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作者: 山のタル
残酷な描写あり
117.証人召喚1
 ブロキュオン帝国とプアボム公国がサピエル法国に宣戦布告をしてから三日後、貿易都市のシンボルである中央塔の地下では緊急の八柱オクタラムナ協議が開かれていた。
 
「あの宣戦布告はどういうことですか!?」
 
 珍しく声を荒げてそう怒鳴っているのは、サピエル法国宰相のパンドラだ。パンドラが怒りを露にしている相手はもちろん、自分の国に宣戦布告をしてきたブロキュオン帝国宰相のメルキーとプアボム公国宰相のラルセットの二人である。
 
「お二方! 一体どういうおつもりなのか、この場でしっかりとした説明をお願いします!」
 
 パンドラがこうも怒りを露にしているのも無理はない。何故なら三日前に大陸全土に向けて示し合わされたかのように同時に発せられたブロキュオン帝国とプアボム公国の宣戦布告は、当事者であるサピエル法国どころかムーア王国や貿易都市にさえ、事前通達も無く突然発表されたものだったからだ。
 更に宣戦布告の内容も二国ともほぼ同じで、要約すると『サピエル法国から明らかな侵略・敵対行為を受けた為、“4ヵ国協力平和条約”を蔑ろにし平和を一方的に放棄したサピエル法国を断罪する!』というものだった。
 戦争という愚かな行為にも、紳士協定に似た暗黙のルールのようなものが存在する。
 その紳士協定には『宣戦布告を公表する際は、相手国やその周辺国を治める者にその旨を事前に通達してから行う事』や、『宣戦布告の内容には、戦争状態に持ち込む切っ掛けとなった動機とその理由を明確にして、己の正当性を主張すること』等といったものがある。
 ブロキュオン帝国とプアボム公国の宣戦布告行為は何処にも事前通達はしておらず、更に宣戦布告の内容も抽象的で明確にしているとは言い難く、上記の二つの紳士協定を明らかに無視した行為であった。
 その明確な理由を明らかにしないことには、パンドラの怒りが収まることはないだろう。
 
「“忠国パンドラ”、あなたの言い分は理解しているつもりよ。確かに私達の宣戦布告のやり方は紳士的ではなかったわ。……でもね、先に手を出してきたのはそっちなのよ? とやかく言える権利が貴女にあると思って?」
「それに関しては、全く身に覚えがありません! そもそも、いつサピエル法国がブロキュオン帝国とプアボム公国に手を出したというんですか!? ここまでの事をしでかしたのですから、当然それなりの証拠があるんですよね?!」
 
 メルキーの落ち着いた返しに対して、パンドラは普段の彼女からは想像もできない攻撃的な口調でメルキーに突っかかる。……しかし、そこに焦ったような様子は見受けられなかった。
 そのパンドラの態度を不思議に思いながらも、メルキーはラルセットに目配せをして次の手を打つことにした。
 
「分かりました。“忠国パンドラ”がそう言うのであれば、証拠をお見せいたしましょう。“並立ラルセット”、お願いします」
「分かりました。ではこれからその証拠を提示したいと思いますが、その前に皆さんに確認を取らせてください。
 僕達がこれから提示する証拠は、正確に言えば証拠ではなく証言なのです。ですので皆さんには、その証言をしてくれる証人をこの場に招くことにご納得していただきたいのです」
「……その証人は、どのような人物なのですかな?」
 
 イワンの問いに対して、ラルセットは空かさずこう答えた。
 
「証人は二人です。一人は“智星メール”と関りがあり、もう一人は“忠国パンドラ”と関りのある人物です」
 
 ラルセットとメルキー以外の6人は顔を見合わせた。
 というのも彼らが今いる会議室は八柱のみが入室できる特別な部屋で、その存在は八柱以外では各国の王やその側近ぐらいの限られた人物しか知らない場所なのである。いくら八柱のメンバーと関りがあるとはいえ、おいそれと入室を許可していいわけがない。
 
「私は構いません!」
 
 しかしその中でもパンドラだけはすぐに許可を出した。パンドラからすれば自分の国があらぬ疑いをかけられているのだから、当然と言えば当然の反応だった。
 しかし他の5人はパンドラとは立場が違うため、慎重に考えて答えを探していた。そこでラルセットは未だ悩んでいる5人の考えを後押ししようと、新しい判断材料となる追加情報を提示した。
 
「ああそうそう、一つ付け加えますが、その二人は既にこの場所の事は知っています。ですので、この場所の存在がバレる心配はしなくても大丈夫ですよ」
「なんですと!? まさか、ここの存在を話したのですかな!?」
「いえいえ、そんなことはしてませんよ。そもそも二人とも私達が接触する前からこの場所については知っていました。ですので話す必要すらありませんでしたよ」
「なっ!?」
「それは本当ですか“並立ラルセット”!?」
「ええ、本当ですよ“見透しベル”」
「……どうやら本当の事みたいですよ“陽炎イワン”」
 
 会話した相手の心を見透す能力を持っているベルにそう言われれば、イワンや他の者もラルセットの言葉を信じるしかなかった。
 そしてこの場所を既に知っているというなら話は早く、残りの5人もすぐに入室の許可を出した。
 
「では、お呼びしますね。『“並立”の称号を持つ僕が命ずる! 我が意思を汲み取り、地上への道ここに開け!!』」
 
 ラルセットは内ポケットから八柱だけが所持している特別な指輪を取り出して、呪文を唱える。するとラルセットの背後に、モノクロ色の霧が出現した。
 この霧は中央塔の地下にあるこの密室の会議室と地上とを繋ぐ唯一のゲートである。八柱が持つ特別な指輪がこのゲートの起動スイッチになっており、この指輪が無ければ会議室に入ることは不可能なのだ。
 つまり指輪を持つラルセットが内側からゲートを開いたことで、外で待っていた証人をここに連れて来ることが可能になるというわけだ。
 
 ゲートが開くことが合図だったようで、ゲートが開いてすぐにそのゲートを通って二人の人物が連なって姿を現した。
 先に姿を見せたのは、小柄な兎人ラビットマンの少女だった。少女の髪は雪のように純白のきめ細かな白髪で、その髪と同色をした兎人ラビットマン特有の長い耳と丸い尻尾は見た目でも分かるふわふわした毛で覆われていた。瞳は透き通るような赤い色をしており、それが純白の白髪と合わさることで不思議な妖しさを醸し出していた。
 そして次に姿を現したのは、先に出て来た少女とは対照的で素朴な外見をした人間の男だった。身長も顔立ちも平均的なら、体型や髪型にも特徴的なところは一切ない。どこにいようと決して目立つこのが無い、まさに『特徴が無いのが特徴』という言葉を体現したかのような男である。
 
「なっ!?」
 
 しかし、そんな男に反応を示した人物がいた。サピエル法国宰相のパンドラである。
 
「何故あなたがここにいるのですか!?」
 
 パンドラが男を指差しながら驚愕している様を見て、他の八柱は男の方がパンドラと関係があり、少女の方がメールに関係のある人物なのだと察した。
 しかし当のメールは少女に目線を向けているものの、いまいちピンッときてない表情をしていた。そんなメールの表情を見た少女は、メールに向かって小さく笑みを見せてから小さくお辞儀した。
 
「初めまして八柱の皆さん。私の名前はユノ。偉大なる魔術の開祖の弟子にして、愛に生きる兎人ラビットマンです。以後お見知りおきを」
「ユノって、まさかあなた~!?」
 
 ユノの名前を聞いて、メールはその正体にようやく気付いたようだ。
 
「ようやく気付いてくれたわねメール。てっきり大切な友達のことを忘れたのかと思ったわよ」
「いやでも~……最後に会った時と比べてずいぶんと見た目が変わっているから、流石に分からないわよ~……」
「でも私、『新しい身体が出来たら会いに行く』って言ったでしょ?」
「それはそうだけど~……」
 
 メールが口よどむのも無理はない。メールが見たことあるユノの姿は本の姿しかない。一応会話の中でユノが本当は兎人ラビットマンであることは聞いていたが、その詳しい容姿までは聞いていなかった。
 ユノの話し方はメールに対しては大人びた口調であり年齢もメールよりかなり年上だったこともあって、メールの中でユノのイメージは背の高い細身の美しい女性の姿になっていた。それが実際に姿を現したユノは子供の様に小さい容姿の少女だったのだ。気付けと言う方が無理である。
 
「お二人とも再開を語り合うのはいいですが、会議が終わってからにしてもらっていいですか?」
 
 ラルセットは協議の話題が逸れたことを注意する。ユノとメールが口を閉じたことで、改めてラルセットは協議を再開させた。
 
 
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