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作者: 川崎俊介
詐欺師稼業のはじまり
「そこのずぶ濡れの君、地球人だろ?」

 どうにか都市部まで送ってもらい、市場を歩いていると、声をかけられた。

「だったらどうした?」

 アルハスラに散々な目に遭わされ機嫌の悪い俺は、ぶっきらぼうな口調で返す。よく見ると、怪しげなアンティークオブジェを売る商人のようだった。

「私も地球人だ。名をファルグスという」

 異世界で一儲けしようと考えるのはプライマリーアルファ社だけではないらしい。とはいえ、個人での営業許諾を得ることは不可能なはずだが。一体どんな手を使ったんだ? あるいは妄想の激しい狂人なのか?

「これは針が56個ついた月時計だ。月が今のまま1つしかない状態が続くとは限らない。増えるかもしれんだろ? そんなときに役立つはずだ」

 ファルグスは、何やら意味不明なことを言って珍奇な商品を売りつけてきた。

「どんなに安くても要らないんだが」

「じゃあタダにしよう。持っているといい」

「はぁ」

 無料なら良さそうだが、タダより高いものはないというし、持ってて大丈夫か不安もある。

 だがファルグスは頭がおかしいだけで、悪人ではなさそうだ。そこは信じていいだろう。

 すると、何やら木箱に入った黒い物体を見せてきた。雲母のように扁平な岩石のように見える。

「これはただの平べったい石ころだ。30個ある。これを、邪竜の鱗だということにして、売り付けないか?」

「さすがに無理があるだろ」

 常識的に考えて、俺は返答した。

 前言撤回。こいつ、狂人なだけじゃなくて悪人だ。

「どうかな? 邪竜を見たことがある者はほぼいない。そもそもなぜ、千年近く生きるドラゴンが邪龍となり、つい最近人里に現れたのか。それすらも分かっていない。真実を知るのは、実際に邪龍を討伐した魔法騎士、アデオダトスのみというわけだ」

 アデオダトスか。

 ここに来て二週間だが、その名は聞いたことがある。

 現地文化の予習用に買った書籍にも、何度も登場した名前だ。

 魔剣アルマースに選ばれ、邪竜テュポーンを狩り殺した英雄、アデオダトス。

 しかし、そんな美談ばかりが先行して、具体的なことは何一つ分かっていない。どんな姿のドラゴンだったのか、そもそもどんな被害をもたらして邪竜と呼ばれるようになったのか。何一つ分かっていない。それなのに、誰も不思議に思わない。

 言われてみれば、その事実自体が不思議だ。

「だから、これを売りつける。なに、売り付けるといっても善良な市民相手じゃない。荒稼ぎしている盗賊団相手だ」

「まさか、スカーレット・ウィンド?」

 俺は事前に現地の新聞で調べていた情報から、そう推測した。

「よく知っているな。勉強熱心な地球人もいたものだ」

「まぁ。異世界で運送業やるなら、道中どんな危険因子がいるかくらい把握していないといけないからな」

「プライマリーアルファ社の研修はそこまでやるのか?」

「え?」

 さっき辞めてきた会社を言い当てられ、一瞬ぎょっとした。

 だが当然か。この地域に出入りするスーツ姿の地球人なんて、プライマリーアルファ社社員くらいのものだ。

 簡単に推理できることだ。

「? どうした?」

「いいや、なんでもない。スカーレット・ウィンドを知ったのは独学だ。あのクソ会社の研修はそこまで教えない」

 思わず愚痴を言ってしまった。

 不思議だ。

 ファルグスは狂人かつ悪人だというのに,つい口を滑らしてしまう。

「クソ会社などと言ってはいけない。プライマリーアルファ社の卸す聖水は、放射能汚染された地域の復興に役立っている。ルーラオムの聖水は環境浄化作用があるからな」

 こいつ、意外と詳しいな。

 だが、異世界で商売するなら当然の常識でもあるか。

「話を戻そう。スカーレット・ウィンドの頭目にこの話を持ち掛けるんだ。邪竜の鱗を売ります、と言ってね。そうすれば、割と簡単に金貨を差し出してくるだろう」

「もっとまともな取引相手はいなかったのか?」

「まともな取引相手を騙しては後ろめたいだろう。相手が犯罪で稼いでいる連中なら、心も痛まない」

「なるほどな」

 毒を以て毒を制す、というわけか。

 いいだろう。

 乗ってやる。
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