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作者: 山のタル
残酷な描写あり
49.救われた者
 急いで転移陣で屋敷に戻った私とクワトルとティンクは、私の自室から私と同じ背丈の人形を二体と、人形の各種パーツをこれでもかというぐらい抱えて、再び転移陣を通って馬小屋に戻って来た。
 
「お待たせミューダ、そっちはどう?」
「ああ、交渉成立だ。いつでもいけるぞ!」
「了解! じゃあ早速、準備に取り掛かりましょう!」
 
 私は屋敷から持って来た二体の人形を、ミューダの指示でお墓の前に置く。二体の人形はどちらも人型だ。このままでは使えないので、片方の人形に私は手を加える。
 錬金術を発動させ、人形と持って来たパーツを粘土のようにグニャグニャの硬度にすると、それらを混ぜ合わせて新しい形に変えていく。
 これからする事にこの人形は必要不可欠なのだが、その為には人形をシモンとチェリーの姿に合わせる必要があった。シモンは人間で背丈が私とほぼ同じなので人形に手を加えなくてもそのまま使えるのだが、チェリーは馬なので人形の形を馬に変えないといけなかった。
 人形をグニグニと変形させて馬の形にし、チェリーとほぼ同じ大きにして硬度を元に戻せば完成だ!
 作業時間はほんの数秒で終わった。錬金術は物質に直接干渉できるので、物質の硬さや形をササッと手早く自由に変えることなんて、私にとっては朝飯前なのだ。
 これで器は完成した。ここから先はミューダの仕事だ。
 
「ミューダ、任せたわよ!」
「ああ、準備は既に終えている!」
 
 ミューダは言葉を終えると、すぐに魔法陣を展開した。ミューダが展開した魔法陣は、形状が違う大小様々な複数の魔法陣が幾重にも重なり組み合わさって、ミューダの周りを囲うように立体的に浮かんでいた。
 これは『連結立体魔法陣』と言うもので、通常一個で一つの魔術を発動する魔法陣を複数組み合わせることで、それを新しい一つの魔法陣へと昇華させるという、ミューダが長年の研究の末に完成させたオリジナルの大魔術だ。
 魔術師が魔術を発動する際に展開できる魔法陣は一個、多くても三個しか作れない。それは魔術師が魔法陣を展開して魔術を発動する時、発動する魔術の正確な魔法陣を描く集中力、その魔法陣に適量の魔力を流し込む正確さ、発動する魔術をコントロールする器用さが必要になるからだ。
 その為、いくら訓練を積み重ねた熟練の魔術師でも、一度に扱える魔法陣の数は三個が限界なのだ。それ以上増やしてしまえば、術者のキャパシティーを越えて魔術が上手く発動しなかったり、魔術が暴走したりして失敗する。
 もし、三個以上の魔法陣を同時に展開できる魔術師がいるとするなら、それは魔術師としての才能と実力が限界突破していて、尚且つ人智を越えた膨大な魔力量を有していないといけない。つまり今、最低でも10を超える魔法陣を展開しているミューダは、『人を越えた存在』と言うことを自ら証明しているのだ。
 ……まあ、数千年の年月を生きてるミューダに、今更『人を越えた存在』なんて言うのも可笑しな話ではあるのだが……。
 
「さあ、いくぞ!」
 
 ミューダの掛け声に呼応するように魔術が発動した。魔法陣全体から光が溢れ、馬小屋の中を明るく照らす。
 その光に照らされたシモンとチェリーの幽霊に変化が起こる。生前の姿をとっていたシモンとチェリーは、見る見るうちに小さくその姿を変えていき、やがて手のひらに収まる程度の丸い球体になってしまった。
 ミューダは球体となったシモンとチェリーを手に抱えると、セレスティアの用意した二つの人形にあてがう。すると、シモンとチェリーは人形の中へと吸い込まれるように沈んでいき、次の瞬間、人形がまるで溶けたチーズのように形を崩したと思ったら、再び元の形へと戻っていく。しかし細かく言うなら、それは完璧な元の形とは言えなかった。大まかなシルエットは同じなのだったが、細部に大きな違いがある。
 元の人形は目も鼻も無いのっぺりとした顔と凹凸の無い滑らかなボディをしていたが、シモンが入った人形は、二つの勲章をぶら下げた青い軍服をピッチリと着こなす優しそうな目付きの男性に、チェリーが入った人形は、スズカとモンツアと同じぐらいの体格で燃えるような赤毛と立派なたてがみをなびかせた馬になっていた。
 
「――よし、成功だ!」
「魂と魔力回路の接続状態良好。魂の定着化と安定化……共に成功。受肉率100%……うん、完璧! 流石ミューダね!」
「それほどでもない。セレスティアの作った完成度の高い器がなければ、我の力を以ってしてもこう上手くはいかなかっただろう」
 
 ミューダの発動した魔術は、生物の魂を別の器に入れ替える魔術だ。説明を聞けば簡単そうに聞こえるかもしれないが、展開された魔法陣の数を見れば、これがどれだけ困難な魔術なのか理解できると思う。
 この魔術はミューダが魂の研究を続けて開発したのだが、条件が揃わないと開発者のミューダでも成功させるのが難しいのだ。その理由は、魂と肉体の複雑な相互関係にある。
 魂と肉体は別々の物なのだが、生物を構成するのにはどちらも必要なのだ。簡単に言うと、肉体は魂を入れる器で、魂は肉体を操る操縦士だ。つまり、肉体があっても魂が無ければそれはただの肉塊でしかない。そして魂は通常肉眼では確認できないので、魂があっても肉体が無ければそれは存在していないと同義なのだ。
 このように、魂と肉体は別々の物でありながらお互いに強い繋がりを持っている。
 何が言いたいかというと、魂と肉体を切り離すことはとても困難で、何の対策もせずに切り離したり魂を違う器に入れてしまうと、魂が損傷したり、同化できずに拒絶反応を起こして、最悪の場合は魂と肉体の両方が崩壊して消滅してしまうのだ。
 だから、損傷や拒絶反応が起きないように魂を保護することと、器を魂と馴染みやすい物にするために手を加える必要がある。
 ミューダが展開した魔法陣の中には魂を保護する魔法陣が含まれているので、魂の保護は出来る。だが、魂と馴染みやすい器を作ることはミューダには出来ない。
 そこで私が持って来た人形の出番だ。あの人形は私の錬金術で作った特別製で、魂との同化に特化した構造になっているのだ!
 具体的に説明すると、人形に魂が入って同化が始まると、人形が魂から肉体情報を自動で読み取り、それを元に肉体を再形成する仕組みになっている。これによって、この魔術の成功率は飛躍的に上昇するのだ。
 つまりこの魔術は、ミューダの才能と私の技術が合わさることで初めて成功するものなのだ!
 
 そもそも私が何故このような人形を作っていたのかというと、それは『』というミューダのセリフが答えだ。
 そう、私の肉体もシモンとチェリーに使ったのと同じ人形。シモンとチェリーに使った人形は、元々私の体の予備として保管していた物なのだ。
 私はシモンとチェリーの様に死んだわけではないのだが、私の魂に刻まれている『特殊な魔術』に対処する為に、元の肉体を捨てて魂を人形に入れ換えているのだ。
 因みに、アイン達に施した特殊なゴーレム化も、元はといえば私の魂を人形に移し替えるデータ取りの実験の一環に過ぎないものだった。
 
「気分はどうだ? 何か不具合のある部分はないか?」
 
 ミューダの問いかけに、シモンとチェリーは体を動かして確かめる。
 
「いえ、特に気になる所はありません」
「ぶるる……」
「チェリーも特に問題ないそうです」
「あなた、その子の言葉が分かるの!?」
「ええ。どうやら幽霊として一緒に彷徨ってる間に心が共鳴したみたいで、こう、なんとなく言っていることが分かるようになりました」
「ほぅ、そんなことが起きるとは……つくづくこいつらは奇跡に恵まれているみたいだな」
 
 全くミューダの言う通りだ。シモンとチェリーには奇跡と思えることが何回も起こっている。それこそ「奇跡に恵まれてる」と言うミューダの言葉は的確に的を得ていた。
 
「我ができるのはここまでだ。あとは任せたぞ、セレスティア」
 
 ミューダはそう言うと踵を返し、家の方へ行ってしまった。どうやらそのまま屋敷に帰る気みたいだ。
 ここからは再び、ミューダに任された私の出番だ。
 
「さて、とりあえず自己紹介しないとね。ミューダからある程度話は聞いてると思うけど、私はセレスティア。今日この家を購入した、ここの新しい主よ。後ろの四人は私の使用人でニーナ、サムス、クワトル、ティンクよ」
「初めまして、僕はシモン。かつてこの地でブロキュオン帝国軍に所属して軍馬の調教師をしておりました。こっちは僕の愛馬のチェリーです。この度は僕たちに新しい体を与えていただき、感謝の極みでございます!」
「ヒヒ~ン」
 
 シモンとチェリーは揃って頭を下げ、私に感謝の気持ちを伝える。
 私とミューダはシモンとチェリーの境遇を知って、このままでは不憫だと思い助けた。つまりは、ただの同情である。それで感謝をされても、私としては正直喜び辛いものがあった。しかし、そんな事はシモンもチェリーも理解しているだろう。
 だが、例えそれが自分達を哀れに思った同情からきた行動だったとしても、消えるのをただ待つだけだった所に手を差し伸べられて助けてもらったのだ。その感謝の気持ちは二人の態度からしっかりと伝わってきた。
 
「それで、シモンとチェリーはこれからどうするのかしら? 私はあなた達を助けたけど、それを理由に自由を拘束するつもりはないわ。ただ私達は基本的に忙しくて、この家に居ることは少ないの。だから私としては、私達が家を空けている間、あなた達にこの家を守護してほしいと思っているの。もう一度言うけど、もちろんこれは強制じゃなくて提案よ。私に忠誠を誓ってこの家を守護してくれても良し、生前の未練を晴らしに世界を観て周る旅に出るのも良し。新しい人生だもの。これからのことは、あなた達が決めなさい!」
「セレスティアさん、その問いはズルいですよ……。そんな事を言われたら、答えなんてひとつしかないじゃないですか」
 
 そう言ってシモンは私の前で片膝を付き、頭を下げる。
 
「セレスティアさん……いえ、セレスティア様、僕達は100年も前に死んだ身です。僕達を知る者も家族も既にいないでしょう。チェリーと二人で旅をするのは大変魅力的な事ですが、受けた恩を返さずに旅に出るなんて元ブロキュオン帝国軍所属の身として恥さらしもいいところです。なので、この大きな恩を返せるその日まで、僕達の新しい主人は僕達を救ってくれたセレスティア様とミューダ様のお二人です! この家を守護する件、喜んでお引き受けします! 私達の忠誠をお受け取り下さい!」
 
 シモンの言葉に合わせてチェリーも膝を地面に付いて姿勢を低くすると、頭を下げてシモンと同じく忠誠の意を示して見せた。
 ――そこまでされたなら、私もそれに応えなくてはいけないだろう。
 
「あなた達の忠誠、確かに受け取ったわ! これからよろしく頼むわね、シモン、そしてチェリー!」
「ははッ!」
「ヒヒーン!」
 
 こうして私達に新しい仲間が加わることになった。シモンとチェリーにはこれから新しい拠点となるこの家を守護してもらうことになる。これで何の憂いも無く、屋敷にで研究を再開できそうだ!
 やることを終えた私は、ニーナ達にシモンとチェリーを任せてミューダの後を追うように屋敷へと帰った。
 
「これでまたしばらく研究に専念できるわね! ……ふふふ!!」
 
 
  ◆     ◆
 
 
「――ふぅ~」
 
 わしは店の奥の居間で一息をつく。
 今日も物件が一つ売れた。客は新婚の夫婦だった。わしは二人の間に産まれるであろう子供の教育のことを考え、公共施設が多く集まる『管理区画』に近い新築物件を勧めた。
 二人は物件を気に入ってくれたようで、購入を即決していた。これからの二人の人生のことを思うと、わしも嬉しくなる。
 家を選ぶ時というのは、人生の新しい転換期だ。大事なその瞬間を他人であるはずのわしが、まるで当事者になったように一緒に混ざってあれこれ考えて決めることが実に面白くて感慨深い。だからこの仕事は楽しいのだ。
 わしは物件を勧める際、出来る限りお客の要望に沿ったものを紹介するようにしている。家というのは一度購入すれば、余程の事がない限りホイホイと買い換えるものではない。だからこそ、そこに妥協はしてほしくないのだ。
 わしは物件を勧めるのに迷ったりはしない。お客の要望に沿った物件を自信を持って勧められないなら、それは不動産屋として失格だと思っているからだ。わしはそうやって何十年も誠実に仕事をこなしてきた。そのお陰で東の居住区画の不動産業務の全てを、貿易都市から直接委任されるようにまでになった。
 ……しかしそんなわしにも、仕事の誠実さを無視してでもお客に売りたくない物件が一つだけあった。だがそれは先日売ってしまった。そう、ミーティアという若い女商人に売ったあの訳あり物件だ。
 売り物である以上一応紹介はしたが、購買意欲を無くすように訳ありの理由を教えて違う物件に変えるように何度も忠告した。だが、何故かミーティアはあの物件を諦めず、結局わしの方が先に折れてしまった。
 わしがあの物件を売りたくないと言うのには理由がある。わしは居間の壁に掛けられている絵画にチラリと目を向ける。そこには激しい戦場を背景にして、ブロキュオン帝国軍の青い軍服を身に纏い、それとは対照的な燃えるような赤毛の馬に跨り、颯爽と疾風のごとく駆け抜ける一人の騎兵が描かれていた。
 
「……ご先祖様」
 
 その絵はわしの家系で代々受け継がれてきた家宝の絵画だ。そこに描かれている人物はわしの先祖で、わしの家系の中で一番の出世を遂げた人物でもある。
 ご先祖様はブロキュオン帝国の軍人であったが、名前が残る程の有名人ではなかった。何故なら、着用している青い軍服は『分隊長クラス』が着用する服だからだ。
 分隊長は階級で言うと、一般兵士より一つ上の階級の軍人のことで、つまりは小さな班のリーダーでしかなく、そんな階級の兵士の名前なんて歴史に残るはずがないからだ。
 だが、ご先祖様の弟が家系の中で一番の出世を遂げたご先祖様の有志を後世に伝えようと、自ら筆を取って戦場を駆けるご先祖様の姿を絵画にして残したのだ。そして今は、わしがその絵画を受け継いでいる。
 わしはこの絵画と共にご先祖様の話を子守歌のように毎晩聴いて育ってきた。わしにとってご先祖様は英雄にも匹敵する憧れの人物だ。
 ……だが、そんなご先祖様は若くして亡くなった。それも戦場ではなく、ブロキュオン帝国の拠点内で発生した火災によって亡くなったらしい。そしてご先祖様は死して尚、今もその場所で一緒に死んだ愛馬と共に彷徨っているという。
 ……そう、あの訳あり物件に現れる幽霊とは、この絵画に描かれているわしのご先祖様なのだ。
 
 わしがこの事実を知った時は土地の所有者が何回も入れ替わった後で、その時は既に幽霊の噂は広がっていて除霊しようとする動きがあった。その当時のわしはまだ不動産業で今ほどの地位を得ていなかったので、その動きを止めることが出来なかった。まあ結局除霊は失敗したそうで、ご先祖様は無事だった……。
 その後、不動産屋として力を付けたわしは、その物件の所有権を真っ先に確保した。それからわしはご先祖様が眠り彷徨うあの物件を、誰の手にも渡らないように守ってきた。
 物件を買いたいと言ってきた者には、幽霊の噂を脚色して話し諦めさせてきた。だが、それでも購入しようとする物好きはいた。
 でもその手の輩は、購入してから1週間と経たずに月のある夜に必ず現れるご先祖様の幽霊に嫌気が差して、すぐに売りに来るのだ。
 あのミーティアという商人も諦めが悪かったので渋々売ってやったが、どうせいつも通りすぐ売りに来ると思っていた。
 ……しかし、1週間が過ぎ、10日経ってもミーティアは売りに来なかった。
 ……そういえば、ミーティアは「幽霊の件は当てがあるので、多分何とかなる」と言っていた。
 
「……様子を、見に行ってみるか」
 
 わしはすぐに店の戸締りをすると、ミーティアが購入した物件へと急いだ。
 
 
 
 ミーティアの購入した物件は全体を鉄柵で囲っているので、隙間から中の様子を伺う事が出来る。しかし中を見ても、ミーティアどころかニーナやサムス、クワトルとティンクの姿は確認できなかった。
 ……全員出かけているのだろうか? それとも幽霊を恐れて夜逃げでもしたか?
 考えてみてもこれといった結論が出ず、勝手に入る訳にもいかなかったので、仕方なく後で出直そうとして引き返そうとしたその時、家の奥にある裏庭の方から馬の嘶きと足音が聞こえた。
 どうやら裏庭にいたようだ。裏庭は家に隠れているので誰がいるのかは分からないが、その誰かに聞こえるようにわしは大声で呼んでみた。
 
「ごめんください! 誰かおりませんかー!」
 
 ゴホッゴホッ……、久しぶりに大きい声を出した所為で喉を痛めてしまった……。全く、歳はとりたくないものだな。
 喉は痛めたもののわしの声はどうやら届いたようで、裏庭から一人の男が馬に乗って現れた。
 
「――ッ!?」
 
 現れた男を見て、わしは驚きに目を見開いた。何故ならその男は、鮮やかな青い執事服を着こなし、服の色とは対照的の燃えるような赤毛の馬に跨がっていたのだ。
 その色合いの姿はわしにとって、とても見慣れたものだった。
 
「ご、ご先祖……様?」
 
 そう、その男はあの家宝の絵に描かれている、わしの憧れのご先祖様にとても酷似していたのだ。何十年もあの絵を見続けているのだ、見間違えるはずがない!
 だがしかし……何故!?
 ご先祖様は幽霊のはずで、こんなにハッキリした姿な訳がなく、昼間である今に現れるはずがない!?
 もしかしたら良く似た別人かとも思ったが、他人の空似にしてはあまりにも似すぎていた!
 わしが事態を飲み込めずに困惑していると、男は門までやって来て馬から飛び降り、門越しにわしと向かい合った。
 
「お待たせしましたご老人。何かご用ですか?」
「えっ? ……あ、ああ、ミーティアさんに用があるのだが、いらっしゃるだろうか……?」
「ミーティア様なら只今出掛けており、しばらくは戻らないとのことです。……失礼ですが、どちら様でしょうか?」
「……わしは、エイラード。ミーティアさんにこの物件を紹介した不動産屋だ」
「そうですか、あなたがそうでしたか! 初めまして、僕は“シモン”。こっちの相棒の“チェリー”と一緒にミーティア様からこの家の警護を任されている者です!」
 
 ……間違いない、わしは名前を聞いた瞬間に間違いなく確信した! わしの目の前に立つ男、この人は間違いなくわしのご先祖様だと!
 わしのご先祖様はシモンという名前で、その愛馬はチェリーという名前だった。子守歌のように何度も聞かされたのだ、忘れるはずがない!
 それに二人の姿も、家宝の絵からそのまま飛び出して来たかのようにそっくりだった。ご先祖様だけは軍服じゃなく執事服という違いこそあれ、顔立ちは間違いなく絵と同じであった。
 
「ど、どうされたのですか、エイラードさん!?」
 
 目の前の人物がご先祖様だと確信した瞬間、わしは自分でも分からないうちに涙をポロポロと流していた。
 
「なんでも……なんでも、ありません。……歳を取ると、どうも涙腺が緩くなっていけませんなぁ……」
 
 ご先祖様は突然涙したわしを見て狼狽えているが、わしにはそんなことを気にする余裕は無かった。
 うれしい、嬉しいのだ! 憧れだったご先祖様とこうして話が出来ること、それが何よりも嬉しいのだ!
 何故ご先祖様が幽霊じゃなくなっているのかは分からないが、きっとミーティアの言っていた『当て』のおかげなのだろう。だが、そんな細かい事はどうでもよかった。
 わしは何十年もの間、ご先祖様がゆっくり眠れるようにこの物件を出来る限り人の手に渡らないように手を尽くしてきた。その必要が本当にあったのかは分からないが、少なくともわしはこの物件を守っているつもりだった。
 それが今日……ようやく報われたような気がした。
 
「――すみません、お見苦しいものをお見せしましたな……」
 
 ひとしきり涙を流して落ち着きを取り戻したわしは、涙を拭い再びご先祖様と向き合った。
 ご先祖様は訳も分からず涙するわしが落ち着くまで、黙ったままそこにいて見つめてくれていた。その優しさに触れ、再びわしの心に込み上げて来るものがあったが、わしは何とかそれを抑え込んだ。
 
「いえ、構いませんよ。それで、エイラードさんはどういった御用件でミーティア様に会いに来られたですか?」
 
 ご先祖様に言われて気付いたが、わしはまだここに来た目的を話していなかった。
 
「ああ、すみませんでした。わしがここに来たのはミーティアさんと話をするためだったのですが、いないのなら仕方ないですね……。すみませんが、言伝を頼まれてくれませんか?」
「わかりました、伺いましょう」
「では……」
 
 わしはコホンッと一つ咳払いして、ミーティアへの言伝を伝えた。
 
「『もし家を売りたくなったら、もう一度わしの所に来い』と言ったが、あの話は無しだ。わしはもうこの物件に未練が無くなったから、買い取ることは二度としないことにした! ここをどうするかは、全てミーティアさんに任せる。……ただできるなら、この物件を大事に使ってくれ。それが、わしの唯一の望みだ! ……そう、伝えてください」
 
 
 ◆     ◆
 
 
 シモンに言伝を託したエイラードはその後、『頼みましたよ!』と一言だけ残して足早に帰ってしまった。
 言伝の意味がよく分からなかったシモンは、とりあえずセレスティアにエイラードからの言伝を伝えて『どういう意味でしょうか?』と質問してみたが、エイラードの過去を知らないセレスティアがその意味を知る由も無く、この件はしばらくセレスティア達に謎を残すことになった。
 
 セレスティアがエイラードの言伝の意味を知ることになるのは、まだ当分先のお話しである……。
 
 
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