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作者: 遠堂沙弥
残酷な描写あり
9 「事件」
 そしてまた翌朝、ルーシーはニコラと共に早朝の日課である植物の水やりと名称を記憶する修行をし、朝食を食べてから再びスノータウンへと向かう。
 この間世話になったトナカイを呼ぶ為に口笛を吹くニコラ。

「あの、村まで運んでもらうトナカイはいつもあのトナカイなんですか?」
「そういうわけじゃないけどね。他のトナカイは人間に対する警戒心が強いから、口笛を吹いてもなかなかここまで寄って来ないのさ。あのトナカイは好奇心が強いんだろう。それに人間を小馬鹿にしようとする知能もある。だから自然の流れであいつが来るようになったのさ」
「それじゃあ今日はそのトナカイに色々聞いてみましょうか?」

 初めて自分から提案してきたルーシーの言葉に、ニコラは意外だという表情で興味が湧いた様子だ。
 いつもはニコラに言われたことをただ素直に聞くだけのルーシーが、自分から行動を起こそうと口にしたのはこれが初めてのことだったので、とても珍しいと思う以上に良い傾向だとニコラは思ったのだ。

「何て聞くつもりなんだい」
「いつも同じトナカイにお願いするんじゃ負担だろうと思いますし、他のトナカイの協力も得られたら荷物を運ぶ為のソリの重さを軽く出来ると思って。私たちを乗せて、重たい荷物まで引かせたら、なんだか可哀想だと思ったので」
「そういうことならお前に任せるよ。好きにしてみるといい」

 ルーシーの積極的な行動を促してやりたくなり、ニコラは黙ってその様子を見守ることにした。トナカイがソリを引くことに対して負担になっているかどうかは別として、頭数が増えればその分運ぶ荷物も増やせるだろうし、ルーシーの能力を改めて確認することにもなる。
 そんなことを考えている間に例のトナカイが再び姿を現した。しかしいつもと違ったのは、そのトナカイは普段ならば木々の間から最初はこちらの様子を窺うだけで、すぐ家の方まで歩いてくることはなかったのだ。
 しかし今回は自分の方からつかつかとルーシーのそばまで歩いてきた。警戒心の強いトナカイとは思えない懐きっぷりに、ニコラは驚きを隠せない。

「おはよう、トナカイさん。今日もお願いしたいんだけど、その前にお話があるの。聞いてもらえる?」
『お前の言うことなら聞くよ。なぜだかそうしたい気分というか、お前の頼みを断れない気持ちなんだ』
「断れない気持ち……? えっと、それはなんだか私にもよくわからないんだけど。えっとね、話というのは……」

 この間のトナカイであることに間違いはないが、初めて会った時に比べると明らかに態度が違っていることにルーシーは気付いていた。
 最初にニコラと話していた時は、もっと生意気で時々乱暴な言葉使いをするようなトナカイだったはずだ。
 それが今はとてもおとなしく、従順に近いような態度でルーシーに接している。ルーシーは始めは『自分が動物にだけは好かれやすいタイプなのかもしれない』と思っていた。
 生前いた屋敷の人間からはあれほど忌み嫌われていたルーシーであったが、動物と会話が出来るという特殊能力により動物が自分のことを好いてくれる、優しくしてくれると感じるようになっていたのだ。
 それはただ『会話が出来るから』という理由だったが、接する相手が動物しかいなかったせいもある。その為か動物たちはルーシーにとても良くしてくれると感じていた。
 お願いをしたら聞いてくれる、当時出会ったあらゆる動物が皆そうだったように。
 そしてそれは今目の前にいるトナカイも、同じようにルーシーに接してくるものだから『もしかしたら動物はみんなそういうものなのかもしれない』という認識になっていた。

『そういうことならこの仕事が終わったら、仲間の奴らに言っておこう。これからは口笛を吹けば俺だけじゃなく、他に近い奴がいればそいつが行くことになるだろうさ』
「ありがとう」

 トナカイの了承を得て、快い返事をもらったことをニコラにも伝える。
 ニコラはルーシーとトナカイのやり取りを見て少し怪訝な顔になっていたが、ルーシーがにこやかに自分の成果を話してきたので普段の表情へと戻した。

「そうかい、それはよかった。じゃあ早速で悪いが、スノータウンへ行こうかね」

 この間と同じようにトナカイにソリを引かせる準備をして、御者台に2人で乗り込む。
 今回は物々交換をする日ではないので、荷物は比較的少ない方だった。ルーシーが村の子供たちと勉強会をするので、勉強に必要な筆記用具や本などをリュックに入れて背負う。
 トナカイが歩き出し、しばらく進んだ辺りでニコラがなんとなしに話しかけた。

「今はまだお前がホウキに乗って空を飛ぶことが出来ないからね。こうやってトナカイにソリを引かせているが、ある程度飛べるようになったら荷物が少ない日はホウキに乗って村へ向かうよ」
(え〜そうなんですか? すごく待ち遠しいんですけど……)

 魔女といえば空飛ぶホウキという思考であるルーシーは、早く空を飛んでみたかったが今はまだその段階ではないのか。昨日はホウキで空を飛ぶ練習をすることはなかった。
 ニコラと並んで空を飛ぶ想像をしながらルーシーがわくわくしてにやけていると、ニコラが今日1日の過ごし方を説明する。
 今日は村に到着した後、村長に挨拶をしてから集会所を貸し切っての勉強会をする予定だ。
 勉強を教えるのは当然ニコラで、村の子供たちは全員この勉強会に参加することになっている。学校は当然あるのだが、その延長線でニコラは子供たちに勉強を教えることになっていた。
 ルーシーと同じ年頃の子供たちには文字の読み書きを、少し上の年齢になると計算の仕方、生活に必要な知識、読書、そして教科書だけでは知ることが出来ないその他のあらゆる知識。
 ニコラがスノータウンに住み着く以前に旅をしていた頃に得た知識や経験などを子供たちに教えて、外の世界への興味や歴史に触れさせることが目的だった。
 午前の部と午後の部に分かれて授業をし、家に帰るまでの二時間は自由時間となる。
 自由時間、それはいわゆる子供たちとの交流の時間だった。
 ルーシーには村で過ごし、人との関わりを持つことも大事な修行のひとつとしている。いずれ旅立つことになるが、だからこそ今の内に楽しい思い出を作っておくようにと考えていた。
 強制ではないが、繋がりは持つべきだ。それが魔女の能力を高める要素でもあるから。

 スノータウンに到着し、夕方にまた迎えに来るようにトナカイにお願いしてから村長宅へと向かおうとした時だった。なんだか村の中が騒がしいことに気付く。

「おかしいね、いつもならこの辺りで主婦たちが井戸端会議をしているもんだが。向こうが随分と騒がしい。行ってみるか」

 不穏に感じたニコラが足早に人々の声がする方へと駆けていく。ルーシーも慌ててついて行くと、村人たちが大声で叫び合い、走り回る人物も見かけた。するとその内の1人がニコラの存在に気付いて、慌てるように走ってきた。

「ニコラ、大変だ! 子供たちが!」
「一体何の騒ぎだい、落ち着いて話してごらん」

 そうニコラに言われて、息を整えてからゆっくりと説明を始める。

「子供たちが数人行方不明なんだ!」
「なんだって? 一体どういうことなのか詳しく話してごらん」
「あぁ……。今朝子供たちが複数で遊んでいたのを何人かが目撃していたんだが、しばらくすると一部の子供たちの姿を見かけなくなったんだ。ちょうど今日は勉強会があるとかで、早めに集会所に自分の子供を連れて行こうと思っていたリリーが、娘のアメリアを探していた時に異変に気付いて」
「いなくなったのは何人だ。誰がいなくなったかわかるかい」
「村長の孫のカミナと、そしてリリーの娘のアメリア、マーキスんとこの兄弟ロンベルトとアルバートだ」
「……わかった。みんなには集会所に集まっておくように言っておくれ。見つけたら集会所に連れて戻るから、そうすれば入れ違いにならないだろう」
「ニコラ……! わかった、みんなに伝えておくよ! 子供たちをよろしく頼む」

 行方不明になった子供たちの名前を確認するなり、ニコラは踵を返して山の方へと歩いて行く。慌ててニコラの後を追ったルーシーは、すぐさま動き出したニコラに疑問を感じた。
 子供たちの目撃情報も、どこで遊んでいたのか、いつ頃からいなくなったのか。そういった手がかりを聞き込みする方が先決なのではないかと思ったからだ。
 まるで子供たちがどこへ行ったのかわかっているような、そんなニコラの行動の早さに思わず問いかけずにはいられない。

「お師様、どうやって探すんですか? 子供たちが山に入ったとは限らないのでは」
「それを確かめる為にカラスを使うんだよ」

 ニコラには『魔女の使い』がいたことを思い出す。 
 村の出入り口まで戻ってくると、そこからトナカイを呼んだ時のように口笛を吹く。異なるのはトナカイの時は長めの口笛を一回吹いただけだが、今回は短く3回吹いていた。
 少し間を空けてもう一度短く三回吹く。すると遠くの木々から小さな物体が飛び出てくるのが見えた。
 およそ八羽ほどのカラスがこちらへ向かって飛んでくるのがわかる。カラスたちは門の柵部分に留まり、ニコラを見下ろす。

「村の子供たちを探してきておくれ。村の外に出ている可能性が高い。一番最初に見つけた子には質の良い肉をやろう」

 そう命令されるなり、カラスたちは四方八方に飛び去っていく。カラスが発見するまで待っていたらいいのだろうか、ルーシーはニコラを見上げた。

「ルーシー、お前にも協力を頼めるかい」
「え……、私ですか?」
「お前は動物と会話が出来るんだろう? 私は自分の使い魔としか意思の疎通が出来ない。だけどお前は種類を問わず動物との意思疎通が可能だ。スノータウン周辺にはあらゆる動物が生息している。それらの協力も仰げないか試してもらいたい。それによってはお前の特性の本質が少しは解明されるかもしれない。やってみてくれないかい」

 言いたいことはわかったが、今回は魔女の修行だけではなく人の生死もかかっている。そんな重大なことに自分が本当に役立てるのか自信がなかった。

「で、でも……。私はこれまで複数の動物に同時にお願いしたことがなくて。もしかしたら会話が出来る動物にも限りがあったのかもしれないし」
「それを知る為に試してみるんだ。本当なら別の機会に試すつもりだったが、今はそうも言っていられない。とにかく多くの目が必要になっているんだよ。行動範囲も広く、細かい部分、人間では見つけられないような場所、数多くの手を借りなければ見つけられないかもしれない」

 そう言われさらにプレッシャーがのしかかり、ルーシーは困惑する。あまりに自分に自信がなさすぎて、なかなか決心がつかないのだ。
 そんなルーシーを見て、ニコラは圧をかけていることを十分承知で口にする。
 とても大事で、重要なことだ。忘れてはならない肝心なことを。

「いいかいルーシー。もし行方不明の子供たちが村を出て、雪山で迷子になったと仮定しよう。恐らく十分な装備もせず、持ち物も大したものを持っていないことだろう。水も食料もなく、衣類も軽装で、子供が雪山で迷子になったとしたらどうなると思う」
「……お師様」
「この雪山では日中でも気温がマイナス三度だが、夜になればマイナス九度まで下がる。体感温度でいけばもっと寒く感じるだろう。寒さで体が動かなくなり、低体温症になると思考能力が著しく低下して、幻覚まで見え始めてやがて意識を失う。子供だから体力が低い分、進行度も早いだろう。夜になればもはや手遅れとなってしまう」

 決心がつかないだけではない。自分がそんな捜索に関わるという責任の重さに震えているのだ。それでも人手が足りないことは事実であるし、村人総出で捜索してさらに被害を広げるわけにもいかない。
 もしかしたら子供たちは山へ入っていないかもしれないからだ。被害を最小限にする為にも、人間の手を借りずに森の、山の動物たちの手を借りた方が効率が良かったのだ。
 ニコラは震えるルーシーの両肩に手を置き、しっかりと掴み、少女の決意を促す。

「ルーシー、失敗を恐れるんじゃない。大丈夫、お前はいつものように動物たちに語りかけてお願いするだけでいいんだ。全ての責任はこの私が背負う。お前の失敗も私がカバーしてやる。私はその為にいるんだよ。それを忘れるんじゃない。私はお前の師匠であって、お前は私の弟子なんだ。わかったね」

 力強い言葉にルーシーの体の震えが止まった。ニコラがルーシーに勇気をくれた。
 ルーシーは心の中で『大丈夫だ』と何度も繰り返し、そして首を縦に振る。

「わかりました、お師様。私……、やってみます」

 魔女の修行に限らず、子供たちの生死がかかった大仕事だった。  
 ルーシーはきょろきょろと周囲を見渡し、見つけたのは小さなリス。じっと見つめ、リスがこちらに気付くのを待つ。いつもならすでに目が合った動物と自然に会話をしていたものだが、自分から動物を探し出し、こちらから話しかけるのは初めてのことだった。
 相手がこちらに気付いて、目と目が合っていないと会話が出来ないものだと思っていたルーシーは、大きな声で話しかけて驚かさないように相手の様子を窺うことにしたのだ。
 するとその気持ちが通じたのか、リスがこちらを向いたので早速語り始める。
 驚かさないように、落ち着いて。

「リスさん、おはよう。ご機嫌いかが?」

 突然話しかけられたリスもまたきょろきょろと見渡し、そして目の前の少女が自分に話しかけていることに気付いて返事をする。

『驚いたね、僕たちと話が出来るっていうのは君のことだったのか』
「私のことを知ってるの? どうして」
『トナカイから聞いたのさ。この山ではちょっとした噂になってるよ。僕たち動物と会話が出来る魔女が現れたってね』
「そうなんだ。それなら話が早いわ。あなた達にお願いしたいことがあるの!」
『君の言うことならなんでも聞くよ。遠慮はいらない。……それが君の魔法だからね』

 ルーシーからリスに、リスからウサギに、ウサギからフクロウに、フクロウからシカに、次々と伝言されていく。瞬く間にルーシーのお願いが動物たちへと広まっていく。
 森がざわついているようだった。
 森に、山に住まう動物たちによる捜索が始まる。
 生命がうごめくように、いつもの静かな雪山とは違いたくさんの意思が森中を駆け巡っていた。

「こんなに山が騒がしいのは初めてだ……。騒音というわけじゃない、多くの生き物がひとつの意思で動いているような。今にも巨大な生物に踏み潰されそうな感覚だよ……」
 
 ニコラはルーシーを見つめた。
 この子はもしかしたらとんでもない特性を持った魔女になるのかもしれない。
 一刻も早く聡慧の魔女に会わせるべきなのかもしれないと、ニコラは一抹の不安を覚えた。 
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