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残酷な描写あり R-15
第四話 石氏昌
 ベイは口笛を吹きながら街道を歩いていく。
街道沿いにはまばらにみすぼらしい民家や怪しげな商店がある。
城郭じょうかくの外に半ば自然に発生した、いわゆる“むら”であった。
三国時代の戦乱によって、外壁を構えた都市や街であるごうは諸勢力の攻略対象となり、荒廃するものも多かった。
戦火に郷や里を追われた者、あるいはかえって危険だと判断して自発的に離れた者。
彼らが作った城郭外の集落はむらと呼称された。
村という言葉は、後世には小集落の呼称として一般化することになった。
街道沿いの村の中に、今にも崩れ落ちそうな建物があった。
古ぼけた看板に武器の絵が描かれている。
ベイは、その店の扉をくぐった。
薄暗い店内に、剣や矛が架台にかけられて並んでいる。
店の外観とは裏腹に商品の手入れは行き届いているようだ。
店主らしき無精ひげの男は、いらっしゃいの一言もなく、ベイを睨みつけている。

「よう、親爺。この金で新しい剣を売ってくれよ」

ベイは帳場に師懽夫人からもらった路銀を置いた。
店主は虫歯だらけの黒い歯をむき出しにして、笑った。

「冗談言うな。これっぽっちじゃあ、釘ひとつ売れねぇよ。出直してきな」

ベイはこいつをひねり殺してやろうかと思ったが、やめて腰に提げている錆びた剣を帳場に置いた。

「こいつもつけるから、たのむよ」

「ゴミまで押し付けようったって、そうは問屋が………!」

店主は急に目をみはると、剣を持ち上げたり下ろしたり、なめるように調べだした。

「若いの、これ、しばらく預かってもいいか?そこで待っていてくれ」

しばらくすると、店の奥から何かを滑らせるようなシューシューという音がする。
ベイは店の床に座り、いつしか寝てしまった。

「おい、生まれ変わったぞ!見てみろ!」

ベイは起き抜けに自分の顔を見ることになった。
水鏡のように輝く刀身に、顔が映りこんでいるのだ。

「これがあの錆びた剣?すげぇな、親爺」

店主は得意満面で、ベイにその剣を渡した。
ベイが剣を振ると風を切る激しい音がなる。
刀身は薄暗い店内でも妖しくきらめいた。
柄の部分の朽ちたあつらえは、新しく簡素ながら頑丈そうなものに取り替えられていた。
研いだことにより、根本の篆刻てんこくが鮮やかに蘇っていた。
しかし、ベイには読めないのだ。

「この三文字、なんて書いてあるんだ」

店主は静かに返す。
「“石氏昌せきししょう”、石一族が盛んとなる、という予言の文句だな。あんた、名前が石とか、そんなことは」

「ねぇな。この剣だって、人の畑で拾ったんだ」

店主は咳払いをする。

「だとしても、何らかの導きがあってあんたのところにその剣は来たんだ。いい剣は持ち主を選ぶという。せいぜい大切に使うんだな」

ベイは研ぎ代として、路銀を置いた。しかし、店主はズイとその代金を押しかえすのだった。

「久々に良い剣を見させてもらった。お代はいらねえよ」

ベイは口笛を吹きながら店を後にした。
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