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作者: 山のタル
残酷な描写あり
29.新たな来訪者1
 ティンクからの報告を聞いた私達は、後の事をオリヴィエに任せて屋敷に帰ることにした。
 魔獣の出現に関わったと思われる“マター”と“旦那”と呼ばれていた二人の男に関しては、気になることもあったので私達の方でも調べておくことになった。
 そして報酬の『商人証明書』の件だが、発行するには一度首都マインに戻る必要があるとのことなので、後日発行して屋敷まで直接持ってきてくれるとのことだった。
 
 こうしてストール鉱山都市ですることが全て終わった私達は、都市門前で見送りに来たオリヴィエとヴァンザルデンさんに見送られストール鉱山都市を後にし、屋敷への帰路についた。
 
 
 
「……この辺りかな?」
 
 ストール鉱山都市を出発して街道をしばらく進むと、都市の輪郭は既に地平線の先に沈んで見えなくなった。そして都市の輪郭が見えなくなる辺りの街道から少し離れたところに、小さな森が広がっている。
 私達は周りに誰もいないことを確認すると、街道から外れ、その森の中に入って行った。
 
 森と言っても、森の中は木々同士の間隔が広く空き、日の光がしっかりと地面に射し込んでいて、私の住んでいる森と違って適度な光量が確保されていた。
 私は森に入ってしばらく進んだ所で立ち止まると、指をくわえ、『ピィーーッ』と甲高い音の指笛を鳴らした。指笛の音は木々に反響しながら四方八方へと散り散りに森の奥まで響いて行った。
 
 ガサガサ――
 
 指笛を鳴らしてしばらくすると、草木を掻き分ける音が聞こえてきた。
 
 ガサガサガサ――
 ガサガサガサ――
 
 その音は段々とこちらに近づいてきているようだった。――それも、二つもだ。
 
 ガサッ! ガサッ!
 
 そして音がすぐ傍まで来ると、木々の間から私の身の丈を上回るほど大きな2頭の馬が現れた。
 2頭共に美しい毛並みで、濃い黄褐色の被毛で“栗毛”と呼ばれる毛色の馬と、黒色の被毛で“青鹿毛あおかげ”と呼ばれる毛色をしている。そして全身はガッチリとした筋肉がついていて、とても立派な体格をしていた。
 2頭の馬は私の姿を見るや否や、「ヒヒーンッ!」と鳴き声をあげて私に近寄って来る。
 目の前までやって来れば、馬の大きさが更によく分かる。2頭の馬の頭は私の頭の上の位置にあり、私は必然的に目線と一緒に顔も上に向け、2頭を見上げるかたちになる。
 
「スズカ、モンツア、久しぶり! 待たせてごめんね」
 
 私は私を見下ろしている2頭の馬の名前を呼び、手を伸ばす。すると、2頭の馬は私の言葉に反応して、私が伸ばした手に顔を擦り付けて嬉しそうに鼻を鳴らした。
 私はそれに合わせて、スズカとモンツアの2頭を労うように優しく丁寧に撫でてあげる。
 
 この2頭は私が飼っている馬のゴーレムだ。……ただし、普通のゴーレムではない。自我を持つ特別なゴーレムなのだ!
 ゴーレムとは、術者の命令通りに動くように魔術で作られた人形の総称である。その姿は作り手によって多種多様だが、基本的にはただの人形なのでそこに魂は無く、自我というものは存在しない。命令がなければ動くことすら出来ない人形、それがゴーレムだ。
 
 ゴーレムの作成は魔術じゃなくても、私オリジナルの錬金術でもできる。そして錬金術でゴーレムを作成すれば魔術で作るよりも様々な素材を組み合わせて作ることが出きるので、魔術製より精巧で強靭なゴーレム作成が可能なのだ!
 しかし、錬金術製ゴーレムでも人形ということには変わりないので、やはりそこに魂や自我は無く、ただ魔術製より精巧で強靭に作れるというだけなのだ。
 
 しかし、この2頭は違う。普通ゴーレムは主に土や木や鉱石等、身の回りに多く存在する物を素材として利用する(土が一番作りやすい)のだが、この2頭を作る際に素材にしたのは、この2頭自身の体だ。
 スズカとモンツアは元々足の早い軍馬だったのだが、2頭とも戦場で怪我を負い、その時の後遺症で走ることが難しくなってしまったそうだ。軍馬としても乗馬用としても馬車馬としても使えなくなった2頭は、行き場を無くして殺処分される寸前だった。それを当時のマイン領領主だったオリヴィエのお父さんが、「多数の功績を残したこの名馬を、このまま死なせるのは惜しい」と言って、私に引き取ってくれと頼んできたのだ。
 そこで私はアイン達に施した錬金術による特殊なゴーレム作成技術で、スズカとモンツアの体を元にしてゴーレム化を施してあげた。
 魂の無い人形を作る普通のゴーレム作成と違い、体を元にしたこの特殊なゴーレム作成では、記憶、知識、魂、自我といったものをそのまま受け継ぐことが出きる。だからスズカやモンツアやアイン達5人の使用人もゴーレムになったにも関わらず自我を持つことができている。
 ゴーレム化した2頭はそのまま私の飼い馬、もとい飼いゴーレムとなり、普段は屋敷の周りの森で放し飼いにしている。だが今回オリヴィエからの頼みを受けて、最短最速でストール鉱山都市に向かうために、私達はこの2頭に乗ってきたのだ。
 だが、スズカやモンツアのその馬としては並外れた体格や性能は人が密集する街中ではあまりにも目立ちすぎてしまう。そうなれば自然な流れでスズカとモンツアに乗る私達も目立つことになる。
 目立ちたくなかった私としては、スズカとモンツアを都市まで連れて行きたくなかった。そこで、ストール鉱山都市から一番近いこの森に、私達が戻ってくるまで身を隠してもらっていたのだ。
 
 一日ぶりの再会を喜ぶ2頭をひとしきり撫でた後、私達は2頭に跨り、再び屋敷に向けて出発した。
 馬が2頭しかいないのにどうやって3人乗るかという疑問があるかもしれないが、そこは体格の小さい私とティンクが二人でスズカに乗り、クワトルがモンツアの方に乗ることで解決する。というか、来るときもこれで来たしね。
 身長の低いティンクを前に座らせ、その後ろに私が座わって手綱を握り、スズカとモンツアに声をかける。
 
「それじゃあ、行きましょう! スズカ、モンツア、屋敷までよろしくね!」
「「ヒヒーンッ!!」」
 
 スズカとモンツアは私の言葉に嘶きを上げると、一瞬で最高速まで加速して周りの景色を置き去りにしながら屋敷に向かって森を駆け抜けていった。
 
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