いた。
 二人の視線に釣られるように、セリオも上空に目を向ける。
 
「なっ!? なんだ……あれはッ!?」
 
 そこにはセリオを更に混乱のどん底に叩き落すような、とんでもない物体があった。……“島”である。
 一つの都市くらいの大きさがある巨大な島が上空に浮いていたのだ。
 島の底面には魔法陣が浮かび上がっており、その魔法陣が魔力を充填して光り輝いていた。そして輝きが最大になると魔術が発動し――次の瞬間、サピエル法国の陣地で三度目の爆発が起こった。
 セリオはこの時ようやく、あの爆発は上空に浮かぶ島からの魔術攻撃だったのだと理解した。
 
「あれは『浮遊島』です。その名前は聞いたことがありますよね?」
「あ、ああ……まさか!? あれがお前が言っていた……?」
「援軍です。これで勝敗は決しました。ですので、最早この一騎打ちは時間稼ぎ必要ありません。ヴァンザルデン様にはすぐにでも自軍に戻り、王都奪還の指揮を執っていただきます」
「だ、だが! こいつはどうするんだ!?」
 
 ヴァンザルデンはセリオに目線を向けて訴える。
 ヴァンザルデンの言う通り、セリオほどの強者を前に踵を返して背中を見せるわけにはいかない。そのような隙を見せることは、そのまま“死”を意味するからだ。
 ……しかしアインは「それがどうした?」という顔でヴァンザルデンを見る。
 
「そのようなこと気にする必要はありません。この者の処理は私にお任せください。ヴァンザルデン様は、自身の責務を果たすことを第一に考えてください」
 
 アインはあまりにも簡単に言い切った。
 そのセリオを敵とすら認識していないような言い方に、セリオの怒りが爆破した。
 
「……ふ、ふざけるなよ、メイド風情が!! この私を舐めるのもいい加減に――」
 
 セリオはアインに斬りかかろうと剣を握る手に力を込めた。
 
「――ッ!?!?!?」
 
 ……しかし、剣が微動だにもしなかった。
 剣を動かそうといくら力を込めても、剣を掴むアインの手から剣を引き剝がす事が出来なかったのだ。
 
「先程も言ったように、あなたの相手は私です。……ですが、ここでは進軍の邪魔になりますので、少し離れたところでお相手をいたしましょう」
「な、なにを――」
 
 そういうとアインは、セリオの剣を掴んだままセリオごと持ち上げてみせる。
 そしてそのまま渾身の力を込めて、セリオを街道から遠く離れる方向に向かって投げ飛ばした。
 
「うおおおおぉぉぉぉぉぉ――――!?!?」
 
 セリオの姿が、ドップラー効果の独特な響きをもった叫び声と共に遠ざかっていく。
 アインのあまりにも無茶苦茶な行動に、ヴァンザルデンは呆気に取られて口を開けていた。
 
「私の事はご心配なく。ではこれで――」
 
 そう言い残したアインは、セリオを投げ飛ばした方向へとあっという間に消えて行った。
 一つ一つの行動を理解する前に新しく常識を超える行動をするアインを見て、ヴァンザルデンはストール鉱山での印象深い出来事を思い出していた。
 
「……主人が主人ならその従者も、ってわけかよ……」
 
 納得しきることは出来なかった。
 ……しかし、別に納得しなくてもいいのではないか?
 そう自分の考えに妥協を見出したヴァンザルデンは傷だらけの体に鞭を打ち、アインに言われた通り自軍に戻ると王都奪還の指揮を執るのであった。
 
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