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作者: 山のタル
残酷な描写あり
57.それぞれの日々・サムス編4
 階段を下り始め10分以上経過した。
 一体、何段あるのだろうか? 既にそう思えるくらの段数を下っている。もし最初から段数を数えていたなら、今頃はとっくに飽きていた自信がある。
 階段は、直線上に進むと一定の間隔で右に直角に曲がる単調な造りをしていて、次第に階段を下りる動作が作業的になり、更に飽きてくる。
 ……しかしこの階段も、何事にも終わりがあるという例外に漏れることなく、ついに終わりがみえた。
 
「――やっと着きましたか……。……ここが終着点、でしょうか?」
 
 階段を下りた先にあったのは、小さな部屋だった。
 宿屋の一室程度の広さしかないその部屋の中央には、これみよがしに「封印してますよ」と言わんばかりに、床に深々と刺さった大きく太い杭に、鎖でぐるぐる巻きにされ磔にされている一冊の本があった。
 状況証拠から見てあの本が、例の『悪魔の本』とみて間違いなさそうだ。
 僕は懐から丸めた紙を取り出して、あの古びた羊皮紙に書かれていた文章をもう一度確認した。
 
「『悪魔の本に気を付けろ! 耳を傾けるな! 決して触れるな! もし触れてしまえば、触れた者に不幸が訪れることになる!』、か……。触れることが危ないから『触れるな』というのは分かりますが、『耳を傾けるな』とはどういう意味でしょうか?」
 
 相手は本だ。手も足も無ければ口も無い。紙だけだ。そんな物に対して耳を傾けるなというのは、どうにも解せなかった。
 だが僕のその疑問は、すぐに解決することになった。
 
 『あら、久しぶりに客人が来たかと思ったら、いきなり悪魔の本呼ばわりとは失礼ね』
「なっ……!?」
 
 突然聞こえた小さな部屋を反響する声。咄嗟に辺りを見渡すが、不思議なことに人の気配は全く感じなかった。
 
 『ふふふ、そんなに必死に探しちゃって。……私は貴方の目の前に居るわよ』
 
 目の前……? まさか!?
 僕は目の前、杭に磔にされている本に目を向ける。
 
「声の主はあなたですか……? 悪魔の本……」
 『ご名答ぉ~、パチパチパチ~』
 
 陽気な声で拍手の音を口ずさむ、摩訶不思議な本。
 なるほど、耳を傾けるなとはそういうことですか! 本が意思を持ち、声を発するなど、想像できるわけがない。 
 
 『でも、悪魔の本呼ばわりは酷いわね。私には“ユノ”っていう立派な名前があるのよ。そっちで呼んでくれないかしら?』
「……」
 『……』
「…………」
 『……返事もしてくれないなんて、つれないわね』
「……『悪魔の本には耳を傾けるな』と、書いてありましたので」
 『なにそれ? …………あ、ああ~、なるほどそういうことね!』
 
 手があったならポンッと叩いている姿が想像できる声色で、合点がいった様子の悪魔の本は、クスクス笑いながら話始めた。
 
 『貴方あれでしょ? あの張り紙を見たんでしょう? あれを信じたんだ! ふふふっ!
 しかも信じたうえで私に会いに来るって、貴方どれだけ物好きなの? あはははは!
 はぁ~、気に入ったわ! いいわ、特別に教えてあげる! あれはね、私が友人に頼んで書いてもらった物なのよ。誰も私に近付くことがないようにね! つ・ま・り、真っ赤な嘘! デタラメなのよ!』
 
 なんと!? まさか、あの羊皮紙に書いてあることがデタラメだったとは! ……と、普通なら驚くのだろうが、僕はこんな怪しい物体の言うことを簡単に信じるほどチョロくはない。
 
「それを証明する証拠がありますか? 仮にあなたの言うようにあの羊皮紙に書いてあることが嘘だったとしたら、あなたは何故こんな場所で磔にされ封印されているのですか?」
 
 そう、もし羊皮紙に書いていたことが嘘で、目の前の本が無害な存在だとしたらなら、磔にされて封印される事はないはずだ。
 だが現実は、目の前の光景が全てを物語っていて、この本に何か悪い理由があるからこそ、こうして封印されているのは明白だった。
 
 『磔? 封印? これはズレないように固定しているだけよ? それ!』
 
 ジャラジャラジャラ――
 
 軽い口調でそう言うと、ぐるぐる巻きだった鎖が独りでに緩み、大きな金属音を立てて床に落下した。
 だが鎖とは違って、悪魔の本は重力の呪縛から解き放たれたようにその場でふわふわと宙に浮いていた。
 僕はその光景を呆気に取られて見るしかなかった。
 
 『どう? これで分かったかしら? 私が封印なんてされていないことが』
 
 そう言って悪魔の本はゆっくりとその身を地面に着地させ、柱にもたれ掛かる様な体勢をとる。
 
 『まあ立ち話もなんだし、とりあえず座りなさい。友人以外の客人なんて久しぶりだから、ゆっくり話もしたいわ!』
 
 本には顔が無いので表情は読めないが、少なくとも口振りと声色からは敵対する気がないことは伝わってきた。
 
「……わかりました。少しだけお付き合いしましょう」
 
 
 
 それから僕はこの悪魔の本、もといユノの話を聞いた。
 それによれば、ユノは元々獣人だったそうで、ここに来る前は“師匠”と呼ぶ人物の元で魔術を教わっていたそうだ。
 それが何故、本の姿になってこんなところにいるのかと言うと――、
 
 『私と師匠はお互いの運命に惹かれ合う仲だったわ! そんな二人なら結ばれるのが当然というものでしょう?
 だから私は溢れんばかりの愛を師匠に打ち明けたけど、師匠は照れ屋で恥ずかしがり屋だったから、私の突然の告白に動揺しちゃって、うっかり私の魂を本に閉じ込めてしましたの。きっと、気持ちの整理がまだだったんだわ。そんなところも堪らなく愛おしいけど! きゃっ!
 それから私は師匠の気持ちが落ち着くまで待つことにしたんだけれど、その間に色々あって、いつの間にかここに流れ着いて、今に至るというわけよ!』
 
 ……若干、主観の主張が激しいようには感じたが、大体の経緯は理解した。
 ユノに嘘をついている様子はなく、とりあえずその話を信じることにした。……そうしないと話が進まない気がしたので。
 
 『せっかく友人以外と話をしてるのに、私の話ばかりじゃつまらないわね。そろそろ貴方の話を聞きたいわ』
「そういえばまだ名乗っていませんでしたね。僕はサムス、管理棟雑務員の一人です。今はこの書庫の資料を整理する仕事をしています」
 
 僕の挨拶を聞いて、ユノはおかしいと言わんばかりに突然笑いだした。
 
 『ふふふふふ、嘘はいけないわサムス。私は包み隠さず素性を明かしたのに、自分だけ隠すなんて不公平よ』
「……一体何の事でしょうか?」
 『あら、とぼけるつもり? 貴方のような人物が、ただの雑務員なわけないでしょう? 正体を明かしたくない理由があるのかもしれないけど、私相手にそれは通用しないわ!』
 
 ユノは再び宙に浮かび上がると、僕の目の前まで近寄ってくる。
 
 『私はね、生物の魂の色が見えるの。魂は生物の本質だから、魂の色は決して嘘をつかない。
 サムスの魂は白く眩しく輝いているわ。これはその人が容易に曲がることのない強い信念を持っていて、その信念を貫けるぐらいの強さも併せ持っている証拠。
 現にサムスは鍵も持たずにここに来ている。保管エリアとこの部屋の入り口に仕掛けてある魔術は、それぞれの魔術に対応した専用の鍵が無いと解除なんて簡単に出来ないわ。つまり、サムスが鍵を持たずにここにいることが、力ある者だという証明よ。そんな人間が、ただの雑務員をしているなんてあり得ない。
 ……ねぇサムス、貴方は何者? それほどの力を持っていながら、素性を隠しているのは何故? 貴方はここに何をしに来たのかしら? 私はね、それが知りたいの!』
 
 全身を悪寒が駆け巡り、背中を冷や汗が流れ落ちる。目の前に浮かぶユノと名乗る本は、まるで僕の全てを覗いているかの様な口ぶりで妖艶に笑う。これは想像していた以上にヤバイ存在のようだ……。
 
「……因みに、僕がそれを拒否したら、どうするつもりですか?」
 『そうね~……。私の友人に貴方の事を喋っちゃおうかしら?
 因みに私の友人はこの貿易都市を経営している八柱という組織の一員なの。サムスが素性を隠していて、尚且つ無断で魔術を解除してこんな所にまで来たことを知ったら、サムスは只では済まなくなるわね。ふふふ!』
「……二つほど聞かせてください。その友人の名前は何と言いますか? その友人はあなたと頻繁に会っているのですか?」
 『後者に関してはイエスよ。ただし前者の質問は、サムスの素性を正直に話してくれたなら教えてあげてもいいわ』
「……どうやら僕に拒否権はなさそうですね……」
 
 一瞬、ユノを脅威として排除しようかと考えたが、ユノと友人が頻繁に会っているというのならユノを排除してしまうのは不味い。
 その友人が次にここへ来た時にユノがいなくなっていれば、必ずその原因を突き止めようとするだろう。八柱の一員というその友人が権力にものを言わせて本気で捜査を開始したら、こんな時間まで書庫にいた僕の存在はすぐに突き止められ、容疑者としてリストアップされることは避けられないだろう。
 そうなるとセレスティア様の計画に確実に影響を与えてしまう。それも最悪の形で……。
 そうなるくらいなら、正直にユノに素性を話して、僕達の事を秘密にしてもらえるように交渉した方が何倍も賢明というものだ。
 
 
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