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作者: 山のタル
残酷な描写あり
3.貿易都市へ
 広大な大陸を東側と西側の二つに綺麗に分断するように聳える『ディヴィデ大山脈』。
 その西側の全土を国土とする大陸一の大国、“ブロキュオン帝国“。
 東側の中央部分を国土とする長い歴史のある、“ムーア王国”。
 東側の北部を国土とする新興国家、“プアポム公国”。
 東側の南部を国土とする宗教国家、“サピエル法国”。
 この大陸には、これら4つの国が存在している。
 
 今から150年前、この4つの国は後に『世界大戦』と名付けられる、50年という長い期間続いた大戦争を繰り広げていた。
 しかしその世界大戦は、今から100年前に結ばれた『4ヵ国協力平和条約』により、遂に終戦を迎える事になった。
 今ではその条約に基づき、4つの国はそれぞれが協力し合う関係になっている。
 
 そしてその『4ヵ国協力平和条約』の副産物として誕生したのが、“貿易都市”と呼ばれる大都市だ。
 場所はディヴィデ大山脈のちょうど中心。世界大戦時にブロキュオン帝国が切り拓いて造った軍事拠点を4つの国が初めて協力し、大きく改修して発展させて築いた大都市である。
 この貿易都市は大陸の東側と西側を唯一繋ぐ場所で、4つの国の何処にも属することのない『完全中立都市』だ。
 そんな背景もあり、貿易都市は大陸の東側と西側の全てが集まる《経済の中心地》となっている。
 
 
 
「はぁ~……やっと貿易都市に入れたわね……」
「ええ噂通り……いえ、それ以上の人の列でしたね」
 
 貿易都市の都市門を抜けた先にある広場のベンチに、明らかに疲れた様子で座る5人の人物がいた。セレスティア達だ。
 セレスティア達の服装はいつも屋敷で着ている衣装ではなく、全員が外出用の質素な服にこちらも質素な新緑色のローブを着用していた。これだと人混みに混ざっても違和感はなく、はたから見ればただの旅人に見えなくもない恰好だ。
 
 数日前に屋敷の資金を稼ぐことに決めたセレスティア達は、経済の中心地と呼ばれる貿易都市で資金を稼ぐ為の仕事と、新しく雇う使用人を探しに来たのである。
 因みに、貿易都市に来たのはセレスティア、ニーナ、サムス、クワトル、ティンクの5人で、ミューダとアインは留守番という事で屋敷に残っている。
 
「セレスティア様、大丈夫ですか?」
「大丈夫、とはあまり言えないわね……こういうのは久しぶり過ぎて精神が疲れたわ……」
 
 5人の内、特にセレスティアは都市に入るだけでかなり疲れていた。
 この貿易都市に入るには、東と西それぞれの都市門で行われている検問を受ける必要がある。その為に都市門前では毎日貿易都市を訪れる人で、広い街道に長蛇の列が形成される。
 例外として都市の住人や関係者は専用の通行書を持っており、都市門の横にある専用門から列に並ぶ必要なく貿易都市に入ることができる。しかしセレスティア達がそんな便利な物を持ってるわけがなく、諦めて素直に列に並んだのだ。
 しかしまさか貿易都市に入るまで5時間も掛かるとは思っていなかった。
 その間は人混みの中で立ちっぱなしだったので、普段から研究ばかりして外に出なかったセレスティアにとって精神的に堪えるものがあったのも仕方ない事だった。
 
 グゥ~~。
 
 その時、広場に響くのではないかと思う様な、大きくお腹がなる音が聞こえて来る。
 セレスティアが音の発生源を見れば、隣に座るティンクがお腹を押さえて俯いていた。
 
「セレスティア様ぁ……ティンクお腹空きましたぁ……」
 
 セレスティアが広間に設置されている時計を確認すると、時間は既に『昼の2時14時』を過ぎていた。
 
「そうね……私もお腹が空いたわ。みんな、何処か適当なところでお昼にしましょう」
 
 
 ◆     ◆
 
 
 偶然にも近くでティンクのお腹の音を聞いていた親切なご老人が、近くのおススメの飲食店を教えてくれて、私達はそのお店で昼食を取ることにした。
 広場周辺には飲食店が多く建ち並んでいるのだが、ご老人がおススメしてくれたのは広場を抜けてすぐにある『ミニ』という飲食店だ。
 お店に入ると、昼食のピークを過ぎていたこともあって店内は人が少なかった。私達は手早く壁際奥の六人座れるテーブル席を見つけて確保した。
 
 席に座ると、みんな同時にここまでの疲れを吐きだす。そして私はゆっくりと店内を見渡してみる。店内は『ミニ』という店名とは違い、そこそこの広さのある飲食店だ。
 入口正面奥にカウンター席、入り口近くの壁際には少人数用の丸テーブル席、私達が座っている壁際奥の席は大人数用の長方形のテーブル席にという配置になっている。
 
「いらっしゃいませ! ご注文はお決まりでしょうか?」
 
 私達が落ち着いたタイミングを見計らったかのように、ウェイトレスさんが元気な声で近寄って来た。頭の上に金色の尖った耳が生えている獣人の女性だ。耳の形と色からして狐の獣人だろうか。
 しかし「お決まりでしょうか?」と聞かれても、机の上にメニューらしきものは無い……。
 
「すいません、僕達はこの都市に来るのが初めてで、この店にどんなメニューがあるのかも知らないのです。メニュー表などあれば、見せてほしいのですが?」
「お客さん初めての方でしたか、これは失礼しました! あいにく当店ではメニュー表は無いのです……。ですがその代わりに、初めてのお客様におススメしてる当店の人気メニュー、『詰め合わセット』などはいかがでしょうか?」
「『詰め合わセット』?」
「はい。当店での人気メニューや季節ごとの食材を使った料理を詰め合わせたメニューになっております。一度に色々な味を楽しめ、当店のメニューも覚えられるようになっております!」
「じゃあ、それを五つお願いします」
「かしこまりました!」
 
 ウェイトレスさんはメニューを取り終えると、そのまま足早に店の奥の厨房に姿を消して行く。
 サムスのやり取りを見て、サムスの社交性の高さに改めて感動する。普段もそうだけど、こういう時にも本当に頼りになる存在だ。
 
 注文してからしばらくすると、先程のウェイトレスが5人分の料理を一度に器用に運んできた。
「お待たせしましたー!」と景気のいい言葉と共に、目の前に料理が置かれていく。
 
「こちら当店おススメメニューを一度に楽しめる、『詰め合わセット』でございます!」
 
 私達はその料理についつい目を奪われた。
 綺麗な装飾が施された四角い重箱の中に小さな別の四角い器がいくつも敷き詰められていて、一つ一つの器には違う料理が盛り付けられている。
 一風変わった料理だけど、料理の盛り付け方やいろどりが不思議と食欲をそそる。
 
「なるほど、このような提供の仕方もありましたか!?」
 
 屋敷の料理長をしているクワトルは斬新な料理の提供方法に感心して、しばらくじっくりと料理を眺めていたが、私達は食欲に負けてさっさと料理に手を伸ばした。
 おススメしてきただけあって味はとてもおいしく、一度に色々な料理が味わえるため飽きることが無く、料理を口に運ぶ手が止まらない。
 一つの器に入っている料理の量はそれほど多くはなかったけど、それが沢山あれば意外にお腹も膨れるものだ。
 
 
 
 料理をペロリと平らげた私達は、この後の予定を再確認する。
 今回私達が貿易都市に来た目的は、ニーナ、サムス、クワトル、ティンクの4人の仕事を見つける事、そして新しく格安で雇える使用人を見つける事だ。
 
「検問の時に門番に聞いた情報だと、この都市の中央には『中央塔』と呼ばれる大きな建物があって、その中には『案内所』と言う施設があるらしいの。そこに行けばこの都市の事をいろいろ教えてくれるみたいよ」
「なるほど、まずはそこで情報を集めてから、僕達は仕事を探せばいいのですね」
「そういうこと。中央塔自体はかなり大きくて、都市のどこに居ても大抵は目にする事が出来るらしいから、それを目印にして向かうわよ!」
「「「「はい!!!!」」」」
 
 予定を再確認した私達は店を出て都市の中央付近を目指した。中央付近には門番が言っていたように、高く聳える大きい建物が見える。
 成る程、確かにあれだけ大きければ都市のどこに居ても目に入るというのも納得だ。
 
 私達はその建物を目印に真っ直ぐ歩き、迷うことなく中央塔の真下に到着した。
 中央塔は貿易都市の中央にそびえる巨大な塔で、その高さは約55メートルもあるらしい。そのあまりも立派な大きさに有名な観光スポットになっていると、門番が言っていたのを思い出し辺りを見回してみる。
 
「成る程、だからこの塔の周りに人が多く集まっているわけね」
 
 周りは沢山の人で溢れていた。子供から老人、人以外にも多種多様の亜人や獣人がいる。そしてその誰もが、顔を上に向けて中央塔を見上げていた。
 私達も周りの人達に合わせて中央塔の大きさをしっかり目に焼き付けてから、中央塔の中に足を踏み入れる。
 
 入口を抜けるとそこには大きな空間が広がっていた。
 その大きな空間には外の人数に負けないぐらいの沢山の人が歩き回ったり、集まって談笑したりしている。
 それぞれが様々な行動をしていることで、空間全体の活気が相乗効果で賑わい昂っている。それは貿易都市に入る時に経験した人の列とはまた違う人混みだった。
 私はその予想を超える賑わいぶりに、つい圧巻されて立ち尽くしてしまう。
 
「あそこが案内所のようですわね」
「え、ええ、そのようね……。早速行きましょうか」
 
 ニーナが案内所の場所を見つけて指差す。その動作で平静を取り戻した私は、足早に案内所へと向かった。
 ……しかし、到着した窓口には人の気配を感じることが出来なかった。
 
「あらら、誰もいませんわね。休憩時間でしょうか?」
「……そうみたいね」
 
 どうやらニーナの言う通り、今は休憩時間の様だ。その証拠に、よく見ると全ての窓口には『休憩中』と書かれた小さな札が立て掛けられていた。
 
 (さて、どうしようか? 何処かで時間を潰してから出直すべきか、それともここで待つべきか……)
 
 休憩が終わって職員が戻るまで待つのもアリだけど、そもそも休憩時間がいつ終わるのかを私達は把握していない。
 周りを見れば、幸いにもいくつか座れる場所があるみたいで、そこで休憩時間が終わるまで待つのが良さそうだ。
 
「セレスティア様! あそこ、まだ人がいるみたいだよ!」
 
 そんな考えを巡らせていたら、ティンクが私の服を引っ張り案内所を指差していた。ティンクが指差した場所は、案内所の一番端にある窓口だ。
 一番端だったので気付かなかったが、確かにティンクが言う様にそこにはまだ『休憩中』の札は無く、微かにだが人の気配が感じ取れた。
 
「よくやったわティンク! みんな行くわよ!」
 
 私達は急いでその窓口に向かい、中にいる人物に声をかけた。
 
「すいません、まだやっていますか?」
「うぇッ!? あっ、は、はい。だ、大丈夫ですよ」
 
 そう言って窓口から顔を現したのは、黒髪のストレートヘアーで吊り上がった目尻が特徴的なお姉さんだった。
 いかにも受付嬢という雰囲気漂うお姉さんだけど、何故かその目からは涙が一滴頬を流れていた。
 
「……あの、本当に大丈夫ですか?」
「ええ大丈夫、大丈夫ですよ。――それで、何か御用でしょうか?」
 
 受付嬢は一瞬だけ後ろを向いて顔を拭くと、またすぐに私達に顔を見せる。そこに涙の痕跡は無く、まるで何事も無かったかのような笑顔だけがあった。
 
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