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残酷な描写あり R-15
第十九話 劉淵
 黎亭れいてい、春秋戦国の世に黎の国があったこの地にはかつての栄華の跡に前漢時代の宮城が建てられている。
それとて古びてはいたが、中にいるのは新しい勢力であった。
劉淵りゅうえんの興した匈奴漢きょうどかん、その本拠が現在この地に置かれているのだ。
石勒せきろく汲桑きゅうそうと暴れ回っている間に、劉淵は本拠地を当初の左頭城からこの黎亭に移していた。
上党から程近いこの地に漢の本拠地が移ってきたことは、石勒にとって幸運であった。
例の角笛の音は、あるいは上党ではなく、この地に自分を誘っていたのかもしれない。
屈強な近衛兵達に囲む中を石勒、張㔨督ちょうべいとく馮莫突ふうばくとつの三人が進んでいく。
赤い扉が開かれると長大な敷物の先に玉座があった。
左右にはただならぬ眼光を発する人物が複数いたが、誰よりも凄まじい圧力を放っているのは、玉座に座る劉淵その人であった。
石勒ら三人は跪き、額を床に擦り付けようとした。

「ふん。そういうのはいい。面をあげろ」

石勒は劉淵の姿を見た。
でかい。
八尺四寸――約二メートル――はあろうかという巨躯きょくは、予めその体格に合わせたであろう玉座を、なお窮屈そうに見せていた。
髭も長く、三尺はありそうだ。
髭の中心の数本が紅く、凹凸のはっきりとした顔と相まって火を吹く龍を思わせた。

「余が漢王、劉元海である。お前が石勒か。晋を相手にずいぶん暴れていたそうだな」

気圧されている、この俺が。
挨拶まで先手を取られてしまった。
気を取り直して返す。

「お初にお目にかかります、陛下。わたくしの名はいかにも石勒にございます。わたくしと張㔨督、馮莫突の三名はいずれもたしかに晋を相手に戦っておりましたが、大義なく獣のように吠えまわるばかりでございました。そこに、滅晋の大義を掲げる陛下の名声を耳にしたのでございます。我ら義兄弟は俄かに天命を知り、微力ながら漢の助けとなるべく、衆を率いて陛下のもとに馳せ参じた次第です」

外野からケラケラと笑う声が響いた。

「考えなしの火の玉小僧かと思っていたが、ベラベラとよく舌のまわることだな、オイ」

声の主は劉淵のすぐ傍に控えていた武人である。
膂力の強さを窺わせるがっちりとした体躯のその男は、やたらに長い犬歯を剥き出して笑っていた。
他の武者と違い、戎装に毛皮の縁取りなどが無い。
恐らくは晋から寝返った者なのだろう。
劉淵は石勒らを睨みながら言う。

「天命を知るのがずいぶん遅かったようだが……まあいい。お前達の帰参を認めよう」

石勒の背後でガタガタ震えていた張㔨督が突然声を挙げた。

「で、では! 我らの首にかかった金は取り下げて下さるのですね!ありがとうございます、ありがとうございます」

なんの話だという顔で劉淵は眉を寄せる。
石勒は落ち着いて劉淵に語りかける。

「陛下が我らにかけた懸賞金のことでございますよ。諸胡に触れてまわった、あの」

劉淵はふっと笑みを浮かべると言った。

「おお、そうであったな。あれは撤回するとしよう。そして張㔨督、そなたを親漢王しんかんおうに封じよう。馮莫突、そなたは都督部大ととくぶだいだ。衆とともに、これからは我が漢王朝のために尽くせ」

「ハハァ! ありがたき幸せ」

「それと石勒、お前はちょっと残れ。話したいことがある」

張㔨督と馮莫突は心配そうに石勒を振り返りながら部屋を去った。


 「お前は策略を用いてあの二人を帰順させたのだな。余はあの者らに懸賞金などかけてはおらんぞ。余が話を合わせられなかったらどうするつもりだったのだ」

「陛下は必ず瞬時に洞察してくださる。お会いしてから短い時間でしたが、そう考えました」

劉淵は玉座から降りると石勒のところまで歩いてきた。

「余には叶えたい夢がある。わかるか」

「匈奴が支配する大帝国の建設でございますか」

「違う! 胡人と漢人の壁がない融和の世界の実現だ」

石勒は意外の感に打たれた。
そんなにきらきらした綺麗な世界を目指すなら何故晋を目の敵にする。
石勒の考えを読んだかのように劉淵は続ける。

「匈奴が漢を支配する国を目指さないのか、そう思うか?我が匈奴の支配する世界を目指すのであれば、国号を漢などにはしないさ。余が目指すのは諸民族が融和し、隔てなく暮らす新しい世界だ。ただ、そういう世界を目指すにはまず荒療治が必要、余はそう考えている。腐り切った晋王朝はその根まで断ち切る。そのための軍旅である」

石勒は奴隷狩りの晋人達の下卑た顔や笑い声を思い出した。
膿や溝の臭いがする連中だった。
確かに、ああいった連中を滅ぼしてからでなければ、世界を再構築することはできない。
石勒は盲を開かれた思いで劉淵を見つめた。
劉淵は徐ろに腰に差した刀を抜いた。
その刀身には“滅賊めつぞく"という文字が刻まれていた。

「その夢を叶えるための爪牙が必要だ。できるか、石勒」

「ハッ!」

劉淵は刀の背で石勒の肩を軽く叩いた。

「お前を輔漢将軍ほかんしょうぐん平晋王へいしんおうに任じよう」

「陛下の爪牙となり、この身の尽きるまでお仕えします」

肩を叩かれた痛みなどないのに、そこから脳天まで熱くなっていた。
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