死のシジル
「で? 世界樹の仕込みは終わったわけだし。どうやって奴らの悪事を暴くの?」
「そうだな……ホワイトリスト入りの権利、買ってみるか」
「えぇ……でも私ら、【別天鏡】の件でも狙われてるお尋ね者なのに、どうするの?」
「これを使う」
俺はIDカードを一枚取り出した。
「それって……」
カードには、ウィスパリングフェアリー社の社名が刻まれていた。
「さっきの頭が破裂した男のうちの一人からくすねておいた。しかし迂闊だな。こんなものを律義に携帯しているなんて」
これを使えば、社員に成りすますことも簡単だろう。オプティカルアーツ社の衛星には撮られているだろうが、WOOPs同士はめちゃくちゃ仲が悪い。情報が共有されることはないはずだ。
◇
「はい、購入完了っと」
俺はホワイトリスト入り権利の取引を終えた。ダークウェブ上でしか閲覧できない特殊なサイトでの取引となったが、その辺の裏取引には慣れているので問題なかった。
社員IDを入れ、10億円振り込んだら簡単に買えた。どうやら10億というのも、社員割引適用後の金額らしい。
「金さえ払えば認証はザルなのね」
「まぁ、稼げれば何でもいいんだろ。それに、表沙汰にできないから債務不履行でもクレームは来ないと思ってるんじゃないか?」
「あぁ、そういう……あくどいわね」
アルハスラはあからさまな嫌悪感を示した。まぁそれが正常な反応だよな。
「それより、だいぶ育ってきたな」
今俺たちは都内のホテルへ戻る途中。だがすでに、上空は世界樹の枝葉で覆いつくされていた。
「海水であっても、水さえあればどんどん育つのね。ホントに不思議な植物」
世界樹の生命力は並大抵でないと、異世界のいくつもの伝承で伝えられている。伝説は本当だったわけだ。
世界樹というからには、その世界には一本しか存在できない。つまり、別の世界であれば植樹可能ということだ。
今回のウィスパリングフェアリー社の陰謀を潰すには、欠かせない。
「当ててあげる。世界樹の葉から蒸散される水分を、全国民に吸わせるんでしょ」
「正解だ。世界樹のしずくは異世界での復活薬として使われている。高すぎてほぼ誰も買えないけどな。だが、」
俺は両手を広げ、天を仰ぎ見る。
「世界樹そのものをコピーしてきてしまえば、何の問題もない。金も払わなくて済む」
「10億は払ったけどね」
「あれは必要経費だ。ウィスパリングフェアリー社の手口を知るには必要だ。早速、【チェンジリング】にこんな画面が出てきた」
俺はウィスパリングフェアリー社の運営するSNS、【チェンジリング】の画面を指した。そこには、一定期間画面をロックする旨のメッセージが表示されていた。
「チェンジリングの投稿を使うのは確定だな。だが問題は、見ると自殺してしまうから、確認できないということだ」
「どうするの?」
「南アの件を詳しく探ってみるか」
俺は再びダークウェブの海に潜り、自殺者が直前まで見ていた画像を探した。すると、現地警察の捜査資料が流出しているのが見つかった。こんな芸当ができるハッカーがいたとはな。
「あれ? これって……」
「AVOIDって書いてあるね」
流出した証拠画像の隅には、AVOIDという文字が刻まれていた。
「例のテレプシコラーをデリートした匿名ハッカー集団か。まさか、命の恩人にこんなところで再会するとはな」
人類を【世界蹂躙】から救った英雄が、まだこんなチマチマした情報公開を行っていたとは、驚きだ。
身分を明かせば、地位も名誉も財産も全て手に入るだろうに。
「これが件の画像か」
見ると、上半分が隠された魔法陣のような模様が表示されていた。
どうやら警察は、集団自殺者の持っていたスマホの履歴を解析したところ、この画像に行き着いたらしい。半分隠されているのは、全体像を見たら自殺するからだろうか?
「見覚えがあるな」
「え? でも、見覚えあるなら今死んでるはずじゃない?」
アルハスラの指摘はもっともだ。なぜ俺は生きている?
「そうだ! これで見たんだ!」
俺はクリアケースに入った【別天鏡】を取り出した。
最初の方のページに、似た魔法陣が描かれていたはずだ。
「あった!」
「ちょ、私に見せないでよ! まだ死にたくないから!」
「大丈夫だ、これも部分的に墨塗りしてある」
目を覆うアルハスラを諭すと、アルハスラも別天鏡を覗き込んだ。
右端を墨で塗りつぶされた魔法陣、正確にはシジルと呼ばれる魔術的紋様だ。
「これを書いたのって……」
「テュアナのアポロニウス、と書いてあるな」
古代ギリシャの大魔術師にして、千里眼、瞬間移動、はたまた死後の復活までしてみせたという大人物。そして、なぜか別天鏡にたびたび名が登場する人物だ。
なぜ二千年前の人物の名が、千年前の異世界の歴史書に書かれているのかは不明だが。
「よし。分かった。アポロニウスの残した、解除の魔法陣を配信すればいい!」
「そんなの残ってるの?」
アルハスラはそんなことを訊いてきた。
「お前、そろそろ日本語の文字も覚えないとダメだぞ」
「うっ、分かってるけど。こういう勉強嫌いなの! で? 残ってるの?」
「隣に書いてある」
「え」
別天鏡には、【死のシジル】の隣に、【解除のシジル】と記されていた。
「そうだな……ホワイトリスト入りの権利、買ってみるか」
「えぇ……でも私ら、【別天鏡】の件でも狙われてるお尋ね者なのに、どうするの?」
「これを使う」
俺はIDカードを一枚取り出した。
「それって……」
カードには、ウィスパリングフェアリー社の社名が刻まれていた。
「さっきの頭が破裂した男のうちの一人からくすねておいた。しかし迂闊だな。こんなものを律義に携帯しているなんて」
これを使えば、社員に成りすますことも簡単だろう。オプティカルアーツ社の衛星には撮られているだろうが、WOOPs同士はめちゃくちゃ仲が悪い。情報が共有されることはないはずだ。
◇
「はい、購入完了っと」
俺はホワイトリスト入り権利の取引を終えた。ダークウェブ上でしか閲覧できない特殊なサイトでの取引となったが、その辺の裏取引には慣れているので問題なかった。
社員IDを入れ、10億円振り込んだら簡単に買えた。どうやら10億というのも、社員割引適用後の金額らしい。
「金さえ払えば認証はザルなのね」
「まぁ、稼げれば何でもいいんだろ。それに、表沙汰にできないから債務不履行でもクレームは来ないと思ってるんじゃないか?」
「あぁ、そういう……あくどいわね」
アルハスラはあからさまな嫌悪感を示した。まぁそれが正常な反応だよな。
「それより、だいぶ育ってきたな」
今俺たちは都内のホテルへ戻る途中。だがすでに、上空は世界樹の枝葉で覆いつくされていた。
「海水であっても、水さえあればどんどん育つのね。ホントに不思議な植物」
世界樹の生命力は並大抵でないと、異世界のいくつもの伝承で伝えられている。伝説は本当だったわけだ。
世界樹というからには、その世界には一本しか存在できない。つまり、別の世界であれば植樹可能ということだ。
今回のウィスパリングフェアリー社の陰謀を潰すには、欠かせない。
「当ててあげる。世界樹の葉から蒸散される水分を、全国民に吸わせるんでしょ」
「正解だ。世界樹のしずくは異世界での復活薬として使われている。高すぎてほぼ誰も買えないけどな。だが、」
俺は両手を広げ、天を仰ぎ見る。
「世界樹そのものをコピーしてきてしまえば、何の問題もない。金も払わなくて済む」
「10億は払ったけどね」
「あれは必要経費だ。ウィスパリングフェアリー社の手口を知るには必要だ。早速、【チェンジリング】にこんな画面が出てきた」
俺はウィスパリングフェアリー社の運営するSNS、【チェンジリング】の画面を指した。そこには、一定期間画面をロックする旨のメッセージが表示されていた。
「チェンジリングの投稿を使うのは確定だな。だが問題は、見ると自殺してしまうから、確認できないということだ」
「どうするの?」
「南アの件を詳しく探ってみるか」
俺は再びダークウェブの海に潜り、自殺者が直前まで見ていた画像を探した。すると、現地警察の捜査資料が流出しているのが見つかった。こんな芸当ができるハッカーがいたとはな。
「あれ? これって……」
「AVOIDって書いてあるね」
流出した証拠画像の隅には、AVOIDという文字が刻まれていた。
「例のテレプシコラーをデリートした匿名ハッカー集団か。まさか、命の恩人にこんなところで再会するとはな」
人類を【世界蹂躙】から救った英雄が、まだこんなチマチマした情報公開を行っていたとは、驚きだ。
身分を明かせば、地位も名誉も財産も全て手に入るだろうに。
「これが件の画像か」
見ると、上半分が隠された魔法陣のような模様が表示されていた。
どうやら警察は、集団自殺者の持っていたスマホの履歴を解析したところ、この画像に行き着いたらしい。半分隠されているのは、全体像を見たら自殺するからだろうか?
「見覚えがあるな」
「え? でも、見覚えあるなら今死んでるはずじゃない?」
アルハスラの指摘はもっともだ。なぜ俺は生きている?
「そうだ! これで見たんだ!」
俺はクリアケースに入った【別天鏡】を取り出した。
最初の方のページに、似た魔法陣が描かれていたはずだ。
「あった!」
「ちょ、私に見せないでよ! まだ死にたくないから!」
「大丈夫だ、これも部分的に墨塗りしてある」
目を覆うアルハスラを諭すと、アルハスラも別天鏡を覗き込んだ。
右端を墨で塗りつぶされた魔法陣、正確にはシジルと呼ばれる魔術的紋様だ。
「これを書いたのって……」
「テュアナのアポロニウス、と書いてあるな」
古代ギリシャの大魔術師にして、千里眼、瞬間移動、はたまた死後の復活までしてみせたという大人物。そして、なぜか別天鏡にたびたび名が登場する人物だ。
なぜ二千年前の人物の名が、千年前の異世界の歴史書に書かれているのかは不明だが。
「よし。分かった。アポロニウスの残した、解除の魔法陣を配信すればいい!」
「そんなの残ってるの?」
アルハスラはそんなことを訊いてきた。
「お前、そろそろ日本語の文字も覚えないとダメだぞ」
「うっ、分かってるけど。こういう勉強嫌いなの! で? 残ってるの?」
「隣に書いてある」
「え」
別天鏡には、【死のシジル】の隣に、【解除のシジル】と記されていた。