残酷な描写あり
R-15
第二十五話 鄴再侵攻
青州攻略は苟晞と一進一退で進まなかった。
漢軍は青洲の攻略を一旦止め、冀州攻略、鄴への歩みを進めつつあった。
「鄴は無傷で手に入れろ、と元海は言っている。 やれるよなぁ、大将軍殿。 苟晞に囲まれて俺様に助けられたのは、何かの間違いだったと教えておくれよ」
意地悪く笑う王弥の口唇には犬歯が光る。
この頃、漢の王を自称していた劉元海こと劉淵は、遂に皇帝を称した。
称帝にあたり、各地に派遣された将軍たちは新たな称号を授けられた。
征東大将軍王弥、そして平東大将軍石勒。
格下と思っていた石勒が横並びのような将軍号を授けられたことに王弥は苛立ちを隠せず、共同作戦を拒否するという嫌がらせに走ったのだ。
「わかりました。 征東大将軍のお手を煩わせずに鄴を無傷で落として見せましょう」
石勒は王弥の前を辞す。
歩きながら石勒はぼやいた。
「ちぇっ、強い助っ人がいるうちに陥しちまおうと思ってたのによ」
影から現れたように背後に立っていた張賓が返す。
「あまり借りを作りたくない相手です。 却って好都合というものでしょう」
「前に攻略した時は火を放って何もかもわやくちゃにしたんだけど、お行儀よくとなるとなぁ」
張賓は涼しい顔だ。
「何も同じことをしなくても同じ効果は得られるものですよ」
◇
「火の手が、あちこちから火の手が上がっています!」
城門は破られていないはずなのに。
鄴の三台を守備する王粋は呆然としてしまう。
鄴の兵も民も右往左往して逃げ出し始めた。
太守の和郁さえも既に逃げ出してしまった。
これより以前に汲桑と石勒が鄴を攻略した時、放たれた火は十日もの間燃え盛り、人々は財産や家屋、そして家族の命までもを失った。
その恐怖は鄴の住民に深く刻み込まれていて、市内に広がる煙はその記憶を思い起こさせるには十分なものだった。
「とにかく火元を探せ。火を消すんだ!」
王粋は兵を指揮して消火活動に当たらせた。
しかし、火元は一向に見つからない。
代わりに見つかったのは、城壁の下から開けられた小さな陥道だった。
煙はそこから出てきていた。
「この煙は外から来ている。 火などついていない!」
王粋がそのからくりに気がついたときには、逃げ出そうとする人々は城門に殺到し、内側から開けてしまった。
城門の周囲を巡った石勒は、煙幕を焚いた兵士たちをねぎらう。
「終了! パタパタご苦労さま! お前らの活躍により、城門は既に開いたぞ」
陥道の中で柴を焚き、巨大な扇で煙を送り続ける、というのが張賓の策だった。
兵士たちは煤けた顔を拭って一息つく。
「うーん、しかし、人の傷口をえぐるような作戦だな」
「もう一度燃やすよりマシというもの。 無傷で、という言いつけも達成されました」
程なくして孔豚が王粋の首を挙げ、鄴は漢の手に帰した。
漢軍は青洲の攻略を一旦止め、冀州攻略、鄴への歩みを進めつつあった。
「鄴は無傷で手に入れろ、と元海は言っている。 やれるよなぁ、大将軍殿。 苟晞に囲まれて俺様に助けられたのは、何かの間違いだったと教えておくれよ」
意地悪く笑う王弥の口唇には犬歯が光る。
この頃、漢の王を自称していた劉元海こと劉淵は、遂に皇帝を称した。
称帝にあたり、各地に派遣された将軍たちは新たな称号を授けられた。
征東大将軍王弥、そして平東大将軍石勒。
格下と思っていた石勒が横並びのような将軍号を授けられたことに王弥は苛立ちを隠せず、共同作戦を拒否するという嫌がらせに走ったのだ。
「わかりました。 征東大将軍のお手を煩わせずに鄴を無傷で落として見せましょう」
石勒は王弥の前を辞す。
歩きながら石勒はぼやいた。
「ちぇっ、強い助っ人がいるうちに陥しちまおうと思ってたのによ」
影から現れたように背後に立っていた張賓が返す。
「あまり借りを作りたくない相手です。 却って好都合というものでしょう」
「前に攻略した時は火を放って何もかもわやくちゃにしたんだけど、お行儀よくとなるとなぁ」
張賓は涼しい顔だ。
「何も同じことをしなくても同じ効果は得られるものですよ」
◇
「火の手が、あちこちから火の手が上がっています!」
城門は破られていないはずなのに。
鄴の三台を守備する王粋は呆然としてしまう。
鄴の兵も民も右往左往して逃げ出し始めた。
太守の和郁さえも既に逃げ出してしまった。
これより以前に汲桑と石勒が鄴を攻略した時、放たれた火は十日もの間燃え盛り、人々は財産や家屋、そして家族の命までもを失った。
その恐怖は鄴の住民に深く刻み込まれていて、市内に広がる煙はその記憶を思い起こさせるには十分なものだった。
「とにかく火元を探せ。火を消すんだ!」
王粋は兵を指揮して消火活動に当たらせた。
しかし、火元は一向に見つからない。
代わりに見つかったのは、城壁の下から開けられた小さな陥道だった。
煙はそこから出てきていた。
「この煙は外から来ている。 火などついていない!」
王粋がそのからくりに気がついたときには、逃げ出そうとする人々は城門に殺到し、内側から開けてしまった。
城門の周囲を巡った石勒は、煙幕を焚いた兵士たちをねぎらう。
「終了! パタパタご苦労さま! お前らの活躍により、城門は既に開いたぞ」
陥道の中で柴を焚き、巨大な扇で煙を送り続ける、というのが張賓の策だった。
兵士たちは煤けた顔を拭って一息つく。
「うーん、しかし、人の傷口をえぐるような作戦だな」
「もう一度燃やすよりマシというもの。 無傷で、という言いつけも達成されました」
程なくして孔豚が王粋の首を挙げ、鄴は漢の手に帰した。