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作者: 山のタル
残酷な描写あり
142.寝耳に水4
 翌日の朝、貿易都市の別荘で素材の仕分けをしていたら、またもイワンさんに連れ出された。
「今すぐ来て下さいですぞ!」と切羽詰まった声で頼まれてしまったのだ。断ることは出来なかった。
 
 そして連れて来られたのは昨日と同じく、貿易都市の中心に聳えるシンボルである中央塔だった。
 昨日と同じように中に案内され、上の階へ続く階段を警備している人の横を通過して上へと登る。
 ただ昨日と違ったのは、二階よりもさらに上の階へと案内されたことだ。
 上の階へ上の階へと階段を上り、7階辺りに到着するととある部屋に案内された。
 
「ここは儂の部屋ですぞ。どうぞ入ってください」
 
 イワンさんに促されるまま私はイワンさんの部屋に足を踏み入れた。
 イワンさんの部屋は綺麗に整理整頓されていた。物が散らかっている私の部屋とは大違いだ。
 
「セレスティア殿こちらへ」
 
 そう言ってイワンさんは部屋の中にあった、一際ひときわ大きな置時計の前に私を呼んだ。
 
「“陽炎かげろう”の称号を持つ儂が命ずる! 我が意思を汲み取り、深淵の地への道、ここに開け!!」
 
 置時計を前にしてイワンさんがそう言葉を紡ぐと、イワンさんの持っていた指輪と置時計が反応して置時計の中にモノクロの霧が出現した。
 
「これは?」
「この霧の先は八柱オクタラムナだけが入室できる特別な会議室へと繋がっていおります。セレスティアさんには、以前ユノがリチェを連れて訪れた場所と言えば分かりますかな?」
 
 イワンさんに言われて思いだした。以前サピエル法国が私の調査をするために淵緑の森に侵入してきたリチェを捕まえて、それをユノに頼んで八柱の前に連れて行ってもらったことがあった。
 その時にユノが連れて行かれた部屋が、確かそんな感じの部屋だったはずだ。
 
「セレスティアさん、これから見る事、聞く事はくれぐれも内密にお願いしますぞ」
 
 まあこんなところに呼ばれている時点で機密性が高い事情なのは察しはついていた。
 私も協力者としてその辺りの事の秘密はしっかり守らないといけない。
 
「分かったわ」
「では、儂の後について来て下さい」
 
 そう言ってモノクロの霧の中に入って行くイワンさんの後に続き、私もモノクロの霧の中に足を踏み入れた。
 
 視界の暗転は一瞬だった。モノクロの霧に足を踏み込んだと思った次の瞬間には、見覚えのない会議室が目の前に出現していた。
 大きな円卓のテーブルに8脚の上質な椅子、壁に窓が一つもない少し風変わりな会議室だった。
 
 そんな会議室には既に先客がいた。全員見た顔の人達だ。
 イワンさんと同じく八柱のメンバーのメール、ベル、ツキカゲ。それとブロキュオン帝国皇帝のエヴァイアの4人だ。
 
「お待たせしましたぞ。さあセレスティアさん、空いている席へどうぞ」
 
 イワンさんに促されるまま、私は一番近くの空いている席に腰かけた。
 そしてイワンさんは私の隣に腰かける。
 
「それでイワンさん、私をここに呼んだ理由は何なの?」
「実は予想外の事態が起きまして、セレスティアさんにも意見をお聞きしたいのです」
「予想外の事態?」
「ええ実は、今日予定されていた出撃が一時取り止めになったのですぞ」
「えっ!? どうして?!」
 
 昨日の会議でムーア王国の首都を攻めているサピエル法国軍を撃退する為に、今日出撃することが決定されていた。それに向けて私もイワンさんもカグヅチさんも軍隊の人々も動いていた。
 それがたった一晩で、急な方向転換をしたと言うのだからすぐには信じられない。
 
「それについては僕から説明しよう」
 
 そう言って手を挙げたのはエヴァイアだ。
 出撃はエヴァイアが決定したことだった。だったらその決定を取り消したのもエヴァイアのはずだ。
 まだ少ししか面識はないが、エヴァイアは物事をしっかりと計算する頭脳派だ。衝動的な感情で優柔不断な判断を下す人ではない。となれば、出撃を取り消すに値する“何か”があったのだろう。
 そう思い、私はエヴァイアの説明に耳を傾けた。
 
「この場にいるセレスティア以外の人には既に話した事だけど、状況整理も兼ねてもう一度しっかりと説明しよう。
 まず昨日の夜遅くに、ムーア王国から早馬の伝令がやって来たのさ。その伝令の話によると、既に王都が陥落したそうだ。……ついでに言えば、その伝令は王都を防衛していたはずの部隊の一人だったよ。これは既に到着していたムーア王国軍の人達に確認してもらったから間違いない」
「ちょっと待って、王都って易々とは陥落しないはずじゃなかったの!?」
「想定ではそのはずだったのだけどね……。伝令の報告によれば半日ともたなかったそうだ……。寝耳に水とは正にこの事だよ……」
 
 エヴァイアは椅子にもたれ掛かり肩をすくめた。
 その様子から、これはエヴァイアをもってしても完全に予想できなかった想定外の事態だった事が窺える。
 
 私は昨日の会議の様子を思い出す。会議の中で話し合われていた一つに『サピエル法国の攻撃に王都はどれくらい耐えられるのか?』という話があった。
 話し合った結果、王都の城壁はとても堅牢で、籠城戦に徹すれば一週間以上は持ち堪える事は可能との事だった。それにムーア王国軍の人達も、残ったムーア王国軍は籠城戦をするだろうと言っていた。
 それが半日ともたずに陥落するなんて、素人の私でも異常なことが起こったのだと分かる。
 
「……サピエル法国は一体どうやって、王都を陥落させたのかしら?」
「そう、セレスティアに意見を聞きたいのはまさにそこなのさ」
 
 エヴァイアはそう言って少し前のめり気味になりながら、伝令から聞いた当時の状況を語ってくれた。
 
「簡単に説明すると王都が陥落した原因は、魔術師の攻撃で城壁が破壊されたからだそうだ。それが切っ掛けで防衛線は瓦解し、ムーア王国は早々と降伏したそうだ」
「ちょっと待って。堅牢な城壁が魔術で破壊されたっていうの?」
「普通では考えにくいが、伝令がわざわざ嘘を吐く理由も無いからきっと事実なんだろう」
 
 ムーア王国の王都の城壁が実際にどんな構造をした物なのか、私は実物を見たことがないから分からない。
 しかし話を聞いていた限りでは、相当な防御力があった事は間違いないだろう。
 そんな物が魔術で簡単に破壊されるとは考えにくい。
 
 ……もしそんなことが出来るとすれば……。
 
「エヴァイア、それはどんな魔術だったの?」
「伝令の話によると、ローブで全身を隠した怪しげな人物が巨大な魔法陣を描き、頭上に視認できるほどの膨大な魔力の塊を作り出したそうだ。そしてその魔力の塊が城壁にぶつかった瞬間、大爆発を起こして城壁が消失したらしい。……セレスティア、この魔術に心当たりはあるかい?」
 
 巨大な魔法陣、視認できるほどの大きな魔力の塊、直撃と同時に堅牢な城壁が消失するほどの強力な爆発……。
 その三つの特徴から、私は一つの魔術を導き出していた。
 
「……多分その魔術は爆発魔術の最上位、『スーパーノヴァ』だと思うわ」
「『スーパーノヴァ』? 聞いたことのない魔術だな」
「知らなくて当然よ。この魔術は発動に膨大な魔力を消費するの。それこそ最低限私と同等かそれ以上の魔力を持っている必要があるわ」
「なんですと!?」
 
 イワンさんは驚きの声をあげる。他の4人も声こそ出さなかったが、一様に驚いた表情を浮かべている。そして私も、内心では動揺していた。
 何故なら私と同等以上の魔力を持つ人なんて、私が知る限りでもミューダとティンクとスぺチオさんしか知らない。
 この中で私に次ぐ魔力を持つエヴァイアでさえ、私と魔力量を比べたら雲泥の差があるのだ。エヴァイアは勿論、イワンさん達もその事実には気付いている。
 
 つまり、私もエヴァイア達も知らない私と同等以上の力を持つ魔術師がサピエル法国にいて、その人物が王都を陥落させたということになる。
 
「……因みに聞くけど、セレスティアはその人物に心当たりはあるかい?」
「ないわ。私も逆に聞きたいけど、そんな強力な魔術師がサピエル法国にいるって話を聞いたことある?」
「ないね」
「ありませんな……」
 
 エヴァイアもイワンさんも私と同様に即答する。どうやらブロキュオン帝国も貿易都市も、そんな魔術師がサピエル法国に居るなんて知らなかったようだ。
 
「……皇帝陛下の元にはリチェがいるはずですが、そのリチェから何か情報は得てないのですか?」
「勿論リチェからはサピエル法国の戦力の情報は聞きだしたさ。でもツキカゲが期待しているような情報はなかったよ。
 リチェの情報ではサピエル法国で強力な魔術師は、教皇の“サピエル7世”、教皇親衛隊の“ラーシュ”と“サジェス”、宰相の“パンドラ”の4人だそうだ。そしてそのいずれも、魔力量でいえば僕より下らしい」
「ではその魔術師とは、一体何者なのでしょうか……?」
「……サピエル法国にいないとなれば、サピエル法国に協力しているというムーア王国の“王権派”の連中か?」
「いえ、それこそあり得ないわね~。そんな人物がいればムーア王国は把握していたはずですし~、“王権派”はサピエル法国と協力することなく王都を手中に収めていたでしょう~」
「確かにそうですね……」
 
 何やら5人が私の知らない単語と情報を持ち出して話し合いを始めてしまった。話を聞いている限りでは、何やら複雑な事情が絡み合っているようだ。
 私も関係者となってしまっている以上、しっかりと事情を把握しておくべきなのかもしれない。
 
 だけど忘れてはいけない。私はただの研究者だ。軍人でもなければ権力者でもないのだ。
 本来私の様な人種がこんなことに関わってしまっていることがおかしいのだ。
 元々私がこの場に呼ばれたのは、ムーア王国王都を陥落させた魔術の正体を突き止めるためだ。
 もし今ここで私が更に首を突っ込んでしまえば、それこそ深く関わりすぎることになる。そうなればもう、一歩引いた立ち位置ではいられなくなってしまう。
 
 だから私はそこから5人の会話に混じることなく、会議が終わるまで耳を傾けることに専念したのだった。
 
 
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