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作者: 山のタル
残酷な描写あり
84.帝国へ5
「あの皇帝陛下、少しよろしいですか?」
「何かな?」
 
 話し合いも終わったところで、ピークはずっと気になっていたことをエヴァイアに尋ねた。
 
「何故、この二人も同席させたのですか?」
 
 ピークはクワトルとティンクに目線を向けながらそう言った。
 
「先程話した通り、彼らはプアボム公国の兵士ではなく、護衛として雇った一介のハンターです。本来であれば、国同士の重要な話し合いをしている場にいるべきではありません」
 
 ピークの的を射た質問に、エヴァイアは同意するように「うんうん」と頷いて答える。
 
「君の言う通り、先程までの話はハンターを交えて話していい内容じゃないね。……でも、二人は魔獣と直接戦って討伐に大きく貢献したパーティーなんだろう? 無関係という訳じゃない。関わってしまった以上、真実は知りたいんじゃないかと思ってね。
 それに、実力と将来性が有望なハンターなら、今後の事も見据えてコネクションを作っておきたいと思うのは当然だろう? 君達もその辺りを考えて二人に護衛依頼を出したんじゃないのかい?」
 
 実際、ドラゴンテールに依頼を出すように指示したのはマイン公爵で、裏の目的はパイクスとピークに稽古をつけることなのだが、エヴァイアの言っていることに考慮していないと言えば嘘になる。
 マイン領主軍の双璧と称される二人がわざわざ指名して護衛を依頼するということは、マイン領主軍に『ドラゴンテール』の実力が認められていて、尚且つ強く信頼されているという何よりの証となる。
 それは『ドラゴンテール』のハンターとしての地位を大きく向上させるだけではなく、マイン公爵が『ドラゴンテール』に唾をつけているという何よりのアピールにもなる。
 
 実力主義を掲げている帝国にとっては、『ドラゴンテール』という大型新人ハンターは見逃せない物件であり、最低でもマイン公爵と同等のコネクションを確立しておきたい狙いがあったのだ。
 
「それに、お願いしたいこともあるんだ」
「お願い、と言いますと?」
「君達が帰る時に、ある人物を貿易都市まで同行させてほしいんだ」
「ある人物ですか?」
「うん。実はプアボム公国との会談を開く前に、少し貿易都市で準備をしておきたいことがあってね。その為に人を二人送りたいんだ。
 でも、さっき見た通り、帝国内は急に忙しくなっちゃって、二人の護衛にまで手が回りそうにないんだ。……厚かましいかもしれないけど、貿易都市まで二人の人物を同行させる許可と、その護衛もお願いしたいんだ! この通り!」
 
 そう言ってエヴァイアは両手を合わせると、とても一国の皇帝とは思えない下手な態度でクワトル達に頼み込んだ。
 エヴァイアのそんな予想外の態度に気押された様子で、クワトルは少し考えてから意見を述べた。
 
「……皇帝陛下の頼みなら聞き入れたいところですが、現在わたくし達はパイクスさんとピークさんの依頼を受けている身です。そのお願いはハンター規則に抵触する案件ですので、わたくし達の独断で決めることは出来ません。判断は依頼主であるパイクスさんとピークさんのお二人にお任せします」
 
 ハンターの規則には『緊急事態を除き、依頼主の許可なく依頼範囲外の行動をしてはいけない』というものがある。クワトルとティンクが受けた依頼は『パイクスとピークの護衛』である以上、護衛対象を増やすには依頼主であるパイクスとピークの許可が必要で、いくら皇帝の頼みとはいえどクワトルが独断で勝手に了承することは出来ないのだ。
 
 そう言われたエヴァイアは、今度はパイクスとピークに頭を下げて頼み込む。
 
「頼む!」
「……」
 
 ピークは考えた。普通であれば、護衛対象が増えることで万が一の危険を増加させかねないこの頼みは断っても問題ない。しかし皇帝の言い方からして、その二人は護衛を付けるほどの要人であり、貿易都市でその二人がすることは会談に関係があることらしい。もし断って会談に支障が出てしまうのは、ピークにとって最も避けたいことであり、簡単に断るわけにはいかない。
 
 しかし護衛対象が倍になるという事は、単純に考えて護衛の負担が倍になることを意味する。それに要人の護衛任務では、護衛人数が護衛対象より少なくなることは普通ではあり得ない。護る人数より護られる人数が多くなると、多数の敵が現れた際に十分な護衛能力を発揮できなくなってしまうからだ。
 だから要人などの重要人物を護衛する場合は、確実性を考慮して護衛人数を護衛対象より多くするか、最低でも同人数に合わせるのだ。
 
 断りたくても断れない状況で何か良い案はないかとピークが頭を捻っていると、隣でその様子を見ていたパイクスが、「難しく考える必要ねぇ!」と言わんばかりの軽い口調で意見を出した。
 
「受ければいいじゃねぇかピーク。要はその二人を安全に貿易都市まで送れればいいんだろ?
 だったら話は簡単だ! 俺達がその二人を護衛して、俺達をドラゴンテールが護衛すればいいじゃねぇか! そうすれば護衛対象と護衛人数が同数になるから問題ないだろう?」
「そうか……二重護衛ということか!?」
 
 パイクスとピークに要人二人を含めた四人をドラゴンテールの二人だけで護衛するのは、安全面を考えれば推奨出来ない構成だ。
 しかし、護衛対象であるパイクスとピークは“双璧”と称され、将軍を任されるほどの軍人だ。その戦闘能力に疑いの余地はなく、護衛としての能力も十分だった。
 
「なるほど、わたくし達が受けた依頼は、あくまでもパイクスさんとピークさんの護衛。そこに護衛対象外の人が同伴していて、それをパイクスさんとピークさんが守ろうと行動しても、それが依頼主の意思であるなら何も問題はありません。
 パイクスさんとピークさんがどんな行動をしていようとも、わたくし達が依頼通りにお二人を護衛しきれていれば、その後ろに居る同伴者に被害が及ぶことはありませんからね」
「――決まりだな」
「ああ」
「それじゃあ!」
「皇帝陛下のそのお頼み、責任を持ってお引き受けいたします!」
「おお、ありがとう! これで安心できるよ!!」
 
 こうしてクワトル達は、貿易都市までの帰り道を二人の要人を連れて行くことになった。その後エヴァイアは「明日の朝までには準備を済ませておくよ。今日はもう遅いし、部屋を用意させるから泊まって行くといいよ」と言って、サッと足早に執務室を飛び出していった。
 クワトル達はエヴァイアの好意に素直に甘えることにして、メルキーに案内された客室でその日は早めに就寝することにした。
 
 
 
 翌日――
 
 日が出てすぐの朝早く、昨日案内してくれた近衛兵のモーニングコールで起こされたクワトル達は、眠気が抜けきらないまま近衛兵に連れられて城門に向かうことになった。
 歩いているうちに眠気も抜けていき、完全に意識が覚醒した頃には城門に到着していた。
 
 城門前には一台の馬車が用意されていた。鋼の頑丈なフレームに分厚い木材を組み合わせた重厚な荷台、その上に取り付けられたアーチ状の5つの鉄の棒に、深紅の丈夫な幌が荷台を覆うように括り付けられている。
 馬車は特徴から言えば荷馬車のそれだったが、構造の頑丈さと、深紅の幌にブロキュオン帝国の国旗と同じ黄金の竜が描かれていることから、それが帝国軍で使われている軍用の荷馬車であることは誰の目にも明らかだった。
 その馬車の隣には、クワトル達の到着を護衛を付けずに待っていたエヴァイアとメルキーの姿があった。
 
「皇帝陛下、お連れしました!」
「うむ、ご苦労だった。持ち場に戻れ」
「ハッ!」
 
 近衛兵は駆け足で城に戻って行き、その場にはエヴァイアとメルキーとクワトル達だけが残る形になった。
 走り去る近衛兵を見送ったエヴァイアはクワトル達に目線を向けると、クワトル達が何かを言う前に早口で説明を始めた。
 
「さて、昨日言った通りに出発の準備は既に済ませてある。君達にはこの馬車に人を乗せて貿易都市まで行ってもらいたい。見ての通り馬車はかなり頑丈で簡単には壊れない優れ物だから、安全面も心配はいらない!
 君達の用意が済んでいるなら、時間も惜しいし直ぐにでも出発してもらいたいのだが、大丈夫かな?」
「あの、皇帝陛下……。準備は済んでいるのですが、質問をしてもよろしいですか?」
 
 捲し立てて簡潔に説明を済ませたエヴァイアに、ピークが手を挙げて質問する。
 
「何かな?」
「これは軍用の馬車ですよね? 安全面を考えてというのも分かりますが、この幌では目立ち過ぎはしないでしょうか?」
 
 ピークのこの心配も当然だ。普通、貴族の馬車や軍用の馬車にはその貴族の家紋や国の文様があしらわれる。それは貴族や国の権力を象徴しているので、もしそれを襲おうものなら手痛い反撃が来るのは間違いない。だから普通なら反撃を恐れて、わざわざそれを狙う盗賊や野党バカはいない。
 しかし、その貴族や国に恨みを抱いている盗賊や野党バカ以外の者なら話は別だ。その手の奴らは反撃など恐れずに襲って来る。そんな奴等の前にこんな馬車が単独で走っていれば、それはネギを背負った鴨と同じで、格好の的である。
 特にブロキュオン帝国は実力主義の国であるために、国に蹴落とされ恨みを持つ輩は他の国よりも遥かに多い。ピークはその事を恐れていたのだ。
 しかしエヴァイアは、そんな心配など気にもしない口ぶりで答えた。
 
「君が心配していることは理解した……が、それは同時に無用の心配だよ。実はその手の輩は既に制裁を加え終えていてね、例え牙を向けて来ようとも大した力なんて残っていないから、君達の敵にすらならないよ。むしろ、軍用のこの馬車を見たら、自分達を始末しに来たと思って逆に逃げ出すだろうさ!」
 
「だから心配いらないよ!」と、笑顔でそう答えるエヴァイア。まるで小さな虫を叩き潰したかのように、それが当たり前だと言うように、その言葉はとても軽く無常で、無慈悲であった。
 パイクスとピークはその言葉を聞いた瞬間、目の前に立つ“皇帝エヴァイア・ブロキュオン”という存在の底知れぬ恐ろしさ実感して身震いした。おかげでもう一つ質問しようとしていた、『肝心の要人は何処ですか?』という言葉を喉の奥から出すことを忘れてしまった。
 
「質問は以上かな? ……じゃあ早速出発しよう! 君達が乗って来た馬も既に連れて来ているから、誰がどれに乗るかの配置は任せるよ!」
 
 エヴァイアはそう言うと、メルキーと一緒に馬車の荷台に乗り込もうとした。
 
「ちょっ、皇帝陛下!? なぜ馬車に乗ろうとしているのですか!?」
 
 慌ててそう言って止めたピークに、エヴァイアは「何を言っているんだ?」という風な表情で首を傾げて答えた。
 
「なぜって? 貿易都市に行くのが僕とメルキーだからだよ。だから僕達が荷台に乗るのは当然じゃないか?」
「「「「えええええーーーーー!!!!」」」」
 
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