残酷な描写あり
71.それぞれの日々・モラン&エイミー編3
「――さて、何から話そうかしら?」
そう言っていつもの白衣姿で私達の前に立つセレスティア様。その背後にはどこから持って来たのか、大きな黒板が用意されていた。
「まずはこの本の説明からね。二人ともここに書かれてることは読んだのよね?」
「はい。……ですが、書かれていたことの殆どは理解できない内容ばかりでした」
エイミーさんの言った事に、私はコクコクと頷いて同意した。
それに対してセレスティア様は、「まあ、それが当然の反応よね……」と呟いた。
「この本は簡単に言うとね、この世の理……つまり、世界の真理を探究した本なのよ」
「「世界の……真理?」」
私とエイミーさんは全く同じ動作で首を傾げてしまう。
セレスティア様は本の内容を簡単に説明してくれた。しかし、簡単にしすぎであった。
世界の真理と言われても、あまりにも漠然とし過ぎていて、私とエイミーさんは雲を掴むような感覚に陥ってしまった。
「うーん、何て言えば分かるかなー? 噛み砕いて説明すると意味が伝わりにくいし、かと言って専門用語を使っても伝わらないし……。はあ、説明下手になるのは研究者の性ね……」
セレスティア様は小さくため息を吐き、しばらく考えを纏めてから話しを始めた。
「……例えば、枯れ木や枯れ草に火を点けたら燃えるわよね? それは何故だと思う? はい、モラン!」
「ええ!? えっと、枯れ木や枯れ草は枯れてて火が点きやすいからですか?」
突然指名されて驚いて、私はセレスティア様の問にありきたりな答えを返してしまう。
「それは燃え易さの説明であって、どうして物が燃えるかの説明ではないわね」
うっ…! 確かにセレスティア様の言う通り、私の答えは物が燃える説明にはなっていなかった。
「じゃあ次、エイミー。私が今持っているこの鉱石、手を離したらどうなるかしら?」
「ええと……床に落ちます」
「その通りよ」
セレスティア様が鉱石から手を離すと、鉱石はエイミーさんの言った通りカコンッと甲高い音を立てて床に落ちた。
「じゃあどうして、手を離した鉱石は床に落ちたのかしら?」
「えっ?」
「説明できる?」
「…………」
エイミーさんは沈黙してしまう。それが答えだった。
「……そう、二人とも答えられないのね」
「「申し訳ございません……」」
「謝る必要はないわ。それが普通よ」
セレスティア様が答えを出せなかった私達を責めたりはしなかった。それどころか俯く私達の頭を優しく撫でてくれた。
「あ、あの、セレスティア様? でもそれって、どっちも当たり前のことじゃないんですか?」
セレスティア様に頭を撫でられながら、私は思ったことを口にした。
火を点けたら物は燃える。手を離せば物は落ちる。それは当たり前に起こることで、理由なんて誰も考えないし、考えようともしないし、考えたことすらない。だってそれは、誰もが知ってる常識だから。
そんな当たり前のことに疑問を持つのは、常識をまだ身に付けていない小さな子供くらいのものだ。
そしてそれは、セレスティア様も当然分かっていた。
「その通りよモラン。私が今言ったことは、誰がやっても当たり前に起こる常識的なことよ。どうやっても真逆の事は起こらないから、そこに誰も疑問を抱かず、いつの間にか受け入れてしまっている事実よ。……でもね二人とも、よく聞きなさい」
セレスティア様は大きく一呼吸置くと、私達を真剣な眼差しで見つめる。
「この世にはね、どんなことにも必ず“原因”があるの。原因があるからこそ“何かが起こる”し、原因が無ければ“何も起こらない”。それがこの世界の真理なのよ!
そして、その真理の研究していた偉大な父が残した研究記録こそがこの本であり、その研究を引き継ぎ更なる真理を追求しているのが、この私なのよ!」
セレスティア様は本を両手で持って大きく掲げると、誇らしげな顔をして声高らかにそう言い放った。
その勢いというか凄みに圧倒された私とエイミーさんは、ただただ口をぽかんと開けるしかできなかった。
「……二人とも小さい頃に疑問に思ったことはない? 『どうして火が点くのだろう?』、『どうして物が落ちるのだろう?』……そういった、今では当たり前と思っていることを不思議に感じていた時期が無かった?」
「「……あります」」
小さい頃、本当にまだ物心付いたばかりの小さい小さい子供の頃、私は好奇心が旺盛な子供だった……そうだ。
本当に小さい頃なので記憶が鮮明じゃないけれど、色々なものに興味を持っていたのは何となく覚えているし、マグラお兄ちゃんやミエルお姉ちゃんが小さい頃の私の話をする時に、いつも「あの時のモランは本当にお転婆で、モランを抑えるのにみんな必死でね――」と言っていたから間違いないだろう。
確かその時に、物に火が点く様に興味を持って、家の中にあった色んな物に片っ端から火を点けてその様子をじっと観察していた事があった。
(……その時は危うく家が全焼しかけたらしいけど、結局、物に火が点くのは“そういうものなんだ”って納得して、すぐに違う事に興味が移ったんだっけ……)
セレスティア様からの質問で昔の懐かしい記憶を思い出し、私の心には大きくなって仕舞い込んだはずの好奇心が蘇ってきた。
「……セレスティア様、その本に書いてある色々な事、もっと私に教えてください! 私、もっともっと色々な事が知りたいです!!」
「わ、私にもお願いします! 私、そういう不思議な事に興味があったけど、家族の事を優先して今までそういった気持ちを抑え込んできたんです。でも、マイン様やセレスティア様のおかげで家族への仕送りも増えて、お父さんやお母さんから『そろそろ自分の時間を優先しなさい』って手紙を貰いました。だから……だからどうか、お願いします!!」
「お願いします!!」
私とエイミーさんは二人揃ってセレスティア様に深々と頭を下げて頼み込んだ。
「ふふ、二人ともそんなにがっつかなくても大丈夫よ。元より教えると言って呼んでるんだから。でもそうね……、二人にそんなにやる気があるのなら中途半端に教える訳にはいかないわね! 私の講義は難しいわよ? しっかり付いて来なさい!」
「「はい!!」」
それから私とエイミーさんは3日に一度、セレスティア様の自室で例の本の講義を受ける様になった。
そこで私とエイミーさんは本に書かれていた色々なことを教えてもらった。初めの頃は本の内容を理解するだけでも大変だった。なにせ書かれていたのは、今まで触れたことのない全く新しい知識、全く新しい見解だったからだ。
でも、セレスティア様が一つ一つ丁寧に実験を交えながら教えてくれたおかげで、本に書かれていたことをある程度は理解できるようになってきた。
セレスティア様は本に書かれている学問は『自然科学』だと言っていた。自然科学とは大まかに言うと、人為的ではない様々な自然現象を解明する学問らしい。
セレスティア様の講義を受けて、その概要的なものは何となく想像できるようにはなったけど、講義を聞けば聞くほど奥が深い学問だと痛感する。……まだまだ勉強が必要みたいだ。
そう言っていつもの白衣姿で私達の前に立つセレスティア様。その背後にはどこから持って来たのか、大きな黒板が用意されていた。
「まずはこの本の説明からね。二人ともここに書かれてることは読んだのよね?」
「はい。……ですが、書かれていたことの殆どは理解できない内容ばかりでした」
エイミーさんの言った事に、私はコクコクと頷いて同意した。
それに対してセレスティア様は、「まあ、それが当然の反応よね……」と呟いた。
「この本は簡単に言うとね、この世の理……つまり、世界の真理を探究した本なのよ」
「「世界の……真理?」」
私とエイミーさんは全く同じ動作で首を傾げてしまう。
セレスティア様は本の内容を簡単に説明してくれた。しかし、簡単にしすぎであった。
世界の真理と言われても、あまりにも漠然とし過ぎていて、私とエイミーさんは雲を掴むような感覚に陥ってしまった。
「うーん、何て言えば分かるかなー? 噛み砕いて説明すると意味が伝わりにくいし、かと言って専門用語を使っても伝わらないし……。はあ、説明下手になるのは研究者の性ね……」
セレスティア様は小さくため息を吐き、しばらく考えを纏めてから話しを始めた。
「……例えば、枯れ木や枯れ草に火を点けたら燃えるわよね? それは何故だと思う? はい、モラン!」
「ええ!? えっと、枯れ木や枯れ草は枯れてて火が点きやすいからですか?」
突然指名されて驚いて、私はセレスティア様の問にありきたりな答えを返してしまう。
「それは燃え易さの説明であって、どうして物が燃えるかの説明ではないわね」
うっ…! 確かにセレスティア様の言う通り、私の答えは物が燃える説明にはなっていなかった。
「じゃあ次、エイミー。私が今持っているこの鉱石、手を離したらどうなるかしら?」
「ええと……床に落ちます」
「その通りよ」
セレスティア様が鉱石から手を離すと、鉱石はエイミーさんの言った通りカコンッと甲高い音を立てて床に落ちた。
「じゃあどうして、手を離した鉱石は床に落ちたのかしら?」
「えっ?」
「説明できる?」
「…………」
エイミーさんは沈黙してしまう。それが答えだった。
「……そう、二人とも答えられないのね」
「「申し訳ございません……」」
「謝る必要はないわ。それが普通よ」
セレスティア様が答えを出せなかった私達を責めたりはしなかった。それどころか俯く私達の頭を優しく撫でてくれた。
「あ、あの、セレスティア様? でもそれって、どっちも当たり前のことじゃないんですか?」
セレスティア様に頭を撫でられながら、私は思ったことを口にした。
火を点けたら物は燃える。手を離せば物は落ちる。それは当たり前に起こることで、理由なんて誰も考えないし、考えようともしないし、考えたことすらない。だってそれは、誰もが知ってる常識だから。
そんな当たり前のことに疑問を持つのは、常識をまだ身に付けていない小さな子供くらいのものだ。
そしてそれは、セレスティア様も当然分かっていた。
「その通りよモラン。私が今言ったことは、誰がやっても当たり前に起こる常識的なことよ。どうやっても真逆の事は起こらないから、そこに誰も疑問を抱かず、いつの間にか受け入れてしまっている事実よ。……でもね二人とも、よく聞きなさい」
セレスティア様は大きく一呼吸置くと、私達を真剣な眼差しで見つめる。
「この世にはね、どんなことにも必ず“原因”があるの。原因があるからこそ“何かが起こる”し、原因が無ければ“何も起こらない”。それがこの世界の真理なのよ!
そして、その真理の研究していた偉大な父が残した研究記録こそがこの本であり、その研究を引き継ぎ更なる真理を追求しているのが、この私なのよ!」
セレスティア様は本を両手で持って大きく掲げると、誇らしげな顔をして声高らかにそう言い放った。
その勢いというか凄みに圧倒された私とエイミーさんは、ただただ口をぽかんと開けるしかできなかった。
「……二人とも小さい頃に疑問に思ったことはない? 『どうして火が点くのだろう?』、『どうして物が落ちるのだろう?』……そういった、今では当たり前と思っていることを不思議に感じていた時期が無かった?」
「「……あります」」
小さい頃、本当にまだ物心付いたばかりの小さい小さい子供の頃、私は好奇心が旺盛な子供だった……そうだ。
本当に小さい頃なので記憶が鮮明じゃないけれど、色々なものに興味を持っていたのは何となく覚えているし、マグラお兄ちゃんやミエルお姉ちゃんが小さい頃の私の話をする時に、いつも「あの時のモランは本当にお転婆で、モランを抑えるのにみんな必死でね――」と言っていたから間違いないだろう。
確かその時に、物に火が点く様に興味を持って、家の中にあった色んな物に片っ端から火を点けてその様子をじっと観察していた事があった。
(……その時は危うく家が全焼しかけたらしいけど、結局、物に火が点くのは“そういうものなんだ”って納得して、すぐに違う事に興味が移ったんだっけ……)
セレスティア様からの質問で昔の懐かしい記憶を思い出し、私の心には大きくなって仕舞い込んだはずの好奇心が蘇ってきた。
「……セレスティア様、その本に書いてある色々な事、もっと私に教えてください! 私、もっともっと色々な事が知りたいです!!」
「わ、私にもお願いします! 私、そういう不思議な事に興味があったけど、家族の事を優先して今までそういった気持ちを抑え込んできたんです。でも、マイン様やセレスティア様のおかげで家族への仕送りも増えて、お父さんやお母さんから『そろそろ自分の時間を優先しなさい』って手紙を貰いました。だから……だからどうか、お願いします!!」
「お願いします!!」
私とエイミーさんは二人揃ってセレスティア様に深々と頭を下げて頼み込んだ。
「ふふ、二人ともそんなにがっつかなくても大丈夫よ。元より教えると言って呼んでるんだから。でもそうね……、二人にそんなにやる気があるのなら中途半端に教える訳にはいかないわね! 私の講義は難しいわよ? しっかり付いて来なさい!」
「「はい!!」」
それから私とエイミーさんは3日に一度、セレスティア様の自室で例の本の講義を受ける様になった。
そこで私とエイミーさんは本に書かれていた色々なことを教えてもらった。初めの頃は本の内容を理解するだけでも大変だった。なにせ書かれていたのは、今まで触れたことのない全く新しい知識、全く新しい見解だったからだ。
でも、セレスティア様が一つ一つ丁寧に実験を交えながら教えてくれたおかげで、本に書かれていたことをある程度は理解できるようになってきた。
セレスティア様は本に書かれている学問は『自然科学』だと言っていた。自然科学とは大まかに言うと、人為的ではない様々な自然現象を解明する学問らしい。
セレスティア様の講義を受けて、その概要的なものは何となく想像できるようにはなったけど、講義を聞けば聞くほど奥が深い学問だと痛感する。……まだまだ勉強が必要みたいだ。