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作者: 山のタル
残酷な描写あり
68.それぞれの日々・クワトル&ティンク編9
「ギャオォォォォーーーーーーー!!」
 
 ワイバーンに道案内をしてもらいしばらく進んだ所で、前方上空から大きな咆哮を響かせながら、猛スピードで一匹のワイバーンがティンク達に近づいて来た。そのワイバーンはティンク達を案内していたワイバーンを見付けるや否や、飛んで来た勢いそのままにティンク達を案内していたワイバーンに飛びついた。
 
「ギャオオ! ギャオ、ギャオ!」
「ギャフゥッ――!?」
 
 ドゴォーーーン!!
 
 飛んで来たワイバーンの勢いが凄すぎた為、二体のワイバーンはそのままティンク達のすぐ近くの地面に落下した。……というより、墜落と表現した方が正しかった。
 ただ落下する直前、咄嗟に自分の背後に魔術で風を起こしてクッションを作ったこと、そして地面を転がって受け身を取ったことが幸いして、二体は激しく墜落したものの大した怪我を負うことはなかった。
 その証拠に墜落した二体のワイバーンは、何事も無かったかのように起き上がっていた。
 
「なあ、ティンク。あいつら、何て言ってるんだ?」
 
 二体のワイバーンが「ギャウギャウ」言っているようにしか聞こえないタイラーがティンクに翻訳を頼んだ。
 
「えっとね、とりあえずお互いの無事と、これまでの経緯を話してるよ。あっ、あとは、『援軍を呼んできた』だって」
「援軍だと……?」
 
 タイラーが援軍という言葉に首をかしげたその時、先程のワイバーンとは比較にならないほど巨大な咆哮が峡谷を揺るがせた。
 
 『グゥルオオオオオォォーーーン!』
 
 空気がビリビリと激しく振動し、聞く者全てに圧倒的なプレッシャーが重くのしかかった。あまりにも大音量の咆哮に、タイラー達は咄嗟に耳を塞いだ。
 
「なっ、なんだ今のは!?」
 
 何が起こったのか状況を確認するタイラーに、スイの驚いた声が届く。
 
「お父さん! 何か来る!!」
 
 スイが指差す方向を見ると、先程ワイバーンが飛んできたのと全く同じ方角から、一匹のワイバーンが飛んでくるのが見えた。そのワイバーンが先程の咆哮の主なのは間違いない。
 そのワイバーンはあっという間にタイラー達の元にやって来ると、ドスンッと大きな音を立てて着地した。
 
「……おいおい、冗談だろ?」
「タイラー、これって……」
 
 タイラー達は着地したワイバーンを見て驚愕した。何故なら、そのワイバーンは普通のワイバーンではなかったからだ。
 
「ああ、間違いない……、“ワイバーンキング”だ!」
 
 長い時を生き抜き、強大な力を手に入れた生物は“進化”する事がある。“ワイバーンキング”とは、そうして進化したワイバーンの名称だ。
 
 ワイバーンがワイバーンキングに進化することで、色々な変化が起こる。
 まず見た目だが、通常のワイバーンは成体でも体長が4メートル程であるのに対して、ワイバーンキングはそれよりも大きい20メートルを越える巨体になる。そして全身を覆う鱗も黒紅色から深緑色に変化し、強度は数倍以上硬く、より強靭なものになる。
 内面的な変化では、更に知能が高くなり人語を話すことが可能になる。そして、内包する魔力量も桁違いに増える為、より高度な魔術を扱えるようになるのだ。
 その強さは、『Sランクハンター10人で互角かどうか』と言われている。
 
 タイラー達の前に降り立ったワイバーンは体長約26メートル、全身を光沢のある深緑色の分厚い鱗で覆い、知性を宿した鋭い目をしていた。その圧倒的な存在感と威圧感は、まさに“王”であった。
 
 ワイバーンキングが降り立つと、二体のワイバーンは姿勢を低くすると頭を下げて平伏した。そして、「ギャウ、ギャウ」とワイバーンキングに何かを話し始める。
 その様子をタイラー達はじっと静かに見守っていた。というより、Sランクハンター10人で互角かどうかと言われる怪物を前にして、下手な動きなど取れるわけがなかった。
 
 (あの神官の魔力操作の中で動けていたティンクの魔力量は桁違いなのは間違いない。実力は俺やムゥより上だろう。おそらくだが、Sランクハンター2、3人分くらいの強さを持ってるのは確実だ。
 そして魔獣と戦える実力があるクワトルは、Sランクハンター並みの強さがある。……ただ、それを加味したとしても、こっちの戦力はSランクハンター6人分とAランクハンター3人だ。……ハッキリ言って、ワイバーンキングとやりあうには戦力が足りないな……)
 
 タイラーがそんな分析をしている間にワイバーン達の話が終わったようで、ワイバーンキングはタイラー達に顔を向けた。
 
 『事情ハ把握シタ。我ガ同胞ヲ救ッテクレタコト、感謝スル!』
 
 ワイバーンキングはそう言って一礼した。どうやらワイバーンはタイラー達の事をしっかりと伝えてくれたようである。
 
「感謝ならこいつにしてやってくれないだろうか。俺達は殆ど何も出来なかったからな」
 
 そう言ってタイラーはティンクを親指でクイッと指差した。
 実際ワイバーンを助けたのは、殆どティンクの単独活躍によるものでタイラー達は何もしていなかった。唯一したことと言えば、ムゥとティナが治療を手伝ったくらいである。
 だから、感謝の言葉を受け取る権利はティンクにあった。
 
 そして、ワイバーンキングがタイラーの指差した方向にいたティンクに目を向けると……、
 
 『ンン……? ソノ姿……マ、マサカ!? ……イヤ、間違イナイ!!』
 
 突然狼狽え始めたワイバーンキングは、慌てて脚を曲げて姿勢を低くすると、ティンクに向かって深々と頭を下げた。
 
 『オ久シブリデゴザイマス、ティンク様!』
「「……ギャウ?」」
「「「「「「……はぁ?」」」」」」
 
 ワイバーンキングの突然の行動に理解が追い付かない二匹のワイバーン、ティラミスの五人とクワトル。
 
「……えっと、……誰だっけ?」
 
 そして当事者であるティンクも、それは同じようだった。
 
 
 
 『何モアリマセンガ、寛イデクダサイ』
 
 あの後、“ラルオン”と名乗ったワイバーンキングの背中に乗ってワイバーンの住み処にやって来たタイラー達は、ラルオンの家に案内された。
 家と言っても、人が住むようなしっかりとしたものではない。ワイバーンは崖をくり貫いた洞穴や天然の洞窟などに住むので、ワイバーンキングとはいえラルオンの家もその例に漏れていなかった。
 ただ、他のワイバーンと違って体の大きいラルオンが住めるように中はとんでもなく広く作ってあり、ラルオンが翼を広げても余裕があるくらいであった。
 
 腰を下ろしたラルオンと向かい合うように、タイラー達が地べたに座った所でラルオンが口を開いた。
 
 『ソレニシテモ、ティンク様ハ大キクナラレマシタナ』
「えっと、ティンク、ラルオンさんに会った覚えがないんだけど?」
 『ソレハ無理モアリマセン。ナニセオ会イシタノハ、ティンク様ガ産マレタバカリノ赤子ノ時ダケデスカラ』
 
 ラルオンはそう言って懐かしむように瞳を閉じた。きっと今、ラルオンの頭の中では、ティンクと出会った頃の記憶がフラッシュバックしているのであろう。
 
「それなに昔の事なのに、よく一目でティンクだって分かったね」
 『ティンク様ノ父君、スペチオ様トハ今デモ交流シテオリマスノデ、ソノ時ニティンク様ノ話ハイツモ聞イテオリマシタ。ソレニ、オ会イシタ時ニティンク様ノ匂イヲ覚エテイマシタノデ、スグニ分カリマシタヨ!』
「なるほどー!」
「……あー、話が盛り上がってるところ申し訳ないが、そろそろこっちの話をしてもいいか?」
 
 ティンクとラルオンの二人だけで会話が弾んでいたので空気になっていたタイラーが、話題を戻すために割って入ってきた。
 
 『アア、ソウダッタナ。スマンスマン』
 
 ラルオンは直ぐにニコニコしていた表情を、王者らしいキリッとしたものに切り替えた。
 
 『改メテ名乗ロウ。我ガ名ハ“ラルオン”! ココノ群レヲ統ベル王デアル!
 此度ハ我ガ同胞ノ危機ト命ヲ救ッテクレタコト、心ヨリ感謝スル! ツイテハ何カ礼ヲシタイノダガ、我等ニハ人ノ喜ビソウナモノガワカラナイ。何カ望ミハアルカ? 出来ル限リ叶エヨウ!』
「俺達は貿易都市で依頼を受けて来たハンターだ。生憎望みなんて崇高なものは持ってねぇ。依頼を達成する為の情報があれば、それで十分だ」
 『分カッタ。我デ答エラレル事ナラ何デモ答エヨウ』
 
 タイラーはラルオンに自分達が受けた依頼を説明し、ラルオンから話を聞いた。
 ラルオンの話によれば、街道沿いで目撃されたワイバーンは周辺偵察中だったラルオン達の同胞で間違いなかった。ラルオン達は元々別の場所で人目を避けて静かに暮らしていたそうだが、ある日突然サピエル法国の信徒達が住処に攻めて来たらしい。その時の信徒達の先頭に立っていたのが、タイラー達が先程対峙した神官“サジェス”だったそうだ。そして何とか逃れたラルオン達が新しい住処としたのが、サピエル法国から遠く離れたこの峡谷だった。
 
 そうしてお互いに情報を出しあった後、タイラーは交渉を開始した。交渉と言ってもタイラー達に何かを決定する権利は無いので、出揃った情報から現状を把握して、お互いの利になりそうな事をラルオンに提案するだけである。もしそれでラルオンが「嫌だ」と言うなら提案を白紙にすればいいし、良い感触が返ってきたならラセツから貿易都市側に頼んで働きかければいいだけである。
 
 タイラーが提案したのは、貿易都市とラルオン側とで強固な協力関係を構築するというものだった。元々タイラー達が受けた依頼はワイバーンの調査だけで、その目的はワイバーンの情報を集めて敵対しないように今後に活かすことだった。ラルオンと話をしたことで欲しい情報は全て得られ、その中でラルオン達がサピエル法国以外に明確な敵意を持っていないことが分かった。タイラーはそこにラルオン達と協力関係、つまり同盟を組める可能性を見出していた。
 タイラーの提案は、貿易都市側がサピエル法国からラルオン達を守り、ラルオン達は貿易都市と周辺街道への不可侵を約束する内容だった。そうなれば、貿易都市側は安心して街道を通れるようになり、ラルオン達も安心して今の住処で暮らせるようになるのだ。
 
 タイラーのこの提案を聞いたラルオンは考える素振りをしてみたが、敵を増やさず味方を増やして安全に暮らすことが出来るこの提案を拒否する理由がなく、二つ返事で了承した。
 
「ありがとう。貿易都市に戻ったら、この件は直ぐに上層部に知らせて早急な対応を取らせてみせるぜ!」
 『ウム、良イ関係ヲ結ベルコトヲ願ッテイルゾ!』
 
 そう言って、笑みを浮かべるタイラーとラルオン。
 短い話し合いだったが、タイラーもラルオンもお互いを信頼するには十分だったようだ。
 
「……さて、ティンク」
 
 ラルオンとの話し合いを終えたタイラーは、ティンクの方を見る。
 
「そろそろ話してくれないか。……お前は一体何者なんだ?」
「……えっと、ティンクは普通の魔術師だよ?」
 
 ティンクの答えにため息を一つ吐き、頭に手を置くタイラー。
 
「……あのなぁ、魔術師の天敵の魔獣を魔術で倒して、体内の魔力の流れを乱された中で普通に行動して魔術も使えて、ワイバーンキング程の強大な力を持つ魔物に“様”付けで呼ばれる奴が、普通の魔術師なわけないだろう!」
「うぐぅ……」
 
 まさに正論のオンパレードであった。
 いい切り返しが思い浮かばなかったティンクは咄嗟にクワトルに助けを求める視線を向けた。セレスティアからティンクのサポートを任されていたクワトルも何とかしたかったが、この状況でティンクの事を誤魔化すのは難しいと感じていた。
 クワトルにできたのは、両手を挙げてお手上げという仕草をするだけであった。
 
「クワトルぅ~……」
 
 セレスティアから正体は隠すように言いつけられていたティンクは、どうしたらいいか分からず涙目になった。何とも出来ないこの状況で何とかしようと、クワトルはティンクの耳元に顔を近づけて、小さな声で耳打ちする。
 
「ティンク、ここは素直に話すしかありません」
「でも――」
「大丈夫です。何も全てを包み隠さず言う必要はありません。要は、我々の目的とセレスティア様の事は隠したままで、ティンクとスペチオ様のことだけを話せばいいのです。わたくしもフォローするので、安心してください」
「うん、分かった……」
 
 そうしてティンクは諦めた様子で語り始めた。自分が伝説に語られる“竜種”の子供であること。広い世界を見るために親元を離れてハンターになったことを。
 ただし、セレスティアや資金稼ぎという本来の目的を隠すために、クワトルが横から脚色した話をちょくちょく挟んでフォローし、それらしく辻褄を合わせた。
 
「――と、言う訳なの」
「こちらとしては、ティンクの正体が知れ渡ることは避けたいのです。今聞いた話は、ここだけの秘密ということにしていただけませんか?」
 
 話を聞いて、ティラミスの五人は顔を見合わせた。ムゥ、ティナ、ラミア、スイの視線がタイラーに集まる。全員無言ではあったが、固い絆で結ばれた家族にはそれだけで十分だった。
 
「分かった。この事は俺達だけの秘密にしよう。約束する」
「ありがとうございます」
「ありがとう」
「いいさ、俺の好奇心から無理矢理聞き出したようなもんだ。正直、今は聞いたことを後悔してるぜ。これは一介のハンターが背負うにはでかすぎる秘密だ……」
 
 そう言ってタイラーは苦笑いを浮かべる。
 
「ハッキリ言って、ティンクの力はあまりにも利用価値が高すぎる。もしこの事が知れ渡ったなら、国同士が争ってでもティンクを引き込もうとするくらいにな」
 
 ティンクの力はあまりにも強大だ。上手く利用したなら、他国を滅ぼし、大陸統一なんて簡単に実現できるくらいである。“竜種”とは、その名前だけで世界に多大な影響を及ぼせるくらい強い力を持ち、数多くの伝承を残しているのだ。
 
「でも、よかったなティナ」
「何のこと?」
「これでティンクに勝てなかった理由が分かっただろう? この先の無様な敗北を味合わないですんだじゃないか!」
「……そうね。これからはいつも勝手に突っかかって、瞬殺される哀れな姉の姿を見なくて済みそう」
「ひどいっ!!」
 
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