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作者: 山のタル
残酷な描写あり
66.それぞれの日々・クワトル&ティンク編7
「悪者、だと……? 絶対で神聖なる神に仕える事を許された、選ばれし特別な善良なる信徒である我々を、今……と愚弄したか、小娘ぇ……!?」
 
 サピエル教の神官である男、“サジェス”は怒りに震えた。
 サピエル教の主神であり、絶対神で、人の救世主である“サピエル”。それに仕える神官である自分は神の使いであり、正義の代行者でもある。
 それは決してサジェスの自尊などではない。実際サピエル教では神官という立場はそういう風に教えられており、その神官になれるのは一定以上の信仰心と代行者としての資質と才能を兼ね備えた極一握りの信徒だけである。サジェスはそんな神官達の中でも魔力操作の能力が群を抜いて秀でており、4人しかいない教皇親衛隊の一人でもあった。
 そんな選ばれし存在である自分を同じ人であるただの小娘に悪者と断言されて、サジェスのプライドがティンクを許せるはずがなかった。
 
「――やはり、人成らざる者と共にいれば、心が狂うという訳か……。我々を侮辱した事、後悔するぞ小娘!? ワイバーンを庇うというならそれも良し! ワイバーン諸共、滅してやるだけだぁ!」
 
 サジェスはそう叫び、指をパチンッと一つ鳴らした。
 
「――ッ!? な、なんだ!?」
「力が、入らない……!?」
 
 目眩でも起こしたようにフラフラとよろめきながら、地面に片膝を付いて体制を崩すティラミスの5人。それと同様にクワトルも足の力が突然抜けて、立っていることが出来なくなった。
 
「こ、これは、一体!?」
 
 突然の激しい体の不調に困惑するクワトル達に、嘲笑うかの様なサジェスの愉快な声が響く。
 
「驚きましたか? 驚いてますよね!? そうでしょうとも! 突然体の力が抜けたのですから、当然の反応でしょう!!」
 
 先程までティンクに向けていた怒りの感情など初めから無かったかの様にサジェスは満面の笑みを浮かべると、両手を大きく広げて得意気に語りだした。
 
「私は魔力操作が得意でしてね、その才能のおかげでエリート街道驀地まっしぐら! 神官の地位に就くなど簡単でした! 何故なら、私の魔力操作は自分だけではなく、他人の魔力を操ることも出来るのです! 今しているようにね!
 この意味が分かりますか? 分かりますよね!? 今まさにそれを体験しているのですから、分からないはず無いですよねぇ!
 魔力は生き物が生きる上で大切なエネルギーです。これは常識ですね! ……では、そのエネルギーの流れを乱せば生物はどうなるでしょうか? 答えは明白! あなた達が体験しているように、身体を自由に動かすことが出来なくなるのです!!
 Sランクハンターのような強者や狂暴なワイバーンが相手でも、私が負けるなんてあり得ないのですよ!!」
 
 ……相手が悪すぎる。クワトル達はそれを理解させられた。
 サジェスの言う通り、魔力は生き物が生きる上で欠かすことのできないエネルギーだ。どんな生き物も魔力を持っていて、魔力を消費して動いている。
 その魔力の流れを乱されれば、生き物は身体を自由に動かすことが出来なくなる。
 つまり、サジェスを相手にした時点でクワトル達は元より、ワイバーンにも最初から勝機など存在していなかったのだ。
 
 それでも、クワトルとタイラーとムゥは諦めてはいなかった。今の絶望的な状況を理解しても尚、なんとかこの状況を打開できる方法がないか必死に頭を回して考えていた。
 ラミアとスイもなんとか出来ないかと動かない身体を力ずくで動かそうとするが、今の態勢を維持するだけでも精一杯だった。ティナも抵抗しようと魔術を使おうとしていたが、何度試しても魔術は発動しなかった。
 
「うそ、どうして!? どうして魔術が発動しないの!?」
「魔術が発動しないのは当然です。私は今、あなた達の魔力の流れを乱しているのですよ。魔力の流れが正常ではない状態で魔術なんて発動できるわけ無いじゃありませんか!」
 
 困惑するティナにサジェスが優しい紳士の様な口調で説明するが、そこに優しさなんてものは無く、ティナを絶望に落とそうとする悪意しか込められていなかった。
 
「そ、そんな……」
「うう~ん! いいですねその表情!! 己の実力を過信した者が、絶対に勝てない相手と対峙してしまったと知った時の絶望の表情は、何度見てもイイッ!!」
「ひいッ!?」
 
 ねっとりとした邪悪な笑みで舐め回すように見てくるサジェスに、ティナは思わず短い悲鳴を上げてしまった。
 ティナの悲鳴は非常に小さく短いものだったが、サジェスの加虐性欲を刺激して感情を昂らせるのには十分だった。
 
「ふふ、ふはははは、あーははははははははッ!!」
 
 サジェスはこの場の支配者が間違いなく自分であると確信し、優越感に震えて悪魔の様に笑い出した。
 
「やめろッ!」
 
 その時、サジェスの笑い声を遮るほどの大きな声が響いた。
 優越感に浸っていたところを邪魔されて、不機嫌に顔を歪めたサジェスは声のした方を見る。そこにはティンクが立っていて、サジェスを鋭く睨んでいた。
 
「……また私の邪魔をするのか、小娘ぇ?」
 
 この期に及んでもまだ反抗的な態度を取っているティンクに、サジェスは怒りが沸いた。しかし同時に、別の感情がサジェスの中に芽生えた。
 
「……ほぉ、小娘、私の魔力操作を受けていながら立っていられるとは、中々見所があるな」
 
 Sランクハンターのタイラーやムゥでさえ立つことが出来ないほど強力なサジェスの魔力操作を受けながらも、ティンクは堂々とその場に立っていた。
 サジェスはそんなティンクの姿を見て、怒りを忘れるほどの強い興味をティンクに抱いた。
 
「口だけならなんとでも言える奴は沢山見てきたが、お前はどうやらそれに見合う根性も持ち合わせているようだな……。
 気に入ったぞ、小娘! その蛮勇に敬意を評し、まずはお前から殺すことにしよう!」
 
 サジェスはゆっくり歩きティンクの正面に立つと、ティンクに向かって手をかざし、ワイバーンに放ったものよりも小さな手の平サイズの魔力弾を作り上げる。
 
「さて、最後に何か言い残すことがあるか? それくらいの時間は与えてやる」
 
 強者の余裕と言うやつだろう。サジェスは慈悲だと言わんばかりの上から目線で、ティンクにそう言った。
 
「ティンクが言いたいことは一つだけだよ……。今すぐここから立ち去って、この場所に二度と近づかないと約束しなさい! そうしたら命は取らずに見逃してあげる」
 
 それに対してティンクも上から目線の態度で答えた。というよりティンクのそれは、明らかにサジェスを見下した“命令”だった。
 サジェスはそんなティンクの態度に再び怒りが湧いてきた。しかしそれは先程と違い、表に出てくるほど強くはなかった。何故なら、サジェスは既に自らの勝利を確信していたからだ。
 
 魔力操作の影響を受けているティンクは立っているだけで精一杯の状態で、動くことも魔力で防御することもできない。つまり、サジェスの魔力弾から逃げれる術など無いのだ。
 この場の支配者はサジェスであり、ティンクの命運を握っているのもまたサジェスであった。その絶対的な優位性がある限り、ティンクの敗北は既に確定事項であり、ティンクの言葉は只の負け惜しみでしかなかく、それはもうすぐにでも証明される。
 その思いがサジェスを冷静にさせて、強い怒りが湧かなかったのだ。
 
「最後まで蛮勇を貫き通すか、小娘……。だが、それもよい! そんな奴が苦痛に顔を歪める様を見るのも、私は大好きだからなァ!!」
 
 サジェスの歓喜に満ちた声と共に、ティンクに向かって魔力弾が放たれた。
 
 
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