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作者: 山のタル
残酷な描写あり
121.招かれた客2
 暗転は一瞬の事だった。
 暗転したと思った次の瞬間には、見覚えのない景色が私の視界に映り込んできた。
 先程の部屋と打って変わって、十二分に明るく、広さもある場所だった。
 見回してみると、そこは部屋ではなく、大きな玄関ホールであることに気づいた。
 しかし、ここはミーティアさんの別荘の玄関ホールではないと一目で分かった。先程見たものと明らかに構造や大きさが違っていたからだ。
 
 私がキョロキョロと呆気に取られていると、奥の廊下から一人の女性がこちらに向かってくるのが見えた。
 赤い髪と同色の赤いメイド服を静かになびかせ、物静かな足取りで近づいてきた女性は私達の前で立ち止まった。
 
「おかえりユノ」
「ただいまアイン」
「この方が?」
「ええ、そうよ」
 
 二人のやり取りはとても短いものだったが、赤い髪のメイドさんはすぐに状況を理解したようだ。
 
「いらっしゃいませメール様、私はこの屋敷で使用人をしているアインと申します。
 メール様の事はユノから事前に話を聞いております。さあ、こちらへどうぞ」
 
 そう言ってアインと名乗ったメイドさんは案内する様に歩き出した。
 アインに続いてユノも歩き出したので、私もそれに続いて行くしか選択肢がなかった。
 
「ねぇユノ~、あなたの目的は一体何なのかしら~?」
 
 歩きながら私は、ユノに少し強い口調で問いただす。
 
「何と言われても、最初に言ったはずよ。“人目を気にせずゆっくりできる場所に案内する”って」
「それならさっきの別荘でもよかったんじゃないかしら~? ……私が聞きたいのは~、何故わざわざ転移魔術まで使ってこんなところに私を連れて来たのかという理由よ~」
 
 ここが何処なのかは分からない。しかし、人目を気にせずゆっくりできる場所という条件なら、先程の別荘の方でも十分に条件を満たしていたはずだ。
 それをわざわざ何処かも分からないこんな場所に連れて来たという事は、それとは別の何か違う理由があるのは明白だった。
 
「それに、そこのアインさんに私の事を事前に話していたのでしょう~? それはつまり、最初から私をここに連れて来る予定だったという事よね~? そろそろその理由を教えてくれてもいいんじゃないかしら~?」
「……流石に察しがいいわねメール。ええそうよ、“人目を気にせずゆっくりできる場所”という条件はここも満たしているけど、本当の目的は、ある人物にメールを紹介しようと思って連れて来たの」
「ある人物~?」
「お二人とも、到着しました」
 
 そこまで聞いたところで、先頭を歩いていたアインが一つの扉の前で足を止めた。
 
あるじがお待ちです。どうぞ、お入りください」
 
 アインは扉を開けて、道を開ける様に一歩下がる。
 
「さあメール。続きは中でね」
 
 そう言って手を握ったユノに半ば強引に引っ張られ、私は心の準備も整わないまま部屋の中に足を踏み入れた。
 
 部屋の中には五人の人物がいた。
 一人はソファーに腰かけた奇妙な白い衣装を着た女性。その背後にはメイド服を着た二人の女性、執事服の男、コック姿の男が立っていて、全員が部屋に入って来た私とユノに無言で視線を向けていた。
 私を観察するかのような視線を向けてくるその五人だが、私には見覚えのある人物達だった。
 
「ただいま戻りました!」
「おかえりなさい。ご苦労様だったわユノ」
「いえいえ。メール、こっちに座って」
 
 私が何か言うよりも早くユノは私の手を引いて、五人のいる方と反対側のソファーに私を座らせて、ユノもその隣に腰かけた。
 
「アイン、お茶をお願いね」
「畏まりました」
 
 ここまで案内してくれたアインは流れるような動作で軽く一礼すると、部屋を出てお茶を取りに行ってしまった。
 
「さて改めて、私の屋敷にようこそ! 歓迎するわメール!」
 
 状況から見てこの中で一番地位の高い人物である白衣の女性が、笑顔で私を歓迎してくれた。
 
「あの~それはいいんですけど~、いい加減この状況を説明しいただけませんかユノ~? それと、~……」
「あら、やっぱり分かっちゃう?」
「衣装を変えた程度で誤魔化されたりしませんよ~。労働組合の職員は、お客様の顔をしっかり覚えるのも仕事の内なんですよ~」
 
 そう、忘れれるはずがない。
 特徴的な深い青色のショートヘアーで、私のお客となった女性商人。それだけなら印象は薄かっただろう。しかしその後ベルの能力を防いだという事実から、八柱内で危険人物の可能性ありと認定されたのだ。八柱の一人として忘れるわけがない。
 当然、ミーティアさんの背後に立つニーナ、サムス、クワトル、ティンクの四人もミーティアさんと関係があるという事で同様だ。
 
「流石ねメール。私はてっきり、私が八柱の監視対象者だから特徴を覚えられてるのだと思っていたわ」
「ッ!?」
「その反応は図星のようね。という事は後ろの四人の事も、当然誰なのかは察しがついてるわね」
 
 何故ミーティアさんが、私が八柱だと知って!? もしかしてユノが!?
 そう思ってユノの方に鋭い視線を向けたら、ユノは私の考えを察したようで首を横に振っていた。
 ユノじゃない……? じゃあいったい誰が……?
 ……そういえば、ミーティアさんの背後にはあの人物がいた!
 
「……マイン公爵様、ですか~?」
「あら、そこまで辿り着いちゃうのね。流石“智星ちせい”と称されるだけのことはあるわね!」
 
 私の二つ名まで知ってるなんて、いくら自分が贔屓にしている商人だからってこれは明らかに話しすぎてる!
 
「マイン公爵様は一体何を考えているのですか~……」
「……メール一応言っておくけど、オリヴィエは私の安全を考えて八柱の情報を私に提供してくれたの。だからこの件でオリヴィエを問い詰めるのは勘弁してあげてくれないかしら?」
 
 マイン公爵様を名前呼び、しかも呼び捨てにしているなんて……。
 
「ミーティアさん、あなた本当に商人なんですか~……?」
「そう、そこなのよ!」
 
 私がつい呟いてしまった疑問の言葉に、ミーティアさんは待ってましたと言わんばかりに食いついて来た。
 
「メール、今世界は再び戦争に向かおうとしているわ。その為に各国の人と物が慌ただしく動いている。でもね、私にとってそんなことはどうでもいいの」
「おかしなことを言うのですねミーティアさん~。言い方は悪いかもしれませんが~、商人という人種は戦争というものをうまく利用して利益を得ようとするものではないのですか~?」
 
 商人にとって戦争とは人と物資が大量に流通する一大イベントだ。戦争に巻き込まれないギリギリの範囲で上手く関わることができれば、莫大な利益を手に入れることは想像に難くない。
 実際、その一獲千金を狙った商人達が我先にと貿易都市に集まってきている。乗り遅れれば乗り遅れるほど利益は他の者の手に渡ってしまうのは明白なので、商人であればこれに乗らない手は無いはずであった。
 
「確かに、商人ならここが稼ぎ時だと色めき立つでしょうね。でも私は商人じゃないもの。商人の矜持なんて知ったこっちゃないわ」
「えっ……?」
 
 今、何と言った? 商人じゃない、ですって……? 私は聞き間違いかと、一瞬自分の耳を疑った。
 しかし次のミーティアさんの言葉で、聞き間違いでないことがハッキリした。
 
「そもそも私のミーティアという名前と商人という肩書は、私が貿易都市で活動するにあたって正体を隠す為に使っている偽の名前と肩書よ。オリヴィエはその手伝いをしてくれただけなの」
「ぎ、偽名…………?」
 
 新しい情報のインパクトの強さに私の脳は大きく揺らされ、驚くよりも先に緊急停止した。
 偽名、偽の肩書、そしてプアボム公国を統べる四大公の一人を呼び捨てにし、あまつさえ自分の都合でその権力を利用できる。それは最早、一国の君主よりも立場が上であると言っているのと同義だ!
 目の前に座るミーティア……いや、この女性は一体何者だというのか!? 私達八柱は、一体何と対峙しようとしていたのだろうか……。
 私はこの時、形容しがたい恐怖に片足を突っ込んだ心境を覚え、全身を悪寒が駆け抜けた様に震えと嫌な汗が止まらなかった。
 
「ミー……、いえ、貴女は……何者なのですか……!?」
 
 私は震えを表に出さない様に気を付けるので精一杯だった。
 それとは対照的に、ミーティアさん(仮)は今日一番の得意げな表情を私に向けてこう言った。
 
「改めて自己紹介するわね。私の本当の名前は“セレスティア”。メールには『淵緑の魔女』と言った方が分かりやすいかしら?」
 
 
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