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作者: 山のタル
残酷な描写あり
98.神隠し
「ヨウコウちゃん、おかわり頼むぜ!」
「はいはーい!」
「ヨウコウちゃん、こっちもお願いだ!」
「かしこまりましたー!」
「こっちは『詰め合わセット』を5つで!」
「少々お待ちくださーい!」
 
 貿易都市東門広場に隣する人気飲食店『ミニ』。書き入れ時の時間帯になるといつも満席となり、『ミニ』のオーナー兼ウェイトレスである“ヨウコウ”は今のように慌ただしく動き回り、休む暇すらなくなる。
 というのも、この『ミニ』にはオーナー兼ウェイトレスの“ヨウコウ”と、料理長でヨウコウの弟の二人しか従業員がいないのだ。料理長は厨房から出ることはできないので、必然的に客捌きゃくさばきはヨウコウが一人でするしかない。
 これだけ聞くと、繁盛している店にもかかわらず従業員が少なく、ヨウコウの負担が大きすぎると思うかもしれないが、実はそうでもないのだ。
 というのも――
 
「お待たせしました!」
「今行きまーす!」
「いらっしゃいませ!」
「ただいま満席なのでしばらくお待ちください!」
「ご注文繰り返します!」
「ありがとうございました!」
「料理長! 『香草炒め』大盛りで3つお願い!」
 
 ヨウコウと同じ姿をした人物が沢山いて、店内のあらゆる場所から同時に声が聞こえてくる。しかも姿形だけではない。声、仕草、可愛さ、どれを見ても完全に一致する複数のヨウコウが、店内を慌ただしく動き回り、客を捌いている。
 何も知らない人からすれば正気を疑う光景だ。そっくりさんとか双子だとか、そういったちゃちな次元では収まらない、全てが完璧に瓜二うりふたつのヨウコウが複数存在しているのだ。
 
 ヨウコウは黄金色こがねいろの髪、同色の先の尖った耳とふわふわの尻尾が特徴的な、珍しい“狐”の獣人だ。狐の獣人は相手を化かす『幻術』を使うことのできる種族で、ヨウコウがしているのもその幻術の一種、『幻影』である。
 幻影は魔力で自分そっくりの影を作り出す術である。その影は一目見ただけでは偽物と気付けないほど精巧で、まさに術者が分裂したかのようである。
 しかし所詮は影なので実体はなく、触ればもやを掴むのと同等の感覚をその手に感じることになる。勿論、幻影自身も何かを掴んだり持ったりすることはできない。
 ……ただし幻影の術を極めれば話は変わり、幻影に実態を持たせることが可能になる。ヨウコウがしているのも正にそれである。
 
 幻影に実態を持たせるには、幻影を構成する魔力量を増やして密度を何十倍にもする必要がある。しかしそれをすれば幻影一体に掛ける魔力のリソースが膨大になってしまい、複数の幻影を作り出すことが物理的に不可能になる。
 しかしヨウコウはその問題を解決するために、自身の毛を触媒しょくばいとして利用し、それを魔力で増幅させ幻影を作り出している。これにより、少ない魔力で幻影を作り出すことが可能になり、同時に複数の実態のある幻影を作り出すことが可能になっている。そしてそれは、最早“幻影”というより“分身”と呼べるものであった。
 因みにこんな裏技的なことで幻影を作り出す技術はヨウコウが独学で作り上げたもので、同じ狐獣人の中でも扱えるのはヨウコウとその弟の二人だけしかいない。
 
 カランカラン――
 
「いらっしゃいませー!」
「ヨウコウさん、四人席空いてるかい?」
 
 そしてまた、新しいお客が店に入って来た。
 武装した男女が三人と、少しやつれた表情をした顔のしわが目立つひ弱そうな獣人の女性の四人組だった。
 武装した三人には見覚えがあった。『ミニ』によくご飯を食べにくる常連客のハンター達である。しかし、それと一緒にいる女性は見覚えがない。というより、武装も何もしていない格好を見るにハンターですらない。
 明らかに三人とは不釣り合いな人物で、何故彼らと一緒に行動しているのか不思議にしか思えない。
 
「ええと、四人席空いてるー?」
「四人席ならさっき空いたところだよー」
「ありがとー! こちらへどうぞー!」
 
 二人のヨウコウによる、ある意味一人芝居のようなやり取りの後、四人を座席に案内するヨウコウ。
 そのやり取りを窶れた女性は信じられないものを見るような目で見ていた。
 
「あー、まあ、初見はそうなるよなぁー……」
 
 それを見て何かを察したハンター達のリーダがそう呟いた。
 
「ご注文はお決まりですか?」
 
 四人が席に着いてすぐ、ヨウコウが注文を取り始める。
 
「俺達はいつものでいいが、ブリタニーさんはどうしますか?」
「あの、私、このお店に来るのが初めてなので……。私も、同じものでお願いします……」
「わかりました。じゃあ、いつもの四つで」
「かしこまりました!」
 
 注文を取ったヨウコウは、そのまま料理長に注文を伝えに厨房に駆けて行く。それと入れ替わるように別のヨウコウが四人の元にやって来た。
 
「『白い閃光』の皆さん、いつもありがとうございます!」
「なに、ここの飯がなんだかんだで一番うまいからな!」
「ありがとうございます! その言葉を聞いたら、料理長も喜んでくれますよ!」
「はは、そりゃよかった!」
「いつも厨房から出てこないから、会ったことはないけどね~」
「私もここの料理が好きだって料理長に伝えてくれる?」
「ええ、伝えておきます!」
 
 料理が来るまで客が暇をする時間に、こうして会話をして時間を潰すのもヨウコウの仕事の一つだ。
 この手のサービス、というより客への気遣いは他の店でも普通にされていることだが、この『ミニ』では他と一線を画くすところがある。
 それは、その役目を担うウェイトレスがというところだ。
 普通の店なら複数のウェイトレスがいて、客によって気に入っているウェイトレスは当然異なる。
 勿論店側も常連となってくれる客を逃したくないので、出来る限り常連客の気に入っているウェイトレスをそれとなく対応させるようにはしているが、そのウエイトレスがたまたま休みだったり、忙しくて手が回らなかったりすることがあるので、どの店でもそのウェイトレスが必ず対応してくれるとは限らないのだ。
 しかし『ミニ』では、ウェイトレスがヨウコウ一人しかおらず、忙しさに応じてその数を増やすことが出来るので、確実に客の対応に回れることが出来る。これが、料理の味以外で『ミニ』が繁盛している理由の一つであった。
 
「あの……、どうして同じ人がいっぱいいるのですか?」
 
 しかし、そんなことを知らない初見の人からすれば、こういう反応になるのは仕方ない。
 
「あれらは私が作った“分身”です。この店は私と料理長の二人しか人がいないので、こうして人手を補っているのですよ」
「はあ、なるほど……」
 
 ヨウコウの説明に納得したような、しきれていないような微妙な反応を返すブリタニ―と呼ばれた女性。
 
「……やっぱり、都会は凄いところですね……」
「いやいや、こんなことしてるの大陸中探してもこの店だけですよ、ブリタニーさん」
「間違いないね~」
「そうだね。ここ以外では見たことないね」
 
 ブリタニ―の呟いたズレた感想に突っ込みを入れる白い閃光の三人。
 
「ところで、白い閃光の皆さんは昨日仕事を終えて帰って来たばかりなのに、またすぐお仕事なんですか?」
「ああ、そうだ。よくわっかたな?」
「だって白い閃光は三人組のハンターパーティーなのに、見慣れない明らかにハンターではない非戦闘員の方が一緒にいて、尚且なおかつお互いに他人行儀だったので、もしかして新しい依頼人の方なのかなと推測しただけです」
「すご~い」
「まるで見た来たかのような完璧な推測だわ」
「お褒めに与り光栄です」
 
 ヨウコウのこの高い推察力は彼女の特技みたいなもので、多くの常連客と接している内に磨かれた後天性なものである。
 
「昨日まではブロキュオン帝国の小さな村まで荷物を運ぶ仕事だったんだが、村から帰ろうとしたらこのブリタニーさんから依頼を受けてな。それで昨日申請したその依頼が、今しがたハンター組合に正式な依頼として受理してもらったところだ」
「なるほど。……これは私の興味本位な質問なのですが、差し支えなければどんな依頼か教えていただいてもよろしいですか?」
「ん? まあ、誰かに聞かれて困る内容でもないが……、ブリタニーさん、ヨウコウさんに依頼内容を話してもいいですか?」
 
 ヨウコウの質問に白い閃光のリーダーである男が、依頼者であるブリタニーに向かってそう言った。
 話を振られたブリタニーは、どう答えたらいいのか困った顔でヨウコウと白い閃光のリーダーを交互に見るだけで、言葉が出てこない様子だった。
 それを見た白い閃光のメンバーで真面目そうな女性が、ブリタニーを後押しする言葉を掛けた。
 
「ブリタニーさん、ここは話した方がいいと思いますよ。依頼の内容的には、今は少しでも多くの情報が欲しいところです。
 ここは貿易都市でも人の出入りが多い店です。もしかしたら何か知っている人がいるかもしれませんし、ここで情報を拡散しておけば、私達が個人的に動くよりも早く情報が集まる可能性がありますよ?」
 
 女性のこの一言でブリタニーは決心がついたようで、ヨウコウに依頼内容を語り始めた。
 
「……分かりました、お話します。私がお願いした依頼は――」
 
 
 ◆     ◆
 
 
「……“神隠し”?」
 
 営業時間が過ぎ、厨房で片づけをしていたヨウコウの弟で『ミニ』の料理長が、ヨウコウの話を聞いてそう言った。
 
「そう。そのブリタニーさんの村では、昔から人が突然いなくなる現象をそう呼ぶらしいわ。『悪い神様に連れていかれて“神隠し”にあった!』ってね」
「……なるほど、言いえて妙だな」
「話を戻すけど、ブリタニーさんは森に狩りに行って戻ってこなかった一人息子の捜索依頼を持ち込んだそうよ。息子さんは16歳で母親のブリタニーさんに背丈や顔がよく似ていたそうだけど、見たことない?」
「……いや、見たことはないな」
 
 ヨウコウの質問に弟は記憶の中を探してみたが、似たような人物に心当たりはなかった。
 
「そう……、その息子さん、将来は貿易都市に出てくることが夢だったそうだから、もしかしたらと思ったけど……、常連客の人に聞いてみても駄目だったし、やっぱりここ貿易都市には来てないのかもね」
「……それで姉さん、どうするつもりなんだ?」
「一応常連客の絵が上手い人にお願いして似顔絵を描いてもらったから、うちの店や掲示板に貼り出して情報を集めようと思うわ」
「……絵が上手い人?」
「ほら、ちょっと前に落書き事件で話題になったおじいさん達よ」
「……ああ、あの三人組のじいさんか」
 
 少し前、貿易都市で話題になった3人の絵師がいた。3人は公共施設に無断で芸術と称した落書きをして逮捕された。しかし意外にもその絵が評判を呼び、それに目を付けた貿易都市の上層部が3人の罪を不問とする代わりに、貿易都市の専属絵師として奉仕活動をすることを命じた事件。
 その3人組のおじいさん達は事件前からこの『ミニ』の常連客で、今日白い閃光とブリタニ―さんが訪れた時にもたまたま店に居合わせていた。そしてヨウコウからのお願いを快く了承して、その場でブリタニ―さんから話を聞きながら似顔絵を描いてくれた。
 
「そしてその絵がこれね。因みにブリタニーさんに見せたら涙を流しながら『そっくりだ』と言っていたから、クオリティは折り紙付きよ」
 
 ヨウコウから似顔絵を受け取って確認する弟。
 
「……なるほど、これは確かに母親似だな」
「でしょう? もし見かけたらそれとなく教えてね」
「ああ。……しかし、ブロキュオン帝国内での失踪か……」
 
 そう言って何やら考え込む弟。その顔をヨウコウは上目遣いで覗き込んだ。
 
「やっぱり気になるわよね?」
「……ああ、こうなってくると“あの女”の報告にも俄然がぜん信憑性が出てくるな」
「偶然だと思う?」
 
 ヨウコウの言葉に、しばらく考えてから弟は答えた。
 
「……まだ何とも言えない。何にしてもまだまだ情報が必要だ」
「それもそうね。私もそれとなく情報を集めておくわ」
「……助かる、姉さん」
「可愛い弟のためだもの、これくらいなんともないわ! だからね――」
 
 ヨウコウは弟の手を握ると、そのまま自分の方に勢いよく引き寄せて優しく抱きしめた。
 その勢いで弟がかぶっていた料理帽がズレ落ち、夜空にきらめく星の様に美しい銀色をした尖った耳と短髪の髪があらわになった。
 
「――無茶だけはしちゃだめよ。あなたと私は、この世界で唯一、血の繋がった家族なんだから……」
 
 ヨウコウの少し震えた言葉に答えるように、弟はヨウコウを抱きしめ返した。
 
「……ああ、分かってるよ。ヨウコウ姉さん……」
「約束よ、私の可愛いツキカゲ……」
 
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