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作者: 山のタル
残酷な描写あり
35.二度あることは三度ある1
「ん、んん~~~っ」
 
 眠気に後ろ髪を引かれながら、私はベッドから身体を持ち上げた。「ふわぁぁ~~」と欠伸を漏らして、いつもより重い瞼を持ち上げると、部屋の壁にある時計に目を移す。
 
 朝の2時10時
 
「……寝過ぎたかしら?」
 
 いつもなら遅くても朝の刻8時には目が覚めるのに……。
 だが、それも仕方ないだろう。昨日はいろんな出来事がありすぎて疲れた。
 魔獣との戦い、オリヴィエとの打ち合わせ、そして屋敷に戻ればスペチオさんの騒動……、正直お腹一杯の一日だった。
 
 この身体不老の身体になってから、私には睡眠というものが不要になっている。だからと言って、全く睡眠を取らなくていいという訳ではない。
 不老と言っても体を動かせば当前疲れる。そして疲れをとるには、睡眠はとても有効な手段だ。
 更に睡眠は精神を安らげる効果もあり、魔力の自然回復速度を早めることが出来る。
 実は私にとってこっちの方が重要だ。
 
 私の使う錬金術は簡単に言うと、魔術を応用して作り出した新しい魔術術式だ。つまり、錬金術を使えば、魔術と同様に魔力を消費する。
 普段から錬金術の研究をしている私の魔力消費はとても激しく、その消費した魔力を回復させる為に、私は毎日キチンと睡眠を取るようにしている。
 
 そう考えると、私は昨日の一日で寝過ごしてしまうほど、肉体的にも精神的にも疲労していたということになるわけだが……。
 
「……やっぱり、外に出ずに屋敷に籠ってるのが一番健康的かもね」
 
 世の健康マニアが聞けば猛反発してくるであろう台詞を呟きベッドから降りると、私はいつもの白衣に着替えて食堂に足を運んだ。
 
 食堂に入ると、私の気配を感じたアインが厨房から顔を覘かせる。
 
「あら、おはようございますセレスティア様。今日は遅いお目覚めですね」
「おはようアイン。昨日は流石に疲れたからね」
 
 アインに軽く挨拶を済ませ、私は用意されていた朝食を頬張りつつ、他のみんなが何をしているかをアインに訊ねた。
 
「クワトルは朝早く皆の朝食を作った後、裏庭で畑の世話をして、今はモランと一緒に図書館の整理をしています。ティンクとスペチオ様は朝食の後、特別実験室で昨日の特訓の続きをしています。
 セレスティア様はこの後どうされますか?」
「そうね~……」
 
 私は何かすることが無いかと頭をひねる。研究も今は一段落ついているので、特にこれと言ってすることは……あ、そうだ! あれがあった!
 
「私は久しぶりに“森の通路”を確認しに行こうと思うわ。よかったらアインもどう?」
「“森の通路”ですか……そういえば、最近はしっかりと確認していませんでしたね……。わかりました、御供させていただきます」
 
 
 ◆     ◆
 
 
 “淵緑の森”、セレスティアの屋敷が建つ森は古くからそう呼ばれている。
 そう名付けられた理由は簡単で、森全体が深淵に通じているかの如く、緑が深く、暗く生い茂っているからだ。
 森は背の高い木々が過密なぐらい密集して生えており、それら全てが太陽の光をことごとく遮り、森全体はまるで月明かりの無い真夜中の様に、ほんの少し先も見通せない程の暗黒に包まれている。更に、密集して生い茂る木々は複雑に入り組み合っているので、森の中はまるで巨大迷路の様相を呈している。
 もし、何の対策や準備も無しに森へ足を踏み入れれば、容易に迷ってしまうことは想像に難くない。
 
 そんな森に四方八方を囲まれて建つセレスティアの屋敷は、ある意味で“淵緑の森”そのものが自然の要塞となっていた。
 朝食を終えたセレスティアは、屋敷の周りに広がるそんな森を目の前に見据え、アインが来るのを待っていた。
 
「セレスティア様、お待たせしました!」
 
 しばらくすると、タタタッ――という駆け足と共にアインがやって来る。そしてその腕には、大量の赤い色の紐が抱えられていた。
 
「セレスティア様、どうぞ」
「ありがとうアイン」
 
 そう言ってアインは持ってきた紐の半分をセレスティアに手渡した。セレスティアはお礼を言いそれを受け取ると、ウエストポーチに仕舞い込んだ。
 ウエストポーチは明らかに紐を全て収納できる程の大きさは無い小さい物なのだが、赤い紐はそれが当たり前であるかのように、さも当然の如く、ウエストポーチの中に全て収まった。
 そして、セレスティアはお返しするように、アインにも同じ大きさのウエストポーチを手渡した。
 
「ありがとうございます、セレスティア様」
 
 アインはそのウエストポーチを受け取ると、セレスティアと同じように赤い紐をウエストポーチの中に収納した。
 このウエストポーチだが、“収納魔法”が付与されたウエストポーチである。
 収納魔法とは、物を収納する入れ物に付与して入れ物の中に亜空間を作り、収納容量を増やす魔術のことだ。これによってウエストポーチの中は実際の大きさよりも多くの物を収納できるようになっている。なので、大量の赤い紐も楽々とウエストポーチの中に収納出来たという訳だ。
 
「それじゃあ、始めましょう」
 
 セレスティアはそう言ってウエストポーチの中から一つの指輪を取り出し、それを右手の中指に嵌める。指輪は純白の一色で彩られている以外、他にこれと言った特徴の無い、至って普通の指輪だった。
 セレスティアは、森の傍にぽつんと置かれていた一つの石碑の前に移動して、指輪を嵌めた手を石碑の上にかざす様に置いた。
 
 石碑はセレスティアの腰より少し高い大きさで、指輪と同じようにこれと言った特徴は無い。しかし、その石碑には本来あるべきはずのものが一つ欠けていた。
 ――それは、石碑には必ず刻まれているはずの“文字”が何処にも無かったのだ。
 
 石碑とは、本来何らかの目的をもって碑文ひぶん、つまり文字が刻まれた石のことを指す。しかし、セレスティアが手を置いたこの石碑には、碑文とみられる文字など何処にも見当たらない。これでは“石碑”ではなく、ただの大きい“石”である。
 では何故これを“石”ではなく“石碑”と言ったかだが、それはこの後のセレスティアの行動でその答えがハッキリと浮かび上がってきた。――そう、文字通りの意味で。
 
 セレスティアは石碑に手を置いたまま、純白の指輪に魔力を込める。すると、魔力が込められた指輪に石碑が反応して、その表面に文字で描かれた魔法陣が光りながら浮かび上がった。
 そう、この石碑には魔法陣が刻まれていたのだ。魔法陣は普段消えているので、石碑はただの石にしか見えないが、セレスティアが指に嵌めた純白の指輪に魔力が込められた時にだけ、指輪に反応して、刻まれた魔法陣が浮かび上がって現れるようになっているのだ。
 
 ――更に、変化が起きたのは石碑だけでは無かった。
 石碑に魔法陣が浮かび上がると、今度はセレスティアの目の前の木々が次々と動き出した。木々はまるで反発し合う磁石みたいに左右に別れるように移動して、先程まで暗闇に包まれていた森に馬車一台半分ぐらいの道幅の道が出現した。
 
「行くわよ、アイン」
「はい、セレスティア様」
 
 木々が移動したことで現れた道を、それぞれ左端と右端に別れて、セレスティアとアインは歩みを進めていく。
 
 もう感付いている人もいるだろうが、左右に別れるように移動した木々は普通の木々ではない。動いた木々の正体は、セレスティアが作ったゴーレムだ。木の姿をしたこのゴーレム達は、普段は微動だにせず周りの木と同化しているのだが、セレスティアの純白の指輪で石碑が起動すると、起動させた指輪に反応して動きだす仕掛けになっているのだ。
 
 では、何故このゴーレム達にこのような仕掛けが施されているかなのだが、それはゴーレム達が動いて現れた道が関係している。
 実はこの道、屋敷と森の外を繋いでいる道だ。
 屋敷の周りを囲っている“淵緑の森”は昼間でも暗闇に包まれた深い森で、しっかりと対策をしなければ簡単に迷ってしまうのだ。そして、それはセレスティア達でも例外ではない。
 そこでセレスティアは、屋敷と森の外を繋ぐ道を全部で四つ作った。だが道をそのままにしておけば、簡単に屋敷に部外者が来れるようになってしまう。
 なので、道の上に木の姿のをしたゴーレム達を敷き詰める様に配置することで道を隠し、道を利用する時にゴーレムが動いて道が現れるようにしたのだ。
 そして、ゴーレムを動かすのに必要なのが、純白の指輪とそれぞれの道の出入口に設置されている石碑だ。純白の指輪は魔力を込めることで石碑の魔法陣を起動させる魔道具マジックアイテムになっていて、指輪で石碑の魔法陣が起動すると、木のゴーレムが指輪に反応して動くという訳だ。
 
 因みに、指輪に反応して動くのは、指輪の半径20メートル以内の範囲にいるゴーレムだけで、指輪を持つセレスティアが移動すれば、それに合わせて新しく範囲に入ったゴーレムは左右に動いて道を開け、範囲から外れたゴーレムは再び道の上に移動して道を塞ぐようになっているのだ。
 
 そんな道の端をセレスティアは左、アインは右に歩きながら、動いたゴーレムに目線を向け、何かを確認しながら歩く。そして時折、ポーチから赤い紐を取り出して、それをゴーレムの枝に結び付けるといった作業を繰り返した。
 
 ――そうして2時間程道を進んだところで、セレスティアとアインは森の出口に辿り着いた。
 
「修復が必要なのは、5体ね……アインの方はどうだった?」
「はい、私の方は8体でした」
「ということは、『第4ルート』は計13体ということね……」
 
 セレスティアはポーチから紙とペンを取り出し、スラスラとメモを取っていく。
 
 セレスティア達が先程からしているのは、ゴーレムの状態確認である。
 道を塞いでいたゴーレム達はアイン達の様な特別なゴーレムではなく、至って普通のゴーレムである。普通と言っても『錬金術』で作ったゴーレムなので、魔術産や魔法産のゴーレムに比べて完成度や性能が桁外れに高い。
 それでもゴーレム人形ということに変わりはなく、自己修復なんて便利な能力は存在しない。しかも野晒しであるため、定期的にメンテナンスをしないと劣化してしまうのだ。
 
 ゴーレムが劣化すると、不具合が生じて正確に動かなくなったり、最悪の場合は機能停止もあり得る。
 もしゴーレムが機能停止してしまうと、石碑を起動しても反応しなくなり、道を塞いだまま邪魔になることがある。
 セレスティアやアインは定期的に、こうしてゴーレム達の状態を確認して、修理が必要なほど劣化した個体や機能停止した個体に、赤い紐を結んで目印を付けているのだ。
 この作業を四つの道全てで行い、修理が必要な個体数を算出した後、必要な素材を用意して修理をしていくというわけだ。
 
 
 
 森の南南西に出る『第4ルート』を確認したセレスティアとアインは、そのまま森の外周に沿って反時計回りに移動した。そして次に、森の南南東にある『第3ルート』の石碑を起動させて、今度は屋敷に戻りながら同じようにゴーレムの状態を確認していく。
 『第3ルート』を確認し終えて修理が必要な個体数をメモすると、再び屋敷の石碑を起動させて今度は『第2ルート』を確認する。『第2ルート』を通り森の東側に出ると、再び森の外周を反時計回りに移動して、森の最北にある『第1ルート』の石碑を起動させ、ゴーレムを確認しながらまた屋敷に戻って来る。
 これで、一通りの確認作業は終了した。
 
 余談だが、石碑は屋敷正面の森の傍に一つ、森の外側の草木に隠すように四つ、合計五つ設置されている。
 森の外側の石碑を起動させたなら、どのルートの道を通っても屋敷の正面に出れるようになっている。逆に屋敷側から石碑を起動させた時は、どのルートを通るかを起動の際に念じれば、そのルートのゴレームが反応し、森の外に出れるようになっている。
 
 こうしてセレスティアとアインは全てのルートのゴーレムを確認し終えた。だがその頃にはもう既に日は落ちて、周囲は星月夜ほしづきよとなっていた。修復作業は明日からにする事にしたセレスティアは、素材の準備だけ済ませるとその日は床についた。
 
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