残酷な描写あり
R-15
第三話 盗賊
ベイは馬鍬で黙々と畑を耕していく。
他の小作農たちが休憩をする時間になっても、ひたすら器械のように鍬を振るい続ける。
その姿は同輩達にとって、不気味ですらあった。
しかし、主人である老農場主の師懽は感心しているようだ。
「わしゃ良い買い物をしたわい。よし、昼の間はお前の鎖をといてやろ……」
「いけません!あなた、そうやって胡人なんかにすぐ気を許して!油断して、お金や命をとられた人だっているんですからね!」
すごい剣幕でまくしたてるこの女性は、師懽の後妻だった。
師懽はこの三十がらみの顎の尖ったやせぎす女に頭が上がらない。
しばらくは言い争っていたが、結局折れたのは師懽のほうだった。
「いつかはお前に報いてやろうの」
ベイはぺこりと頭を下げた。
日が落ち、農具を片付け、小鳥の飯のような分量の飯を食う。
師懽の嫁が勝手に農奴の飯を減らしているのだ。
ごろりと牛小屋の片隅に敷かれた筵に横たわる。
あの程度の作業で疲れるほどヤワな肉体ではないが、腹が減るのは耐えられない。
あまりに腹が減りすぎて、眠れない。
時折、藁の中にある錆びた剣をなでる。
畑を耕しているときにまた例の角笛のような音が聞こえ、音のする方を探っていて見つけたものである。
師懽らには黙って隠している。
刃の根本に何か彫ってあるが、読めない。
ベイの部族に文字はなかったし、漢字も読めないのだ。
剣を藁に戻して、ため息をつく。
「いつまでもこれはねぇなー」
ひとりごちるベイの耳にかすかな物音が入った。
◇
牛小屋の壁の隙間から主人の家を見ると、塀の周りに数頭の馬がいる。
頭巾を被った複数の男が、爪のついた縄を塀の内側に投げ込むと、それを伝って鮮やかに登っていく。
野盗だ。
この屋敷に、例の盗賊が侵入してきたのだ。
男達は塀を登りきると縄を引き上げていく。
ベイは腰に錆びた剣を差し、塀に近づいた。
馬はその姿を見ていななこうとしたが、ベイがひと睨みすると大人しくなった。
ベイは素手で土塀を掴む。
強靭な握力が壁に穴を穿つ。
力ずくでよじ登る。
満月の中、塀の上に立ったベイは、深呼吸すると静かに庭に降り立った。
物陰に隠れながら賊の動向を探る。
何人かに分かれているようだ。
ベイは自分の位置から近い二人組を尾けることにした。
二人組の片割れが小声で言う。
「なあ、いいだろ?すぐにすませるからよ」
「ちっ、好きだねぇお前も。ドジるなよ」
さらに分かれる。先に話した男を尾ける。
男は家の奥の、師懽の後妻の部屋に入っていった。
男は後妻の布団に手を伸ばし、下卑た笑いを浮かべた。
後妻は目を覚まし、悲鳴をあげようとしたが、男の手がその口を抑える。
「おとなしくしな。畜生働きの楽しみっつったら、これだけだぜ」
「そうかい。残念だったな」
ベイは背後から男の首を掴み、勢いよく回転させた。
◇
ベイは中庭に盗賊の死体を引きずり出し、ガビガビに錆びた剣を振りかざすと、吠えた。
「やい!泥棒ども!お仲間が一人あの世にいったぞ。おめぇらもすぐに後を追わせてやるから、かかってきやがれ」
暗闇の中で、野盗達は事態の急変を知った。
「ひょほほ、優秀な番犬がいたようだ」
「笑っている場合か。どうする」
「不測の事態のときは元を取ろうとするな。ドツボるから。とはお頭の教えだ。戻るぞ」
盗賊はそれぞれ塀を登り、去っていった。
「なんじゃなんじゃ、なんの騒ぎじゃ?」
目を擦って出てきた師懽は、庭の死体を見て腰を抜かしてしまった。
翌朝、師懽とその妻がベイを呼び出した。
「我が妻を助けてくれて、本当にありがとう。他に盗られたものもなかったし、感謝してもしきれんわい」
「いえいえ、当然のことっすよ」
ベイはちらりと師懽の妻を見やった。
「あ、あなた。この人を自由にしてあげましょうよ。恩人を奴隷にしておくなんて、かわいそうじゃない」
「おお、わしもそれを考えておったのじゃ。お前がいいのなら、そうしようぞ」
師懽は脚の鎖を外してくれ、まともな着物を着せてくれた。
師懽の妻は、へそくりの一部を荷物に忍ばせてくれた。
ベイは出発前、塀の周りに残る蹄の痕を見ると、門扉に戻ってきた。
「あと一つ、頂きたいものがあるんです。いいすかね」
こうして自由とまともな服とお金と、そして盗賊の生首を手に入れたベイは、錆びた剣を天にかざして歓喜の雄叫びをあげた。
そして、見送る師懽夫妻に白い歯を見せて笑うと子どものように大げさに手を振って去るのだった。
他の小作農たちが休憩をする時間になっても、ひたすら器械のように鍬を振るい続ける。
その姿は同輩達にとって、不気味ですらあった。
しかし、主人である老農場主の師懽は感心しているようだ。
「わしゃ良い買い物をしたわい。よし、昼の間はお前の鎖をといてやろ……」
「いけません!あなた、そうやって胡人なんかにすぐ気を許して!油断して、お金や命をとられた人だっているんですからね!」
すごい剣幕でまくしたてるこの女性は、師懽の後妻だった。
師懽はこの三十がらみの顎の尖ったやせぎす女に頭が上がらない。
しばらくは言い争っていたが、結局折れたのは師懽のほうだった。
「いつかはお前に報いてやろうの」
ベイはぺこりと頭を下げた。
日が落ち、農具を片付け、小鳥の飯のような分量の飯を食う。
師懽の嫁が勝手に農奴の飯を減らしているのだ。
ごろりと牛小屋の片隅に敷かれた筵に横たわる。
あの程度の作業で疲れるほどヤワな肉体ではないが、腹が減るのは耐えられない。
あまりに腹が減りすぎて、眠れない。
時折、藁の中にある錆びた剣をなでる。
畑を耕しているときにまた例の角笛のような音が聞こえ、音のする方を探っていて見つけたものである。
師懽らには黙って隠している。
刃の根本に何か彫ってあるが、読めない。
ベイの部族に文字はなかったし、漢字も読めないのだ。
剣を藁に戻して、ため息をつく。
「いつまでもこれはねぇなー」
ひとりごちるベイの耳にかすかな物音が入った。
◇
牛小屋の壁の隙間から主人の家を見ると、塀の周りに数頭の馬がいる。
頭巾を被った複数の男が、爪のついた縄を塀の内側に投げ込むと、それを伝って鮮やかに登っていく。
野盗だ。
この屋敷に、例の盗賊が侵入してきたのだ。
男達は塀を登りきると縄を引き上げていく。
ベイは腰に錆びた剣を差し、塀に近づいた。
馬はその姿を見ていななこうとしたが、ベイがひと睨みすると大人しくなった。
ベイは素手で土塀を掴む。
強靭な握力が壁に穴を穿つ。
力ずくでよじ登る。
満月の中、塀の上に立ったベイは、深呼吸すると静かに庭に降り立った。
物陰に隠れながら賊の動向を探る。
何人かに分かれているようだ。
ベイは自分の位置から近い二人組を尾けることにした。
二人組の片割れが小声で言う。
「なあ、いいだろ?すぐにすませるからよ」
「ちっ、好きだねぇお前も。ドジるなよ」
さらに分かれる。先に話した男を尾ける。
男は家の奥の、師懽の後妻の部屋に入っていった。
男は後妻の布団に手を伸ばし、下卑た笑いを浮かべた。
後妻は目を覚まし、悲鳴をあげようとしたが、男の手がその口を抑える。
「おとなしくしな。畜生働きの楽しみっつったら、これだけだぜ」
「そうかい。残念だったな」
ベイは背後から男の首を掴み、勢いよく回転させた。
◇
ベイは中庭に盗賊の死体を引きずり出し、ガビガビに錆びた剣を振りかざすと、吠えた。
「やい!泥棒ども!お仲間が一人あの世にいったぞ。おめぇらもすぐに後を追わせてやるから、かかってきやがれ」
暗闇の中で、野盗達は事態の急変を知った。
「ひょほほ、優秀な番犬がいたようだ」
「笑っている場合か。どうする」
「不測の事態のときは元を取ろうとするな。ドツボるから。とはお頭の教えだ。戻るぞ」
盗賊はそれぞれ塀を登り、去っていった。
「なんじゃなんじゃ、なんの騒ぎじゃ?」
目を擦って出てきた師懽は、庭の死体を見て腰を抜かしてしまった。
翌朝、師懽とその妻がベイを呼び出した。
「我が妻を助けてくれて、本当にありがとう。他に盗られたものもなかったし、感謝してもしきれんわい」
「いえいえ、当然のことっすよ」
ベイはちらりと師懽の妻を見やった。
「あ、あなた。この人を自由にしてあげましょうよ。恩人を奴隷にしておくなんて、かわいそうじゃない」
「おお、わしもそれを考えておったのじゃ。お前がいいのなら、そうしようぞ」
師懽は脚の鎖を外してくれ、まともな着物を着せてくれた。
師懽の妻は、へそくりの一部を荷物に忍ばせてくれた。
ベイは出発前、塀の周りに残る蹄の痕を見ると、門扉に戻ってきた。
「あと一つ、頂きたいものがあるんです。いいすかね」
こうして自由とまともな服とお金と、そして盗賊の生首を手に入れたベイは、錆びた剣を天にかざして歓喜の雄叫びをあげた。
そして、見送る師懽夫妻に白い歯を見せて笑うと子どものように大げさに手を振って去るのだった。