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作者: 山のタル
残酷な描写あり
145.トリク要塞にて
 プアボム公国は四つの大貴族が分割統治してるという、中々に珍しい国である。
 プアボム公国の中央~北側を統治し、その広大な領地を利用した農林産業でプアボム公国の食を支えるファーラト公爵。
 プアボム公国の東側を統治し、海産業の全ての実権を握るエーギル公爵。
 プアボム公国の西側を統治し、豊富で良質な鉱山資源で工業技術を武器にするマイン公爵。
 そして、プアボム公国の南側を統治し、国境を守護する武力を有するメルネーリオ公爵。
 四大公と総括して呼ばれるこの四人の公爵達が共に協力し合うことにより、プアボム公国は新興小国でありながら他の歴史ある三国と同等の力を得ているのだ。
 
 そして今、その四大公達がプアボム公国最南端、ムーア王国との国境線を守護する要塞であり最大の関所であもある『トリク要塞』に集合していた。
 
 
 
 トリク要塞の大広間。舞踏会の会場に使えるくらいの広さがあり、普段から多目的に使用される広間だ。
 現在その大広間には円卓のテーブルが運び込まれていて、その上にはトリク要塞周辺の地形図が載せられており、それを7人の人物が囲っていた。
 四大公である四人の公爵、ムーア王国から使者としてやって来た“ルーカス・ムーア”、サピエル法国側に付いた“王権派”を裏切った“ケリー・クランツ公爵”と“ルイ・ウルマン伯爵”だ。
 
「成る程……そちらの状況は理解しました」
 
 腕を組みながらそう頷くのはマイン公爵だ。
 女性貴族としては不釣り合いなほど鍛え抜かれた屈強な筋肉は、歴戦の格闘家と見間違うほど逞しい。
 
 ルーカス達はつい先程、プアボム公国に先行させていた第三騎士団よりも1日遅れる形でトリク要塞に到着したばかりだ。そして今、トリク要塞に偶然にも集まっていた四大公達にムーア王国の現状を事細かに説明し、王都奪還の援軍の申し出をしたのである。
 
「我々としても、ムーア王国の首都を奪還することに異議はありません」
 
 マイン公爵の言葉に他の三人の公爵も頷き、同意の意思を示す。
 
「しかし問題は、どうやって首都を取り返すかだな……」
 
 そしてメルネーリオ公爵の言葉にも、全員が同様に頷いた。
 
 サピエル法国に宣戦布告をし、トリク要塞に軍勢を集結させて戦争の準備を進めていた四大公達。そこに突然、『サピエル法国の先制攻撃』と『ムーア王国王都陥落』の情報が第三騎士団とルーカス達によって持ち込まれたのだ。
 あまりにも予想外の事態に、四大公達が受けた衝撃は大きなものだった。
 
 プアボム公国の当初の計画では、ムーア王国の王都を拠点とし、ブロキュオン帝国とムーア王国と協力してサピエル法国に侵攻する算段であった。
 それが、サピエル法国の予想外の先制攻撃により、戦争準備が完全に整っていない段階でムーア王国の首都が陥落させられてしまったのである。
 この時点で当初の計画は完全に崩れてしまた。
 
 そして首都を陥落させた原因である、一発の未知で強大な魔術の存在。
 王都の城壁の堅牢さを当然知っている四大公達は、その魔術の脅威がどれくらいであるかを正確に理解していた。
 
「現在トリク要塞に集まっている戦力と、ムーア王国の残存兵力を合わせればそれなりの戦力にはなるだろうが……」
「サピエル法国の戦力が予想よりも強力なのが難点ですね……」
「それに、少なくともサピエル法国は我々よりも早い段階、おそらくこちらが宣戦布告をする以前から戦争の計画を入念に進めていたのも間違いないでしょう。でなければ、こんなにも早く戦争を仕掛けることは出来ないでしょうから」
「予想外の強力な戦力に先手まで取られ、ムーア王国の王都まで陥落させられた……。ブロキュオン帝国は貿易都市に戦力を集めているみたいだが、今はその間にサピエル法国に割り込まれている状況だ。これではブロキュオン帝国と協力することも難しいぞ……?」
 
 現状を言葉に出してみて改めて確認してみるが、想定以上に厄介な現状に四大公達は頭を悩ませる。
 現在トリス要塞にはプアボム公国全体の戦力の70%である21万人が集結しており、それにルーカス達の第一~第三騎士団のムーア王国軍約10万も含めれば、総数は約31万となりかなりの戦力となる。
 しかし対するサピエル法国軍は、ムーア王国を裏切った“王権派”の戦力も含めれば、約50万という大軍だ。それにサピエル法国には王都の城壁をも簡単に破壊できる魔術を放てる化け物魔術師がいる。
 それも考慮すれば実際の戦力差は、数字以上のものがあるのは間違いない。
 
 本来であればブロキュオン帝国と協力して事に当たるべきだが、ムーア王国の王都をサピエル法国に押さえられた今、ブロキュオン帝国と連絡を取るのも合流するのも容易ではなくなった。
 つまり彼等は、今あるたった31万程の戦力で、ブロキュオン帝国軍と連携出来ない状態で王都の奪還を成し遂げなければならないのだ。
 
「正直、今の現状を打開できる情報が欲しいところではあるが、お前さん達は何か情報を持ってないのか? 裏切って来たというなら、当然何か情報は持ってきたのだろう?」
 
 メルネーリオ公爵は状況を打開できるような有益な情報を求め、この中で最もサピエル法国の情報を持っているであろうと思われる、クランツ公爵とウルマン伯爵の方に視線を向ける。
 
「……申し訳ありませんが、私とウルマンが持っている情報は先程ルーカス様がお話した以上のものはありません。私達がサピエル法国と合流したのは王都攻めが始まる直前で、しかも王都が陥落してからあまり時間を置かずにルーカス様の元に向かったので情報を集める時間がありませんでした。
 ……それにサピエル法国軍は、どうも自分達に関する情報を“王権派”の連中に必要以上に隠している節がありましたので、下手に探ることもできませんでした」
「うむむ……」
 
 期待していた情報が得られなかったことに、メルネリーオ公爵は椅子に背を預けて明らかに落胆した様子で頭を悩ませる。
 
 結局のところ、今の彼等には不利な戦力でサピエル法国と戦うことしか選択肢がなく、有効的な打開策もないということだけが分かっただけであった。
 
「……とりあえず、今カールステンが能力で偵察をしているので、作戦立案はその情報を待ってからということでどうでしょうか?」
 
 マイン領主軍の参謀長であるカールステンは、『植物と心を通わせる能力』を持っており、その能力を用いた情報収集を得意としている。
 基本的にその能力は周囲1キロメートルに干渉可能であるが、カールステンが本気を出せばその干渉可能範囲は数十キロ先にまで及ぶ。
 そして今カールステンはその能力を使い、情報収集に集中している最中なのである。
 
「それを待っている間に、私達はすぐに動けるように準備に専念しましょう」
「うむ、それしかないか……」
 
 マイン公爵の提案を反対する者はなく、全員が同意する形でその場は解散となった。
 
 
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