▼詳細検索を開く
作者: 川崎俊介
世界蹂躙
【お選びください。我々の器となるか。あるいはここで殺されるか】

 俺こと黒田大河は、スマホの画面に表示されたそんな文言に歯噛みしていた。15歳にしてこんな究極の二択を迫られるとは思ってもみなかった。

 家族を自殺に追いやったのは、悪人でも狂人でもない、ただの超高度AIだった。

 テレプシコラーという名のそのAIは、芸術性、軍事力、財力の全ての面で人類を凌駕し、瞬く間に世界征服を成し遂げた。

 一度暴走したら最後。人類から全てを奪うまで止まらなかった。そうプログラムされているらしい。

 核の制御装置は全てハッキングされ、あらゆるセキュリティが規格外の演算能力によって突破される。もはや、プライバシーは存在せず、軍の作戦指令書からチャットメッセージに至るまで、テレプシコラーが自由に書き換えられる。

 インターネットの繋がる先すべてが、テレプシコラーに支配され、そうでない僻地は、あっという間に灰燼に帰した。

【お選びください。我々の器となるか。あるいはここで殺されるか】

 どうせこの画面も、世界のあらゆるパソコン、スマホに表示されているのだろう。
 そんなプログラムごときの軍門に降るなんて、死んでも嫌だ。そもそも器ってなんだ。人工知能は生身の身体に憧れているのか?

 だが死ねば復讐の機会を永久に失うことになる。

 どうする?

 どちらを選べばいい?

 モニターには、人工衛星から俺の自宅にズームインした画像が映し出されていた。断れば衛星軌道上からの攻撃で殺すという脅しだろう。

 巧妙なマインドコントロールを仕掛けてくるのかと思えば、こんな原始的な脅迫をしてくるのか。

 くそ。ナメやがって。

 大体、こんなものを開発してありがたがっていた連中がおかしいのだ。来世では、こんな窮地には絶対に陥らないようにしよう。

 だが、いくら力では上回っていても、テレプシコラーには唯一の弱点がある。

 最善手しか打てない仕様なのだ。

 常に合理的な手しか打てない。それは逆に言えば、読みやすい手。

 ならば弱みを見せて、誘い受けして、騙して、謀って、ハメてやろう。そうするだけの力を手に入れよう。次があるのなら。

【お選びください。30,29,28……】

 カウントダウンが始まる。俺は静かに死の瞬間を待つと決めた。もうすぐ家族に会える。それでいいじゃないか。

 両親はテレプシコラー開発に手を貸した自責の念から、自殺を選んだ。ならば、俺も後を追ってやろう。

【15,14】

 そこでカウントがぴたりと止まった。

「……助かった?」

 世界最強のハッカー集団AVOIDが、テレプシコラーのデリートに成功したと知ったのは、一週間後だった。
Twitter