▼詳細検索を開く
作者: 山のタル
残酷な描写あり
82.帝国へ3
 貿易都市を出発して数日後――
 街道を歩く一行の前に、一際大きな城壁が地平線から姿を表した。
 首都マインや貿易都市の城壁しか見たことがなかったクワトルとティンクは、それらよりも少なくとも数倍規模が違うと遠目からでもハッキリ分かる城壁に目を奪われる。
 
「すっごーい! あんなに大きいの見たことない!」
「ブロキュオン帝国は強大な力を持った国と聞いていましたが、あれはまさにそれを一目で証明する物ですね!」
 
 今まで見た巨大な建造物を大幅に更新する城壁に、クワトルとティンクは興奮していた。
 
「あれがブロキュオン帝国の首都で間違いないですか?」
「あ、ああ……」
「そうだぜ……」
 
 そんな二人の高いテンションとは正反対に、パイクスとピークのテンションは著しく低く、見るからに落ち込みため息まで吐いていた。
 
「なんか二人とも、朝からずっと落ち込んでるね」
「まあ、仕方ないでしょう……」
 
 二人がこうなったのは昨日の稽古が原因だ。
 貿易都市を出発してから野宿の時だけ行っていた稽古で、パイクスとピークは一度もティンクに勝てなかった。それどころかティンクにいいようにあしらわれてばかりで、その様子はまるで子供と大人の戦いだった。勿論この場合、ティンクが大人の方だ。
 そして昨日の稽古でパイクスとピークは一対一では勝てないと考え、遂に共闘してティンクを倒すことにした。素手の魔術師の少女相手に二対一は卑怯と言われても仕方ないことだが、この時のパイクスとピークは勝つのに必死で、手段を選ぶ余裕もそんなことを気にする余裕もなかった。
 
 ――だが、結果は惨敗だった。二人がかりになったところで、ティンクを追い詰めることすら出来ず、いつものように軽くあしらわれただけだった。
 それも当然だ。ティンクは魔術師としてハンター登録をしているが、その正体は生態系の頂点に君臨する“竜種”の子供である。得意戦術は獣人よりも数段高い圧倒的な身代能力を活かした物理接近戦で、魔術はただの補助でしかない。
 その上、ティンクの体はセレスティアのゴーレム化によって最適化されている。接近戦になっている時点で勝てるわけがなかった。
 もしティンクが魔術のみで稽古相手をしていたなら、結果は変わっていたかもしれない。しかし偶然の悪戯か計画通りか、クワトルが美味しい夕飯でティンクのやる気を引き出してしまったために、ティンクが魔術の使用を自ら禁止して本来の戦闘スタイルで稽古を始めてしまった。
 
「……なにか、考えないといけないかもしれませんね……」
 
 二人の様子を見て流石にかわいそうに感じたクワトルは、復路の稽古の時に何か救済処置をしてあげようと心に決めた。
 
 
 ◆     ◆
 
 
 城門に到着する頃にはパイクスとピークも気持ちを切り替え、国の代表者らしいキリッとした表情になっていた。
 門番の兵士に使者として来たことを伝え、四大公それぞれのサインが記された皇帝に宛てた書簡を手渡すと、門番の兵士達の動きが活発になった。
 書簡を渡された兵士は急いで城に走って行き、クワトル達は入城の許可が出るまで門の詰め所で待機することになった。
 
 入場の許可は一時間も掛からない内にあっさりと下りた。迎えに来た一人の近衛兵に連れられて、一行はブロキュオン城の中に案内され、そしてまた城内の客間で待機することになった。
 
「また、待たないといけないの?」
 
 待たされてばかりで退屈になったのか、案内してくれた近衛兵にティンクがそう尋ねていた。
 
「皇帝陛下は多忙のため、謁見の準備に時間がかかりますのでもうしばらくお待ちください。それに、皇帝陛下はこの後の予定を全て後回しにして、使者殿達の謁見を優先しました。それだけ皇帝陛下は、使者殿達との謁見を重要視しているのです」
 
 近衛兵のその言葉を証明するように、客間に着いてから僅か数十分でクワトル達は皇帝との謁見の場、『玉座の間』に通されることになった。
 
「使者達をお連れした!」
 
 玉座の間の扉を守護している二人の兵士にクワトル達を案内した近衛兵が敬礼してそう告げると、二人の兵士も敬礼を返して玉座の間の扉を開ける。
 
 近衛兵の後に続いてクワトル達も玉座の間に足を踏み入れると、まず大理石で敷き詰められた床に扉から玉座までを真っ直ぐ繋ぐ深紅のカーペットと、カーペットを挟むように壁のように連なった50人程の近衛兵達の姿が目に入った。
 そして玉座に近い所には近衛兵とは明らかに服装の違う人達の姿もある。キリッとしつつも豪華さが漂う服装を見るに、帝国各部署の重鎮達だと予想できる。
 更に部屋の左右には金箔が施された輝く支柱が何本も並び、その全てに深紅の旗に黄金の竜が描かれたブロキュオン帝国の国旗が掲げられていた。
 玉座の間はゴテゴテの派手さは無いものの洗練された豪華さを垣間見せる見事な造りをしており、この先に待つ人物の権力の高さを暗示させている。
 
 深紅のカーペットの上を進むと増えていく視線は、その全てがクワトル達四人に向けられていた。突き刺さるように向けられる視線は明らかにクワトル達を値踏みしており、同時に警戒の色も放っていた。
 パイクスとピークはそんな威圧的な視線を向けられても全く気にした様子はなく、前を歩く近衛兵の背中に視線を固定して堂々と歩いている。
 クワトルは慣れない視線が気になるものの、それを顔には出さないように気を付けながらパイクスとピークの後ろを続いて歩く。
 一方ティンクは視線を気にするどころか緊張感の欠片も無く、自分に視線を向けている人の方に正確に顔を向けて目を合わせると、ニコッと笑顔を見せて小さく手を振っていた。
 
 先頭を歩く近衛兵がカーペットの終点に辿り着くと、その場で立ち止まり膝まずいた。クワトル達はその後ろに横一列で並ぶように立ち止まる。
 
「皇帝陛下、使者達をお連れしました!」
 
 近衛兵が玉座に座る人物にこうべを垂れながらそう告げる。
 
「ご苦労、下がれ」
「ハッ!」
 
 短い労いの言葉に嬉しそうに返事をした近衛兵は、スッと立ち上がると他の近衛兵達の隊列に混ざって壁の一部になる。
 
「さて、君達と会うのは初めてだね。僕が皇帝“エヴァイア・ブロキュオン”だ。よろしく」
 
 玉座に座っている皇帝と名乗った人物は若い男だった。青年と言われても通用する綺麗な顔立ちに、黄金に輝く短髪の髪。宝石をそのまま填め込んだ様な透き通っている深紅の瞳。平均的な長耳族よりも長く先が尖った特徴的な耳。それら全てが混ざり合って放たれる独特な覇気。
 彼こそが、ブロキュオン帝国初代皇帝“エヴァイア・ブロキュオン”その人である。
 
 その皇帝の隣の玉座には、玉座に艶かしく腰掛ける美しい女性がいた。輝く粒子が見える程のさらさらのきめ細かい金髪。顔立ちや体のラインが完璧なバランスで整った妖艶な美貌。彼女はエヴァイア・ブロキュオンの皇后であり、ブロキュオン帝国宰相でもある“メルキー・ブロキュオン”だ。
 贅の限りを尽くしたかのように思える綺麗な深紅の外交用ドレスに身を包んだメルキーは、クワトル達に視線を向けながらニコニコと笑みを浮かべている。
 
 そんな二人の後ろには近衛兵とは明らかに装備が違う、重装備をした四人が立っていた。彼等は近衛兵の中でも特に優れた力を持つ精鋭で、“近衛兵長”と呼ばれている。全員が同じデザインの血のように赤い鎧と白いマントを纏っており、誰もが只者ではない雰囲気を放っていた。
 
 前方から多様なプレッシャーが放たれる中で、クワトル達は気にした様子を見せずに、打ち合わせ通りに謁見のマナーに従って膝まずいた。
 
「突然の来訪にも関わらず、迅速な対応をしていただき感謝します。皇帝陛下」
 
 こういった場のマナーを弁えているピークが、感謝の言葉と共に頭を下げる。
 
「プアボム公国、特に君達『双璧』が仕えているマイン公爵の領地から採れる品質の高い鉱石の数々は、この帝国でも重宝している輸入品の一つだ! だから君達との謁見を優先した。ただそれだけだよ」
「ありがとうございます」
「さて、君達の来訪理由は書簡である程度把握している。しかし、内容が内容だ。すまないが、この場で集まった皆にも聞こえるように話してくれないか?」
 
 ニコッと笑みを作り、エヴァイアはそう言った。
 エヴァイアの目的がこの場に集まった全員に来訪の目的を周知させることだと察したピークは、エヴァイアの顔をまっすぐに見ながら来訪理由を話し始めた。
 
「皇帝陛下は既にご存じかと思いますが、一月ひとつきほど前にマイン領内のストール鉱山に魔獣が出現しました。
 魔獣は既に討伐されましたが、鉱山内部は魔獣に荒らされてしまい現在は復興作業を急ピッチで進めている状況です。その所為もあり現在の月々の採掘量は、通常の三割にまで落ち込んでいます。
 なのでマイン公爵領、及びプアボム公国はストール鉱山の完全復旧までの間、鉱石の輸出を制限することを決定しました。その事を皇帝陛下にもご理解いただきたく、こうして直接お伝えしに参りました」
 
 ピークの話を聞き、玉座の間にざわめきが起こった。
 ブロキュオン帝国は軍事力と技術力に力を注いでいる大国である。軍事力の強化と技術力の発展には、質の高い鉄鉱石やその他様々な金属鉱石は必要不可欠であった。一応帝国内にも鉱山は存在するが、質の高さと採掘量はストール鉱山の足元にも及んでいないのが現状で、実質マイン領からの輸入にほぼ頼りきっている。
 そんな現状での輸出制限、それも復旧するまでの無期限だ。それが帝国内にどれ程の影響をもたらすかを理解できない者はこの場にはいない。
 
「お待ちください! いきなりそんな事を突然言われても困ります!」
 
 これに声を挙げたのは財務大臣だった。帝国の財政を最も把握している男だ。
 
「制限をかけるにしても、こちらも準備が必要になります! せめて制限を一月ひとつきは待ってはもらえませんか!?」
 
 財務大臣の主張は尤もである。
 輸入品を国内に流通させるには色々な手続きが必要で、いきなり制限処置をされれば現場やその輸入品を待っている人々に大混乱が生じるのは確実だ。
 そうならないようにするには、輸出制限導入までの“準備期間”が必要なのである。
 
「そうしていただかないと、こちらとしても対処が――」
「――財務大臣、誰が発言していいと言った?」
 
 主張を続けようとした財務大臣を、エヴァイアが睨み付けて黙らせた。
 睨まれた財務大臣は体をビクッと震わせて、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった。
 
「今は彼等が使者として、我が帝国に何をしに来たのかを聞いているところだ。話が終わるまで静かにしていろ」
「し、しかし陛下……!」
「そういった事は、相手の話を全て聞き終わってから言うものだと教えたのを忘れたか? 彼等の話はまだ終わっていないぞ?」
「も、申し訳ありませんでした、陛下……」
 
 財務大臣が慌てて頭を下げると、額から大量に流れていた汗が周りに少し飛び散った。
 エヴァイアが手で『下がれ』と命じると、財務大臣は頭を下げたまますごすごと後ろに下がっていった。
 
「中断させてすまなかった。続きを話してくれないか?」
 
 
Twitter