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作者: 山のタル
残酷な描写あり
幕間3-2.八柱協議2
 ミーティア達への不干渉は満場一致で決まり、緊急で開かれた八柱オクタラムナ協議は終了した。しかしその後も、誰も会議室を後しておらず、むしろ会議はまだ続いていた。
 事の始まりは“忠国パンドラ”のこの一言だった。
 
「しかし何故、マイン公爵はわざわざ推薦までしてミーティアの商人証明書を発行したりしたんでしょうか?」
 
 この一言を皮切りに、ミーティアとマイン公爵の関係を考察する話し合いが始まった。
 八柱オクタラムナ協議でミーティア達への不干渉は決まったが、それはミーティア達への不用意な接触や調査、監視等の行為を中止するというだけで、現在手にしている情報を元にミーティア達のことを考察しないとは言っていない。
 未知のものを知りたがる人の知的好奇心という名の欲求は、八柱オクタラムナといえど、簡単に抑えられるものではないのだ。
 
「証明書を発行するには商人組合の組合長か支部長の許可がいるとはいえ、昔悪どい商売をしていたとか、人間性に問題があるとか、よほどの事がない限り簡単に発行されるはずです。
 そしてミーティアは厳格なマイン公爵と繋がりがある時点で、そういったことに問題ない人物だというのは間違いないでしょう」
「という事は、マイン公爵の推薦がなくてもミーティアは簡単に商人証明書を発行できたはずということですね」
 
 商人証明書の発行、つまり商人組合へ登録する際には商人組合がその人物の経歴を調べ上げる。その結果、商人組合に登録しても大丈夫だと判断されれば、晴れて商人組合正式の商人になれるのだ。しかし、“忠国パンドラ”の言う様に、余程の事が無ければ結構簡単に発行される。
 ミーティアは地方商人として活動している時から、厳格者として知られるマイン公爵と繋がりがあった人物だ。情報に鋭い商人組合ならそれくらいすぐに調べることは出来るので、わざわざマイン公爵が推薦をしなくても、ミーティアなら100%商人証明書を発行してもらえただろう。
 
「確かに“忠国パンドラ”の言う通り、わざわざマイン公爵がミーティアを推薦した意味が分からないわね」
「もしかして、ミーティアの立場を良くするためではないでしょうか? 何の推薦も受けずに商人組合に登録した場合と、有力者からの推薦で商人組合に登録したのとでは、商人としての箔に大きな違いが付くと思います」
 
 “並立ラルセット”のこの考察は平凡ではあるが、かなりまともな考察だった。
 商人として一流になる為には名前を売ることも大事だが、それよりも信用を得ることの方が重要だ。
 信用とは一朝一夕で得られ程簡単ではない。必死で誠実に真面目に仕事を繰り返し、それを何日も何年も続けた結果の先に、今までの頑張りに対するご褒美のように“信用”を得ることが出来るのだ。
 ミーティアは地方商人として活動はしていたが、商人組合の所属となった今はその活動範囲は大陸全土になる。地方では信用を得ていたとしても、そこから離れればミーティアの名を知る者はほぼいないので、一から信用作りに励まなければならない。
 しかしそこに、マイン公爵のような有力者からの推薦があればどうだろうか?
 有力者の推薦があるということは、その商人は有力者から信用を置かれていることの何よりの証明になる。それもとても大きな信用だ。そんな箔の付いた商人を信用できないと言う人はいないだろう。
 
「……なるほどな。信用を得たミーティアは商売をしやすくなって利益を上げ、恩を売ったマイン公爵はミーティアと優先的に取引を出来るという寸法か。
 ……確かにそれならマイン公爵が、ミーティアをわざわざ推薦した事にも納得だ」
「どちらも損が無い関係を作り、お互いに最大限の利益を得る……やはり侮れませんわね、マイン公爵は……」
 
 “隠者ツキカゲ”の考察に、悔しそうな声で感想を漏らす“妖艶シルキー”。
 有力者がお抱えの商人を持つことはある。“隠者ツキカゲ”の言う通り、お互いに利益があるからだ。しかしそういったことをするのは大抵有力者の中でも地位や権力の低い者で、少しでも早く利益を得ようとしてする姑息こそくな手法である。
 なので、そんなことをしなくても莫大な財力を持っている大有力者はその手法に絶対に手を出さない。もしそれに手を出したらなら、有力者界隈で『姑息者!』とさげすまされる絶好の的になり、権力の低下を招いてしまう危険があるからだ。
 だが、マイン公爵はそんな大有力者の中でもに立つという特殊な立場にいる人物だ。そんな人物に『姑息者!』なんて言える有力者は、同じ四大公のメンバーか、他国の王ぐらいしかいない。
 そしてマイン公爵家は四大公の中でも最古参の一角で、マイン公爵家が治めるマイン領はプアボム公国の経済を担う重要拠点である。そこを統治できるのは、マイン領は元より、プアボム公国全体から厚い信頼を置かれているマイン公爵家しかいない。もし、マイン公爵家以外の四大公がマイン公爵の地位を落とそうとしたら、マイン領全体から反発が出るのは間違いなく、下手をすれば自分の領地の領民からも反発が出る恐れがある。
 つまり、マイン公爵に難癖をつけようとすれば、手痛いしっぺ返しも覚悟しないといけない。そんな高いリスクを負ってでも行動を起こす愚か者が、四大公や他国の王にいるわけがない。
 
 そんな盲点を突いたようなマイン公爵の行動に、ブロキュオン帝国皇帝の王妃で、ブロキュオン帝国の宰相で、八柱の一人でもある“妖艶”の称号を持つ『メルキー・ブロキュオン』は、マイン公爵に出し抜かれた様に感じて悔しさを抱いた。だが同時に、マイン公爵のその大胆な手腕に、改めて感心と敬意の念も抱いていた。
 
「まあ、なにはともあれ、我々が動いていることがマイン公爵に気付かれる前に、こうして手を引けたのですから良かったですね」
「そうね~、もしマイン公爵に気付かれでもしていたら、今頃はとても厄介な事になって――」
 
 発した言葉を飲み込むように押し黙り、“智星メール”は突然口元に手を当てて思案し始めた。
 
「“智星メール”……?」
 
 “陽炎イワン”の呼びかけが聞こえていないようで、“智星メール”は真剣な表情で思案に集中していた。
 彼女がこれほど真剣に集中する時は滅多に無いのだが、こうなった“智星メール”は思案が終わるまで外部からの全ての情報をシャットアウトしている。そして“智星メール”がこの状態になる時は、元々頭の回転が早い“智星メール”が更に回転を早くしている時であり、そこに他の八柱が混ざれる余地はない。八柱のメンバーはその事を理解しているので、“智星メール”の思案が終わるまで黙って待つほかなかった。
 そして思案すること数分、ようやく“智星メール”が口を開いた。
 
「……本当にマイン公爵は私達がミーティアを監視していることに気付いてないのでしょうか~?」
「……? 気付いてはいないでしょう。気付いていたなら何かしらの干渉をしてきたはずですからな」
 
 “陽炎イワン”の言う通り、気付いていたならマイン公爵が黙っているはずがない。しかし、“智星メール”はどうも納得していないようすだった。
 
「今回の件で、一つ気になっていたことがありました~。何故ミーティアの商人証明書の発行が、ミーティアが貿易都市に来る前ではなく、今から一週間前なのでしょうか~?」
「どういうことですか、“智星メール”?」
「ミーティアは商売の手を広げるために貿易都市に来たと言っていました~。それならば地方商人ではなく、商人組合に所属した状態で来れば商売の手を広げやすかったはずです~」
「……確かにその方が商人として普通の行動だな」
「しかし、実際に商人証明書が発行されたのはつい一週間ほど前……」
「……確かに不自然ではありますが、それはミーティアが貿易都市の市場をしっかり把握してからマイン公爵に推薦をお願いした。もしくは、マイン公爵が忙しくて推薦が遅れてしまったと考えられませんか?実際、マイン公爵は当時ストール鉱山の事件に対応していたそうですし」
 
 “並立ラルセット”の意見は的を得た意見ではあったが、“智星メール”はそれをあっさり否定した。
 
「それは私も考えましたが、ミーティアとマイン公爵の関係性を考えればそれはありえないのですよ~。
 ミーティアはマイン公爵のお抱え商人というのは、推薦されている事実から考えて間違いないでしょうね~。ということは、マイン公爵はミーティアの行動を詳細に把握していたはずです~。むしろ貿易都市に来たのは、マイン公爵の指示だった可能性もあります~。
 まあ、どちらにしても、ミーティアが商人組合に登録しているほうが都合が良いのは間違いないので、マイン公爵ほどの人物がその辺りを抜かるとはとても思えませんね~。つまり今回の件は、ミーティアはマイン公爵に何の相談もなく独断で貿易都市に来たことになります~。それならミーティアが商人証明書を発行せずに貿易都市に来た辻褄が合います~」
「ちょっと待ってください! お抱えの商人であるはずのミーティアがそんなことできるわけがありません! お抱えである以上、ミーティアは自分の行動をマイン公爵に知らせておく必要があります。それが自分をサポートしてくれている支援者に対する義務だからです!
 もし“智星メール”の言うようにミーティアが独断で行動していたというなら、あの厳格なマイン公爵が黙っているわけがありません!」
「ですが、マイン公爵はそれでも商人組合にミーティアを推薦しました~。……果たしてそんなことがありえるでしょうか~?」
「「「「「「「………」」」」」」」
 
「ありえない」それが八柱全員の考えだった。それは沈黙が物語っていた。
 
「だから思ったんです、そもそもの前提が違うのではないかと~」
 
 そして“智星メール”が語った内容は、八柱オクタラムナ全員が驚愕するのに十分だった。
 
「これは私の憶測ですが、ミーティアの商人証明書を発行したこと、これ自体が私達に対するマイン公爵からの警告なのではないでしょうか~? 『ミーティアに手を出すな!』、と……。
 ミーティアは何かしらの方法で“隠者ツキカゲ”の監視に気付き、それをマイン公爵に報告したのでしょう~。だから、ミーティアが貿易都市に来てから、商人証明書が発行されるまでに数週間のズレがあるのです~」
「……“智星メール”、お前は俺の影に潜る能力が見破られたと、本気で思っているのか……?」
 
 自分の能力が見破られたと簡単に言う“智星メール”に、“隠者ツキカゲ”が静かな怒りと殺気を滲ませた声で睨み付けた。
 しかし“智星メールは、それすら意に介さない態度で言い返した。
 
「逆に聞きましょう“隠者ツキカゲ”、監視中にミーティア達が自分達の素性や過去について話したことが一度でもありましたか~?」
「…………なかった」
 
 “智星メール”に言われて思い返してみるが、確かにミーティアと他四人の誰も、その辺りの事は一切口にしてはいなかった。
 
「つまりこの事から考えられるのは、ミーティアはただのお抱え商人ではなく、それ以上の何かということです~」
「何か、とは?」
「それは情報が足りていないので、私にもわかりません~……。ただ、ミーティアは“隠者ツキカゲ”の監視を見破ることが出来ること、そしてマイン公爵に相当大事にされている存在ということは間違いないでしょうね~」
 
 “隠者ツキカゲ”の監視を見抜いたのはミーティアではなくティンクだったのだが、それは情報が圧倒的に不足していた事、ミーティアに注目し過ぎてティンク達四人に意識が向いていなかったことが原因で答えを間違えたのである。しかしそれを除けば、“智星メール”は情報が不足している中で、かなり真実に近い答えを導き出していた。八柱オクタラムナの頭脳という意味で付けられた“智星”という称号は伊達ではないのだ。
 
「……“智星メール”、我々はどうするべきですかな……?」
「あら、それはもう決まっていたでしょう~?不干渉ですよ~。ミーティアが何者であれマイン公爵が関わっている以上、私達には手を出すことができません~。下手に手を出したら私達が火傷をするだけですよ~。……火傷で済むとは思えませんが~」
 
 
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