▼詳細検索を開く
作者: 遠堂沙弥
残酷な描写あり
49 「遠雷の魔女は語らない〜雷の精霊フルメン〜」
 僕は首輪を着けていない猫ちゃんを見つけては、自分のお家に連れ帰ることにした。
 だけど野良猫ちゃんは、そう簡単に僕について来てくれないのがほとんど。だから僕はいつもお魚を持ち歩くようにした。
 野良猫ちゃんを見つけたら、お魚をあげる。毎日あげる。
 その内、決まった場所に集まるようになる。
 取り合いにならないように、たくさん用意した。
 お野菜とかお肉をたくさん用意することは、今の僕には難しいけど、お魚なら簡単だ。

「おい、聞いたか。最近この近くにある川で……」
「あぁ知ってる。魚の量が……」
「誰だよ、大量に捕獲してる奴は……」

 そんな声が聞こえるけど、でもあそこでお魚を獲っちゃいけないってルールはなかったはずだ。神父様も言ってた。
 お魚は川で捕まえて、焼いて食べるといいって教えてくれたもん。
 でも僕は釣竿とか持ってないから、魔法を使って捕まえることにしたんだ。あの時と一緒。湖に浮かんだいじめっ子。
 水に向かって雷魔法を撃てば、面白いくらい魚が浮かんでくる。
 僕はそれを拾って集めるだけ。釣竿で長い時間かけて釣ろうとするよりずっと簡単だし、何より早い。
 僕はお魚を獲っているだけで、人間は傷付けていないもの。
 だから僕は何も悪くない。

 ***

 ある晩、変な夢を見た。
 雷みたいに全身がパチパチしてる子猫の姿をした何かが、僕の前に立っている。
 僕がきょろきょろしていると、子猫が話しかけて来た。

『初めまして、システィーナ』
「えっ? えっと、あの、初めまして? なんで僕の名前を知ってるの?」

 子猫が話しかけてきても、僕は何も変だとは思ってなくて。それが当たり前だと思って返事をする。
 そしたら子猫は笑ったような表情をした。

『君のことは、ずっと見てたよ。私の力に目覚めた時から、ずっとね』
「猫ちゃんの力?」
『そうか、君には私の姿が猫に見えているんだね』
「???」

 何を言ってるのかわからなかったけど、子猫は丁寧に教えてくれた。

 子猫の名前はフルメン、雷の精霊だって。
 雷の精霊の姿は不定形だから、対話相手が一番安心する姿に模して姿を現すみたい。
 そして僕の魔女の特性は、雷という自然の力を操る力。
 僕が最近とっても弱いけど雷の力をよく使うようになったから、お話しに来たんだって。 

『私と契約を結べば、もっと強く、効率良く雷の力を行使することが出来るよ。私はねシスティーナ、君と契約を交わしたくて、こうして夢の中に現れたんだ』
「よく、わかんないよ。別に今、物足りないって思ってるわけじゃないし……」

 雷の精霊フルメンは続けた。
 彼? 彼女? と契約を結べば、雷の力を使う時に失敗することは絶対になくなる。
 力の強弱も思い通りになって、ちょうどいい具合に雷を出すことが出来る。
 望めば、マナ切れを起こすことなく、もっと強い雷を出すことが出来る。

 そう言われたって、僕はわからない。
 僕が雷の魔法を使う時は、川でお魚を獲る時だけだから。
 魔法を放った時に力が強すぎたり弱すぎたりする時があるけど、でも強かったらお魚以外にもたくさん獲れるようになるだけだし。
 弱すぎても小魚とか貝とか、ちっちゃいのが獲れるからそれでもいいって思ってるし。

『ふふふ、焦らなくていいよ。私の力が必要になったら、私の名前を呼ぶといい』

『雷の精霊フルメンと契約を結ぶ、と。そう言ってもらえば、即座に私の力が行使出来るようにしてあげる』

『忘れないで。私と契約を結べる魔女は限られている。君はそれに選ばれた、特別な魔女だということを』

『君を選んだ証に、ひとつプレゼントを贈ろう。それを使えば契約していなくても、少しばかり私の力を行使出来る。便利なものだ』

『もっとも効果があるのは、小動物くらいだけれど。今の君は猫を集められればいいんだろう? これで効率良く猫を集められるはずだ』

『安心して』

『私はずっと君のそばにいるよ。ずっと見守っている』

『ずっと、待っているからね』

 ***

 変な夢を見ちゃった。
 大体起きた時には忘れてるのに、今日の夢ははっきり覚えてる。
 どうしよう、神父様に相談した方がいいのかな。

「ん?」

 何か握りしめてる。
 右手の中にあるものを見ると、見たことない笛があった。

「もしかして、これがプレゼント?」

 ピーッて吹いてみた。
 吹いた瞬間だけ、笛が黄色く光った気がする。
 そしてほんの少しだけ魔力が吸われたような。
 フルメンの話にあったマナってやつかな。

「にゃーん」

 今、僕のお家にいる猫ちゃんは五匹。
 大体家のどこか、外のどこかに散らばっててみんなが集まることは滅多にないのに。
 一斉に僕のところに集まってくる。

『これで効率良く猫を集められるはずだ』

 そうか、この笛を吹けば猫が寄ってくるのか!
 これなら毎日探してこつこつ食べ物をあげて、心を開いてくれるまで待たなくても、お家にすぐ連れて行ける!
 そしたらお家で、心を開いてくれるまで食べ物をあげればいいんだ。 

 ***

 猫ちゃんの王国を作る為に、僕は猫ちゃんが住みやすいように家の中を改造することに決めた。
 でも僕は大工さんみたいなことが出来ないから、町の人にたくさん物を売ってお金を稼ぐことにした。
 フルメンが言ったみたいに、僕はまだ魔法を上手く使えないけど。それでもたくさん練習していく内に、なんだか少しは思う通りに使えるようになってきた。

 町の人は動物やお魚だけじゃなく、魔物も必要としてた。
 魔物は人間にとって恐ろしい生き物だし凶暴で強いから、戦うことが出来る職業の人を雇って、魔物から獲れる素材とかお肉が欲しいみたい。
 しかも動物やお魚より、もっとずっと高いお金で買い取ってくれる。
 だから僕は魔物狩りを始めた。

 最初は猫とかリスくらいの小さな魔物から始めようかと思ったけど、指先で一直線に向かっていく雷の魔法は全く当たらなかった。
 小さければ小さいほど、その的に当てるのが難しいし、何より素早い動きで逃げていくから全然だった。
 次に僕が狙った魔物は、大型犬とか熊とか、それくらいの大きさの魔物。大きいから素早くないってわけじゃないけど、的は大きい。
 落ち着いて撃てば当たってくれる。
 でも獲物が大きいと僕一人の力じゃ運べなかった。
 倒した後に解体屋さんを呼べば、到着した頃には気絶していた魔物が逃げた後か。他の肉食の魔物に取られた後だったりする。
 かといって「魔物を狩るのでついて来てください」って言っても、魔女の僕を信用する人なんて一人もいない。
 何も上手くいかない……。
 僕に動物や人間を操る力があればよかったのに……。
 
「ん? そういえば」

 フルメンからもらった笛、小動物にしか効果がないって言ってたけど。もしかして小型の魔物もこれで連れ回すことが出来る?
 まだ何も上手くいってないから、試してみよう。

 ***

 一角うさぎ、カーバンクル、ワーム、アルラウネ。
 動物の魔物はお肉、角、爪、骨、色んな素材が取れるから、丸ごと売ることが出来た。
 殺すのはちょっと怖かったから、魔法で気絶させてロープで縛って持って行く。変な顔されたけど、商売だからそれ以上聞かれたりすることはなかった。
 僕には価値がわからなかったけど、魔法植物がとっても重宝されることがわかった。
 なんでも魔法植物は色んなお薬を作れるから、とっても貴重なんだって。魔法植物は普通の植物、ハーブとかと違って人間の知識だけじゃ育てることが出来ないんだって。
 魔法植物を育てたり出来るのは、それに特化した魔女だけ。
 魔女は薬草とか、そういう植物の知識がものすごいらしい。だけど僕にそんな知識はないから、収穫した魔法植物からお薬を作って売ることは出来ない。調合した後のお薬の方が高く売れるから。
 でも元となる材料だけで、十分な額になった。

 僕はしばらくお金を稼ぐことに専念する。
 一ヶ月位で今までに見たことがない位のお金を稼いで、僕はそのお金で大工さんを雇った。
 お家の修繕とちょっとした増築、猫ちゃん専用の遊び場。
 他にも家具を直してもらったり、新たに作ってもらったり。
 お金はそれで全部無くなっちゃった。
 でも稼ぎ方はわかったから、猫ちゃんを集めつつ、魔物狩りや魔法植物の収穫を毎日続ける。
 僕の生活サイクルが出来てきた。

 毎日のように町に来ては、品物を売って、笛を吹きながら猫集め。
 ピーピー笛を吹き鳴らし、まだまだそこら中から猫ちゃんがふらりと出てくる。
 出てきた猫はまるで僕に懐くように甘い声で鳴いて、僕の後について来た。一列になってついて来る。まるで猫の行進だった。
 僕はそれが楽しくて、気付かなかったんだ。
 いつの間にかこの町で、僕は有名人になっていたことを。

「孤独の魔女」
「魔物狩りの魔女」
「猫狩りの魔女」

 僕が川でお魚を獲るところ、そして魔物を狩っているところを見た人が口にした。

「町外れの魔女は、電撃の魔法を使う」

 そしていつしか、誰からともなく、知らない内に僕はこう呼ばれていた。

「遠雷の魔女システィーナ」と。

 ***

「システィーナ、最近どうかね」
「? 何が? 順調だよ、神父様」

 ここでの生活を始めた頃、毎週一回来てくれた神父様。
 色んなことを教えてもらって、自分で考えるってことも教えてもらった僕は、だんだんと神父様を頼らなくなって来てた。
 もちろん神父様が訪ねてくれるのはとっても嬉しかったよ。
 この家に遊びに来てくれる人は神父様だけだもの。
 でもここ最近、僕は自分一人でもなんとかなるようになってきて、神父様に教えてもらうことが少なくなってきたと感じてた。
 だから週に一回来てくれてたのが、二週間に一回になっても気にならなかった。
 寂しさを無くしてくれる猫ちゃんのお友達も、今は五十匹を超えてる。お金を稼ぐこと、猫ちゃんのお世話をすることで、僕の一週間は一杯一杯だった。

「町の人から聞いたよ。川で魚の乱獲をしてるようだね。しかも魔法を使って」

 僕はちょっとムッとした。

「だって僕は釣竿とか持ってないし。魔法を使えばあっという間にたくさん獲れるんだよ。効率いい方がいいに決まってる」

 いつもなら僕の気持ちを理解して、優しい笑顔で認めてくれるのに。今日はそんなこと全然なかった。いつもの神父様と違う。
 もしかして町の人に何か言われた?

「システィーナ、魔女の生計に関して私も詳しいわけじゃない。きっとシスティーナがしているようなことで、収入を得ているのだと思っている」
「じゃあそれでいいじゃないか。何が問題なの? 僕はこうしないと生きられないんだから。普通の人間と違って、どこも雇ってくれない。だったら自分の力でお金の稼ぎ方を考えるしかないじゃないか」

 そうだよ、元はと言えば町の人が僕を雇ってくれないから。
 魔女って理由だけで、誰も口を利いてくれないからじゃないか。
 僕は僕なりに生きていく為に、猫ちゃんの王国を守る為に頑張ってるだけなんだ。

「だけどシスティーナのやり方は極端なんだよ。川に生息している魚を乱獲すれば、生態系が崩される。そうすると」
「難しいこと言われてもわかんないよ! なんで僕が獲ったらダメなの? 人間だってあの川でお魚を獲ってるのに! それは良くて、どうして僕だけダメって言われなくちゃいけないんだよ! おかしいよ!」

 なんだか胸の奥がムカムカしてきた。
 どうして? 神父様だけは僕の味方だと思ってたのに!

「私はシスティーナの為を思って」
「だったらどうして! どうして一緒に暮らそうって言ってくれなかったの!?」
「……っ!」

 そうだよ、全部神父様が悪いんじゃないか!

「神父様が一緒に暮らそうって言ってくれたら、僕はもっと他に何か出来たかもしれないじゃないか! でもそうしなかった! 本当は僕と一緒に暮らすのが嫌だったくせに! こういう時だけ優しくするのずるいよ! 卑怯だ!」

 僕は立ち上がって神父様に背中を向ける。
 もう僕の味方をしてくれない神父様の顔なんて、見たくない!
 神父様も町の人達と同じだ。
 僕が嫌いなくせに、優しくしないくせに、無視するくせに。
 僕のやることにだけは口出しする!
 存在を否定してくる!

「もう帰ってよ」
「システィーナ……」
「もう二度と来なくていいから!」
「話を……」
「帰れっ!」

 バリッて僕の全身から魔力が弾けた。
 こんな風になるのはどれ位ぶりだろう。

「あっ……!」

 僕は胸がズキンってして、後ろを振り向く。
 神父様が椅子から落ちて尻餅をついていた。
 もうおじいちゃんの年齢だから、僕の魔法に触れたりしてたら死んじゃう……。

「神父……様、大丈……」
「大丈夫だよ。当たってはいなかったから」

 僕の雷の魔法、当たってなかったのか。
 良かった。本当に良かった。
 神父様を殺すことにならなくて。

「そう、良かっ……」
「システィーナ、わかったよ」
「え?」
「私はもう、二度とここに来たりしない」

 また心臓の辺りがズキンって痛くなった。
 僕から言ったのに、神父様の口で言われるとすごくショックだ。
 神父様が立ち上がってゆっくりと、僕の魔法のせいで驚いた神父様はふらふらになりながら玄関に歩いて行く。

「心を改めたら、また来るといい。私はいつまでも待っているからね」

 そう言って神父様は出て行ってしまった。
 一人残された僕が呆然として、そのまま立ちっぱなしになってると猫ちゃんが鳴きながら僕の足にすりすりしてくる。
 僕は猫ちゃんを抱き抱えて、僕も猫ちゃんに頬を寄せてすりすりした。

「大丈夫だよ、僕は大丈夫。猫ちゃん達がいるから全然寂しくないからね」

 今は無理かもしれないけど、いつかきっと神父様はわかってくれる。
 僕が何も間違ってなんかいないって。
 魔女の生き方はこれしかないんだって、きっと。

 でも、そのいつかはーーとうとう来なかった。

 ***

 三日後、町へ行くと暗い雰囲気に包まれてて、どのお店も閉まってる。明るい色合いだったオーニングやシェードには、黒い布が被さってて、より一層暗い雰囲気になっていた。
 誰かのお葬式かなと、ふと思ったけどこんなにまでしていたことなんて一度もない。
 教会へ向かう人々はみんな喪服を着てて、ピンク色のフードマントを着てる僕がやけに目立つ。
 喪に服した住民の一人が僕に気付き、怒声を浴びせる。
 それに倣って次々と僕を罵倒して、石を投げつけてきた。
 わけがわからない僕は急に昔を思い出す。そういえばいつの間にか石を投げつけられるようなことがなかったことを。
 そう、僕は魔女。人々に忌み嫌われる存在。それを忘れるなんて。
 でもそれにしては急だと思った。いつものように町に来ただけなのに。もしかして教会に近付かない約束を?
 破ってないよ。だって遠くの方に、教会の屋根の先端にある十字架が、ちょっと見えるだけの距離なのに。
 町の人が叫んだ。

「エイデル神父の葬儀に参列なんてさせないぞ! 忌まわしい魔女め!」

 え……、今……なんて……?

「あんたの家に行って帰ってから、容体が急変したのよ!」
「いくら神父様の頼みでも、これはもう限界だ!」
「人殺し!」
 
 神父様が、……死んだ?

 僕は目の前が真っ暗になった。
 頭の中がぐわんぐわんする。
 耳が遠くなったみたいになって、みんなの声が聞こえない。
 大きめの石が飛んできて、それが僕のおでこに当たった。
 僕は逃げる。
 前と同じように、いつもと同じように、泣きながら走って逃げた。

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だああああ! うわああああ!」

 悲鳴のような声を上げた。
 こんな風に泣き叫んだのは、生まれて初めてだった。

「約束したのに! また会いにおいでって! いつまでも待ってるって言ったのにいいい! うわああああ!」

 違う。
 僕が言ったんだ。
 もう来ないでって。
 神父様の顔なんて見たくないって。

 嘘だよ!
 違うよ!
 
 ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!

「また僕を独りぼっちにしないでよおおおお!! うわああああん!」

 雨が降ってきた。
 お空も泣いてる。
 ぬかるんだ土に足を取られて、僕は転んで泥が全身にかかった。
 ぐじゅぐじゅの泥になった土を握りしめて、僕は大声で泣き叫ぶ。
 赤ちゃんみたいに、みっともなく、顔をぐしゃぐしゃにしながら、醜い顔になりながら、僕はこれでもかって位に泣いた。

「助けてよぉお、誰か僕を助けてええ。うああああ、やだあああ、リックううう、早く会いたいよおおお」

 助けてよ、僕を助けてよ。
 辛すぎて、悲しすぎて、何もかもが嫌で、もう生きていくのも嫌になる。
 こんなことばっかりで、もううんざりだ。
 誰か僕を殺してよおおお、もう一人は嫌なんだ。
 孤独じゃない時を知ってから、一人になるのが怖いんだよ。

「こんなことなら、ずっと一人でいた方が良かった……」

 僕は恨む。

「誰かと一緒にいることが楽しいって、最初から知らなければ、こんな気持ちにならずに済んだのに……」

 僕は僕を恨む。

「でも、嫌なんだ……。もう一人でいるのは……」

 知ってしまった僕を恨む。
 僕は、孤独を恐れる魔女の僕を、誰よりも恨んだ。
Twitter