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作者: 山のタル
残酷な描写あり
11.方針決定!
 時刻は既に月の刻0時を廻っており、外は漆黒の闇の世界が広がっていた。
 しかし食堂は天井の照明から降り注ぐ眩しい光が明るく照らし、まだ昼間のような錯覚さえ思わせる。窓の外を見れば時間の感覚が曖昧になりそうだ。
 
 ティンクの件で少し揉めはしたけど4人の今後の方針は無事に決定したので、早速明日から各自行動に移してもらうことになった。
 私の方も無事に格安で求人募集を出せたことを報告して会議は終わり、ニーナ、クワトル、ティンクの3人は、明日に備えて休むために自室へと戻った。
 そして3人がいなくなって少し寂しくなった食堂には、私とミューダ、アイン、サムスの4人が残り、別件の話を始める。
 
「さてセレスティアよ、そろそろあの都市で何をしてたのか聞かせて欲しいのだが?」
 
 そう話を切り出してきたのはミューダだ。
 ミューダが言っているのは、募集を出した後に時間を持て余した私が都市を散策した時の事についてだ。これについては別に隠すことでもないし、ミューダには「後で話す」と言って約束もしていた。
 アインがれてくれた紅茶を一口飲み、私は都市を散策した時のことを話し始めた。
 
「ミューダは既に知ってると思うけど、アインとサムスにはまだ話してなかったから改めて最初から話すわね。私は労働組合で求人募集を出したけど、ニーナ達と予め決めていた集合時間まで時間がかなり余ったから都市を散策して時間を潰すことにしたの。そのついでに、どうせだから何か研究の役に立つヒントが転がっていないか探すことにしたわ」
 
 話を聞いていたサムスが「また一人で勝手な事を……」と頭に手を当て呟いていたが、無視だ無視。
 
「で、何かいいのは見つかったのか?」
 
 ミューダの問いに軽く頷き、私はポーチから一本の短剣を取り出して3人に見えるようにテーブルの上に置いた。
 短剣は革の鞘に納まっていて、鞘や持ち手には装飾などは一切無く、至って質素でシンプルな作りをしている。
 
「……見たところ普通の短剣のようですが、セレスティア様これは?」
「これはとある鍛冶師の工房で売られていた短剣よ。見た目は確かに普通の短剣だけど……ミューダ、ちょっと手に持ってみて?」
「うん?」
 
 ミューダは疑問に思いながらも、私の言う通りに短剣を手に取る。
 
「――ッ!?」
 
 すると直ぐにミューダは信じられないという表情をして、手にした短剣を凝視し始める。それも無理はない。何故ならこの短剣はからだ。
 
「なんだこれは、軽すぎる!?」
 
 ミューダの言葉通り、この短剣はサイズに不釣り合いと言ってもいいくらい軽量なのだ。――だが、驚くのはそれだけではない。
 私はミューダに「鞘から短剣を抜いてみて」と言う。すぐにミューダは私の言う通りに鞘から短剣を抜いてみせる。
 
 ――ピカッ!
 
 そこに鏡が出現した。
 いや正確に言うなら、それは周りの景色を映し返す鏡の様に表面を綺麗に磨きあげられた短剣の刀身だった。
 
「これは、凄いですね……」
 
 それを見たサムスが感嘆の言葉を漏らし、ミューダとアインもその言葉に頷き同意する。
 
「……確かに見事な短剣だ。この軽さと鏡のような刀身から考えるに、これは武器ではなく芸術作品の様な物といった所だな。そして……僅かにだが魔力が込められた痕跡が残っている。しかしこの短剣は、出来が素晴らしいだけの何も変哲の無い芸術品の短剣で、魔法効果は無いようだ……」
「魔力が込められた痕跡があるのに魔法効果はない……? そんなことがあり得るのですかミューダ様?」
 
 アインの疑問はもっともだ。
 通常、剣などの刃物を製作する時は、高温の炉で赤くなるまで熱した金属を鍛錬たんれんするか、溶かした金属を型に流し込む鋳造ちゅうぞうで刀身を作製し、最後に砥石といしで刃をぐことで完成する。
 そして、基本的にその工程のどちらにも魔力的要因は干渉しないので、魔術の術式が込められた魔道具でもない限りは魔力が込められた痕跡など残るはずが無い。
 しかしこの短剣は魔道具でもないのに、その魔力の痕跡が残っているのである。
 
「普通はあり得ない。……だが現にこうして目の前に、そのあり得ない物が実在するのだ。――フフフ、面白い! 実に面白いぞセレスティア! お前はこれがどのようにして作られたのか解っているのか?」
「残念ながら私も詳しいことは解らないわ。けど、この短剣を作ったのは鬼人の鍛冶師だったわよ」
 
 製造方法は私にもよく解らなかったので、ミューダの質問には作った鍛冶師の情報しか答えようがない。しかしミューダにはそれで十分だったようだ。
 
「鬼人だと!? ……なるほど、鬼人か……もしかするとだが、その鬼人は鬼人特有の“鬼闘術きとうじゅつ”、それも極稀ごくまれな鬼闘術を使えた可能性が高いな」
「極稀な鬼闘術……?」
 
 ミューダの話によると、鬼闘術とは鬼人だけが使用できる術のことらしい。自分の魔力を体内で練り上げて肉体に変化を起こすことで、肉体を超強化するのだという。
 そんな鬼人に極稀であるが、自身の肉体以外にも変化を与える事が出来る鬼闘術を操る個体が現れることがあるらしい。
 
 もしカグヅチさんがその極稀な鬼闘術を使える鬼人で、この短剣を作る際にそれを使い製作した。
 そう仮定すれば、短剣に魔力が込められた痕跡が残ってることにも説明がつくので、カグヅチさんはその極稀な鬼人だった可能性が高いらしいとのことだ。
 
「なるほどね。そう考えれば、この短剣のにも納得がいくわ。他の物質に変化を与えるという意味では、その鬼闘術は私の錬金術に近いものがあるのかもしれないわね」
 
 カグヅチさんの使う極稀な鬼闘術をもっと詳しく知ることができたら、何か錬金術に応用出来るものが見つかるかもしれない。そう思うと、私もカグヅチさんに俄然がぜん興味が湧いてきた。
 また会う約束をしたのは正解だったかもしれない。
 
 私はその短剣を購入した経緯を更に詳しく話して、その鬼人、カグヅチさんとまた会う約束をしたことも話した。
 サムスがまた何か言いたそうな顔をしていたが、もちろん無視した。
 
「とりあえず私も明日ニーナ達と貿易都市に戻るから、今日の散策の続きでもしようと思うわ」
「……あまりお一人で行動するのは止めてほしいのですが、こういう時のセレスティア様は何を言っても聞かないのは解っていますので、僕はあえて止めません……」
 
 サムスが何か諦めたような顔をして、ため息を吐きながらそう呟いた。
 流石に失礼な気がしたが、ここで言い返すと何か追加で言われそうな気がしたので、何も言い返さずにやり過ごすことにした。
 
「それで、明日はその鬼人の鍛冶師と会うおつもりなのですか?」
「その予定は無いわ。流石に約束した次の日に会いに行くのは早すぎるわよ。色々準備してから、後日行くつもりよ」
「色々準備……か、何か企みがあるようだな?」
「ええ、少しね」
「なら鬼人の件はセレスティアに任せておこう。準備ができたらその企みとやらを、我にも教えてほしいものだな」
「分かってるわ。その時になればちゃんと教えるから、心配しなくても大丈夫よ」
 
 その言葉を聞き「楽しみだ」と呟いたミューダは、怪しい笑みを浮かべ楽しそうに笑っていた。
 
 
 
 それからも色々話をしたが、気付けばいい時間になっていたので丁度いい所で切り上げ、そろそろ寝る事にした。
 私も一日外を出歩いた所為せいで、流石に疲れが押し寄せてきて眠くなってきた……。
 
「あ、そうだセレスティア。もう一度都市に行くなら、ついでに魔術書や古い歴史書、その他で我の研究に役立ちそうな物があれば買ってきてくれないか?」
 
 自室に戻ろうとした私に、ミューダは買い物をお願いしてきた。
 まあ、明日は今日行けなかった所を回るつもりだったし、別に断る理由もないので引き受けることにした。
 そして自室に戻った私は、そのまま布団の中に沈むように意識がちていった……。
 
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