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作者: 遠堂沙弥
残酷な描写あり
71 「捜索」
 ミリオンクラウズ警備隊による捜索は、主に夜に行なわれた。
 日中は気温が高すぎる為、警備隊の体調を優先し、視界は悪くなるがそれぞれが使役しているフクロウや狼などを放って、怪しい人影や痕跡などを探し続ける。

「でも先遣隊によれば、獣人のやつは動物を操るんだよね? 私達が使役しているとはいえ、この子達まで操られたりしたら意味なくない?」
「かといって魔法で明かりを煌々と照らして探し回ったら、目立って仕方ないじゃない。私達は夜目が利くわけじゃないんだし」
「獣人なんだから鼻も利くんじゃないの? そんなの逃げられるに決まってるじゃん」

 三人でグループを組み、上空から捜索を続ける魔女達。
 ある程度の情報は伝わっているとして、どうせ見つからないという諦めから警戒が緩んでしまっている。
 ミリオンクラウズ警備隊全員には、毒疫の魔女に関する情報は伝わっているはずだ。
 それでも実際に彼女に会ったわけでも、毒疫の恐ろしさを体験したわけでもない魔女達にその危険度は上が思うように伝わっているわけではなかった。
 せいぜい「毒を使うから危険」という程度だろう。その範囲、即効性、毒の種類、その全てを軽く見積もっている。
 だからこその気の緩み、加えて見つかりっこないという思考が捜索を怠ることにつながっていた。

 そんな時、フクロウが慌てて飛んで来るのが見えた。
 あまりに切羽詰まった様子なので、魔女三人は即座に気を引き締める。
 フクロウは自分の主人であるショートカットヘアの魔女――ユズリハの腕に止まり、ホウホウと鳴きながら報告を始めた。
 魔女は動物の言葉がわからない。しかし使役した動物ならば、意思疎通は可能となる。
 会話をしているように見えても、実は言葉が通じ合っているわけではない。
 なので他の二人の魔女には、そのフクロウがどのような報告をしているのか聞き取ることは出来ていなかった。
 フクロウの主人である魔女は頷きながら、だんだんと顔色が悪くなっていく。
 同時に焦燥に満ちた表情へと変わり、その額にはうっすらと冷や汗が滲んでいた。

「クラウズキャニオンの辺りに、瘴気みたいなものを見つけたって……」
「それって、毒疫の魔女の……?」
「……とにかく、行きましょう。早いとこ終わらせたい……」
「えぇ……」

 ユズリハがライザへの報告を命じると、フクロウは真っすぐにミリオンクラウズの宮殿がある方向へ飛んで行った。
 それから三人は互いに目配せすると、クラウズキャニオンへ向かう。

 ***

 あらゆる方角から見ても、岩壁が遮蔽して完全な死角となっている横穴を発見した。初めはそこに横穴があることすらわからなかったが、周囲に漂う瘴気で発見に至った。

「ここまで酷いのは初めて見た……」
「つーかこれ、どうしたらいいの? 触れたりしたら絶対に身体に悪いでしょ」

 上空から瘴気を視認してから、三人はそのまま次の行動を取れずにいた。
 横穴から漏れ出るようにおぞましい色をした瘴気が、まるでここから先の侵入を拒絶しているかのように見える。

「中にいるの? それとも残り香的なやつ?」
「そんなのわかんないよ」

 両サイドに短い三つ編みをした若い魔女――カノアが、狼狽えながら答える。
 三人の魔女の脳裏には「近付きたくない」「帰りたい」という言葉がよぎった。
 明らかに禍々しいその雰囲気に圧倒されていると、ミリオンクラウズ宮殿の方角から数人の魔女がやって来るのが見える。

「ライザ様が増援を寄越してくれたのかな?」
「いや、ユズリハのフクロウが宮殿に到着するには早すぎるわ」
「じゃああれは何の……」

 そこまで言うと、最も早いスピードでいち早く到着したカーリーヘアの魔女――ユナハが深刻そうな表情で報告した。

「全員、毒疫の魔女捜索を中止!」
「えっ!? どうして?」
「だってここに毒疫の魔女のものらしき痕跡が……」

 ユズリハが瘴気の辺りを指さすと、ユナハは不快そうな表情で小さく答えた。

「あれはもう、もぬけの殻よ。毒疫の魔女の痕跡ね。ここだけじゃない……、ところどころに点在してたわ」
「えっ!? これと同じようなものが!? あちこちに!?」と、驚きの声を上げるカノア。
「えぇ、そうよ。だから今、浄化の魔女マルタを筆頭に瘴気を浄化させる作業が行われてるわ」

 それが事実であるなら、もっと早くにそういった報告があってもいいはずだと三人の魔女は思った。
 でなければ、危うく毒疫の魔女による瘴気を調べに行ってしまうところだった。
 三人の魔女の怪訝そうな表情を見て、それも致し方なかったとでも言うように、ユナハが報告を付け加える。

「……毒疫の魔女が発見されたのは、つい今しがたなの。浄化作業が始まったのも数分前。だから別にあなた達への報告が遅れたわけじゃないわ。むしろ、だからこそ大急ぎで報告しに来たのよ」
「えぇっと、あの……。なんかすみません」
「とにかく各隊、使役している者を使って瘴気を一つ残らず発見すること。これが公王様とライザ様より命じられた、新たな任務よ。これを一つでも見逃してしまえば、人間に……生物にとって命に関わる問題になってしまうわ」

 ユナハは彼女達に与えられた任務が変更したことを伝えた。
 これはもはや、一部の魔女以外が毒疫の魔女と関わることを避ける為という意味だと。
 三人の魔女は察した。
 しかし念の為に、長い銀髪を綺麗に編み込んだ魔女――リリエルがユナハに訊ねる。

「毒疫の魔女は、どこで見つかったのですか?」
「……毒疫の魔女が元いた場所、密林よ」
「え? それじゃあ、結局自分の居場所に戻ったと?」
「そうなるわね」

 三人はほっと胸を撫で下ろした。
 瘴気を探し出してそれを浄化するという大きな仕事が残ってはいるが、少なくともその瘴気の発生源である毒疫の魔女がそこら中を歩き回っているわけではないことがわかって安心した。
 もちろんユナハは、三人ほど悠長な表情は見せていない。
 何も解決していないことが、その顔に表れている。

「とにかく、早いところ任務を開始してちょうだい。私達はまだ報告が行き渡っていない魔女に報せに行かないといけないの」
「はい! すみませんでした!」

 三人は背筋を伸ばして、右の手の平で心臓の辺りに触れるような仕草をする。
 これはミリオンクラウズ警備隊だけではなく、国に仕える者全員が忠誠を誓う時に使われる敬礼のようなものだ。
 それを見届けたユナハは頷き、それから他の魔女達と共にまた別の場所へと飛び去って行った。

 残された三人は神妙な面持ちでしばらく無言になった後、思ったことを何でも口にするカノアがぼそりと呟いた。

「あの様子だと……、毒疫の魔女はもう討伐対象ってことだよね……」
「そんなの、もうとっくに討伐対象よ」

 呆れたように、だけれどどこか諦めたように、そう返すリリエル。
 三人の表情は浮かない。
 それは毒疫の魔女の身を案じているという意味では決してなかった。

「逆らえば、保護対象としていたはずの魔女でさえ見切りをつける。危険と判断されれば、私達だってそうなりかねないって意味よね……」
「余計なことは考えない! 今は任務に集中するのよ? いいわね!?」

 怯えながら吐露したユズリハに、リリエルは精一杯声を張る。
 二人が、自分が余計なことを考えないように。
 ミリオンクラウズ公国に対する、聡慧の魔女ライザに対する信仰にも近い感情が絶対にブレてしまわないように。
 魔女が魔女として安全に生きる為には、ここで暮らしていく他ないのだから。

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