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作者: 山のタル
残酷な描写あり
42.新しい装備
 オリヴィエから報酬を貰った次の日。私は再び貿易都市に向かう為に、馬車で屋敷を出発した。
 馬車は前回使用した箱馬車ではなく、商人が使うような普通の幌馬車ほろばしゃを使用している。
 更に服装も商人らしさをイメージしてアインが作ってくれた、少し裕福そうだが豪華さを極力抑えた服を着用している。これで見た目は、ごく普通の一般商人と言っていいだろう。
 
 今回は商人らしさを出すために普通の幌馬車を使っているが、本音を言えば、馬車ではなくスズカかモンツアに乗って行きたかった。
 屋敷から貿易都市に行く道のりは、普通の馬なら休みを極力減らして急いだとしても3日はかかる。馬車ならその倍の6日だ。
 しかし今回馬車を牽かせている普通のゴーレム馬であれば休み無しで移動ができるので、跨がって行けば2日、馬車を牽かせたなら3日で着くことができる。
 だが特殊なゴーレム化を施して、身体能力が限界を越えて強化されたスズカとモンツアなら、たった1日で走破できる。ただし、二匹とも馬車を牽くのを嫌がるので、1日というのは跨がって行った場合の話だ。
 
 それでも、スズカやモンツアで移動した場合に短縮される時間は、私にとってはとても魅力的だった。
 しかし、今回は商人らしく堂々と向かうので、見た目は普通の馬にしか見えないゴーレム馬で幌馬車を牽かせる必要があった。それに運ばないといけない荷物もあるので、これ以外に選択肢は実質無かったのだ。
 
 こうして私は貿易都市に着くまでの3日間、ゴーレム馬と、それを操るゴーレム御者の自動操縦で移動する馬車の中で、暇を持て余すこととなった。
 
 
 
 そして3日後――。
 何事も無く、無事に貿易都市に到着した私は、門前に延びる行列に素直に並ぶ。いくらオリヴィエのサインが付いた特別な商人証明書を持っていても、貿易都市の住人や関係者専用の門を通ることは出来ないからだ。
 そして数刻後、門を抜けて東門広場に到着した私は、広場の中央にある噴水で待ち合わせをしていた人物と合流した。
 
「クワトル、ティンク!」
「「ミーティア様!」」
 
 持ち合わせをしていたのはクワトルとティンクだ。二人は今『ドラゴンテール』というパーティ名で、貿易都市を拠点にしてハンター活動をして資金を稼いでいる。
 
 今回私が貿易都市ですることは色々ある。まずはカグヅチさんの所に行って、作るように頼んでいたクワトルとティンクの武器と防具を受け取る。その為に、この場所で二人と待ち合わせをしていのだ。
「作って」と頼んでからかなりの日数が経っていたので、そろそろ出来上がっていてもいい頃だと思う。
 そしてその時に、カグヅチさんに約束していた金属素材を渡すつもりだ。
 
「それじゃあ、早速カグヅチさんの所に向かいましょう」
 
 
 
 カグヅチさんの店は、貿易都市北側の『工業区画』と呼ばれる区画の端の、馬車がギリギリ通れる人通りの殆ど無い小道を進んだ先にある。
 馬車を慎重に走らせてカグヅチさんの店に到着すると、通るかどうか分からないが通行人の邪魔にならないように馬車を店の脇に停め、馬車から荷物を降ろして店に入る。
 
「こんにちはー! カグヅチさん、居るかしらー?」
 
 私の呼び声が店の中に響くと、カグヅチさんが慌てた様子で奥の工房から姿を現した。
 
「おお、ミーティアさん! 来てくれたか!!」
 
 工房から出てきたカグヅチさんは、角が生えたスキンヘッドの頭から大量の汗が噴き出しており、私が呼ぶ瞬間まで工房で作業に没頭していたことは容易に想像できた。それはカグヅチさんが着ている黒く汚れた衣服からも明白だ。
 私やミューダも、数日間風呂や食事や着替えを忘れて研究に集中することなんてよくある。だからあれだけ汚れた衣服をそのまま着ている姿を見るだけで、それぐらいは簡単に分かった。
 
「久しぶりね。……それにしてもカグヅチさん、すごく汚れているわね」
「ああ、ここ数日寝ずに作業に集中していたからな。だが、鬼人族には鬼闘術がある。それを使えば、数日寝なくたって特に問題は無いから大丈夫だ! ハッハッハー!!」
 
 そう言ってカグヅチさんは首にかけているタオルで頭の汗を拭う。
 
 鬼人族だけが使える特有の術、“鬼闘術”。ミューダ曰く、魔力を体内で練り上げて肉体を変化させ、超強化する術だと言う。しかしもっと厳密に説明するなら、肉体の変化とは、肉体の特性を変化させることだとカグヅチさんは言っていた。
 例えば、柔らかい皮膚を鋼鉄のように固くしたり、体重を自由に増減させたり、筋力を底上げしたり、肉体疲労を軽減させたり等々、自在に特性を変化させることが出来るらしい。
 つまりカグヅチさんの肉体は今、鬼闘術で肉体疲労を軽減して、数日休まなくても問題ない状態にしているということだ。
 
「それよりも、頼んでいた物は出来ているかしら?」
「もちろんだぜ! ちょっと待ってな」
 
 カグヅチさんはそう言ってまた店の奥の工房へ消える。しばらくすると両手一杯に武器と防具を抱え戻って来て、それらをカウンターの上に並べた。
 
「まずは武器だ。これがクワトル用の剣で、こっちがティンク用の杖だ!」
 
 カグヅチさんは一振りの剣と一本の杖を、クワトルとティンクにそれぞれ手渡した。
 クワトルの剣はロングソードより刀身が短い片刃で、刃は剣先で緩やかに反って尖った形をしている。その形を例えるならば、剣でも刀でもなく“刀身が長い包丁”と呼ぶのが一番適していた。
 
 一方ティンクの杖はティンクの足元から首までの長さがあり、木目の様な模様の持ち手の先端には淡い紅色の花が咲いているような装飾がされている。そして、その花に包み込まれるように水晶玉が埋め込まれていた。
 
 クワトルとティンクはそれぞれの武器を手に取ると、軽く振ったりして感触を確かめる。
 
「ふむ、やはりわたくしは剣よりこちらの方が扱いやすいですね」
「でもそれ、剣というより包丁じゃないかしら?」
「注文通りに作ったけどよ、本当にこれで良いのか?」
 
 私とカグヅチさんの質問にクワトルは当然の様に答える。
 
わたくしは元々、包丁を手にする料理人でした。扱うにしても、握り慣れた形の物の方が良いでのです」
「……確かに、それもそうだな」
 
 ふ~ん、そういうものなんだ。私は刃物を握ったことはないし、極めてもいないから分からないことね。
 まあ、カグヅチさんはクワトルの言い分に納得してるようだし、クワトルがそれで良いなら私がとやかく言うことは無いわね。
 
「ミーティア様ミーティア様、この杖凄いですよ!」
 
 私達がそんな話をしている横で、杖を手に色々試していたティンクがはしゃいで声をあげる。
 
「どうしたの?」
「この杖、魔力の制御がものすごく楽なんです! 見てて下さい!!」
 
 そう言ってティンクは杖に魔力を込めると、杖の先端に小さな魔法陣を描き、炎の玉を作り出した。
 炎の玉は小さく手の平に乗るぐらいの大きさで、炎の色が赤色でも黄色でもなく白色をしていた。
 炎の色は赤や黄色よりも白い方が温度が高い。色から判断すると、炎の玉の温度はおよそ1500~2000度ぐらいはありそうだった。
 
「おお、こりゃすげえな! それだけの熱量を持った『ファイアボール』は、熟練の魔術師でもそうそう作れるもんじゃないぜ。
 でも、店の中で魔術を使うのは止してくれよな。店が燃えるかもしれねえからな」
 
 高温度のファイアボールを目にして、ティンクの魔術師としての才能の高さにカグヅチさんは感嘆の言葉を漏らしたが、店の中であれほどの熱量の炎を出されたら何かの拍子に店の物に燃え移る可能性があるかもしれないので、流石に店の中で魔術は使わないように注意した。
 ティンクも魔術師としての腕を褒められたことが嬉しくてデレデレと顔を綻ばせて喜んでいたが、注意されると「ごめんなさい」と言って、素直にファイアボールを消した。
 
「なーに、次から気を付けてくれりゃあいいさ。それよりも、その杖の説明をしないとな。
 その杖の芯にはとっても希少な魔鉱樹まこうじゅの枝を使っている。魔鉱樹は簡単に言えば、魔鉱の塊でできてる樹のことだ。
 魔鉱ってのは魔力の伝導率が、魔石より何十倍も優れている鉱石だ。そんな魔鉱を芯に使ったその杖は、普通の杖よりも魔術の制御がとても簡単に出来る。
 更に、魔術や魔法に使用する魔力の効率も格段に良くなるから、魔力の消費を抑えつつ威力も底上げできる優れ物だぜ!」
 
 カグヅチさんは自慢気に、ティンクが持つ杖の性能を説明してくれた。
 カグヅチの説明を聞いたティンクは、手に持つ杖の性能の高さに興奮して目を輝かせていた。
 
「さて、武器は渡したし、次は防具の方だな。
 クワトルには今装備しているのと同様の剣士用軽防具一式だ」
 
 クワトルの防具は一式と言っても、上半身の胴体や腕回りなどの必要最低限の部分を守る程度の物しかなく、下半身部分の防具は何一つ無い。
 普通前衛に立つ剣士なら前に出て攻撃するだけでなく、後衛を守るために敵の注意を引き付けたり、攻撃を受け止める盾役になることもあるので身を守る防具は多い方がいい。
 しかし、クワトルは元々料理人で剣士ではない。ということは当然剣術は独学で、剣の型なんてものはそもそも習得していない。その剣士としての不足分を、クワトルはゴーレム化によって得た高い身体能力で補っているのだ。そしてその高い身体能力を発揮する為には、身軽でないといけない。
 なのでクワトルは防御力より動きやすさを重視して、あえて必要最低限の防具しか装備していないのだ。
 
 カグヅチさんが作った防具は、そんなクワトルにピッタリの性能を確保したものだった。
 カグヅチさんの説明によれば、クワトルの新しい防具は私が提供した純度100%の純鉄を薄く軽い鉄板にしたものと、絹蛾シルキモスの糸で織った軽くて丈夫な布を、鉄・布・鉄・布・鉄という順番に重ねた五重構造になっていて、前の防具より重さが3割減、頑丈さが10倍増しになっているという。
 
「ティンクには、チェーンメイルとガントレットだ。それと、こいつはおまけで、特注で作らせた新しい鎧下と魔術師用の服だ」
 
 そしてティンクに渡したチェーンメイルとガントレットも、純鉄を厚さ1ミリに薄く加工した物を組み合わせて作られていて、両方ともとても軽く、それでいて鋼と同程度の強靭さが確保されていた。
 
 だがそれよりも私が驚いたのは、特注で作らせたと言っていた新しい鎧下と服だ。何故かと言うと、なんとどちらも絹蛾シルキモスの糸100%で作られた物だったからだ。
 絹蛾シルキモスとは、魔鉱樹にしか生息しない希少な蛾だ。そして絹蛾シルキモスの糸は、絹蛾の幼虫が成虫になる際に作る繭から生成される。
 そもそも絹蛾シルキモスが生息する魔鉱樹自体簡単に見つかる物ではないので、絹蛾シルキモスの糸はとても高価な物なのだ。どれくらい高価かというと、魔獣討伐の報酬で貰った大銀貨9枚でも足りないぐらいだ。
 その糸を100%使用しているこの鎧下と魔術師の服、そしてクワトルの鎧にも使っていた分も合わせるとかなりの量の絹蛾シルキモスの糸が使われていることになるが、一体カグヅチさんはどうやってそれだけの量を揃えられたのだろうか?
 ……教えてくれるか分からないが、後で聞いてみることにしよう。
 
 話を戻すが、そんな絹蛾シルキモスの糸の特徴は、柔らかくて肌触りが良いこと。それでいてとても頑丈な事だ。
 実際絹蛾シルキモスの糸が使われた服は、それだけで鎧の代わりになると言われているほどである。
 その糸を100%使用した鎧下は黒く染められていて、鎧や汗などから付く汚れが目立たないように考慮されている。そして鎧の下に着るため薄手に作られており、それが特徴的な肌触りと上手く絡み合うことで、長時間の着用でも苦にならない仕上がりになっていた。
 そして魔術師の服は鎧下よりも厚手に作っているが、適度な厚さと頑丈さを両立させた物になっている。白いフリフリの可愛らしいデザインで、見た目がまだ幼いティンクにとても良く似合う。更にスカート部分には、杖にも施されていた淡い紅色の花びらの刺繍が散りばめられていて、まるで風で舞っているように躍動的で美しい。
 
「うわ~、可愛い!」
 
 服のデザインを気に入ったようで、ティンクは服を手に取って色々な角度からまじまじと眺めている。
 
「奥に試着室があるから、二人ともそこで着替えてくると良いぜ」
 
 カグヅチさんは店の奥を指差してそう言った。
 クワトルとティンクはカグヅチさんの言葉に甘えて、新しい装備を持って店の奥にある試着室に入って行った。
 
 
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